ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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誰に対しての運命なのか。





運命は向こうからやってくる②

 

 

 

「おはよー、双葉ぁ」

 

「おはよ、空……なにそれ」

 

「昨日、颯にブン殴られた」

 

「え」

 

 

 そんな会話から始まった、翌日。

 天はいつも通り咲太たちと学校に登校し、いつも通り教室に入り、いつも通り理央に話しかけていた。

 

 麻衣が芸能界に復帰しようがしまいが、世界は無感情に回る。どんなにドラマチックな出来事が起きようとも、まるでそれが無かったかのように。

 故に天もまた、そんな世界に置いていかれないよう、いつも通りの学校生活を送る。

 

 が、残念なことにいつも通りではいられないことが起きていた。

 それは、直前に交わされた天と理央の会話に深く関わることで、

 

 

神崎(黒帯)と喧嘩でもしたの?」

 

「そしたら今頃、颯は本当の病院送り事件を起こしてる。俺はそんな馬鹿なことしないよ」

 

「でもその頰……かなり痛そうだけど」

 

 

 眺めていたスマホを閉じ、画面を伏せて机に置く理央。

 心配そうに彼女が見る先には、正面の椅子に腰掛けて背もたれに両腕を乗せる体勢、いつも通りの体勢で話を振ってきた天の姿がある。

 

 見慣れた天の姿。

 髪を七三で分けて後ろに流した目つきの悪い、初見なら不良にも見える男子——その右頬に、殴られたような痣があった。

 誰がどう見ても殴られたと分かる痣は目立っており、本人の容姿も相まって不良感を助長している。

 

 昨日、江ノ電の中で別れた時点では無かったものだ。それなら別れた後にできたと思うのが普通で、その答えはたった今、聞かされた。

 颯に殴られた、と。いったいなにがあったのかと理央は怪訝そうに、

 

 

「昨日、私と別れた後になにが?」

 

 

 眠そうな目で気だるげに、でもちょっと興味を示す理央。

 天は理央の机に頬杖をつくと、「んー」と喉を低く鳴らし、

 

 

「俺が桜島先輩と密かに会ってるのは知ってるよね?」

 

「ん」

 

「昨日桜島先輩が、その事を颯と咲太に伝えてほしい、って頼んできたんだよ。咲太に話したいことがあるから会いたかったらしくて、その機会を作るためにこれまでのことをバラせ、ってさ」

 

 

 「とんでもないこと要求するよねぇ」と、天は斜め上を見上げて遠い目。

 言っててその時のことを思い出し、やっぱり麻衣に関わると色々な意味で忙しないなと乾いた笑いを溢す。

 

 

「んで、まぁ、細かい部分は端折るけど、色々とあって二人にバラしたわけさ。したら案の定、黙ってたことに怒った二人に詰められて。咲太は先輩が宥めてくれたんだけど、颯は感情に一直線だから」

 

「激怒した勢いで殴られた、と」

 

「そ」

 

「その痣はそのときのもの、と」

 

「そ」

 

 

 面倒だから過程をすっ飛ばした天の説明でも、頭の良い理央は理解してくれたようで。

 今ので状況を把握した彼女が導き出した回答に天は二度、同じように短く頷く。

 

 天や咲太ほどではないが、理央も颯の性格をなんとなく分かっている。だから颯が、一度でも頭に血が昇ったら簡単には冷めない野蛮な男ということも分かっている。

 「感情に一直線」の一言で大方の流れを察した理央は、天の右頬に刻まれた痛そうな痣を見て、

 

 

「とんだ災難だったね。とりあえず、色々とお疲れさま」

 

「本当だよ。ったく、損な役回りを押し付けられたもんだっての。ブン殴られたときマジで痛かったんだから」

 

「意外、殴られるの慣れてると思ってた」

 

「だから俺は不良じゃねーって。生まれてこのかた、喧嘩なんて一度もしたことないんだから」

 

 

 労ってきたかと思えば、普通の顔してからかってくる理央に即答し、天は握り拳で軽く机を叩きながら苦笑。

 その反応に理央はまるで、「分かってる」とでも言いたげに唇を微かに綻ばせる。

 

 右頬の痣が喧嘩の痕だと言われても、なんの違和感もないのが天のすごいところだ。

 学年的には優等生に位置するというのに、見た目と雰囲気のせいで怖い男認定され、周りから避けられる。今の状態だとなおのこと。

 可哀想だなと思う反面、本人のこうした反応を見るのが面白いから、変わらないでいてほしいとも思う。

 

 

「それで、桜島先輩が梓川に話したかったことってなに? 二週間も避け続けた相手に会ってまで伝えること、って余程のことでしょ」

 

 

 天が不良か否かはともかく、理央は話の先を促す。

 これまでに幾度となくされてきた揶揄い方だ、天も受け流す力はついた。さっと気持ちを切り替えると彼は「あー、そうそう」と思い出したように、

 

 

「桜島先輩、芸能界に復帰するらしいよ」

 

「それを梓川に伝えるために?」

 

「そそ。なんか、咲太にガツガツ言われて踏ん切りがついたみたい」

 

 

 言うと、頬杖をつく理央が「ふぅん」とつまらなそうに鼻を鳴らして反応する。芸能界復帰についてなのか、咲太についての反応なのか、どちらとも取れるから曖昧。

 どちらにせよ、反応が薄いことに変わりはない。彼女もまた天と同じく、桜島 麻衣の芸能界復帰に大した関心はないらしい。

 

 

「デリカシーの欠片もない性格も、たまには役に立つみたいだね」

 

「んね。そのあと二人とも仲直りできて、週末には鎌倉デートするらしいし。なんか知らないけど、風が良い方向に吹いてきてる」

 

「え? 梓川があの桜島 麻衣とデートするの?」

 

 

 自然な流れで口にされた衝撃事実に、理央が目の色を変えて食いつく。

 先程よりも濃い反応、疑念の視線を向けてくる理央に天は「そう」と、我が意を得たりとばかりに口角を釣り上げ、

 

 

「桜島先輩、まだ一度も鎌倉で遊んだことないから観光に行きたいらしい。それに咲太が付き合うみたい」

 

「それって、デート?」

 

「デートなんじゃない? 知らん。俺に聞かないで。そーゆーのは颯に聞いて」

 

 

 手をゆるゆると振り、天は微笑の息を吐きながら首を横に振る。

 恋愛経験皆無——というより、牧之原 翔子以外の女子に興味がないから必然的に恋愛することのない自分に、デートのあれやこれを聞くなと。

 理央も理央で、天と似たような事情で恋愛とは遠い学校生活を送っているため、この疑問に答えという出口はない。

 よって、二人とも「まぁいいか」と適当に片付けた。

 

 

「あっ、デートと言えば。ちょっと聞いてほしいんだけど」

 

 

 傷痕の話題。

 芸能界復帰の話題。

 咲太の話題。

 

 短い会話の中で話題が三つほど投げかけられ、全て着地した気配が漂う中、また新たな話題が天によって投げかけられる予感。

 それはつまり、一つの話題から連想ゲームの如く話題が生まれる、無限に終わらない会話の始まり。

 

 話し出そうとする天を横目に、理央は教室の時計をチラと見る。

 時刻は八時二十分、朝のホームルームまで少し時間はありそうだ。

 

 

「咲太のやつ、桜島先輩とデートする日にバイト入れてやがって。その日、颯は空手で代われないから俺に代われ、って言ってきたんだよ。マジほんとありえねーよなあの野郎。俺がどんだけ————」

 

 

 時計に移した視線を、元の場所に戻す。

 

 怒った表情で、友人の愚痴を溢す天。

 彼とは対照的に、変わらず気だるげな表情をしながらも、理央はホームルームの時間が訪れるまで話を聞き続けた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 時間は過ぎ、昼休み開始直後。

 

 寝て過ごした者、遅刻した者、真面目に受けた者。様々がいた四時間目までが終わり、峰ヶ原高校の生徒は一時の癒しタイムに入っていた。

 

 勿論、この三人も漏れなく。

 

 

「ねぇ、マジで俺が代わんなきゃいけないの?」

 

「颯は空手で忙しいし、頼れるのが天しかいないんだよ。購買でプリン奢るから、代わってくれ」

 

「代わってやれよ。親友の頼みだぞ? それに、咲太にもやっと春が来たってんだから、親友として手助けしないわけにはいかねぇよな?」

 

 

 二年の生徒が行き交う長い廊下を、颯を先頭に天と咲太は横に並んで歩いていた。前一人と後ろ二人の二列体勢。

 颯が一番前なのは、三人で横一列に並んで歩くと邪魔だと天が指摘したからだ。天が咲太にぶつぶつと愚痴を言い続けるため、自然とこの構図が完成したのである。

 

 廊下の声と、教室の声が混ざり合う、賑やかな昼休みの廊下。

 昼食も取らず仲良く歩く彼らの話題は、週末に約束されたデートのことだった。

 

 無事に麻衣と仲直りした咲太、彼は思いもよらないタイミングで彼女とのデートが決まった。

 しかしその日には既にバイトが入っており、交代してもらうしかなく、一秒だけ悩んだ末に親友二人に白羽の矢が立った。

 その日、颯は空手が入っているため交代の対象から外され、特に予定がない天に焦点が定められた。

 

 要点だけまとめてもかなり横暴、それも今回の一件で散々な扱いを受けた天にお願いということもあり、先行きはかなり曇り模様だ。

 そのため、咲太は口での説得を諦め、物で釣ろうという判断に至った。

 

 結果、今の状況がある。

 

 

「いや、別に、シフトくらい代わるけどさぁ。どーせ暇だし。でもなんか俺、色々と扱いが雑じゃない? なんで俺だけこんなに頑張らなくちゃいけないわけ?」

 

「今回のお前はそういう役回りってことだな。プリン食って我慢しろや」

 

「今回のお前、ってなんだよ!? つか、俺が不貞腐れてんのお前のせいでもあんだからな! この右頬! この痕が目に入らぬか!」

 

「痛そうだな、かなり」

 

(いて)ぇよ、かなり! 不良っぽさが増した、って双葉に言われたわ!」

 

 

 振り返り、後ろ歩きでこちらを見てくる颯の他人事のような振る舞い方にがなり、右頬の痣に安直すぎる感想を口にした咲太にがなり、天はやいのやいのと騒ぐ。

 そこで「シフトくらい代わる」と言うあたり、根っこの優しさが見える。が、降りかかった災難のせいで、その優しさを素直に受け入れられない自分がいるらしい。

 

 

「ま、そんなモヤモヤはプリンと一緒に飲み込めばいいだろ。ついでに頰の痛みも。購買で一番高いの奢ってやるから」

 

「なんで上から目線なんだよ。お前、俺に頼み込んでる自覚ある?」

 

「それくらいちゃんとあるぞ。でなきゃ一番高いの奢ったりしない」

 

「ついでに俺にも奢ってくれ」

 

「ふざけんな」

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

「やばいやばい、購買行かないと!」

 

 

 同時刻。

 

 その女子生徒は、とても焦っていた。

 

 とても焦りながら、今、教室から飛び出した。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

「焼きプリン二個。それで代わってあげる」

 

「分かった。交渉成立だ」

 

 

 人差し指と中指を立て、ピースサインしてくる天の条件に咲太は力強く頷いた。

 言われた通りこちらは頼み込む立場なので即決、麻衣とのデートを成功させるためなら出し惜しみはしないし、文句は言わない。

 むしろ、この程度で代わってくれる天に感謝しなくてはならないくらいだと思う。

 

 今のところ、麻衣の思春期症候群絡みで頑張っているのは天。本人としては不本意すぎる役目を担い、その上で昨日の出来事。

 颯の端的すぎる顔面ストレートにブチギレられ、麻衣と仲直りする代わりに天と仲違いしていても不思議ではない。

 

 つまり、

 

 

「天って仏なのか?」

 

「やっぱお前もそう思うよな!」

 

「なに考えてその答えに行き着いたのか知らないけど、うざいから二人とも殴る」

 

 

 巡り巡って颯と同じ考えに行き着いた咲太の腑抜けた面を睨みつけ、共感する颯もろとも殴ろうと天は拳を握りしめる。

 が、実際に殴れるわけではないので、その拳はポケットの中に突っ込まれた。二人も天が殴ってくるとは思わないので、逃げることは特にない。

 

 「はぁ」と、天はため息。怒ることに不器用な自分に若干の苛つきを感じ、

 

 

「なんで俺って、結局は許しちゃうんだろ。冤罪で顔面ブン殴られたのに気にしてないし、シフトまで代わってるとか。俺、優しい」

 

「お前の場合、単純に怒るのが面倒だと思ってるかもしれねぇな。ごちゃごちゃ考えちまうんだろ」

 

「怒ったら僕たちがどう思うか、とか。自分を無理やり納得させて、怒りって感情を宥めてんのかもな。どこかの誰かさんと違って、怒っても即殴らないし」

 

「そうね。どこかの誰かさんと違って、俺は怒る前に話を聞く性格(タイプ)だから」

 

「誰だろうな、ソイツは」

 

 

 白々しく受け流し、颯は体を半回転。二人に背を向けて歩く。その背中には咲太の半笑いと、天のジト目が突き刺さっていた。

 そんなことなど知らぬ存ぜぬの颯。再び体を半回転させ、後ろ歩きで二人と目を合わせると「つーかよ」と前置き、

 

 

「思ったんだが、桜島先輩が芸能界に復帰すんなら、先輩の思春期症候群は治るんじゃねぇか?」

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

「もー! みんな起こしてくれてもいいじゃん! 玲奈ちゃんも日南子ちゃんも、今日私がお弁当忘れたの知ってるくせにーー!」

 

 

 同時刻。

 

 その女子生徒は、とても焦りながら、廊下を駆けていた。

 床を蹴り、生徒たちの横を凄まじい勢いで通り過ぎ、階段のある方向に向かって。

 

 

 ——その方向は、奇しくも、一階下で廊下を歩く三人と同じだった。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 不意を突かれた気がして、天と咲太の足が止まりかける。颯の口から放たれた単語——思春期症候群が治るかもという考えに意識が引き寄せられて。

 

 発言の意味を理解しようと、無意識に思考を高速回転させる二人。止まりかけた足を動かしながら考え、彼らはその意味を瞬時に理解した。

 「あー」と納得の声を上げる天。その横で咲太も「確かにな」と顎に手を当て、

 

 

「テレビに出て注目を浴びれば、麻衣さんの存在が忘れられることもない。僕が言ってたことか」

 

「そうだ。忘れてたヤツも思い出すだろ。あの桜島 麻衣が復帰するとなりゃ、どのチャンネルでもその話題で持ちきりだろうしよ」

 

 

 パチンと指を鳴らし、颯は得意げに語る。共感する二人に首肯されると「だろ?」と歯を見せて笑った。

 

 既に麻衣はあのアナウンサー、咲太を通じて南条 文香に芸能界復帰を宣言しているそうだし、後戻りするような真似はしないはず。

 その際、咲太の胸の傷の写真を非公開する事と引き換えに独占取材の確約もしたと聞いたし、復帰の準備は万端に思える。

 時間が経ち、取材映像がテレビで放送されれば、日本は瞬く間に『桜島 麻衣』色に染まるだろう。

 

 

「そうなりゃ思春期症候群は晴れて解決、天が買い出しに駆り出されることもなくなるってわけだ」

 

「それは助かる」

 

「心配するな、次からは僕が麻衣さんと行く。金輪際一切、天が麻衣さんと買い物に行くことはない」

 

「はいはい」

 

 

 並々ならぬ使命感を感じさせる様子で食い気味に言い寄ってくる咲太を、天は面倒くさそうに右から左に流す。

 麻衣に特別扱いされる天を羨望と嫉妬、その二種類が混濁する目で咲太は見て、

 

 

「ちなみに、芸能界復帰を一番に聞いたことも許してない」

 

「それはお前が桜島先輩を怒らせたのが悪い」

 

「僕が一番に聞きたかった」

 

「そーですか」

 

 

 睨むに近しい見つめ方をしてくる咲太には付き合わず天は正面、未だ後ろ歩きでこちらを見る颯の後方、三人の進行方向に視線を飛ばす。

 もし後ろから人が来たら言おう。自分と咲太のやり取りを面白そうに聞く颯を横目に、そんなことを考えながら「でもさ」と、

 

 

「桜島先輩の思春期症候群、そんな簡単に治るもんなのかなぁ」

 

「なんで?」

 

「いや、なんとなく。そんな気がする」

 

 

 両の拳をポケットに突っ込み、天は窓から空を見上げて言った。

 その表情には言い表し難い感情が揺らめいており、意味の分からない颯と咲太は揃って頭の上に疑問符を浮かべる。

 

 確かな根拠はないけれど、麻衣を苦しめる思春期症候群は簡単に治るものじゃない予感が天にはしていた。

 一部の人間から、いや、現状では一部と表現するには足りないくらい多くの人間から認識されなくなった麻衣。その現象がテレビに出ただけで解決するのだろうかと。

 

 曖昧な不安に顔色が曇る天。空の晴れ模様を眺める彼の陰気臭い姿勢を、颯と咲太は笑い飛ばし、

 

 

「そう悲観的になるなよ。きっと治るぜ」

 

「治らないならそれはそれで、他に糸口を探せばいいしな」

 

「前向きだねぇ、二人とも」

 

「「お前が悲観的すぎるんだよ」」

 

 

 不安を呟く天が二人の前向きさに呆れ半分、感心半分していると、一言一句違わぬ言葉が同時に返ってくる。

 打ち合わせでもしていたのかと疑うくらいのピッタリさに驚き、視線を窓から二人に向けると、こちらに笑いかける彼らと目があった。

 迷いや恐れといった、行動を鈍らせる全ての要素がない力強い目つきは頼もしく、弱気な心が鼓舞されるような感じがして、

 

 

「……なんか、颯はともかく、咲太までその目ぇしてんの腹立つんだけど」

 

「今の流れでどうしてそうなる」

 

「うるせーよ。この、無気力系男子。普段から死んだ目ぇしてるくせに、ここぞとばかりに気合い入れやがって」

 

「死んだ目とは失礼なやつだな。天だって似たようなもんだろ。この、目つきの悪さ学校一番野郎」

 

 

 文句のつけ方が幼稚な二人の煽り合戦。目という観点に絞ったそれは、外から見守る颯からすればどっちもどっち。

 片や死んだ魚のような目、片や狼のように鋭い目、客観的に捉えるとどちらも特徴があるように見える。

 強いて言えば天の方がインパクトが強いから、印象に残るのは天だろうか。

 

 などと考えながら、二人の言い合いに、静かにくつくつと笑う颯。

 二人の前方を歩く彼は、二人よりも少しだけ早く一階に続く階段のある踊り場に出て、

 

 

「——って、わぁーー!?」

 

 

 唐突に、その声を耳にした。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

「早く行かないと全部売り切れちゃうーー! みんなと一緒に食べないと……早く、早く!」

 

 

 数秒前。

 

 その女子生徒は、肩を弾ませ、息を切らしながら、廊下を駆け抜けていた。

 目的地は学校の一階にある購買、少女の現在地は三階——一学年の教室が並ぶ階だから、まず下に降りるための階段を目指す必要があった。

 

 廊下を一直線に走り、走り、走る。

 立ち話をする生徒、こちらに向かってくる生徒、教室の扉から出てきた生徒、たくさんの障害物を上手く避け、下に続く階段のある踊り場に出た。

 

 回り階段を駆け足で素早く降り、奇跡的に二階の踊り場に誰もいないことを確認すると、

 

 

「誰もいないから階段もすっ飛ばして、とぉー!」

 

 

 跳躍。

 

 体に乗った運動エネルギーを跳躍の力に変換し、五段以上も階段を飛ばして二階の踊り場に飛び降りた。

 数秒後には着地する体、割と勢いで飛んだ女子生徒は着地の体勢を整えようと足に力を込め———、

 

 

「って、わぁーー!?」

 

 

 瞬間、不意に曲がり角から姿を現した男子生徒に、可愛く声を荒げた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 その瞬間、颯が見たのは女子生徒の顔面だった。

 

 比喩でもなんでもない、本当の本当に女子生徒の顔面がすぐそこにあったのだ。

 予兆なく耳に飛び込んできた女子の叫び声に反応し、反射的に声の方向に体を向けた——その時点で、颯の視界は顔面で埋め尽くされている。

 

 

 ーーあ、これ当たる

 

 

 本能的に理解した、その直後、

 

 

「きゃっ!」

 

「ぐへっ!?」

 

 

 額に硬い感触がぶつかり、頭の中で『ゴンッ!』と鈍い音が轟く。

 一瞬、火花でも散ったように視界が白く光ったかと思った次の瞬間、体の前面に重い重量がどっとのしかかり、抱きつかれ、支えきれずに背中から押し倒される。

 まともな受け身もとれず後頭部を床に打ち、頭の中で二度目の『ゴンッ!』と鈍い音が響いた。

 

 一瞬の出来事。完全に意識外からの襲撃に、ものの見事にやられた颯。

 なぜ、自分が天井を見上げているのか理解できない彼だが、事故現場を外から見ていた二人はなにが起きたか分かっていて、

 

 

「うえぇ!? 大丈夫ぅ!?」

 

「無事か、颯ぉ!?」

 

 

 理解するのに数秒ほど使ったせいで、目の前で起きた事態に遅れて反応した二人。

 目を剥いて驚く天、荒げて颯の名を呼ぶ咲太、大慌てで駆け寄る彼らの視線が集まる場所に、答えはある。

 

 

 ——女子生徒が、降ってきたのだ。目の前を歩く颯の右側、つまり階段のある方向から、突然に。

 

 

 誰も予想できない登場をした女子生徒は颯に突撃し、勢いそのまま押し倒してしまった。

 流石の颯も対応できなかったのか、おかげで女子生徒の下敷きにされ、完全に倒れている。

 

 

「いっつ……」

 

「い、いたかぁ……っ!」

 

 

 事故直後の感情に外野二人が狼狽していると、颯と女子生徒の口から苦痛の声が漏れ、重なる。

 馴染みのない訛りを聞きながら、後ろに手をつき、ゆっくり上体を起こす颯。彼は声の正体と自分の状況を確認しようとする。

 頭を軽く横に振って目眩を振り落とし、胸元、謎の体重が乗っている場所に目をやり、

 

 

「………あ?」

 

「ふぇ?」

 

 

 再び、先ほどの顔面があった。超至近距離、吐息がかかるくらい近い距離に。

 今度は目と目がしっかり合っている。思わず、互いに変な声が出た。

 

 小顔で可愛らしい、ふんわりショートボブの女子生徒だった。

 どこか庇護欲を煽られるあどけなさが残った顔立ちには薄めのメイクが施され、可愛くセットされた髪には小さな髪飾り。

 全体的に陽のイメージを与える雰囲気は、イマドキ女子高生ど真ん中といった印象を一番に抱かせる。

 端的に表現すると、可愛い系。

 

 

「あ、えっと……」

 

 

 額に手を当て、目に涙を浮かべる女子生徒。口が言葉を紡ごうとパクパク動くが、かける言葉が見当たらないのか声は出ない。

 

 そしてその間に、颯は身に起きた出来事を瞬時に理解した。

 事故寸前の光景、額の痛み、体に感じた重量、この女子生徒に押し倒される自分——四つの情報から、階段から飛び降りた女子生徒に突撃されたのだと。

 突撃の瞬間にぶつかった額は赤く腫れていて、眼前の女子生徒も同様。涙を浮かべているのは、きっとそのせいだ。

 

 上の階から降りてきたことから察するに、一年生だろうか。

 であれば、ここは先輩としての優しさを見せる場面かもしれない。

 

 考え至った颯。

 彼は全身に響く痛みをぐっと堪え、状況に乗じて湧き上がる感情をいったん無視し、

 

 

「大丈夫か? 怪我は……」

 

「ぶつかってごめんなさい! あたし、急いでるから!」

 

「あ、ちょ、おい!? 怪我とか……」

 

 

 努めて冷静に声をかけようとした颯の頑張りは、面白いくらいに空振った。

 

 声を発したことが起点となったか、はっとして颯の体から退いて立ち上がると、その女子生徒は浅く頭を下げ、謝罪の言葉を置いて走り出す。

 背に当たる静止の声も無視して階段を駆け降り、有無も言わさずその場から消えていった。

 

 

「パンツ見えてたな」

 

「俺は見てない」

 

「白だったぞ」

 

「俺は聞いてない」

 

 

 そんなやり取りが横から聞こえてくる中、呆然として女子生徒が消えた階段を見つめる颯。

 呼び止めた右手が虚しく伸ばされ、その体勢で固まる彼は、色々な意味で置いてけぼりにされた。

 直前にあった女子生徒の「ごめんなさい!」も相まって、絵面だけ見れば告白してフラれた悲劇的なワンシーンに見えなくもない。

 

 だから咲太は、ちょっとだけ面白おかしく思いながら「大丈夫か?」と颯の肩に手を置き、

 

 

「そのデコ、かなり腫れてるぞ」

 

「まぁ、(いて)ぇっちゃ(いて)ぇが、我慢できないモンじゃねぇよ」

 

「一応、保健室で冷やしたら?」

 

「平気平気。問題ねぇ」

 

 

 顔を覗き込んでくる咲太から差し出された手を取り、颯は立ち上がる。

 保健室に行くことを提案してきた天に気丈夫な声で返し、胸に溜まった息を吐いた。それから女子生徒が去っていった階段に顔を向ける。

 

 中々に、刺激的な時間だった。

 階段から飛び降りた女子生徒に突撃され、額と額がごっつんこし、挙句の果てには押し倒される——あまりにも現実味のないハプニング。

 起き上がった瞬間に視界に映った女子生徒の顔は脳裏に焼き付き、恐らく簡単には忘れられないだろうなと颯は思う。

 

 

「三次元でも、そんなことってあるんだ」

 

「そんなこと?」

 

 

 濃密な出来事を振り返っている颯の横、同じく階段を見つめる天が感慨深そうに言うと、颯が復唱しながら小首を傾げた。

 無言で視線を向けてくる颯、その視線を誘導するように天は先ほどの女子高生が飛んできた階段——一学年の教室がある三階に続く階段を見て、

 

 

「ほら、あれだよ。曲がり角で美少女とぶつかる、典型的な恋の始まりシュチュエーション」

 

 

 アニメオタクらしい例え話を引っ張り出され、咲太と颯は二人して「あー」と共感。

 颯と女子生徒の邂逅——古来から伝わるテンプレ的な展開に、確かに似ている。それを彷彿とさせるものではあった。

 にしては、可愛くないぶつかり方だったけれど。

 

 

「だとしたら、あの女子生徒が颯のヒロインってことになるな」

 

「食パンとか咥えてたら最高だった。いっけなーい、遅刻遅刻ぅ! ってな感じで」

 

「どこの少女漫画だよ」

 

 

 テンプレ通りなら、これからあの女子生徒と颯の恋物語が始まると冗談混じりに予想する咲太。

 再現のつもりなのか、その場で足踏みして女の子走りする天。

 茶化す二人に的確なツッコミを入れる颯。

 それらの反応が連続すると、三人は感情を共有して笑い合う。

 

 そして、

 

 

「……あ。ごめん俺、放送室の鍵閉めてくるの忘れてたから、ちょっと閉めてくる。なんか不意に思い出した」

 

「タイミングイカれてんだろ」

 

「思い出す要素どこにもなかったぞ?」

 

 

 笑いの余韻が尾を引く前に、天はふとした拍子に忘れていたことを思い出した。

 彼は二人の声を他所に、徐にポケットの中に手を入れると、『放送室』と文字の書かれたストラップが付けられた鍵を取り出す。

 放送委員でなければ取り扱えないそれを持っているのは、彼が放送委員である証であり、

 

 

「副委員長として、責任のある仕事を任されたからね。閉めてないと普通に怒られる」

 

「購買は?」

 

「先に行ってて。後で追いつく」

 

 

 人差し指にストラップを引っ掛け、天はくるくる鍵を回しながら二人とは別方向に足先を向けた。善は急げと行動で示すような速度で背を向け、歩き出そうとする。

 離れかける背中に颯は「いや」と待ったをかけ、

 

 

「面白そうだから俺はついて行くぜ。放送室の中も見てみてぇ」

 

「それなら僕も行く。イタズラで校内放送でもしてみるか」

 

「やめて。俺の責任になるんだから」

 

 

 悪巧みしてる顔でついてくる二人をやんわりと咎め、天は歩き出す。

 そうして三人は目的地を購買から放送室に変え、来た道を戻っていくのだった。

 

 

「にしても、(いて)ぇな」

 

「やっぱり痛いのかよ」

 

「恋に痛みはつきものだから。咲太も桜島先輩にビンタされたらしいし」

 

「お前は早く少女漫画から離れろ」

 

 

 いつも通り、談笑しながら。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 颯と女子生徒の邂逅から、およそ五分後。

 

 その女子生徒は、やっとの思いで購買から教室に帰ってきていた。その手に戦利品の、唐揚げ弁当を携え。

 

 

「あ、やっと帰ってきた。朋絵遅すぎー。お腹ぺこぺこなんだけどー」

 

「みんなが起こしてくれないからじゃん! 相変わらず購買は人多いし、買うの大変だったんだよ?」

 

「朋絵が寝てるのが悪いんだよ。そもそもお弁当忘れなきゃいい話だし」

 

「それ言うの反則!」

 

 

 帰ってくるなり自分を出迎える賑やかな声に疲れた声で返しながら、その女子生徒は笑顔を浮かべて教室の真ん中に向かう。

 そこでキラキラした雰囲気を纏う三人組がその女子生徒を手招きしていて、一つの机を囲み、その机に持参した弁当を広げていた。

 その女子生徒は導かれるように輪の中に入り、空いている椅子に腰掛け、

 

 

「ごめんごめん、お待たせ。さ、食べよ」

 

「んー、食べよ食べ………朋絵、そのおでこ、どした? めっちゃ痛そうじゃん」

 

「え? おでこ?」

 

 

 購入した唐揚げ弁当の蓋を開けようとしたところで、そう言われて女子生徒は動きを止める。指摘した友達を見る彼女は、三人の視線が自分に注がれていることに気づいた。

 それらの視線は目の位置よりやや上を向き、ある一点に集中している。

 

 おでこ——思い当たる節のある女子生徒は「まさか」と心の中で思いながらスマホを手に取り、カメラを起動。外カメラから内カメラに切り替え、

 

 

「えー!? なにこれ!?」

 

 

 ぱっと画面上に映し出された自分の顔を見た途端、その額で存在を主張する腫れた部分に驚愕の声を上げる。

 あまりの驚きに椅子を引いて立ち上がり、叩きつけるように机に手をついた。

 

 

「なにこれって……勝手にできたものじゃないよね? 誰かとぶつかったりでもした?」

 

 

 顔が命の女子高生、せっかくのメイクが台無しだと慌てる女子生徒に、友達の一人が痛々しいものを見る目で苦笑い。

 他の二人にも同じような感情を視線として向けられ、女子生徒は返す言葉に詰まった。

 

 階段から飛び降りた先に人がいて、額をぶつけて激突した。

 

 なんて素直に言えるわけない。激突した相手にもまともに謝れていないのだから。それに、そんなことを言ったらなんて言われるか。

 どうしたらいい。なんて言ったらいい。被害を最小限に抑えつつ、当たり障りのない嘘は———、

 

 

「は、走ってて壁に激突しちゃって……。そんなに痛くなかったから気にしてなかったんだけど」

 

「えぇ……。どれだけ急いでたのよ」

 

「朋絵って、おっちょこちょい?」

 

「あ、あはは……そうかも。そ、そんなことより、早く食べちゃおうよ! 昼休みも終わっちゃうしさ!」

 

 

 反応的に上手く誤魔化せた気がするので、これ以上の深掘りを避けるために話を戻す女子生徒。

 あからさまなそれだが、彼女を囲む友人らは嘘をすんなり受け入れ、変に詮索されることなく昼食が開始された。

 

 内心、ほっと一息。

 

 女子高生特有の話題に花を咲かせる裏で、その女子生徒は激突した人のことを思い出す。

 顔はちゃんと覚えた。あれだけ至近距離で見れば嫌でも覚えられる。どこかの機会に、今日のことを謝らないと。

 

 そんな風に思う心の端っこで、その人に対して別のことも考える。

 激突し、押し倒した後、こちらを見下ろすその人と至近距離で見つめ合った瞬間に見えた、あの顔つきを思い出し、

 

 

 ーーあの人、ちょっとカッコよかったかも

 

 

 その女子生徒——古賀(こが) 朋絵(ともえ)は、記憶に刻まれる邂逅を果たした神崎 颯に対し、人知れず心に熱を灯したのだった。

 

 

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