ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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アニメがーー! 始まったぞぉぉおおお!!
二次創作ぅぅうう! 増えろぉおおおお!!
更新止まってる二次創作ぅ! 更新再開してぇ(泣

いや、まぁ、その辺は個人の自由なので無理強いはできないですが。





運命の裏側

 

 

 

「双葉って、いつもこんな時間まで実験してんの?」

 

「いや、今日は空野がいて捗ったから。普段は陽が落ちる前には切り上げるようにしてる」

 

 

 太陽とバトンタッチした月に照らされる世界の中、等間隔に置かれた電灯の真下を通り過ぎる天と理央が、二人並んで歩いていた。

 歩く速度はのんびり、自分ら以外に下校する峰ヶ原高校の生徒がいない道を、まったりとした雰囲気で。

 

 ポケットに手を突っ込み、小さくあくびする天の問いに、空を見上げて答える理央。

 流石に学校外ではデフォルトとしてお馴染みの白衣は着ておらず、代わりに薄手のカーディガンを羽織っていた。

 見慣れた光景を視界の端っこに、あくびで目端に滲む涙を拭う天は「ほーん」と覇気のない声を溢し、

 

 

「放課後に学校に残るのってなんかいいよね。中学生の頃は絶対にできないことだから、高校生してる感じがする」

 

「今更? でも意外。空野は部活にも入ってないし、学校が終わったらさっさと家に帰りたいって思う人だと思ってた」

 

「まぁ、そー思うのが大半だけどね。たまに颯たちと駄弁りたくなるんだよ」

 

 

 感情の読めない真顔の理央に横目で見られると、天は軽く頷く。それから「まぁ、でも」と横目で見返して、

 

 

「部活はしてないけど、バレーは続けてるし。筋トレもランニングもちょこちょこやってるから、学校に残ってる時間は基本ないかな」

 

「それ去年も聞いたけど、ずっと続けてるんだ」

 

「バレーは、少し遠出だけどスポーツセンターでやってんのと、OBとして中学の部活で。筋トレとランニングは続けてるうちに習慣になった。やらないとね、心の中の自分に、やらなくていいの? って急かされるんだよ」

 

 

 「なんかこう、ムズムズするんだよね」と、天は眉間に皺を寄せ、凍えた人間のように両手で体をさする。

 その辺の理解ができない理央は「なにそれ」と真横の男の仕草を適当に流し、興味を失ったように視線を正面に移した。

 

 

 ——時は、夜空に轟いた颯と咲太の大咆哮より数時間前に戻る。

 

 

 咲太がバイトに勤しむべく物理実験室から去ったあと、天は物理実験室の(ヌシ)こと理央の実験に付き合わされた。

 当初の予定では二、三十分で終わる簡単なものをするつもりだったが、実験をしているうちに熱が入ってあっという間に数時間、二人で下校する頃には午後六時半を回っていた。

 日が伸びているとはいえ五月、この時間帯にもなれば陽は沈み切りかけ。山吹色に鮮やかだった空は今、星と月が輝くステージ、漆黒色に染められつつある。

 普段ならこの時間帯は晩飯の支度をしている時間だが、結果として今日は下校の時間になった。

 

 

「正門から出た方が駅に近いのに、こっちだと遠回りな気がするけど」

 

 

 今から帰って作るとなると遅くなるし、作るのめんどいし、今日はスーパーで惣菜でも買って——なんてことを考えている天に、会話が投げかけられる。

 一度、夕食の考えを片隅に置く天。藤沢についてから考えればいいやと思考を着地させ、彼は「んー」と喉を低く唸らせると、

 

 

「遠回りだね。正門から出た方が駅からは近いと思う。登校は俺も正門から入ってるし」

 

 

 峰ヶ原高校には、正門と裏門がある。

 

 正門は最寄りである七里ヶ浜駅を出て、踏み切りを一つ越えたらすぐそこにある門。基本、ほとんどの生徒がこの門を通って校舎へと入っていく。

 裏門はその真反対側にあって、駅を使用する人間より学校周辺の住宅地から通う生徒が使用するイメージが強い。

 正門は七里ヶ浜駅から登校する生徒が、裏門は学校周辺から登校する生徒が多く使用する。これが峰ヶ原高校の一般的な認識。

 

 天も理央も前者の生徒。当然、登校は正門をくぐる。なら下校も同じはずなのだが、

 

 

「でも俺、下校は時間に追われないから裏門から出て駅に向かうよ」

 

「どうして?」

 

 

 純粋に疑問に思った理央が、不思議そうな目でこちらを見ている。

 その視線を導くように真横——道路を挟んだ向こう側にある海に目を向けて、

 

 

「こうして海を……七里ヶ浜を横目に帰るのが好きなんだよ」

 

 

 ——ここは、牧之原翔子と出会った場所だから。

 

 その言葉を心の中で言い切り、口を閉じる。それからしばしの間、ぼーっと海を眺める。

 

 降り注ぐ月光を反射する海は鈍い光沢を放っていて、その海を見ていると記憶に焼きついた光景が自然と脳裏に映し出された。

 海を見ると、月を見ると、彼女のことを思い出す。時間とは早いもので、最後に会った日から二年も経ち、一度も会えてないが、恋の熱は依然として冷めない。

 

 彼女に会うためにこの学校に進学したというのにこの現状、正直なところ自分はなんのためにここに来たのだろうと自問することがないわけではない。

 けれどいつかは会えるだろうと信じて、信じて、信じ続けると決めた。だから文句は言わない。

 

 元々、自分から歩んだ道なのだから。

 

 

「相変わらず、空野は呆れるほど一途だね」

 

「なんで俺の考えてること分かった?」

 

「空野が桜島麻衣に興味を示さない理由が分かった」

 

「無視すんな」

 

 

 一人納得した理央の声に意識を引っ張られれば、天は海に放った視線を戻す。

 呆れるほど一途な男認定されて苦笑を浮かべる天の視線には付き合わず、理央は真っ直ぐ前を向いて歩いていた。

 その歩き姿に言及を遮断されているような気がして、「はぁ」と吐息。それ一つで心にある感情を切り捨て、天は次なる話題を投げかけた。

 

 

「今日はありがとね」

 

「なにが」

 

「思春期症候群のこと。咲太に助言してくれたでしょ。それに対して否定的ではあるけど、ちゃんとした意見があるあたり双葉らしいと思うよ」

 

 

 素直に感謝を伝えた天が言うと理央が「それは……」と、喉に声を詰まらせる。なにか、喉元にまで込み上げてきたものを声にしようとして、寸前で踏みとどまったような感じ。

 直感的に感じ取ったものには触れず、彼女からの言葉を待つ天。沈黙の空白を埋める彼はスマホで電車の時間を確認し、

 

 

「空野があまりにもしつこいから、実験の合間に考えただけ。理論的に証明できないものを量子力学の知識で無理矢理に説いただけだから、信頼性の欠片もないけど」

 

 

 スマホに視線を落とした瞬間、彼女らしい返答が淡々と返ってきた。返答の早さに愛用する電車アプリを開いただけに終わり、すぐさまロックして画面を閉じる。

 友達と一緒にいるとき、必要なとき以外はスマホは触らない。会話の際に触るなんて言語道断だと強く思う天はスマホをポケットに入れ、

 

 

「それでも嬉しい、協力してくれてありがとう。お礼にそこのコンビニでなんか奢るよ」

 

「別にいい」

 

「あ、そーですか」

 

 

 右の親指で通りかかったコンビニを指差す天の優しさを一言で切り、理央はそのまま通り過ぎる。

 彼女がいらないと言うのなら無理強いはしないとそれ以上は言わず、天も通り過ぎた。

 

 コンビニを目印に曲がり角を右に曲がれば、正面に踏み切りが見えてくる。正門から出てくる生徒はあの踏み切りを越え、七里ヶ浜駅に向かう。

 正門から出たら一分と経たずに見えてくるそれも、裏門からでは十分程度もかかる。だから双葉の言う通り裏門から駅に向かうルートは遠回りなのだろう。

 

 ならどうして双葉はついてきたのか。遠回りだと知ってて、わざわざ自分と同じルートで駅に向かうことを選んだのか。

 聞くのは野暮だろう。変に心を詮索したくはないから、天は特に突っ込まないでおく。

 

 

「梓川、桜島先輩のこと、どうするつもりだろうね」

 

 

 浮上した疑問と、それに対する答えにそっと蓋をする天に、理央はなんとなく聞いた。けれどその言葉には確信めいたものがあって、確認のようにも捉えられる。

 だから天は、当たり前のように言った。

 

 

「助けるんじゃない?」

 

「解決の仕方も分からない都市伝説を相手に?」

 

「そ。咲太からすれば都市伝説だろうとなんだろと、関係ないんだと思う」

 

 

 理央に懐疑な目をされながら小首を傾げられるも、天の真面目な表情は崩れない。まるで、咲太のことを全て理解しているとばかりに自信満々で、真っ向から柔らかく否定した。

 

 実際、全て理解している。天は咲太のことを全て理解している。

 麻衣と仲違いした日の夜に意志は聞いたし、聞いていなくとも彼の人となりを深く知っていれば考えるまでもない。

 第一、咲太がここまで麻衣と関わっておいて途中で投げ出すような半端者なら、とっくに麻衣の話は終わっているはずだ。

 

 「ふっ」と、天は咲太のお節介さに笑む。この二週間、麻衣を探して奮闘した彼の姿を思い浮かべ、

 

 

「思春期症候群を発症して起こる現象ってさ、双葉みたいに量子力学的に難しい解釈をすることもできるかもだけど、俺はもっと単純で、違う解釈の仕方をしててさ」

 

「というと?」

 

「心の病」

 

 

 先を促されて自分なりの解釈を口にすると、理央が「心の病……」と静かに復唱する。

 考えそうで考えなかった別角度からのそれを咀嚼し、飲み込もうとする双葉に言葉を続け、

 

 

「中三のときに咲太とかえでちゃんの思春期症候群と向き合って、そう感じた。それは、なにかしら心に抱える問題が実際に形として、現象として、起こっちゃったものなんじゃないかな、って」

 

 

 以前、咲太と颯に話したことだ。思春期症候群というのは発症した人間が抱える心の病が原因——割と安直な見解、正解ではないが間違ってもないと思う。

 まともかどうかは定かじゃないが、精神科医も『多感ゆえに不安定な心が見せる思い込み』などと語っていた記事も、ネットで読んだことがある。

 一部では『現代社会が生み出した一種のパニック症状』と呼ばれていたり、『集団催眠』と噂されていたりもするとかなんとか。

 

 つまるところ、

 

 

「ま、それが合ってるかはわからないけどね」

 

「その解釈も間違ってはないんじゃない。思春期って言葉が頭に付くくらいだし」

 

「どーなんでしょうね。そもそも、思春期症候群に対する解釈に正解なんてあんのかな」

 

 

 この解釈を伝えたときの颯と同じことを口にした理央に賛同されるも、天は曖昧な様子だ。自分の言ってることが正しいのか、そうじゃないのか、考えているとこんがらがってくる。

 故に、深く考えすぎないのが思春期症候群との付き合い方。適度に思考の海から上がらないと、知らない間に溺れ死ぬ。

 

 「なんにせよ」と天は両手を合わせ、

 

 

「双葉は解決の仕方が分からない、って言ったけど、その思春期症候群を引き起こしてる人が抱える問題……心の病をどうにかすれば解決できるんじゃないかな。と、思ってる」

 

 

 「そう信じたい」と。半ば願望っぽく言い、乾いた笑いを溢す。そうじゃないと解決のしようがなくて、そうであってほしいと切に願った。

 

 目前にまで迫る踏み切りを渡らず左に曲がり、存在理由の不明な小さな橋、時間にして三秒で渡れる橋を越える。そうすれば、七里ヶ浜駅は目と鼻の先。

 本来なら三分の距離を十分近くかけて遠回りした二人。駅を見ながら「はぁ」と億劫そうな天、その横に並んで話を聞く理央はメガネをくいっと上げて、

 

 

「で、肝心の心の問題の解決策は?」

 

「その辺は咲太がなんとかするっしょ。アイツが中心になって動いて、俺と颯と双葉はその支援」

 

「勝手に私を入れるな」

 

 

 支援組に名を刻まれた途端、双葉の声が分かりやすく苛立ちに尖る。メガネの内側から覗くジト目が突き刺さり、天は「はは」と誤魔化し笑いを浮かべる。

 既に片足突っ込んでる——そう言ったらブチギレられそうだから禁句だと肝に銘じ、七里ヶ浜駅の改札を通った。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 本鵠沼駅で双葉と別れ、そこから江ノ電に揺られた天。流れる景色をぼーっと見ていれば藤沢駅に到着し、車両を降りた彼は改札を通り抜けた。

 出てすぐのところにあるショッピングセンターの前を通り過ぎ、江ノ電とJRの架け橋とも言える渡り廊下を抜け、学校関連では使用頻度の少ないJR改札の前を通りかかる。

 

 時刻は既に午後七時を過ぎ、駅近くには帰宅する社会人や部活帰りの高校生がちらほら見える。

 ちょうど電車がやってきたのだろう、JRの改札から大量の人たちがわらわらと出てきていて、各々が思い思いの場所へと足を進めていた。

 

 

 ーー帰る前にスーパー寄って惣菜買うか

 

 

 流れる人の波に攫われないよう、なるべく端っこを歩きながら、そんなことを考える。

 

 本来、この時間は支度をして夕食をとっている時間。しかし今日はイレギュラーが入ったから、夕食をとるどころか家にもいない。

 今から帰って支度するとなるとかなり遅い時間になるし、謎の疲労感のある体には作る元気もなさそうだ。

 一人暮らしを始めてから自炊を心がけてきたが、今夜はそれも無理そう。

 

 

「うん。たまにはいいよね。たまには」

 

 

 決めて、呟く。

 

 外のものは体に悪いから食べ過ぎは良くない——家事全般の知識を伝授してくれた母親の教えを心に刻む天も、今日くらいはと教えを無視することにした。

 良くないのは生真面目でいること、臨機応変というやつだ。何事もほどほどに。熱を入れすぎるとどこかで躓くから。特に、自分みたいな人間は。

 

 ともかくやることは決まった。とっとと買うもの買って帰ろう。

 

 

「……ん?」

 

 

 直近の予定が決まり、目的の場所に向けて歩き出す天——不意に、その足が止まる。背後からの小さい衝撃、弱い力で首根っこを引っ張られたような気がした。

 反射的に振り返る。直後、目の中に飛び込んできた存在に表情を歪め、

 

 

「………なんの、ごようでしょうか」

 

 

 若干の沈黙を挟んだ天の声が、緊張したように片言になっている。その瞳には原因である存在の姿がはっきり映し出されており、見間違うことがないことを教えていた。

 それは、こんな人通りの多い場所にいたら確実に注目を浴びてしまう存在。この二週間、幾度となく話題に上がった国民的大スター、

 

 

「桜島先輩」

 

「会って早々、そんな顔することないじゃない。私、空野君になにかした?」

 

 

 清楚な佇まいで、凛とした表情の麻衣。

 下校中だったのか、制服姿の彼女は邂逅一番に露骨に嫌な顔をする天に、訝しげに小首を傾げた。

 

 なにかしたと言えばしたし、していないと言えばしていないし。されたことといえば過去三回、買い物に強制的に付き合わされたおかげで、自分でも引くほど精神的に疲れたこと。

 敢えて理由をつけるなら、この顔はそのせいだ。天は麻衣を見ると、また買い物に付き合わされるのではと思い、一番にこの顔になってしまう。

 

 とりあえず、虚空に向かって話すイカれた男だと周りから思われたくないので、天はスマホを耳に当てて、

 

 

「買い物に付き合わさせられました」

 

「仕方ないじゃない。空野君以外に頼れる人がいないんだもの」

 

「それは……。そうですが」

 

 

 さもそれが当然だと言いたげの麻衣がはっきり言うと、天の歪んだ顔が疲れた顔になる。

 自分がおかしなことを言っているのかと頭を抱えたくなり、心の中でため息した。

 

 双葉に話した通り、藤沢駅周辺の人間からは完全に声も形も捉えられない存在——透明人間状態に陥っているのが麻衣の今。

 必然的に買い物もロクにできない彼女は家にある貯蔵だけで食い繋ぐのにも限界が生じ、形として思春期症候群によって生命の危機に瀕した。

 そんな彼女がこうして頼れるのは現状、自分だけだ。咲太とは仲違いしていて、颯に会うと咲太に通報されそうだから、無害な自分に白羽の矢が立てられたというわけである。

 

 咲太や颯にバレたら「なにしてんだお前ぇ!」とぶん殴られそうな絵面。

 親友の絆に亀裂を入れたくないので、天としてはできる限り彼女との接触は避けたいのが本音。

 

 

「周囲は確認したから、二人のことは気にしなくていいわよ」

 

「まだなにも言ってないです」

 

「顔に書いてる」

 

「そんなこと親以外で初めて言われました」

 

 

 芸能界で培われたスキルだろうか、心を読まれた天が小さな動揺を苦笑で誤魔化す。

 それから周囲を軽く見渡す麻衣がこの場にいる理由を考え、

 

 

「えっと……それで、なんのご用ですか? 買い物ならこの前に付き合ったはずですが」

 

「ええ、付き合ってもらった。空野君のおかげで空腹に悩まずに済んでる。——だから、今回は別件」

 

 

 「別件?」と、天は小首を傾げる。眉間に小さく皺を寄せ、思い当たる節のない彼は本当になんの用事かと不安に思う。

 

 周囲の人間から存在を認識されない彼女からのお願い——奇天烈な状態すぎて、なにを言われるかわかったものじゃない。

 どこかへ連れて行け、か。これをしろ、か。それとも伝言か。どれにしても、どれでなくても、面倒なことに変わりはなさそうだ。

 

 不安要素の多い発言に、思っていることが表情に浮かび上がる天。露骨に不安な顔をする彼に、麻衣は「そんなに構えなくてもいい」と前置き、

 

 

「咲太君と話がしたいから、どこにいるか教えて。空野君なら知ってるでしょう?」

 

 

 天を一直線に見つめ、要点のみを的確に伝えた。その目は天が初めて見る目、決意と覚悟の炎を奥に灯していて、軽はずみに言ったわけではないことを暗に示している。

 無駄に咲太を、二週間も避けつづけたわけではないらしい。なんの風の吹き回しか知らないが、彼女なりに心の整理がついたのだろうか。

 

 そんな風に思わせてくる麻衣の真剣な様子に、天は「なるほど。そーゆーことなら」と、

 

 

「咲太は今、バイトです。駅前のファミレス。時間的に、今頃アイツは怒涛の勢いで入店するお客さんと格闘してるんじゃないですかね。ひーひー言いながら」

 

 

「ちなみに」と続けて、

 

 

「颯も同じところでバイトしてます。アイツも咲太と同じく、現在進行形で格闘してると思います。二人とも今日はシフト入ってますし」

 

 

 入店&注文ラッシュに忙しなく働いているであろう二人を思い浮かべ、天は「大変そうだなぁ」と微笑を音にする。

 時刻は午後七時、ディナータイム。間違えなく、お客さんの対応に追われている時間。鳴り止まぬ呼び鈴の音、子どものはしゃぐ声、ピリつく厨房、考えるだけでも寒気がする。

 

 

「それも九時頃に終わるので、帰ってくるとしたらそれ以降。家から大体十分弱の距離にあるので、九時頃にマンション前で待機してれば、確実に会えると思いますよ」

 

「神崎君もバイトしてるなら、当然、咲太君は彼と一緒に帰ってくる?」

 

「はい。文字通り『隣に住んでる』ので」

 

 

 言うと、麻衣は「そう……」と含みを持たせて呟き、やや曇る表情を斜め下に向けて、人差し指を唇に当てた。

 表情と合わせて、思案する仕草だと一目見て分かる。これでシャーペンを指に持っていたら、ぱっと見だと超難問に挑む姿そのもの。

 

 なにを言われるのか。見当のつけようもない天は、もうなにも考えず言われたことを受け止める覚悟を決めた。

 顔を上げる麻衣。曇り模様が晴れた彼女は、そんな彼のことを見つめて、

 

 

「バイトが終わった二人に、電話してほしい」

 

「なんてですか」

 

「空野君が私と一緒にいること」

 

「無理です」

 

 

 軽々しく放たれた麻衣の発言を受け止めた瞬間、天は考える前に即答していた。

 直後に頭が発言の意味と重大性を理解し、心に訪れた焦りと驚愕の波紋が表情として浮き出る。

 予測不可能だとは知っていたし、なにを言われても受け止める覚悟はしていた。が、流石にそれは予測の範疇を超えている。

 

 だってそれは、

 

 

「それ、特大の地雷っすよ。これまで俺と桜島先輩が丁寧に退けてきたそれを、どうして今になって思いっきり踏み抜くんですか」

 

「咲太君と一対一で話がしたい。だから悪いけど、神崎君にはいてほしくないの」

 

「俺に引き剥がせと」

 

「察しがいいわね」

 

 

 あくまで自分と咲太の問題だから、それ以外の人間は部外者として扱う麻衣の横暴な要望。

 二人の間を繋ぐ者として面倒すぎる役目に、天は「はぁ」とため息。嫌そうな雰囲気と態度を隠そうともせず、麻衣に全面的に主張し、

 

 

「それが電話する事と、どう結びつくんです」

 

「引き剥がし役である以上、空野君もその場にいてもらうことになる。——なんの説明もなしに私と空野君が一緒にいるところを見られたら、どれだけ面白い反応が見れるんでしょうね」

 

 

 興味ありげに目を光らせた麻衣が面白そうに言うと、天の嫌そうな表情が更に深まる。

 「うわぁ……」とでも言いたげに頰が引き攣り、エグいことを要求した彼女に「えぇ……」と困惑と同時にドン引きの気配。

 

 もし、なんの説明もなしに、二人に今の光景を見られたら、どうなるか。

 この二週間、血眼になって探し続けていた存在と、実は親友が密かに会っていた。そんなことを前置きせず知られたら、どうなるか。

 

 単純かつ明快、激怒されて殴られる。

 

 

「だから電話しろ、って? 話を円滑に進めたいから会う前に事情を説明しろと」

 

「電話越しなら変に遮られることもないし、空野君も安心して言えるでしょう?」

 

「安心できる要素一つもないです。そのあとが怖いんですよ」

 

 

 他人事のように簡単に言う麻衣に、天はほとほと困ったと首を横に振る。

 よれよれと力なく振り、懇願するような声色で、

 

 

「別に俺の力がなくても、咲太と一対一(サシ)で話がしたい、って伝えたら素直に引いてくれますよ。颯はそーゆー男です」

 

「私、最悪の最悪まで想定して、張れる限り予防線を張る性格(タイプ)だから」

 

「親友の俺が断言します。颯は素直に引いてくれます。言うこと聞いてくれます」

 

「ダメ。その場にいなさい」

 

 

 びしっと人差し指が伸ばされ、粘る天を無慈悲に断ち切る。

 力強い指し方が、否定を受け付けない声色が、こちらを一直線に射抜く視線が、圧力を感じさせる表情が、拒否権などないことを天に語っていた。

 

 今の体勢で「そこに跪きなさい」とでも言えば、その姿は女王様。自然、天は彼女の頭に冠を幻視する。

 であれば、民である自分は従う他ない。元々、彼女の一方的な要求を飲まされ続けてきた結果がこれだ。

 「はぁ」とため息し、天は「分かりました」と、

 

 

「弁護してくださいよ?」

 

「大丈夫。ちゃんと助けてあげるから」

 

 

 渋々提案を飲み込む天に微笑んで頷き、麻衣は目尻を下げる。

 不意に浮かび上がった優しい表情は魅力的で、なるほど、流石は国民的大スターだなと、ドキッとさせられながら天は思った。

 「こほん」と、咳払いしてその感情を吐き出す天。彼は「では」と前置き、

 

 

「そーゆーことで。俺は家に帰るので、8時50分くらいになったらマンションの」

 

「今更だけど、それはなんのつもり?」

 

 

 なんにせよ、話はまとまった。

 

 それならとっとと家に帰る方向に話を進めようとする天の言葉を、麻衣の言葉が正面から押さえつける。

 伸ばした人差し指の先が揺らめき、ある一点を指す。その先にあるのは、先ほどからずっと天の耳に当てられていたスマホで、

 

 

「桜島先輩と話してると、俺はなにもないところに向かって一人ボソボソ話してる、イカれた人間だと周りの人から思われるので」

 

「あー、そういうこと。買い物してたとき、すれ違った人にすごい目で見られたものね」

 

「遅すぎる学びでした」

 

 

 斜め上に視線を逸らし、遠い目をする天。

 過去の過ちを振り返る彼を見てなにを思ったのか、麻衣は「ふっ」と唇を小さく、静かに綻ばせた。

 それからやや前のめりになり、「それと」と人差し指を今度は天の鼻先に向け、

 

 

「先輩呼びはやめて、って何度も言ったはず。空野君の先輩になった覚えはないわ」

 

「俺も桜島先輩に、先輩になられた覚えはないです。けど、俺の中で桜島先輩は高校の先輩なんです。先輩だから先輩って呼ぶんです。それ以上でもそれ以下でもないんです。桜島先輩」

 

「やめなさい」

 

 

 幼い子どもを注意するような柔らかさで、麻衣は天に向けられる先輩呼びを否定する。

 言葉に反してちょっと嬉しそうな空気を漂わせている気がするけど、言うと怒られそうだから口は閉じる天である。

 

 目の前にいる美女、桜島 麻衣。彼女が国民的大スターだと言われても、天は今ひとつピンとこない。

 今のところ、勝手に絡んできては無茶な要求をしてくる強引な先輩——それが、天の中の桜島 麻衣。これのどこが国民的大スターなのか。

 

 勿論、麻衣が持つ人並外れた魅力を見たり、常に身に纏う芸能人オーラを感じ取ったりすると、国民的大スターなんだなと思うときはある。

 けれどこうして接してるうちに、その思いよりも大きく膨らむ思いがあって。その思いが『国民的大スター』という肩書きを、完全に塗り替えていた。

 

 そもそもの話として、芸能人に全く興味を示していない天にとって、国民的大スターなんて肩書きなど、初めから有って無いようなものだが。

 

 

「ま、先輩呼びはともかく、これで話はまとまりました。8時50分あたりにマンション前に出るので、桜島先輩もそこに来てください。合流したら電話しますので」

 

「分かった」

 

 

 ぱっと話を切り上げた天が話を簡単にまとめると、麻衣は首肯する。

 それを確認したのを折に、天は「では」と一礼。空腹で死にかける前にスーパーに寄ろうと麻衣に背を向け、

 

 

「待って。もう一つ」

 

 

 離れかける背を、麻衣に再び呼び止められる。またしても首根っこを、今度は強めに掴まれ、前に進みかけていたのもあって首が締まり、「ぐえっ」と変な声が出た。

 次はなんだ、と。締まった部分に指を引っ掛け、首周りを緩める天は「はい?」と振り返り、

 

 

「なんですか?」

 

「私、芸能界に復帰する」

 

「へー、そーなんですか」

 

 

 「喉、(いて)ぇ……」と愚痴を溢しながら、あっけらかんと、適当に返事する天。彼は呼び止め方が雑な麻衣をジト目で見つめるが、麻衣はそれどころじゃないらしい。

 目が、点になっていた。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ポカンとしている。そのまま二、三回、瞬き。

 麻衣にしては珍しい、見れる人間も限られた唖然とした姿に天は「ん?」と小首を傾げ、

 

 

「俺、なにか変なこと言いました?」

 

「それだけ?」

 

「それだけ、ってなにがですか?」

 

「私が芸能界に復帰することについて。へー、そーなんですか、だけで済ませる? 普通」

 

 

 己の耳を疑い、信じられないものを見たような目をする麻衣に言われ、天は「あー」と低い声を鳴らして考える。今、こちらを疑う彼女が心の中でなにを思っているか。

 

 リアクションを怒ったとか、期待外れで不快に思ったとか、そんな感じじゃない。声色に熱が宿っていないし、表情も怪訝だから。

 これは多分、本当に不思議な出来事に遭遇したからこその問いかけ。彼女は今、未知との遭遇を果たしているのだ。

 

 なんて、壮大に考える天。日本という国を震撼させるであろう衝撃発言を右から左へ流した彼は、「俺、言いましたよね」と麻衣の目を見て、

 

 

「芸能人とか全く興味ないんで。芸能界のアレやコレに関心はないです」

 

「知ってる。でも、だからって……」

 

「桜島先輩が芸能界に復帰しようがしまいが、特に興味はありません。復帰したいのならすればいいと思いますし、したくないならしなくていいと思います。失礼な言い方で申し訳ないですけど」

 

 

 取ってつけた謝罪と一緒に思いを口にした瞬間、麻衣の肩が物理的な衝撃を受けたように跳ね、綺麗な双眸が驚愕に見開かれる。

 なにか言いかけようとして口が開くも、聞こえてきたのは息を吸う音だけだった。

 

 本人の感情をぶった切る言い方に、天と会ってから初めてと言えるほど、表情に大きな変化を見せた麻衣。

 もし、天のリアクションを期待していたのだとしたら、形としてカウンターを返された彼女は五秒ほど黙り込むと、不満に目を尖らせて腕を組み、

 

 

「そこまでハッキリ言われると、ちょっと腹立つ」

 

「なんでですか」

 

「他の人以上にプライド持って芸能活動してたし、活動再開してからもそのつもりだから、面と向かって興味ないって言われると不愉快。活動者に対して失礼よ」

 

「以後、気をつけます」

 

 

 睨みつけてくる麻衣に腰を折り、天は(こうべ)を垂れる。反抗すると余計な反感を買いそうだから、素直に従った。

 だから彼は、自分を見つめる麻衣が頰を緩ませていることに、気づくことはない。

 

 天が下げた頭を上げる刹那、その緩みを瞬時に引き締める麻衣。凛とした顔つきの彼女に天は「ではでは」と、

 

 

「桜島先輩の言いたいことも全て聞いたので、今度こそ失礼します。さっきの、後で咲太にも言ってやってくださいね。喜びますよ、きっと」

 

「ええ。そのつもり。空野君もよろしく」

 

「はい」

 

 

 このまま話し続けるとお説教でもくらいそうな予感がするので、強引に流れを変える天。

 その反応を受け取った彼は麻衣に笑みを見せ、今度こそ背を向けて彼女から離れていった。

 

 「あー、疲れた」と呟き、天は耳に当て続けたスマホをポッケに突っ込み、精神的な負担を感じて肩を回す。今夜、もっと負担を背負うのかと思うと、それだけで気が沈む。

 そんな天の後ろ姿を、麻衣はじっと眺めていた。その場で、じっと。

 眺めて、眺めて、曲がり角を曲がって見えなくなったところで、

 

 

「……本当に、面白い子。類は友を呼ぶとは、まさにこのことね」

 

 

 と。

 

 息をこぼし、一人静かに笑顔を湛え、彼女もまたその場から歩き出す。

 そんな風に麻衣が笑っても、反応する者は誰一人としていなかった。

 

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