ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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運命は向こうからやってくる

 

 

「ちぃーす」

 

「おう。颯も今からか?」

 

「そうだぜ」

 

 

 天や咲太よりもひと足先に帰宅した颯。自宅に荷物を置いた彼は通っている空手の道場で少し体を動かした後、ディナータイムで忙しくなる時間帯にバイト先に入っていた。

 

 自宅から歩いて十分程度の場所にあるファミレス。高校入学と同時に働き始めたから、今年で一年目になる。ちなみに、天と咲太もここでバイトをしている。

 そしてもう一人。男子更衣室兼休憩スペースにもなっている空間に足を踏み入れてすぐ声をかけてきた佑真もまた、三人と同じ場所でバイトしている。

 

 先客だったらしい。

 ロッカーの陰でエプロンに着替える佑真は、ひょこっと顔を出してこちらを見ていた。

 

 

「佑真も今からか?」

 

「そ。部活帰りに」

 

「元気だな。疲れてねぇのかよ」

 

「颯だって道場で殴り合ってきてから来たんだろ?」

 

「あれは殴り合いじゃねぇ、組み手だ」

 

 

 道場に行ってきたことは否定せず、颯は休憩室の中へ。スマホと財布が入ったパーカーをロッカーにぶち込み、バイト用に支給された襟付きのシャツとエプロンを取り出す。

 ロッカーの陰は人一人分のスペースしかないので、その場で堂々とTシャツを脱いだ。すると、佑真は「おいおい」と、

 

 

「誰か入ってきたらどうすんだ?」

 

「そんときゃそんときだ。女子のはあるくせに男子専用の更衣室を作らねぇのが悪い」

 

「暴論すぎる。店長が泣くぞ」

 

 

 上半身裸の佑真が苦笑。彼もその点の懸念はあるのか、せっせと着替えている。お陰でそれなりにいい体つきをしている肉体が、颯の目にばっちり映っていた。

 双葉が見たら顔を真っ赤にしそうだ。あと厨房のおばちゃんたちが騒ぎそう。

 

 このファミレスには、女子更衣室を作るのに部屋を使ったとかで男子更衣室がない。だから男子は、男女共有の休憩スペースで着替えることを強いられている。

 と言っても、男子が着替え中は入らないのがこのファミレスでの暗黙の了解。扉を開ける際にはノックをすることも加味すると、余程のことがない限り逆ラッキースケベは怒らない。

 

 とはいえ、もしものこともある。颯もさっさと着替えようとシャツに袖を通しながら、

 

 

「さっさと更衣室できねぇかな、ここ」

 

「店長曰く、作るつもりはないらしい。ここで着替えるのが嫌なら外で着替えてこいとさ」

 

「んだよそれ。文句言ってやろうか、あの野郎」

 

 

 シャツに袖を通し終えた颯が、イラついたように愚痴を溢す。シャツを着用した佑真が、半笑いしながらロッカーの陰から出てきた。

 一体、どこで着替えろと言うのか。この近くにあるのはコンビニくらいだし、そこで着替えろとでも。少し歩けば駅があるが、そこまでして外で着替えるくらいなら逆ラッキースケベを警戒する方がずっとマシだ。

 

 

「店長をあの野郎呼ばわりするか、普通。聞かれたらクビになるぞ」

 

「だからいないところで愚痴ってんだよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 万に一つとしてあり得ないが、パプニングを未然に防ぐためにシャツのボタンをてきぱきと留める颯。

 彼の横に並ぶ佑真はひと足先にエプロンを着用し、鏡の前で背中の紐を結び始める。

 

 双方、出勤はこれからだ。

 颯は道場で組み手をしてから。佑真は部活のバスケが終わってから。高校生の体はエネルギッシュで、それなりに疲労する運動の後だというのに二人とも元気満々である。

 

 

「で? 佑真、お前、まだ(アイツ)のこと部活に誘い続けてんのか?」

 

 

 着替えのお供として話題を振る颯。声だけ佑真に向ける彼はボタンを留め終えると、ロッカーの上に置いたエプロンに手を伸ばす。

 話を振られた佑真は紐が結べて「よしっ」と小さく頷き、鏡の中の自分を見て身だしなみを整えながら「当たり前だろ」と、

 

 

「二週間くらい前に、毎日勧誘してこないことを条件に、一回だけ部活に参加させたんだよ。つっても、俺と1on1やらせたあとに、少しだけディフェンスとドリブルのやり方を教えただけだけど」

 

「バスケ部のエースと1on1やらせたのかよ。お前それ、かなりエグいことしてるぜ?」

 

 

 大したことはやらせてないと言いたげな佑真だが、彼はその異常性を理解していないらしい。失笑する颯の反応を、あまり気にしていない。

 

 三年生を押し除け、二年生にしてバスケ部のエースとして活躍する国見 佑真。割と強豪校らしい峰ヶ原高校のバスケ部、そのエースと一対一をすることになった天の気苦労など想像に難くない。

 まして部活中となれば注目もされるはずで、場に居合わせたであろう部員や顧問の視線を受けながらのそれは、天からすれば拷問かなにかだろう。

 

 

「んで? どうだったんだ? 1on1」

 

「俺がオフェンス、天がディフェンス。これで十本勝負やったんだけどさ」

 

「おん」

 

「一本取られた」

 

 

 人差し指をピンと伸ばし、佑真は数字の『1』を示す。悔しそうな表情に反して、声色が嬉しそうな彼はパイプ椅子に座り、机に置いてあるポットからお茶を注いだ。

 佑真の身だしなみが終わったら、次は颯の番。鏡の前に立つ彼は「マジか。すげぇなアイツ」と驚きの声を上げ、

 

 

佑真(エース)から一本取ったのか。いや、アイツ運動神経いい方だし、部活やらない代わりにバレーは続けてる、って言ってたから一本くらい取ってても不思議じゃねぇ気もするが」

 

「俺もそれは思う。天のやつ、普通にいい動きするんだよ。シュートもドリブルも下手くそだけど、動きのキレはマジでいい。運動してるやつの動きしてる。こっちの動きを読むのが上手い」

 

「だろうな。アイツの専門は守りだしよ」

 

 

 天を部活に(半ば強制的に)参加させた日を振り返る佑真の高評価な意見、彼を高く買う佑真の興奮した様に、身だしなみを整える颯は首肯する。

 

 中学時代、天は県内ベスト8まで上り詰めるほどの実力を誇るバレー部のリベロ——守備専門のポジションだった。

 豪速球で叩き込まれるスパイクを拾うには、体の向きや助走の角度、ブロッカーの位置からおおよそのコースを瞬時に予測する必要がある。

 反射神経や動体視力、ボールに追いつくだけの身体能力は前提条件として、これを常に意識して練習に取り組んできたと天は話していたことがある。

 

 そのときの経験が活きているらしい。ただ、本人としては不本意な形で。

 

 

「体育館にいた部員の全員が驚いてたな。この初心者、エースから一本取りやがった。って」

 

「自分で自分のことエースって言うか?」

 

「それだけの練習して、実力がある自信があるんだよ。だから一本取られたのが悔しい。六本目あたりからエンジンかけてきて、俺も本気でやってたから尚更」

 

「つーことは、六本目以降に取られたってことか」

 

「最後の最後で取られた。マジ悔しい。どうせなら完封してやりたかった」

 

 

 「だはぁー」っと、背もたれに大きく寄りかかって背を逸らす佑真。言葉通り悔しそうにする彼は、両手を突き上げて背筋を伸ばす。

 身だしなみを整えた颯はそれを横目にパイプ椅子にどかっと腰掛ける。机を挟んで佑真の正面を陣取ると、

 

 

「一矢報いた、ってところだな。ボコボコにされて熱が入ったんだろうよ。エンジンかかったのもそれだな。アイツ、普段から『ほげー』ってしてるが、スイッチが入ったら熱い男になるからな」

 

「なんだよ、ほげーって」

 

「『ほげー』は『ほげー』だ」

 

 

 謎の擬音を生み出され、肩を振るわせて小さく笑う佑真。

 そんな彼の問いを澄ました顔で流し、颯は持参したカロリーメイトの袋を開ける。机に頬杖をつき、かじりついた。バイト中の空腹はこれで紛らわす。

 

 

「ほげーはともかく、佑真から一本取ったのはすげぇ。そのあと顧問からなんか言われてなかったのか?」

 

「練習すれば絶対戦力になる、って熱心に誘ってたな。その翌日の放課後で部活してるときに、天に入部届を渡して来い、って俺に伝えてくるくらいには」

 

 

 言うと、佑真は茶をすする。呑気な顔して言っているが、天にとっては迷惑すぎる内容に颯は「そうか」とカロリーメイトをかじった。

 

 毎日勧誘することを嫌がって参加したのに、これでは逆効果じゃないだろうか。いや、逆効果に決まっている。日々の勧誘停止と引き換えに、エースに続いて顧問にまでマークされたのだから。

 そこまで考えれば、天の気苦労も知れる。自然、割と本気で嫌がってる彼の心底面倒そうな表情が目に浮かんできた。

 

 

「でも本人は断り続けてると」

 

「そうなんだよ。別にバスケに興味はないのでいいです、って丁寧に。もったいねーよ」

 

「あんましグイグイいきすぎるなよ。アイツは押せ押せで来る奴は好きじゃねぇから」

 

 

 脱力し、佑真は疲労を吐き出しながら机に突っ伏す。その瞬間に見えた残念そうな顔に颯は軽めに釘を刺し、カップに注いだ茶で喉を潤す。

 温かい液体が喉を通り抜け、鼻の奥から茶葉の香りが突き抜けてきた。

 

 押されすぎると嫌がるのが、空野 天という男。

 あまりにもしつこい相手からは極力距離を置きたがる彼との距離感は、付き合いの長い颯や咲太も未だに不透明だ。

 なんとなく掴めてはいるのだが、完全に掴めている感じはしない。親友だからパーソナルスペースに踏み込ませてくれてもいいのに、彼はこちらから踏み込もうとすると離れてしまう。

 

 親しき中にも礼儀あり、というやつだろうか。真面目すぎるのも大概だと颯は思う。

 

 

「天ってさ、冷静に考えて優良物件だよな」

 

「急にどした?」

 

 

 考えていた颯の鼓膜を、佑真の声が叩く。突拍子もないそれに思考を遮られ、視線を向けて小首を傾げると、佑真は「いや、だってよ」と、

 

 

「それなりに運動できるだろ。英語が致命的にダメなのを除けば頭いいし、若干の不良っぽさはあるけどルックスもいい。しかも真面目で律儀。特別、人と話せないわけでもない。………ここまで条件揃ってんのに、なんで彼女できないんだろうな」

 

 

 指折り、天の評価を立て並べる佑真はあらかた言い終えると、少しばかり考え込む。

 腕を組んで「んー」と顰めっ面になり、本気で分からないといった具合で眉間に皺を寄せた。

 

 それは、颯だけでなく咲太にとっても太古からの永遠の謎である。

 顔面偏差値、体型、諸々含めてビジュアル的には良物件な空野 天。10.0段階で評価するならば6.0〜7.0を平均して得られそうにも関わらず、生まれてこのかた彼女ができたことがないのが天だ。

 

 その理由は———、

 

 

「雰囲気か」

 

「雰囲気だな」

 

「目つき(わり)ぃし」

 

「俺に近寄ってくんなオーラ出してるし」

 

 

 一番の問題は、

 

 

「「そもそも牧之原翔子以外に興味なさそうだし」」

 

 

 奥深くにある根本的な問題を二人が口にした——次の瞬間、休憩スペースに盛大な爆笑が弾け飛ぶ。

 交互に問題点を挙げた末、最終的に同じ結論に至った二人の声が寸分の狂いなく重なり、顔を見合わせて豪快に笑い合った。

 

 と、そこに、

 

 

「——なに話してんだ。笑い声が外まで響いてるぞ」

 

 

 爆笑する二人の声を聞きつけたのか、開いた扉の奥から咲太が顔を覗かせた。

 目に涙を浮かべる颯、腹を抱える佑真、別々の反応を見せる二人の輪の中に入るように、彼は颯の横、そのパイプ椅子に腰掛ける。

 話に混ざってきた咲太に「いや、な」と颯は息を整え、

 

 

「天ってなんで彼女できねぇんだろうな、って佑真と話してたんだよ。咲太はなんでだと思う?」

 

「雰囲気の問題だろ。それか、牧之原翔子にぞっこんなことか」

 

「やっぱそう思うよな」

 

 

 ややお疲れな咲太が「ふぅ」と疲労の吐息を溢すのを横目に、颯と佑真は軽快に笑う。

 天の数少ない友人——この場にいる三人が共通の認識ならば、それで確定だ。あと理央が加われば絶対なものになる。

 

 見た目も内面も悪くないが、雰囲気が尖っているせいで周りから避けられてしまう、悲しき空野 天。本人が変えようと思っていないこともあって、それの効力は中学時代から現在にかけて発揮中。

 それ以前に、一途な彼は中学時代に出会った少女に首っ丈なため、他の女子には興味の欠片もない。

 

 結果、三人に今の結論に至らせたと。

 

 

「宝の持ち腐れって、ああいう奴のことを言うんだろうな」

 

「天が気にしてないから別にいいんじゃね?」

 

「それもそうか」

 

 

 前々から思っていたことを口にする颯。

 容赦のない酷評に笑いの余韻が長引く佑真。

 佑真の意見に納得して頷く咲太。

 

 三人の声が順番に交わされると、天の話題は幕を下ろした。

 本人不在の中、本人が聞いたら怒りそうな方向に広がった話が終わると、今度は咲太に話が向けられて、

 

 

「つか、咲太。なんでこっちきた。休憩か?」

 

「ディナータイムでホールが戦場になる前に休んどけ、って店長が」

 

「ほーん」

 

 

 食べ終えたカロリーメイトの袋を小さく結ぶ颯に短く返答すると、適当な返事が返ってくる。

 そのやりとりを見ていた佑真が「あ、そだ」とふと思い出したように、

 

 

「咲太、お前、なんか俺に隠してることあるだろ」

 

「なんだその言い方。僕は国見の彼女かなにかか? 僕が隠し事できるような人間に見えるか?」

 

 

 手を広げ、戯ける咲太。ニヤニヤした目で見てくる佑真に冗談っぽく言うと、颯が楽しげな表情で「見えるな。この中では一番」と笑いながら茶々を入れてくる。

 遊びの空気で茶化す颯を横目に佑真は「いやいや」と前のめりになり、

 

 

「冗談じゃなくて、上里のこと」

 

「あー、それか」

 

 

 ストレートに投げかけられ、微妙な表情になる咲太がすっと視線を逸らす。名前だけで、いつのどの出来事のことを指しているのか分かった。

 それだけで分かるのは、それほどまでに衝撃的な出来事だったからで、

 

 

「国見の彼女、すごいよな」

 

「分かる? 俺の自慢の彼女よ」

 

「僕が国見と喋ると、国見の株が下がるらしい。二度と喋るな、ってキレられたぞ。今、お前の価値っていくらだ?」

 

「想像以上に独占欲が強くてさ。めちゃくちゃ愛されてんのよ」

 

「次、僕とお前が話してるところを見られたらまた呼び出されて、今度は屋上から突き落とされるかもな」

 

「あー、なんつーか……すまん!」

 

 

 嫌味、皮肉、それに似たなにか。隠そうともしないそれを正面に受け、張り合っていた佑真が降参したように両手を合わせて頭を下げる。

 謝罪の意が見えるところからして、佑真も少しは思うところがあるのか。多分、ない。

 

 上里に対する羅列を淡々と並べた咲太。申し訳なさげに謝る佑真。二人を視界に入れる颯は「それは俺も言われたぞ」と言葉を挟み込み、

 

 

「咲太が言われるちょっと前くらいにな。ふらっと俺んとこにきて、咲太とは関わらない方がいい、って忠告だけして帰ってった。正直、ピキッときたぜ」

 

「熱心な彼女を持てて国見は幸せだな」

 

「だろ。幸せだよ」

 

 

 言葉全てが棘のある咲太だが、佑真は意に介さない。恋は盲目というべきか、開き直っているとさえ思える彼の態度に、二人はため息をつく。

 颯は心の中でやれやれと。咲太は実際に「はぁ」と呆れ半分に。

 

 

「上里もだけど、お前もすごいな」

 

「なにがよ?」

 

「あからさまに嫌味言ってんのに、全く彼女の悪口言わないのかよ」

 

「そりゃ、好きだからな。ちょっと想像力が豊かなだけで、真っ直ぐでいい子だよ」

 

「真っ直ぐすぎるのも考えものだけどな」

 

 

 硬く結んだカロリーメイトの袋を握りしめる颯、その厳しめな呟きを拾った咲太が「そうだぞ」と佑真に非難の目を向ける。

 彼氏なんだから制御くらいしてくれ——目で訴える彼に佑真はだらしなく頬を緩ませ、

 

 

「そこがいいんだよ。自由で活発なところが可愛いんだ」

 

「ダメだコイツ」

 

「酔ってやがる」

 

「好きな人に心酔するのは当たり前だろ? ほら、牧之原翔子に恋する天だって、それ以外に見えてないじゃん? それと同じだって」

 

 

 言うと、佑真は机に置いたスマホの画面に人差し指で触れる。ワンタップ、映し出されたロック画面の壁紙は話の中心、上里とのツーショット。

 ちゃんと恋人してる写真——高校生らしく流行りのポーズのそれを見る佑真は破顔していて、二人の声が届かないことを無意識に語っている。

 

 いつの間にか惚気だした友人に、顔を見合わせる颯と咲太。途端、二人は「やれやれ」と仕方なさそうな笑みを無言で共有すると、

 

 

「ま、僕のことは気にするな。上里になに言われてもかすり傷にもならないからな」

 

「それはそれで複雑だな」

 

「目の前で惚気るのはやめろ」

 

「ごめん無理」

 

 

 薄ら笑いの咲太と、指を差してきた颯。二人に的確に反応する佑真は、困ったような笑みを浮かべる。困らされているのは二人の方なのだが、生憎と彼にその自覚はない。

 だから、もう気にしないことにした咲太は、逆に「僕の方こそ悪かった」と、

 

 

「彼女の悪口聞かされて、気分悪くさせたよな」

 

「別に気にしてねーよ」

 

「いやそこは気にしろよ、彼氏」

 

「あ、そっか」

 

 

 咲太と同じく、佑真の惚気は気にしない方向に決めた颯のツッコミに、佑真は含みのない笑みを見せた。

 ついうっかりと言わんばかりのそれに咲太は呆れたように息をこぼし、颯は「仕方ねぇやつだな」と目尻を下げる。

 

 この会話を上里が聞いていたら、果たしてどんな反応を見せてくれるだろう。

 不意に考える咲太の脳裏には放課後の屋上に呼び出されたときの記憶、キレてた彼女の姿が映っていて、

 

 

「あの様子だと、クラスで浮いてる天にも飛び火しそう……と思ったけど、それはないな」

 

「おう。流石の上里も天には噛みつけないだろうよ」

 

「噛みつくって、お前な……」

 

 

 一瞬、過った考えが即座に破壊され、続けざまに放たれた颯の一言で完全に散る。恋人をまるで狂犬のように扱われ、佑真はなんとも言えない表情。

 強ち間違っていないと思う。が、敢えて佑真の前で言うことでもない。言うとしたら、また上里にブチギレられたときとしよう。

 

 咲太がそんな風に決めている横、スマホで時間を確認する颯が「おっ」と小さく声を漏らし、

 

 

「そろそろいくぞ」

 

「おー」

 

 

 立ち上がる颯がゴミ箱の中にカロリーメイトの袋をシュートし、タイムカードを通す。

 気の抜けた返事で立ち上がる佑真も、外へ出る背を追いかけるようにタイムカードを通し、

 

 

「分かってると思うけど、変に態度改めるとかやめろよ? 不自然に話しかけなくなったら怒るからな」

 

「それが喧嘩の種になっても知らないぞ」

 

「それはそれ。怒った顔も可愛いしな。それに、矛先は咲太に向く気がするから平気平気」

 

「僕が平気じゃないんだが?」

 

 

 「神崎、入りまぁぁす!」と言う、元気の良い声が響く休憩室。

 そんなやりとりを最後に佑真は「へへっ」と誤魔化し笑いを置き、怠そうに睨みつけてくる咲太を残し、部屋から出ていった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「颯。俺、ドリンクの補充するからお客さんの対応よろしく」

 

「わーった。任せとけ」

 

 

 休憩室での和気藹々とした談笑からスイッチを切り替え、バイトに勤しむことになった颯。

 緩む頰を引き決め、緊張の糸をピンと張る彼は客の対応をするべくホールへと向かった。

 

 ホールに出た颯を出迎えるのは、賑やかな喧騒と穏やかな談笑が混ざり合った空間。視界いっぱいに広がる光景には様々なグループがいて、各々が各々の狭い世界を広げている。

 子どもの口についたケチャップを拭く親子に、疲れた顔で食事をとるスーツ姿の社会人、のんびり紅茶を飲む老夫婦など。客種豊富な店内は見ていて飽きない。

 中には峰ヶ原高校の制服を着た女子グループもいて、スマホを見せつけて騒がしくしている。

 

 ディナータイム20分前ともなるとそれなりに人が多く、空席は四割といったところか。

 

 

「おしっ」

 

 

 がじっと拳を合わせ、颯は押し寄せる声という声に気合いを入れる。側から見れば気合いの方向性が間違って見えるが、武闘家の颯にはこのやり方が一番。

 あと20分もすれば時刻は午後7時——店内は地獄のディナータイムもとい戦場と化す。その心構えを整え、スマイルを作りながら出入り口に足を向けた。

 

 たった今、入ってきた客がいる。そしてその客を見た直後、颯のスマイルが一瞬にして曇った。

 

 

「ーーーー」

 

 

 こちらと目が合い、軽く会釈してくるその客は、二十代後半にも捉えられる女性だった。

 季節感のある清楚な色合いの半袖ブラウスに、膝下まで隠れるスカート。控えめなメイクに飾られた様相は知的で、どこかアナウンサーっぽさがある。

 肩からトートバッグを下げるその女性を、颯は知っている。よく知っている。知りたくもないが、約二年前から。

 

 「はぁ」とため息。

 崩れたスマイルを直そうともせず、出入り口で接客を待つその女性の下へ行き、

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で」

 

「あら、ファミレスに来たのだから食事に決まってるじゃない」

 

「本当にそれだけですか? ——南条(なんじょう) 文香(ふみか)さん」

 

 

 知ったような口ぶりで言い放ち、その女性の名を呼んだ。否、実際に文香の目的を知っているから、颯の声色は少し尖っている。

 表情が曇ったのもそれが理由だ。店員が客に見せていいものではないそれを、惜しげなく全開放している。それでも敬語が崩れていないのは、バイトにおける先輩の教育の賜物だろう。

 

 一目見て歓迎されていないと分かる接客。普通ならクレームまっしぐらなそれに、文香は楽しげに鼻を鳴らし、

 

 

「咲太君、いるかしら?」

 

「いない、って言ったら?」

 

「おかしいわね。外から見たときに見かけた気がしたんだけど」

 

「知ってて聞いたんなら意地が悪いですよ」

 

 

 店内の奥、颯が出てきた休憩スペースの方向に視線をやる文香の白々しい言い方に、颯は目をキッと細めて文香を睨みつける。

 客を相手に敵意丸出しの颯。普段はこんな粗末な接客などするわけもないが、この女性に限ってはそうも言えない。

 それもそのはず、だってこの人は、

 

 

「また咲太にお願いに来たんですか? (まっぱ)の写真撮らせてほしい、ってよ」

 

「正確には胸の傷の写真ね。だってあんな傷、普通はできないじゃない。思春期症候群なんて都市伝説じみたものが実は本当だった、もしそれが事実なら大スクープになると思わない?」

 

「この野郎、言わせておけば」

 

 

 あっけらかんとして答える文香の清々しい声色を聞き、颯の敬語が簡単に壊れた。

 今の一言は颯の感情を激しく逆撫でするものに他ならず、背中に隠した拳がグシャリと握りしめられる。

 

 この女性、南条 文香との出会いは今からおよそ二年前——咲太の妹が学校でいじめられた際、『中学生のいじめ問題』という名目で、咲太自身にも取材が回ってきたとき。

 その頃には既に『花楓』は『かえで』として生活していたから、かえで自身がまともな取材を受けられる状態ではなかったのだ。

 だから咲太に目が向けられた。そして咲太に取材に同席してほしいとお願いされ、颯やこの場にいない天が彼女と面識を持ったというわけである。

 

 文香は取材の過程で思春期症候群の存在を知り、興味を抱いていた。

 それが、一度だけ見せられた咲太の胸の傷と関係していると紐付け、こうして熱烈なアピールを二年間ほど続けている。

 彼女の口から言われたように、彼女自身も思春期症候群の存在を真面目に信じているわけではない。が、仮に本当ならトクダネだと諦めきれないらしい。

 そんなわけで、颯は文香と顔見知りになっていた。文香からの一方通行ではあるが。

 

 

「何度来ても答えは同じだと思うぞ。アイツは易々と自分を売るようなやつじゃねぇ」

 

「何度もアタックすれば、男の人って振り向いてくれるものだと思うんだけど」

 

「あんたの恋愛観を咲太に当てはめんな。高校生相手になに言ってんだ」

 

二十歳(はたち)を越えてしまえば、案外年齢差なんて関係なくなるものよ。子どもの颯君には分からないだろうけど」

 

「帰ってもらっていいか」

 

 

 ああ言えばこう言う文香。接客とは程遠い対応にもいよいよ嫌気がさしてきた颯は、額から前髪に手を差し込むように頭を抱える。

 まるで相手にされていない感が凄まじい。こちらがなにを言おうが眼中にない、自分の目的は咲太であって、颯ではない。そう言われている気がした。

 

 どうするべきか。

 自分は店員で、文香は客。この時点でやるべきことは決まっているのだが、心情的に許したくない。

 ゴミみたいなことを言っている自覚はある。しかし、ここを譲ると面倒なことになる気がしてならない。

 

 

「先輩先輩。神崎先輩」

 

「なんだ?」

 

 

 店員である自分と、咲太の親友である自分。二つの自分が頭の中で言い合い苦悶していると、不意に溌剌とした少女の声音と一緒に背中が叩かれる。

 振り返ればすぐそこに一つ下、峰ヶ原高校の後輩がいた。このファミレスで働き始めたばかりの駆け出しアルバイター。

 愛嬌いっぱいの笑顔を咲かせる後輩は、店長がいるであろう方向をチラ見すると、

 

 

「あんまり話し込んでると、店長に怒られちゃいますよ? ほら、次のお客さんもいつ入ってくるか分からないですし」

 

「そうよ、颯君。私、お客さんなのよ? 店員としてあるまじき対応じゃない?」

 

 

 思ってもみない援護射撃に便乗する文香が、そう言って口角を釣り上げている。

 その対応力はアナウンサーで培ったものか、逃げ場が封じられてしまった。

 

 心の中で舌打ちし、ぎこちなく笑顔を浮かべ、

 

 

「………こちらへ」

 

 

 後輩に短く礼を伝え、店内に案内する。一番端っこ、角の四人席。比較的空席が多いところに文香を座らせた。

 ここなら文香と咲太が話しても間違って聞かれることはないはずだ。聞かれたとしても内容を理解されなければ問題ないが、気をつけて損はない。

 

 席につき、トートバッグを下ろしながら一息つく文香。先程の後輩がその彼女にお冷を出し、颯に可愛らしくウィンクして颯爽と去っていった。

 お冷だけ出し、メニューの説明を放り投げたのは注意するとして、今のはなんのウィンクか。

 

 なんにしても、切り替えだ。いつまでも邂逅の感情を引きずるわけにもいかない。颯はスイッチをバイトに戻し、

 

 

「ご注文がお決まりでしたら、お伺いしますが」

 

「咲太君と話をさせてちょうだい」

 

「ご注文が決まりましたら、そちらの呼び出しベルでお知らせくださいませ」

 

 

 無愛想に定型分だけ伝え、常連という理由でメニューの説明を放棄し、軽く頭を下げる。

 次の接客に場を離れる直前、ふざけた注文をしてきた文香にすっと顔を近づけて、

 

 

「あんまり咲太にちょっかいかけんじゃねぇぞ。手ぇ出したら許さねぇ」

 

「相変わらず怖いのね。気をつけるわ」

 

 

 唸るような声で噛み付く颯だが、文香は全く取り合う気配がない。どこ吹く風な様子で受け流され、大人の余裕を見せつけられてしまった。

 彼女と自分とでは人生経験の差がありすぎる。本気で威圧しても怖くもなんともない、痛くも痒くもない、真っ向からこちらを見つめる彼女の笑みが、それを雄弁に語っていた。

 

 これ以上の抵抗は無駄——悟った颯は文香に背を向け、今のやり取りを見ていた佑真に「またあの人か」と苦笑いされるのを横目に、咲太がいる休憩室に向かう。

 軽くノックして扉を押し開き、机に突っ伏す咲太と目を合わせて言った。

 

 

「咲太。休憩中に悪いが、お前に客だ。——あのアナウンサーが来てるぞ」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「はぁああ!? おまっ、なにさせてんだよ!?」

 

 

 太陽が完全に沈み切り、晴々とした青空が漆黒の夜空へと姿を変えた世界。月光に照らされるファミレスの(もと)で、颯は驚愕の声を轟かせていた。

 その正面にはうるさそうに耳を塞ぎ、暴風に襲われたかのように背筋が反り返っている咲太がいる。

 

 時間は午後9時。バイトを終えた颯はこれから咲太と帰宅するところなのだが、帰り支度を済ませて退勤し、裏口から出たところで彼からとんでもない事実を聞いたのだ。

 

 それは、

 

 

「なんで胸の写真撮らせた!? そんなことする必要あったのか!? いや、つか、いつ撮らせた!? 俺、聞いてねぇぞ!?」

 

「言ってなかったからな」

 

「言ってなかったからな、じゃねぇよ!?」

 

 

 咲太の肩を掴み、ぶんぶん揺らす颯。

 表情を驚愕一色に染めた彼は、目をかっ開いて声を大にして怒号を叫び散らし、無気力な顔色で淡々と語る親友に不満を叩きつけた。

 

 聞けば、咲太は南条 文香から桜島 麻衣のことを聞き出すために胸元の傷の写真を撮らせたらしい。

 撮らせたらしいの一言で片付けられるほど簡単な話じゃないが、今は片付けておくとして。

 

 アナウンサーともなれば、ニュースで報道されているような一般人向けの情報とは違う情報——もっと生々しい情報を知っていると判断した咲太が聞いたところ、その勘は当たったらしく。

 文香はテレビでは語られない桜島 麻衣の情報、活動休止に触れるような情報も知っているのだとか。

 

 思春期症候群に悩まされる麻衣のことを気にかける咲太にとって、喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。

 胸の写真を一枚だけ撮らせることを条件に、それを文香から教えてもらったのだ。

 

 要するに、

 

 

「女のために自分の体を易々と売ったってことか!? そんな奴だとは思ってなかったぞ!?」

 

「麻衣さんのことを聞き出すためなら、僕はなんだってする。写真の一枚くらい、安いもんだ」

 

「シャンクス……腕が……っ! じゃねぇんだよ! バカかお前!? あーそうだ、バカだったわ!」

 

 

 風化しないネタを引っ張り出してきた咲太の決意みなぎる目に撃沈、ファミレスの壁を殴りつける颯が己の失態を呪う。

 

 あのとき、もっとあのアナウンサーに強めに忠告していればこうはならなかったかもしれない。咲太に会わせることをしなければ、違う結果はあったかもしれない。自分が話し合いにいてやれば、止めることができたかもしれない。

 

 行き場のない後悔(たられば)が次から次へと湧き、己のバカさと文香の強かさに青筋が浮かび上がってくる。

 

 

「どこで、いつ、撮ったんだ!?」

 

「トイレの個室で、休憩中に。お前がキッチンに呼ばれてるときだよ」

 

「あんときか! そりゃ分からねぇわけだよ! 裏に引っ込んでんだからな!」

 

 

 タイミングが悪すぎたと頭を抱え、颯は怒りの発散として体をぐわんぐわん動かす。

 その滑稽な姿に元凶こと咲太は、ぼーっとした顔で夜空を仰ぎ、

 

 

「あの人の香水って甘い匂いするんだな。ちょっと変な気分になった」

 

「高校生特有の感想は聞いてねぇよ!? お前ふざけんなよ、羨ましいッ!!」

 

「素直だな」

 

 

 情緒が掻き乱される颯の、やかましくも正直な意見に失笑。写真を撮らせた事実一つでここまで荒ぶられるのは予想外だが、これはこれで面白い。

 自分とは真逆の態度、恐ろしく冷静な咲太。まるで焦りの一つも感じない彼に颯は「お前よぉ!」と詰め寄り、

 

 

「なんでそんな冷静なんだ!? これじゃ外から見たら慌ててる俺がバカみてぇじゃねぇか!?」

 

「たかが胸の写真一枚だぞ。そこまで驚くことか?」

 

「いや、ま、そうだけどよぉ……」

 

 

 慌てる方がおかしいと言わんばかりの反応を胸に受け、驚愕に全力疾走だった颯の勢いがようやく弱まる。頭に疑問符を生やして小首を傾げられれば、その勢いは完全に消えた。

 ファミレスの壁に背を預け、颯は腕を組む。ぜーはーぜーはーと荒ぶる呼吸を整え、言葉に反して不満そうな目を咲太に向けた。

 

 「ふっ」と笑う咲太。その不満が自分のことを心配してくれてのものだと分かる彼は、その温かさに感謝しつつ、

 

 

「仕事のことに口出しするなら、麻衣さんのことを知っておいた方がいいと思ったんだ。じゃないと、麻衣さんと同じ土俵に立てない気がしてさ」

 

 

 言いながらハヤトの横に並び、同じように壁に背を預ける。横から感じる颯の視線を浴びながら、もう一度だけ夜空を見上げた。

 星々が煌めく世界の天井——そこに堂々と鎮座し、なによりも光り輝いているお月様を見据え、

 

 

「やりたいなら我慢せずにやればいい、って麻衣さんに伝えたいんだ。麻衣さんは今も芸能界に戻りたい、ドラマとか映画の仕事をしたい……そう思ってるから。きっと」

 

 

 至極真面目な声色で、無気力な表情に確かな覚悟と決意を宿し、咲太は静かに言い切る。

 ちゃんとした根拠があるわけではないけれど、そう思うのだ。麻衣と喧嘩してしまった日、電車の中で見た表情——ふとした瞬間に見せた、吊り広告を見ていた儚い表情が、そうだと教えてくれたから。

 

 だから、伝えたい。

 だから、会わなければならない。

 

 もう一度、麻衣に。

 

 

「ーーーー」

 

 

 口を閉じ、思い耽る咲太。その横顔を眺める颯は言葉を失い、瞠目していた。真横にいる親友の纏う空気、真摯な有様に呆然とする。

 

 こんな表情をする咲太を見たのは久しぶりだ。彼には珍しい、男らしくて頼もしい表情。

 前に見せてくれたときは、かえでの一件があったとき。自分の妹と向き合う覚悟を決めたときも、今のような顔つきをしていた記憶がある。

 ならば、自分にやれることはそのときと変わらない。驚き、暴れるのではない。

 

 

「そうか。ならいい。好きにしろよ。覚悟決めた男を邪魔すんのは無粋だしな。応援するぜ、咲太」

 

 

 肩にそっと手を置き、颯は力強く笑いかける。不要な感情の混濁が一切ない笑み、それを真っ直ぐに向けられ、咲太は「おう」と解けるように笑い返し、

 

 

「ありがとう。胸の件も、心配してくれてありがとな」

 

「水臭ぇこと言うなよ。親友(ダチ)だろ」

 

 

 当たり前に言う颯に肘で小突かれ、咲太は喉を低く鳴らして微笑を音にする。

 そう言ってくれることが嬉しくて、腹の底にある感情を素直に吐き出させてくれる彼の存在の大きさを、ひしひしと感じた。

 相変わらず頼もしい男だと心底思う。彼と出会っていなければ、自分はとっくに腐っていたと思えるほどに。

 

 

「さ、そろそろ帰るか。お前も、かえでちゃんがお腹すかして待ってるだろうし」

 

「だな。あ、でもその前にコンビニ寄らせてほしい」

 

「なんか奢ってくれんのか?」

 

「どうしてそうなる」

 

 

 そうして軽口を叩き始めたのが、神妙な空気を終わらせる合図だった。

手をパチンと叩いた颯が空気を切り替えたのをきっかけに、二人は帰路につく。

 反動をつけて壁から離れる颯の横に並び、咲太は彼と共に帰り道を歩き始める。

 

 思いがけない収集だが、麻衣と話せるものは手に入った。これで少しはまともな話し合いになることを期待しよう。

 問題はどうやって麻衣と再開するかだが———。

 

 

「———お?」

 

 

 不意に低く唸った颯の視線が、足元に落ちる。思考を遮られた咲太も釣られて視線をやると、颯がポッケからスマホを取り出しているのが見えた。

 持ち上げられたスマホは一定間隔で振動しており、画面は着信画面を映し出していて、『天』と名前が表示されている。

 

 

「天からだ」

 

「天からだな」

 

 

 こんな時間になんだろうか、と二人して疑問に思う。

 思っていても仕方ないので、とりあえず颯は『応答』をタップし、流れでスピーカーをオンにすると、

 

 

「やっほ、颯」

 

 

 と、ほのぼのとした天の声が聞こえてくる。仲良し面子の中で彼だけバイトじゃなかったから、恐らく家からかけてきているのだろう。

 そんなことを考えながら颯は「おう」と適当に返事して、

 

 

「どした?」

 

「バイト終わった?」

 

「終わったぞ。今、咲太と二人で帰ってる」

 

「隣にいるぞー」

 

 

 ゆっくり歩く二人がスマホに向かって交互に声をかけると、「そっか。それは好都合」と天の声色がやけに高くなった。

 なにがどう好都合なのか、思い当たる節のない二人は小首を傾げると、

 

 

「好都合?」

 

「なんでだ?」

 

「実はさ、二人に伝えたいことがあるんだけどね」

 

「おん」

 

「改まってどうした」

 

 

 声だけでも天が改まっていると分かる二人の首の角度が、更に傾げられる。疑問に疑問が重なり、疑問符が次々と頭の上に生み出された。

 そんなことなど通話越しの天に分かるわけもなく。だから彼は、その一言を容赦なく告げた。

 

 

 

「今、桜島先輩と一緒にいます」

 

 

 

 ピタッと、緩くも動いていた二人の足が止まる。

 凍りついたように、世界に静寂が訪れた。

 そしてそれは、これより五秒で溶ける。

 

 一秒、言葉の重みに処理落ちし。

 

 二秒、思考が完全に停止し。

 

 三秒、停止した思考を最速で再起動し。

 

 四秒、言葉の意味を理解し。

 

 五秒、感情を放つだけの酸素を肺に取り込み。

 

 そして、

 

 そして、

 

 

「はあああああーーっ!?」

 

「今どこにいやがるテメェエエ!!!」

 

 

 夜の住宅街に、爆撃のような怒号が轟き渡ったのだった。

 

 

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