ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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身近にいる大スター

 

 

「じゃ、僕らこっちだから」

「またあとでな」

 

「おう」

「あとでねー」

 

 

 桜島麻衣の姿がしっかり見えることを確認した数分後、咲太たち四人組は各々のクラスへと向かうべく二階の廊下で二組に分かれていた。

 二年一組に向かう颯と咲太は階段を出て右側へ、三組に向かう天と五組に向かう佑真は左側へ。

 

 運が無かったと言うべきか。去年に引き続き、今年も天は、颯と咲太とは同じクラスにはなれなかったのだ。

 それだけでなく、その二人が今年も同じクラスという悲劇。どうやら、完全に運の女神様に見放されているらしい。

 

 その事実を知ったときは絶望したものだ。またか、と。またこのパターンか、と。

 幸運にもそれだけで終わらなかったから、どうにか立て直せたが、それは追々。

 そして、それは天の隣を歩く祐真も同じで、彼も今年は彼らとは同じクラスにはなれていない。本人としては、そこまで気にしていないらしいけど。

 

 

「じゃ、またね、佑真」

 

「おう、またな。部活の件、ちゃんと考えとけよ」

 

「ういー」

 

 

 一緒にいる時は必ず部活勧誘してくる佑真の笑顔に適当に手を振り、天は三組の中へ。

 入ってすぐの席でキャッキャ騒いでいるギャルたちの真横を無言で通り過ぎ、自分の席に向かった。

 

 朝のホームルームまで三十分ほど時間があるせいか、教室にはあまり生徒はいない。

 とはいえ、賑やかな話し声が飛び交っているのに違いはないため、「朝から元気だなぁ」と思いながら席にたどり着く。

 

 窓際、一番後ろの隣の席、そこが天に当てられた席。どうせなら角席にしてほしかったけど、決まったものは仕方ない。

 座席に関しては特に拘るつもりはないし、一番後ろの席を取れただけでもラッキーだと思っておこう。せっかくなら角席にして、暇な時は海を眺めていたかった気持ちがないわけではないけど。

 

 この座席だと知ったとき、そんな感想を一番に抱いた天。机の側面にあるフックにバッグをかけると、そのまま席には座らずに別の場所に足を向けた。

 向かう先にいるのは、天が親友二人と別クラスになっても立て直せた理由。高校一年の時に親友二人を通じて知り合って、不思議と友人関係が長続きしている一人の少女、

 

 

「おはよ、双葉」

 

 

 背に下ろした灰色寄りの黒髪が胸に届くほど長い、眼鏡をかけた小柄でダウナー系な少女——双葉 理央。

 去年の一年間で、常に白衣を着用している変人として校内で認識された彼女と、天は偶然にも同じクラスに入れられていた。

 

 頬杖をつき、机に開いた物理の教科書をペラペラめくる双葉。流し読み感のある彼女は、正面の席に自然に腰掛ける天をチラと見ると、

 

 

「おはよ、空野」

 

 

 そう言って、再び視線を眼下にある教科書に向ける。天に興味がないのか、あるいは勉強熱心なのか、どちらにせよ、受け取り方によっては無愛想だと思われかねない対応だ。

 しかしこれが双葉の普通の対応だと知っている天。椅子の背もたれに手を置く彼は「ふーん」と教科書を軽く覗き込み、

 

 

「中間テストの勉強? 朝から偉いね」

 

「ただの暇つぶし」

 

「暇つぶしで物理の教科書を読みますか」

 

 

 もっと他にすることがないのかと思うが、これもまた双葉の普通。普段から実験室で色々と実験してる彼女からすれば、知識を蓄えるのは当たり前のことなのだろう。

 ペラっと音を立てながら、理央はページをめくる。読んでいるページは中間テストの範囲内で、その部分は二日前に天も対策したばかり。

 

 予習復習を心がける天。この高校に入ってから勉強が生活の一部になった彼に、理央は意識の半分を向けて、

 

 

「そう言う空野は平気なの? 中間と期末テストの平均点は75点以上がノルマなんでしょ」

 

「ぼちぼち。それなりにはやってる」

 

 

 教科書と睨めっこする理央の正面で、天が小さく頷きながら言った。彼女と同様に天も表情の起伏が激しくないから、顔色から学習状況を察するのは難しい。

 しかし理央は「まぁ」と言葉を繋げて、

 

 

「空野なら問題ないと思うけどね」

 

「なにその変な信頼」

 

「去年は平気だったんでしょ。私に数学教えてくれたし、空野は頭がいいからね。見た目の割に」

 

「一言余計だよ」

 

 

 真顔のまま淡々と言葉の刃を突き刺してくる理央に微苦笑し、天はがくりと首を曲げる。

 その反応を至近距離で見る理央の無の顔つきに、小さな笑みが色づいた。

 

 ——高校の三年間、中間と期末テストの平均点は75点以上を維持すること。

 

 実際、やんちゃしてそうな見た目の割に天は頭がいい。授業も真面目に受け、課題も満点を常とし、テストでもそれなりの結果を残し続けていた。

 この高校を通う条件として親から出されたそれを今のところは守れているのだから、その証明は既にされている。

 

 全ては、牧之原翔子と会うため。

 初恋に人生すら賭ける覚悟のある天には、一切の抜かりなどない。

 おかげさまで、テストの約一ヶ月前から勉強漬けという日々を送ることになったものの。

 

 

「まぁ、なんとかするよ。そのためにコツコツ勉強してんだし、数日前から本腰も入れてる。今回こそ理央に物理の点数で勝つから、そのつもりで」

 

「勝手にどうぞ」

 

 

 対抗心を静かに燃やす天だが、理央は全く相手にしていない。まだ教科書と睨めっこしている。

 テストの度に物理だけは95点以上を必ず叩き出す化け物からすれば、80点から90点をうろうろするテンなど興味の欠片もないらしい。

 

 そんな様子を見ると、仮に勝ったとしても大して反応してくれなさそうな未来しか視えない天。

 理央の机を人差し指の爪でトントンと弱く(つつ)くと、彼は「ねね、双葉」と名を呼び、教科書にご執心な理央の視線を引き寄せて、

 

 

「実は、ちょっと面白い話題を持ってきたんだけどさ」

 

「私の勉強を邪魔してまでする話?」

 

「そう。いつもならそー言われたら引き下がるけど、今回は別。きっと、双葉も興味を示してくれると思うよ」

 

 

 嫌そうに目を細めた理央に棘のある言い方をされても、天は口にした言葉を撤回しなかった。

 

 颯や咲太と違い、理央が本気で嫌そうなら距離を置くのが天のやり方——そんな彼がやや強めに押してきたのが、理央には珍しい。

 やっと顔を上げると、理央は今日初めて天としっかり目を合わせて、

 

 

「なに?」

 

「あくまで咲太の予想の話になるんだけど……。桜島先輩が、思春期症候群を発症したかもしれない」

 

 

 その瞬間、理央の目が驚きにぱっと見開かれた。

 

 そしてこの瞬間こそが、双葉 理央という少女が思春期症候群に巻き込まれていく原因なのである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「んで? 咲太はこれからどうすんだよ」

 

「どう、って?」

 

「桜島先輩のこと。もし本当に思春期症候群だったとしたら、お前はどうしたいんだ?」

 

 

 三組で理央が天の話を疑心暗鬼状態になりながらも聞いている中、別の場所でも同じ話題で話を広げている二人組がいた。

 二年一組の窓際、一番前に座る咲太と、その真横の席に座る颯である。

 

 去年と同じく二人は同じクラスに入れられ、これまた去年と同じく窓際の一番前の席に座らされていた。二人揃って、春の席順も出席番号も変わりない。

 一番前はなにかと不便なことが多いが、この学校に限ってはそうでもない。だって、窓際に座る人間はすぐ横を見れば、海を眺めることができるのだから。

 

 どこまでも続く塩水の大地。

 陽光を反射して宝石のようにキラキラ輝くそれは、見るものを魅了する魔性じみた効力を孕んでいる。

 

 

「どうしたい、ねぇ……」

 

 

 そんな海を見ながら、咲太は机に頬杖をついて考える。今しがた颯に投げかけられた質問に対して、どうしたいのか心の声を聞き始めた。

 もし、自分の立てた仮説が正しいのなら。桜島麻衣という存在が誰からも認識されず、そんな状況がこの先もずっと続いてしまうのなら。自分はどうしたのか。

 

 本音と建前、その二つがある。けど、建前も本音に限りなく近く、どっちも本音な気がする。

 だから咲太は、口にしたい方を口にした。

 

 

「美人の先輩とお近づきになれる機会を逃したくない、って思ってる」

 

「思春期症候群を利用してか」

 

「使えるものはなんでも使う。僕にそれを教えたのは他でもない颯だからな」

 

「そうかよ」

 

 

 平然とした様子に少しだけ戯けた声を混ぜて言った咲太に、颯は声を出して微笑した。

 

 あれだけ大変な思いをして、人生をめちゃくちゃにさせられて、今でもその被害を受け続けているというのに、今度はそれを利用すると。

 思春期症候群の単語を声に出すのも嫌がっていた頃の彼と比べたら、随分と回復してくれたものだと思う。

 

 眠そうな表情で海を眺める咲太。笑む颯を横目にする彼は、その表情にふっと真剣の二文字を宿し、

 

 

「それに、困ってるのに誰にも頼れないのは辛いだろ」

 

「………だな。確かに(つれ)ぇな」

 

 

 誰のことを言っているのか瞬時に察した颯が、その横顔を見ながら重苦しく頷いた。

 

 今、海を眺める咲太がいつのことを思い出し、なにを考えているのか、颯にはなんとなく分かる。

 分かるから、それ以上の言葉をかけることはしなかった。その先の言葉はついさっきかけて、返事をもらったばかり。

 

 と、

 

 

「おはよー、颯」

 

 

 二人してしんみりしそうな雰囲気になりかけていたところで、しんみりとは真逆の声が割り込んでくる。

 眠気を吹き飛ばすような溌剌とした女子の声、親しげな声の方向に顔を向けると、手を振りながら笑顔で二人に近づいてくる女子生徒の姿が見えた。

 

 ぱっちり開いた大きな双眸に、肩まで伸ばした赤茶の髪を内向きにカールさせた女子生徒——名を上里(かみさと) 沙希(さき)

 校則に引っかからない程度のメイクが施された唇はピンク色で瑞々しく、全体的に明るい雰囲気に包まれている。

 

 二年一組で最も目立つ女子グループの中心的存在なこともあってその人気は高く、男子からも「可愛い」やら「彼女にしたい」やらと高評判。

 因みに、例によって颯もクラスの中心的存在である。学年が上がってもその人気ぶりは爆上がりまっしぐらで、このクラスでもムードメーカーの座に居座っていた。

 

 クラスで最も目立つ女子グループの中心的存在である沙希。クラスという枠組みの中の中心人物である颯。

 立ち位置的には後者の方が圧倒的に格上だが、それを感じさせないのが颯という男。「おう。おはよ」と気さくに笑いかける彼は手を振り返すと、

 

 

「俺になんか用か?」

 

「用があるのは梓川」

 

「咲太に?」

 

 

 思わずといった具合で声を弾き、小首を傾げる颯。その感情は咲太も同じだったらしく、「僕にか?」と不思議そうな表情で頭の上に疑問符を浮かべている。

 机を挟んで咲太の前に立つ沙希。途端、大きな目が若干不機嫌に細まり、

 

 

「あのさ……」

 

 

 言いかけたところで、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴った。

 数秒もしないうちに担任の教師が教室に入り、立ち話をしていた生徒たちがぞろぞろと自席に着席していく。

 

 それは沙希も例外ではなく。教師に着席を促されて「タイミング最悪」と苛立ちながら、

 

 

「今日の放課後、屋上に来て。大事な話があるから。絶対だからね」

 

 

 一度だけ机を叩き、言いたいことだけ言って自席に戻っていった。

 咲太の意志は関係なし。まるで女王様のような態度に「はぁ」と咲太はため息をつき、

 

 

「嫌な予感しかしない」

 

 

 可愛い女の子からの放課後呼び出しに、咲太はちっとも嬉しくなかった。むしろその逆、あの不機嫌な目から察するに、面倒なことになる未来が簡単に描ける。

 だって沙希は、佑真の彼女なのだから。

 

 学校に来て早々、憂鬱な気分にさせられた咲太。意識の大半を海に投げる彼は、肘をついて海を眺めた。

 その疲れた様子に颯が「はは」と苦笑し、

 

 

「俺から言ってやろうか?」

 

「いや、いい。適当に流しとく」

 

「変なこと言って怒らせる未来が見えた」

 

「僕はそこまでバカじゃない」

 

「どうだか」

 

 

 空気を読めるのに読まないのが咲太。そのせいで特大の地雷を踏まないか、颯は少しだけ心配になる。咲太がではなく、沙希が。

 しかし、ここで自分が割り込んでも逆効果にしかならなさそうだから、成り行きを見守るしかないのが歯がゆい。

 

 

「地雷だけは踏まないように気をつけろよ」

 

「例えば?」

 

「生理、って単語だけは出すな」

 

「肝に銘じておく」

 

 

 せめてもと思って注意した颯に適当に言葉を返し、咲太は本格的に意識を海に放る。

 そうして会話が途切れると、二人の談笑は切れることになった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「どーだった?」

 

「地雷踏んだ」

 

「やっぱバカだったわ、コイツ」

 

「咲太らしいね」

 

 

 放課後。沙希からの呼び出しを食らった咲太の帰還を迎えた二人は、その言葉に別々のリアクションを見せた。

 颯は額に手を当てて呆れ顔。天は釣り上がる口角を手で隠しながら半笑い。当の本人は相変わらずの気怠げな表情で二人の反応を受け止めている。

 

 場所は、二年一組。

 帰宅勢と部活勢の二通りに分かれる放課後、誰もいない教室で天と颯が沙希の呼び出しを食らった咲太の結果報告を待ち、たった今、本人が加わった形である。

 

 咲太の椅子に足を組んで腰掛ける颯と、机に座って足をぶらつかせる天。わざわざ待っててくれた親友二人の輪の中に咲太は加わると、

 

 

「別に待ってなくてもよかったんだぞ」

 

水臭(みずくせ)ぇこと言うなって。今日は俺も天もバイトはねぇし、暇だったからよ」

 

「そーゆーこと」

 

 

 親指を立ててグーサインをする颯が理由を並べると、便乗する天が半笑いを普通の笑みに変える。その反応を見ながら、咲太は颯の机に腰掛けた。

 天が腰掛けるのを見ていたら、なぜか徐々に抵抗がなくなってきた咲太。机を椅子代わりにする彼に颯は「でよ」と話を切り出し、

 

 

「地雷踏んだ、ってなにしたんだよ」

 

「随分と怒ってたから、生理か? って聞いた」

 

「お前なぁ……」

 

 

 ほとほと困ったと言わんばかりの颯がため息をつき、目も当てられないといった具合で視線を落としながら「やれやれ」と首を横に振る。

 流石の天もそれがタブーであるとは知っているらしく、「あちゃー」と笑顔が深まった。半笑いだ。

 

 その半笑いを真横にしながら、颯は咲太に人差し指を突き出し、

 

 

「俺、言ったよな。それだけには触れるな、って。ちゃんと忠告したよな? お前なにしてんだよ」

 

「イラついたから、つい。颯が触れるなって言ったってことは、言ったら怒ると思ったんだよ」

 

「つまり原因は颯にあると」

 

「そういうことになる」

 

「ならねぇよ!」

 

 

 全く罪の意識の無い咲太の言い訳に天が言葉を付け足すと、同意した咲太の声を颯の大声が蹴り飛ばしていた。

 二階の廊下に颯の「ならねぇよ!」が反響する。ただでさえ声が大きい彼が声を上げると、周りが静かな今だと校舎全体に響くのではとすら他二人には思えた。

 

 呆れる通り越して感心する颯を他所に、そんなことを呑気に考える天。同じことを考える咲太を見ると、彼は「そんで?」と、

 

 

「結局、なに言われたの?」

 

「クラスで浮いてる僕が国見と一緒にいると、国見の株が下がるらしい。だから関わるな、とさ」

 

「熱心な彼女さんだね。上里さん」

 

「すごいよな、上里」

 

 

 皮肉が効いてる二人の言葉に、颯はなにも言わない。「そうだな」と微妙な表情をするだけで、そこから先の言葉を紡ごうとはしなかった。

 

 

「なんであんな男と一緒にいるの? 梓川って病院送りのヤツなんでしょ。いない方がいいよ」

 

 

 いつだったか、颯自身も沙希にそう言われたことがあることを思い出したから。

 クラスの中心人物である颯は当然、沙希も含めてクラスの全員と親しい。そのため、咲太がいない時にふらっとやってきて、一方的に指摘されたのだ。

 

 病院送りの件に関しては、咲太自身が気にしていないから噂のまま放置している。

 だからと言って納得しているわけではないので、沙希には強めに咲太が悪いやつではないことを伝えておいた颯である。

 

 今回の一件があったせいで、全く信用されていないことが明らかとなったが。

 

 

「なら、そのうち俺のところにも来るかな」

 

「ないな。天は雰囲気が尖ってるし見た目も不良っぽいし、目つきも悪いからな。上里も近寄れないと思うぞ」

 

「話しかける以前の問題ってか」

 

 

 沙希に話を信じてもらえていない事はともかく、話に置いていかれないように颯は脳裏に過った記憶を振り払う。

 蔓延した噂を撤回するのは本当に難しいなと思いつつ、言葉を挟みながら腕を組んで天を見た。

 

 天と長く付き合ってきた二人が言うのだから違いない。見た目だけ不良認定された本人は「そっかぁ」と膝元に両手を置いて喉を低く鳴らし、

 

 

「ま、その方がラクだし好都合かな。咲太みたいな目に遭う心配もないしさ」

 

「そのせいで周りから避けられてるけどな」

「僕らと双葉と国見以外に、友達いないけどな」

 

「うるさい。俺は線の多さよりも太さを重視する人間なんだよ」

 

 

 親友にしか許されない揶揄い方に雑に返し、天は不意に迫り上がってきたあくびを噛み殺す。

 目尻に滲む涙を人差し指で拭い、会話に興味を失ったように窓の外に広がる海に視線を放り投げた。

 

 ぼっち上級者にとって友人が少ないことくらい、大したことでもないらしい。

 今更気にしたところで仕方ないと割り切っている彼には、その辺の揶揄いなど通用していなかった。

 

 

「大体、人が多いところは苦手だし。俺にはこれくらいがちょうどいいの」

 

「流石、ぼっち上級者」

「僕らとは格が違う」

 

「喧嘩なら買うよ?」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 校内で沙希と出くわしたくないという咲太のリクエストもあり、三人はそのあと少しだけ教室で駄弁ってから学校を出た。

 

 三人が校舎の門を通る頃には清々しかった青空は山吹色に染まり、夕暮れが近づきつつある。

 この時間帯では怒涛の勢いである下校ラッシュも止み、駅までの道のりには峰ヶ原高校の生徒が一人もいない。

 

 

「この時間帯に帰んのも悪くねぇな」

 

「人が少ないから静かでいい」

 

「そればっかりだな」

 

 

 そんな会話をしながら歩いていると、七里ヶ浜駅にはあっという間に到着する。ICを読み取る機械にカードをタッチし、駅の中に入った。

 駅の小さなホームもここまでの道のりと同様。授業が終わった直後は峰ヶ原高校の生徒でごった返しているが、今は数人しかいない。

 

 ——その中に一人、三人は目に止まる人物がいることに気づいた。

 

 

「……見えてるよな?」

 

「見えてるよ」

 

「バッチリだぜ」

 

 

 確認する咲太に、頷く天と颯。駅のある一点を凝視する三人の視線の先に、その人物はいた。

 

 ホームの一番端っこ。天が必ず陣取る場所、改札から一番離れた場所に、周囲とは異なる雰囲気を纏った女子生徒。

 例えるなら、天が一人の時に無意識のうちに発する『俺に近寄るなオーラ』に似た空気を発する存在が、イヤホンを耳に凛とした表情で電車を待っている。

 

 その人物、問題の桜島麻衣だ。

 夕日のライトアップを受ける横顔は見惚れるほど美しく、真っ直ぐな立ち姿も相まって、立っているだけで一つの絵になっていた。

 夕日を背に立つだけで絵になる美少女——その横顔に、一体何人の男が魅了されてきたのか。

 

 

「ちょっと行ってくる」

 

「がんばれー」

 

「頑張れよ」

 

 

 ずっと見ていたい衝動に駆られながらも、咲太の心はそれを拒んでいた。

 後ろから飛んでくる声援に背を押された彼は、落ち着いた様子で麻衣の下へ近寄り、

 

 

「こんにちは」

 

 

 桜島麻衣の雰囲気に物怖じせず、こちらからアクションを見せる。

 

 

「ーーーー」

 

 

 反応はない。

 イヤホンをしているせいか、咲太の声は届いていない。

 

 

「こんにちはー」

 

 

 だから今度は腹に力を入れ、二度目の挨拶を送った。丁寧に視界の中に映り込みながら。

 

 

「ーーーー」

 

 

 やはり反応はない。

 気づいていないことはないだろう。今もこうして、咲太は麻衣の前で手を振っているのだから。

 

 つまり、

 

 

「ガン無視かよ」

 

「みたいだね」

 

 

 どうにか反応してもらおうと頑張る咲太の奮闘ぶりを少し離れた位置で見ながら、天と颯は現状を簡単に把握する。

 

 麻衣とお近づきになりたい咲太が無限に手を振り、声をかけ。咲太を無視する麻衣は真顔で線路を眺め続ける。

 絵面としては、見ていてちょっとシュール。彼女がどれほどの無視スキルを持ち合わせているのかは知らないが、あれが演技だとしたら流石と言うべきか。

 

 

「ねぇ、ちょっとあれってさ」

 

「やっぱり、そうだよな?」

 

 

 不意に、二人の背後から声が流れてくる。その声色と会話に不穏な予感を感じて振り返れば、観光客らしき大学生カップルが視界に飛び込んできた。

 さっきまではいなかった連中、きっと見ていない時にホームの中に入ってきたのだろう。

 

 麻衣のことを指差し、ひそひそとはしゃぐ大学生カップル。その反応は、有名人を偶然見つけた時のそれに間違いない。

 

 

「ちょっと、やめなってー。勝手に撮っちゃ怒られちゃうよー」

 

「いいじゃんいいじゃん。制服姿の桜島麻衣発見、ってツイートすりゃバズり確定っしょ」

 

「やめておきなってば」

 

 

 不穏な予感が的中した。

 

 二人の視線など意に介さない彼氏がスマホを麻衣に向けている。なにをするのかなんて考えるまでもない。

 彼女も止めろと言っておきながら、止める気配はまるでない。ニヤニヤ表情と甘ったるい声色は私利私欲に満ち溢れている。

 

 ふざけて戯れ合う大学生カップル。流石に度が過ぎた行為に颯が割り込もうとして、

 

 

「あ」

 

「やりやがった」

 

 

 それよりも前に、咲太が動いていた。不意なそれに声を溢す二人の先で事は一瞬で起き、一瞬で終わっている。

 

 シャッターが切られる瞬間、麻衣とカメラの間に何食わぬ顔の咲太が割って入り、盗撮を食い止めていた。

 明らかにわざとだと分かるタイミング。一瞬、驚いたように息を呑む彼氏は、しかし咲太を見た途端に目の色を変えて、

 

 

「な、なんだよお前! いきなり入ってくんじゃねぇよ!」

 

「僕はただ列に並んだだけですが。そっちは列に並びもしないで撮影する盗撮クソ野郎ですか?」

 

「違っ……、んなわけねぇだろうが!」

 

 

 全てを見透かした目で、何食わぬ顔のまま、咲太に言われた言葉に対して彼氏は強気に出る。

 高圧的な態度。静かな時間が流れる七里ヶ浜駅にとっては、ノイズにしかならない。

 

 「はぁ」とため息。全く怖気付かない咲太は天と颯に一瞬だけ目配せして、

 

 

「小学生じゃないんだから、ダサいことしない方がいいですよ。同じ人として、見てるこっちが恥ずかしくなる。彼女さんの前で恥かきたくないでしょう」

 

「だから違うって言って……」

 

「どうせ撮った写真に一言二言加えてツイートでもする気なんだろ。くだらない承認欲求とかでさ。ただ注目されたいなら今のあんたの写真を撮って、盗撮クソ野郎です、ってツイートした方がよっぽど伸びると思いますよ」

 

「テメェーー!」

 

 

 的確に図星を突かれた上に饒舌に煽られ、彼氏の顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まる。

 短気だったのか、癇に障ったのか。それから掴み掛かる勢いで一歩、前に踏み出して、

 

 

「コイツに手ぇ出すんなら、容赦しねぇぞ」

 

 

 咲太の肩を掴みかけた手の進行を、横から伸びた颯の手が止めていた。暴力に走りかける手首を握りしめられた瞬間、「いっ!?」と彼氏の苦鳴が弾け、表情が歪む。

 

 二人の間に割り込んで咲太の前に立ち、庇うように位置取る颯。威嚇する彼は鋭い目つきで彼氏を睨みつけ、

 

 

「そこで手ぇ出すっつーことは、図星を突かれたって言ってるようなもんだが。それでも手ぇ出すのか? テメェは盗撮を認めるんだな?」

 

「ーーっ」

 

「歳下だからって舐めてっとブッ飛ばすぞ」

 

 

 自分より歳上の大学生相手に、高校生の颯は堂々たる態度で唸るように言い切った。敵意をむき出しにし、相手から視線を刹那たりとも逸らさず、掴んだ手首を強く握りしめる。

 身長が百八十センチ近く、体格が良い颯。空手黒帯を目指している彼にとってこの程度の男、苦でもなんでもない。

 

 喧嘩を売ったら確実に返り討ちに遭いそうな見た目で、武闘派な神崎 颯。

 喧嘩上等、やるならさっさとこい。親友を守る彼は、そんな心構えで目の前の男をキッと睥睨し続ける。

 

 

「あのぉ……」

 

 

 颯の圧に息が詰まり、表に出した強気な姿勢が一瞬にして引っ込む彼氏。その彼氏に向けて、またしても横から新しい声が飛んでくる。

 おずおずとした声。ひかえめで、当たり障りのないように気を遣っているもの。

 

 彼氏が反射的に視線を向けて見たのは、ホームにあるベンチに腰掛ける天。

 あたかも、最初からそこで見ていた感を演じる彼は、手元にある自分のスマホを軽く揺らしながら、

 

 

「いくら有名人だからといっても、今は一人の女子高生なんですよ。それなのに盗撮するのはいかがなものかと思いますが?」

 

「ーーーー」

 

「有名人になら、なにしてもいいんですか? あなたがファンならモラルくらい守りましょうよ。今はプライベートなんですし、それくらいの常識はあるでしょう?」

 

「う、うるせえ! バーカ!」

 

 

 他二人とは別の切り口から攻める天に常識を疑われ、いよいよ立場がなくなった彼氏が耐えられなくなった。

 

 咲太、颯、天の息の合った連携プレイに醜態という醜態を彼女の前で晒し、そう捨て台詞を残して手首を掴む颯の手を強引に振り払う。

 それから彼女の手を引くとホームにやってきた鎌倉行きの電車に乗り込み、この場から逃げるように去っていった。

 

 電車の姿が見えなくなるまで見送って、そこで一段落。

 危機は去ったと判断した天が一息つき、すっと立ち上がる。その表情を怒りに変えながら、咲太の方へどかどかと近寄り、

 

 

「君はどーしてあんな危ないことをすんだよ! 万が一、ぶん殴られたらどーするつもりだったのさ! かえでちゃんが心配するよ!?」

 

「そのためにお前たちがいるんだろ。僕が目配せしたの分かったよな?」

 

「おう。分かったぜ。そういうことだ、ってな。咲太だってそれを分かってるから、あんな無茶したんだろ?」

 

「もちろん」

 

 

 溜めていた感情が爆発したような勢いで騒ぐ天に、咲太と颯は至極冷静だ。咲太はなにが悪いのか分かっていないし、颯は自分がしたことに満足げ。

 絶句する天。助けを求められたから頑張ったものの、できれば二度とやりたくないと思う彼と、やり切った颯に、咲太は素直な気持ちで、

 

 

「ありがとな、二人とも。助かった」

 

「いいってことよ」

 

「だから……。はいはい、どーいたしまして」

 

 

 親友に素直に感謝されてしまえば、無茶な行為を咎める天も言葉を封じられる。

 「お前もよく動いたな」と咲太の肩に手を置く颯の横で、仕方なさそうな表情を浮かべながら疲労のため息をつく以外にない。

 

 そうして三人して無礼者の撃退成功を喜んでいると、各々が同時に視線を感じた。方向は咲太の後方——目を向けると、面倒そうにイヤホンを外す麻衣がこちらを見つめている。

 

 麻衣と目が合ったのは咲太。先陣を切って一番に動き出した彼を見ると、

 

 

「ありがと」

 

「え?」

 

 

 不意な感謝に、咲太が変な声を溢す。

 横では颯が「気にすんなよ」と言葉遣いも考えずに手を開けているが、麻衣は咲太の反応だけを意識に置いているのか、反応は示さない。

 

 二人から反応された麻衣は間髪入れずに言葉を続けて、

 

 

「余計なことしないで、って怒られると思ったの?」

 

「はい。思いました」

 

「思うだけで我慢してる」

 

「思ってはいるんですね」

 

 

 余計なことしちゃったかな、と心の中で反省する天が小さい声でツッコミながら苦笑う。

 それから「すみませんでした」と姿勢を整えて頭を下げ、

 

 

「余計なお世話でしたね」

 

「そうね……。感謝はしてる。けど、次からはいらない。ああいうのは慣れてるから」

 

「だとしても、見えないものが磨り減るもんでしょ」

 

 

 咲太のその言葉に麻衣がなにを感じたのか、三人には分からない。けど、言った瞬間に端正な顔つきが僅かに乱れ、その瞳の奥に微かな驚きの色が宿ったのは分かった。

 言葉の意味を咀嚼して、数秒。沈黙を挟んだ麻衣は「ふっ」と口元にうっすら笑みを浮かべると、

 

 

「磨り減る、か。……確かにその通りね」

 

 

 ーー絵になるなぁ

 

 この時、場違いにもそんなことを思ってしまう颯。絶世の美女だとは知っていたが、こうして間近で見るとその事実が身に染みる。

 こうしちゃいられない。咲太の背をポンと押すと、颯は天の手を引いて数歩だけ後ろに下がった。

 

 颯は咲太が麻衣に近づいた理由を知っている。なら自分たちがすべきことは決まっている。

 その厚意に甘えて、咲太は麻衣の横に立つ。空気を読んで察してくれた彼に感謝しながら。

 

 

「随分と中途半端な時間にいるのね」

 

「クラスの女子から屋上に呼び出されたんです。それでこんな時間に」

 

 

 後ろ二人がホームにあるベンチに腰掛けたのを気にしつつ、咲太は受け答えに意識を向けた。

 自分の方から話を始めるつもりが、先に始められて少し驚く。

 

 咲太とは違い、後ろ二人の生温かい視線は気にも止めない様子の麻衣。咲太のことを一瞥する彼女は「ふーん」と意外そうに喉を高く鳴らして、

 

 

「ベタな告白ね。モテるんだ」

 

「これが普通の告白だったら僕も嬉しかったですよ」

 

「どういうこと?」

 

 

 意味が分からない麻衣が疑問符を声にすると、咲太は脳裏に、腕を組んだ不機嫌な目をした沙希を思い浮かべて、

 

 

「憎悪の込められた告白でした。あなたのことがとても嫌いです、って。わざわざ放課後に屋上にまで呼び出して面と向かって言われました」

 

「流行りなの?」

 

「知りません。少なくとも僕は初体験です」

 

 

 後ろで天が「流行りなの?」と真面目に聞き、颯が「なわけあるか」と笑いながら返す。

 自分たちの会話を静かに聞いている二人の声を背景に咲太は「桜島先輩は?」と、

 

 

「どうしてこんな中途半端な時間にいるんですか?」

 

「君にばったり会わないよう、適当に時間を潰していたのよ。そのせいで会ったと思うと、皮肉に感じるけど」

 

 

 演技力に秀でた、否、そのような言葉ではもった得ない程に演技力のある麻衣の横顔を見る咲太には、今の言葉の真偽が見当もつかない。

 なら嘘ということにしよう。確認しなければそれは嘘だと言い聞かせられるから、咲太は敢えて問わずに時刻表を振り返り、

 

 

「今、何時ですか?」

 

「時計は?」

 

「ありません」

 

「スマホは?」

 

「持ってません。家に忘れた、って意味ではなくて言葉そのままの意味で『持ってません』」

 

 

 事実のみを淡々と口にする咲太に、麻衣の表情が初めてはっきりと動く。綺麗な目がぱっと見開き、斜陽に当たる横顔が驚愕に染まった。

 信じられない——表情でそう語る麻衣は、疑うように開いた目を細めて、

 

 

「ほんとに?」

 

「本当です。中学までは使ってたけど、むしゃくしゃしたので海にぶん投げました。後ろの二人がそれを見てます」

 

「はい。見ました」

 

「あれは衝撃的だったな」

 

 

 今から約一年ほど前、咲太が峰ヶ原高校を二次募集で合格した日。

 その日に七里ヶ浜の海に行こうと天が誘った結果、咲太が大事なスマホを海にぶん投げたのは今でも忘れない。

 

 頷く天と、しみじみする颯。今は黙って成り行きを見守る二人の言葉を受け、麻衣は表情を整えると、今度は非難の目をして、

 

 

「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなさい」

 

「次からはそうします」

 

 

 ぐうの音も出ないお叱りに、咲太が顎を引くように小さく頷く。

 スマホをゴミとして扱うのはどうかと思うけど、捨てた本人が思うのもおかしな話だから言わないでおいた。

 

 

「二人は君の友達? さっき、君のことを庇ってたけど」

 

 

 不意に後ろのベンチに座る二人に話の焦点を向けた麻衣の視線が、その二人に向けられる。

 まさかそうなるとは思わず、予期していなかった天の背筋がピンと伸びた。颯は全く動じない。

 

 リアクションに差がある二人に、咲太は息をこぼして笑う。相変わらずな二人を見ながら「はい」と嬉しそうな声で、

 

 

「中学時代からの僕の親友です」

 

「どうもです」

 

「よろしくな」

 

 

 紹介された天が膝を揃えて背筋を伸ばし、颯がベンチに深く腰掛けてリラックスしながら手を上げる。

 先輩に対する対応にも差がある。けど、それが二人らしくて咲太としては安定感があるなと思わされた。

 対する麻衣の反応は、

 

 

「ふーん」

 

 

 とだけ。

 

 天を見て「ん?」と小さく喉を鳴らして反応を見せたものの、それ以上は無かった。笑顔を向けてくる颯には触れもしない。

 一瞬、颯が不服そうな目をしたが、天が即座に脇を肘で小突いて静めた。

 

 適当に相槌を打った麻衣は、そうした反応を他所に上着のポケットからスマホを取り出す。

 ウサギの耳が飛び出した赤色のカバーをつけたその画面を、咲太に向けた。

 

 表示された時刻は16時37分。時刻表通りなら、あと1分で藤沢行きの電車は到着する。

 そう、思ったときだった。

 

 

「ーーーー」

 

 

 時刻を映し出していた画面が唐突に着信画面に切り替わり、振動と共に『マネージャー』という文字が画面上部に現れる。

 直後、異変を悟った麻衣が画面を見て、親指が一拍の間も置かずに拒否の文字に触れた。

 

 後ろの二人には見えておらず、なにが起こったのか分からない。その二人に説明もせず、咲太は麻衣の目を見て言った。

 

 

「今の、切ってもいいんですか」

 

「いい。電車来たし、用件が分かってる電話に出る必要もないでしょ」

 

 

 心なしか、後半の文章からは苛立ちが伝わってくる。彼女の心を読む力はない咲太だが、その感情からなんとなく察することはできた。

 芸能活動を休止した人のスマホにマネージャーの電話、ちょっと考えれば答えには辿り着く。

 

 しかしその答えを問いかける暇もなく、藤沢行きの電車は停車し、プシューと音を鳴らしながら扉を開けた。

 麻衣の背中を追うように、咲太は乗車口から電車の中へ。それから後ろの二人に振り返り、

 

 

「……乗らないのか?」

 

 

 異変に気づく。

 

 てっきり一緒に乗っているとばかり思っていた二人は、なぜか椅子に座ったまま動かない。

 天は微笑み、颯はニヤつく頬を隠そうともせず、こちらを生温かい目で見ている。

 それ一つで、咲太は二人の考えを理解した。理解したから、「ふっ」と笑って手を振る。

 

 

「また明日な、咲太」

 

「がんばってねー」

 

「おう。また明日」

 

 

 敢えて乗らなかった親友二人の声援を最後に、藤沢行きの電車の扉が閉まる。

 電車が緩やかに動き出すのを足裏に感じながら、咲太は麻衣の隣に座った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「で、俺らはどうするよ」

 

「どーしよっか」

 

 

 出発した電車を見送った颯に聞かれて、天は腕を組んで考える。咲太と麻衣を二人っきりにさせたまではいいが、後のことをなにも考えていなかった。

 計画性ゼロ。いや、一本見送ったのなら、次のやつに乗って帰ればいいだけの話なのだが。

 

 

「久々に飯でも食うか?」

 

「いいよ。食べよ食べよ」

 

 

 電車ではなく今夜の予定を立てた颯が指を鳴らして言うと、特に断る理由もない天が快諾。

 咲太に恋の季節がやってきたことを祝い、本人不在でありながらも、二人は次の電車に乗って藤沢駅に帰っていった。

 

 

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