ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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今更ですが、颯の読みは『そう』ではなく『はやと』です。





神崎 颯とプチデビル後輩

 

 

 天の顔面ストレート事件、麻衣の芸能界復帰、颯の謎の美少女との衝撃邂逅。

 色々な意味で濃かった一週間はあっという間に過ぎていき、颯たち学生には至福の週末が訪れていた。

 今日は日曜日、天気は快晴。雲ひとつない青々とした青空が、空を見上げる者たちを温かく見下ろしている。

 

 

「あー、(ねみ)ぃ」

 

 

 そんな空の下を、眠たそうにあくびをしながら、颯はのそのそと歩いていた。

 見慣れた住宅街の中、半袖半ズボンのラフな格好で、肩がけバックを背に担ぎながら。

 

 時刻は午後二時二十分を過ぎた頃。

 学校が休みの日は基本的に午後起きの颯からすれば、まだ家で眠気と戦いながらゴロゴロしてる時間だ。

 にも関わらず外にいるのには、理由がある。

 

 

「今日も今日とて、頑張るとすっか」

 

 

 両手を天高く突き上げ、大きく背伸びし、気合いを入れる。拳を握りしめ、「おし!」と眠気覚ましに頰をパチンと叩いた。

 

 今日はこれから毎週日曜にある空手の稽古、空手大好きの颯からすれば至福の時間と言っても過言ではない、己を高める時間がある。

 少し前に黒帯に昇段し、より一層のこと鍛錬に励めと先生に激励された身——腑抜け面で道場に足を踏み入れることがあれば、即刻破門されるだろう。

 

 だから気合いを入れた。その傍ら、親友二人のことを不意に思い出し、

 

 

「咲太のやつ、今頃あの桜島 麻衣とデート中かぁ。いいなぁ。羨ましすぎるぜ」

 

 

 ポケットに手を突っ込み、颯は空を仰ぐ。同じ空の下で、咲太が麻衣と青春してると思うと、それだけで羨望の感情は膨れ上がった。

 麻衣の横を歩けるだけで羨ましがる人間だっているくらいなのに、デートだなんて。

 親友ながらに嫉妬する。いや、逆に嫉妬しない人間はこの世にいない。いるとすればそれは、

 

 

「天くらいだな」

 

 

 彼は馬鹿が付くくらい一途な男だから、麻衣にも大して興味を示さないと思う。思うというか、実際に示していない。

 

 午前中から開始した麻衣とのデートに熱を高める咲太、その代償を払わされた天。彼は今頃、家で試験勉強でもしてるはずだ。それか筋トレ。

 咲太の代わりに出たバイトは午後二時までのはずだから、多分そんな感じだと思う。

 

 天、家で勉強か筋トレ。

 咲太、外で麻衣とデート。

 颯、これから空手。

 

 

「今日は各々個性がある一日だな」

 

 

 一人だけクソ真面目に勉強してる中、他二人は恋やら武道に現を抜かすという。

 そう考えると、天は本当に真面目だなと思う。

 

 中間試験が近いから仕方ないことではあるが、もう少し天にも青春っぽいものがあってもいい。

 彼の生活なんて『高校』『バイト』『勉強』『バレー』『筋トレ』の五つで形成されているといっても過言でないくらい変わり映えがない。

 できれば、その中に『恋愛』という要素が入ってもいいが。生憎と、本人が一途野郎だからそれも叶わない。

 

 

「あいつカッケーのにな。ほんと、もったいねぇの」

 

 

 昔からずっと思っていることを口にし、颯は天の宝の持ち腐れさにため息。

 親友としてなんとかしてやりたい気持ちもあるが、こればかりは改善方法が本人の意識が変わる他にないので、こちらからではどうにもできないのだから。

 

 ——と、

 

 

「ん?」

 

 

 自分の声と足音以外に聞こえない、休日の住宅街。静かなその空間で、新たに聞こえた音に、低く喉を鳴らして足を止める。

 子どもの泣きじゃくる声が、聞こえていた。「ママー!」と母親を呼ぶ声。明らかに迷子だと周囲に知らせている救難信号。

 

 考えることなく、声の方向に足を動かす颯。

 声を頼りに駆け足で向かった先には小さな公園があり、その入り口で五、六歳くらいの女の子がわんわんと泣いているのが見えた。

 

 

「迷子か」

 

 

 一目見て確信し、颯はその女の子に近寄る。

 こちらの気配に気づいたのか、女の子は近づく颯を見上げて表情を明るくするも、母親ではないとまた泣き出した。

 大粒の涙を瞳からぽろぽろ溢す女の子。その子と視線の高さを合わせるために、颯は片膝をついてしゃがみ込み、

 

 

「ママいないか?」

 

「ママいなーい!」

 

「どこでいなくなったか分かる……」

 

 

 か、と。

 

 聞こうとして、止まった。そんなことを聞くよりも前に、もっとするべきことがあるだろうと。

 どこかも分からない場所でたった一人、不安で、怖くて、心細くて、仕方がないはずだ。

 子どもの頃、テーマパークで迷子になった妹を見つけたとき、安堵の表情で抱きついてきた妹に、そう言われた覚えがある。

 

 であれば、やるべきことは一つ。

 

 

「大丈夫だ。俺がママに会わせてやる」

 

 

 女の子の頭に優しく手を添え、太陽のように温かい笑みを浮かべながら、力強く言い切る。

 親友二人に「お前のその笑顔を見ると、不思議と安心する」と称賛されたそれを最大限に活かし、目の前の女の子に寄り添った。

 

 

「ぐすっ……ほんと?」

 

「ああ、ほんとだ。俺に任せとけ」

 

 

 「一緒にママを探そうな」と、涙目の女の子にハンカチを差し出し、颯は添えた手で女の子の頭を撫でた。

 受け取ったハンカチで涙を拭くと、女の子も「うん!」と元気のいい返事をしてくれる。まだ不安そうではあるが、ひとまず涙は止まってくれたっぽい。

 

 その表情を勇気づけたくて「おし!」と、意気込んで颯は立ち上がる。

 それから女の子の手を握り、さてこれからどうするかと悩み、

 

 

「——あー! この前の人!」

 

 

 悩みかけた瞬間、右耳に突っ込んできた溌剌とした女子の声に思考開始を遮られた。

 額が疼きそうな声——自然、数日前に突撃してきた女子生徒の姿が脳裏を過り、颯は声の方向に顔を向ける。

 向いた視線の先、曲がり角で、こちらを指差している可愛い系女子、

 

 

「おぉ! お前は数日前の頭突きの!」

 

「頭突きのって言うな! てか、あれは頭突きじゃないし!」

 

 

 想像通りの女子生徒の姿があり、颯は「また会ったな!」と言わんばかりに笑う。

 会って早々、ひどい呼ばれ方をされた女子生徒は、プンプンと怒りながらこちらに近づいてきた。

 

 近づく途中で颯の手を握る女の子の存在に気づいたのだろう。

 途端に怒りの表情が引っ込むその女子生徒は「え?」と女の子を見下ろしたあと、警戒に細めた目で颯を睨み、

 

 

「なにしてるの? 誘拐?」

 

「なぜそうなる。見りゃ分かんだろ。迷子の女の子を見つけたから一緒にママ探そうとしてんだよ。手ぇ繋いでんの見えねぇのか?」

 

 

 さも当然のように犯罪者扱いしてくる女子生徒に唖然とし、颯は女の子と繋がれた手を見るように顎でしゃくって示す。

 しかし怪しむ女子生徒は女の子の前にしゃがみ込む——ミニスカだから下着がチラリズムし、咄嗟に、不自然のないように、颯は視線を逸らした。

 

 見たい気持ちはあるが、紳士的じゃない。

 頼むから、その警戒心を自分に向けてくれ。

 そんな無警戒なのにミニスカ着るんじゃねぇよ。

 

 思春期特有の葛藤に悶える颯には気づかず、その女子生徒は女の子と目を合わせると、

 

 

「そうなの?」

 

「うん。お兄ちゃん、ママさがしてくれるって」

 

「な、言ったろ?」

 

 

 女の子が味方についたとなれば、容疑のかけようがない。最高の仲間が隣にいる気分の颯は女子生徒が立ち上がったのを確認し、悠然と言った。

 今の一言で疑いも晴れたのか、「そうなんだ」と女子生徒もすんなり引き下がる。

 

 初めましては突撃されたり、二度目ましては冤罪の容疑をかけられたり、忙しい奴だな。

 なんてことを思いながら颯は「んで?」と小首を傾げて女子生徒を見ると、

 

 

「そういうお前は?」

 

「お前じゃない。古賀 朋絵」

 

「古賀 朋絵か。俺は神崎 颯だ。古賀はなにしてんだ? その格好からして、これから遊びにでも行くのか?」

 

 肩出し水色ミニワンピースに、短い白スカート。肩から下げたポシェット。見るからにお出かけの格好。

 軽い自己紹介を含めた問いに、女子生徒——朋絵は「そうだけど」と女の子に視線を落とし、

 

 

「その子の泣き声が聞こえたから」

 

「わざわざ来たと。なんだ、良いやつじゃねぇか」

 

「泣いてるんだから、当たり前じゃん」

 

「だな。当たり前だ」

 

 

 不思議なところで正義のヒーローじみた思想が一致し、颯は息を溢して小さく笑う。

 「当たり前じゃん」とはっきり言う朋絵の自然さに、なんだかピュアなものを感じて。

 

 

「なら、古賀も手伝うか? この子のマ」

 

「ちょっと、そこの二人」

 

 

 朋絵を母親捜索隊の一人に加えようと提案したところで、また新たにもう一人、別の声が公園に流れ込んできた。

 聞き覚えのない低い声、やや怒気を孕んだ強い声色に颯は「ぁあ?」と条件反射で威嚇し、朋絵は「はい?」と素っ頓狂な声を漏らす。

 

 二人の視線が交わる場所には、こちらに近づいてくる一人の警官の姿があり。その警官はまず女の子を見ると、次に颯と朋絵を交互に見て、

 

 

「その子になにしようとしてるんだ?」

 

「へ? あ、え、あたしたちはただ」

 

「なに誤解してんのか知らないが、俺とコイツはこの子が泣いてたから、心配になって声をかけただけだぞ」

 

 

 間近の警察におろおろする朋絵を片手で制し、毅然とした態度で向き合う颯。変に動揺すると余計に勘繰られると知っている彼は、警官の目を真剣に見据える。

 口を閉じた朋絵も身の潔白を証明するように「うんうん」と頷き、二人の言動に警官は「そうなのか?」と訝しむ。先の朋絵と同じ反応だ。

 

 故に、二人の冤罪が晴れる方法も朋絵と同じ。

 

 

「そうだよ、おじちゃん。このお兄ちゃんとお姉ちゃんが、いっしょに探してくれるの!」

 

 

 颯の手、朋絵のミニスカの裾、両手を使ってそれぞれ握りしめ、女の子は無邪気な声で言う。もし、二人の状況を理解してのことなら、この女の子はかなり察する能力が高い。

 形として二度、救われた颯。助けるつもりが助けられた彼を他所に警官は「そうなのか」と一言。先程と同じ言葉、意味合いが違うそれを口にすると、

 

 

「実は交番にその子の母親が、娘が迷子になった、と駆け込んでいてな。この辺りではぐれたから探してほしいと頼まれたんだ」

 

「っつーことは、この子のママは交番にいるってことか?」

 

「そうだ」

 

 

 頷く警官に颯は「そうか」と胸を撫で下ろし、朋絵は安堵の吐息。

 警官は女の子の目線の高さまでそっとしゃがみ込むと、

 

 

「お嬢ちゃんのママが待ってるから、おじちゃんと交番にいこっか?」

 

「ママ? わーい!」

 

 

 開口一番、二人にかけた言葉とはまるで柔らかさの違う優しい声色に、女の子はぱっと颯の手を離し、手招きする警官の下に行こうとする。

 引き止める理由もない。颯がぱっと手を離すと女の子はぴゅーっと飛び出し、警官の手を握り、颯の下から離れていった。

 

 どうなるかと思ったが、意外にも早かった一件落着。

 これ以上何事も起こらなかったことに颯は「よかったな」と警官と手を繋ぐ女の子に笑みを贈ると、

 

 

「じゃあ、あとは任せていいか? 俺もコイツも約束があんだ」

 

「分かった。もう行っていいぞ。変に疑ってすまなかったな」

 

「別に気にしてねぇよ。その子のこと頼んだぜ」

 

 

 「行くぞ、古賀」と。

 

 状況に置いてけぼりの朋絵の肩をポンと叩き、颯は女の子に「もう迷子になるなよー」と手を振って歩き出す。

 小さくはっとする朋絵も女の子に「じゃあね」と笑顔を浮かべて手を振り、颯の背中を追いかけた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「古賀って、峰ヶ原高校の一年か?」

 

「そう」

 

「やっぱそうか」

 

 

 公園から出てしばらく、目的地が同じ藤沢駅ということもあり、颯は朋絵と話しながら住宅街の中を歩いていた。

 向こうが嫌がるなら別方向に舵を取ったが、そんな素振りは見せなかったので、歩幅を合わせながら歩く。

 

 朋絵に関する曖昧な予想を、確実なものにした颯。朋絵は、こうして並ぶと大きいなと思いつつ彼のことを見て、

 

 

「そっちは?」

 

「峰ヶ原高校の二年。古賀の先輩ってことになる」

 

「先輩なんだ。ふーん」

 

 

 言い、朋絵はじーっと颯の顔を見つめる。自分の真横を歩く颯の横顔を見ると、不自然に胸の奥がざわつくような、感じたことのない感覚がした。

 その感覚に呼び起こされるのは、颯と邂逅した瞬間の記憶。突撃したあと、顔を上げ、すぐそこにあった彼の顔。

 

 ——もっと、ざわつく。

 

 

「んだよ、なんかあるか?」

 

「別に」

 

 

 胸に手を当て、黙ったままこちらを見つめる朋絵。不思議に思った颯が彼女に小首を傾げるも、朋絵はそっけない返事で顔を背けてしまう。

 見えた横顔、その頰がほのかに赤い気がするのは気のせいだろうか。

 メイクのせいだなと片付け、颯はその赤みを意識の外に放った。

 

 

「今更になるが、おでこ大丈夫だったか? あのあと俺はかなり腫れたから、古賀も大変だったろ」

 

 

 聞いても答えてくれなさそうだから、颯は別の話題を投げかけた。数日前、昼休み中、階段から飛び降りた朋絵に突撃された話。

 衝突と表現してもいい事件を引き起こした朋絵は「うん」と頷いてスマホを弄り、

 

 

「友達にめっちゃ心配された。けど、あれはあたしのせいでもあるし」

 

「いや、百パーセント古賀のせいだと思うけどな。俺は普通に歩いてただけだし。突撃してきたのは完全に古賀の方じゃね?」

 

「それは……。ごめんなさい」

 

 

 こちらにも非はあると密かに主張する朋絵に正論で畳み掛けると、弁解の仕様が無いと素直に謝り、途端にしょぼくれる。

 スマホを握る手が力無く垂れ下がり、俯く仕草。もし彼女に犬耳があるとすれば、間違えなくしゅんと折れているだろう。

 

 そんな様子を見ていると、こっちが申し訳なくなってくる颯。過剰に反省の色を浮かべる後輩に彼は「ははっ!」と軽快に笑い、

 

 

「いいっていいって。全く気にしてねぇ。ちょっと揶揄ってみただけだ」

 

「じゃあ言う必要ないじゃん! あたしの反省返してよ! バリむかー!」

 

 

 弾かれたようにぐいっと上げた顔を真っ赤にし、両手をぶんぶん振り回して怒りの感情を露わにする朋絵。

 ころころ表情を変える感情表現の豊かさに可愛いものを感じながら、颯は「悪ぃ悪ぃ」と適当に謝った。

 遊ばれた気分の朋絵。腕を組み、「ふんっ」と鼻を鳴らして拗ねたようにそっぽ向く彼女だが、

 

 

「古賀って出身は福岡か?」

 

「な!? なして知っとーとぉ!?」

 

「声に出てる」

 

「あっ……」

 

 

 不意にかけられた言葉に仰天し、そのまま飛びかかってきそうな勢いで颯に詰め寄る。

 淡々と出身を暴いた理由を口にされれば、無意識のうちに失言をしていた口を両手で塞いだ。そして、またしてもそっぽ向くと、

 

 

「そんなの知らないし」

 

「そこまで反応しておいての誤魔化しはキツいぜ?」

 

 

 かくれんぼで見つかっても「見つかってない!」と主張するくらい無理がある言い訳。颯的には別に隠す必要はないと思うのだが、朋絵的には隠したいらしい。

 澄ました顔を保とうとする横顔からその思いが伝わってくる。だからこそ颯は朋絵の心情を自分なりに推し量り、

 

 

「別に田舎モンだからってなんも思ったりしねぇよ。むしろ、博多弁って可愛いからアドまである。古賀も可愛いしな。可愛い女の子が可愛い方言使ったら、もう最強だろ」

 

「そ、そげん、かわいいって言うな!」

 

「可愛い女の子に可愛いと言ってなにが悪い」

 

「悪いとかそういうのじゃなくて……とにかく言わない! ぜったい!」

 

 

 堂々たる颯の口から魅力が語られるにつれて、みるみる顔が赤くなる朋絵。照れ隠しなのか知らないが、あたふたする彼女は両腕で顔を隠し、脇で小突いてきた。

 可愛いと言われ慣れてないのかもしれない。それだけ可愛ければ男の一人や二人、寄ってきそうな気がしなくもないけど。

 

 天と似たようなタイプかも——いや、そんなタイプがアイツのほかにいてたまるか。

 

 

「宝の持ち腐れはアイツ一人で十分だっての」

 

「宝の持ち腐れ?」

 

「こっちの話だ。古賀のことじゃねぇ」

 

 

 ぼそっと溢した単語を拾われ、口にする朋絵の疑問をあしらう颯。下手に聞かれる前に彼は「つーかよ」と、

 

 

「あのとき、なに急いでたんだ?」

 

「購買。その日お弁当忘れちゃって、急いで買いに行ってたの」

 

 

 『あのとき』だけでいつの事を話しているのか理解した朋絵の説明に、「なるほどな」と颯は納得する。

 

 昼休みの時間になると校舎の外、校門近くでトラックで売りに来る購買。お弁当からおにぎり、パンやお菓子とラインナップ豊富だから、利用する学生が多いのだ。

 その小さなトラック一台に四時間目を終えた学生たちがわっと集中する——ここまで考えれば朋絵が急いでいた理由も知れる。

 

 購買は戦場。

 過去一度、試しに三人で買いに行った際、あまりの多さに「あ、無理、帰る」と天と咲太が即回れ右した覚えがある。

 

 

「あそこは腹を空かせた生徒でごった返してるからな、四時間目が終わった瞬間にダッシュしねぇと目当ての(モン)が奪われる。いつまでもおばちゃんがいるわけでもねぇしな」

 

「それに………友達待たせたら嫌われちゃうかもしれないし」

 

「ん? 嫌われる?」

 

 

 急ぐ理由を連ねていると、朋絵にもう一つの理由を重ねられ、考えになかったそれに颯は引っかかる。

 おかしく思う彼は朋絵に目をやると彼女の表情に影が差しているのが分かって、「いやいや」と首を横に振り、

 

 

「それだけで嫌うわけねぇだろ。嫌うならソイツが短気すぎるってだけだ」

 

「そんなやつ本当の友達じゃない、って?」

 

「そこまでは言ってねぇ。短気すぎるだけだ、って言ったろ」

 

 

 思い当たる節があるのかと聞きたくなるくらい早い返答を否定し、颯は上目遣いで睨んでくる朋絵に別の意味で首を横に振る。幼い子どもの反抗を受け流すような優しさで笑いかけ、

 

 

「俺なんて、約束の時間に寝坊して一時間遅刻しても許されたことがあるからな。ま、怒られたっちゃ怒られたけどよ。嫌われることはなかったな」

 

「それ、本当に嫌われてないの? 裏で嫌われてて、そのうちハブられるとか……」

 

「ないな。ソイツらとは今も友達(ダチ)だ」

 

 

 即答し、断言する。

 

 朋絵に合わせて敢えて友達と言ったが、本当は親友だ。多分、あの二人以外だったら確実に嫌われていると思う。

 自分は本当に良い親友を持った。そんな風に自信満々に言うと朋絵は無言で顔を伏せ、

 

 

「そんな友達のいる先輩が羨ましい。あたしなんて、早くメッセージ返さないとー、って必死なのに」

 

「男と違って、女の子ってその辺シビアだもんな。なんとなくだが、分からなくもない」

 

 

 哀愁漂わせる朋絵に寄り添うような言葉をかけ、颯は空を仰ぐ。なにかを思い出したいとき、こうすると鮮明に思い出せるのだ。

 

 そうして記憶の引き出しから引っ張り出されたのは咲太の妹であるかえで——否、花楓のこと。

 彼女は中学一年の頃、女子グループのグループラインで既読無視しただけでいじめられ、解離性障害を発症するに至ってしまうほど精神的に追い詰められた。

 

 咲太から聞かされたとき、それはそれは怒り心頭に発したものだ。

 たったそれだけで友達一人を輪の中から追い出し、それだけでなく集団でいじめるとか、人間として終わってると心から思う。

 けれどそれは、悲しいことにどこにでもありふれた現実。中学の段階で起こるのであれば、高校で起こっていてもなんらおかしくない。

 

 いつもきっかけなんて些細なもので、時にそれが大きな波紋を呼び、最後には大事に発展する。咲太の噂が誇張されて、学校という枠組みでハブられたように。

 だから枠組みで設けられた『ルール』に則り、それに反さないように生活するしかない。そうすれば目立つこともなく、浮くこともないから。

 いつしかそれが『空気』となって、読むことが当たり前となり、読まない者は腫れ物扱いされる掟となる。

 

 朋絵も、そんな面倒な世界で懸命に生きようとしている一人。

 自分も思春期だから達観するつもりはないけれど、思春期真っ只中の彼女からすれば、その『ルール』に生きるのは苦労するはずだ。

 

 

「ま、肩の力ぁ抜けよ。常に気ぃ張ってたら、いつか息切れしちまうぞ」

 

「それでも……嫌われたくないもん。ハブられて、ひとりになりたくない」

 

「困ったら俺を頼るといいぜ」

 

 

 両の拳を握りしめ、込み上げる感情を堪える朋絵、彼女はその言葉に「え?」と思わず顔を上げる。別角度からの切り込み方、文脈のないそれに呆気にとられ、足が止まった。

 同じく足を止め、朋絵の目を一直線に射抜く颯。彼は右の拳を突き出すと親指を立ててグーサイン、

 

 

「万が一嫌われて、ハブられたら俺に言え。俺がなんとかしてやる。いじめられでもしたら、俺がソイツらのことぶっ飛ばしてやるよ」

 

 

 なにを言ってるんだ、この人。

 

 目の前で力強い笑みと共に助けになることを約束する颯に対し、朋絵はそんなことを思った。

 あの邂逅を除けば初対面の女の子に、どうしてその言葉が言えるのかと。

 

 でも。

 だとしても。

 

 こちらに向けられた笑顔には迷いなんて一つもなくて、

 

 

「俺は、くっだらねぇ理由で周りからハブられる人は見たくねぇんだ。……アイツらみてぇにな」

 

 

 そう語る目の奥には計り知れない覚悟があって、正義感に満ち溢れていて、

 

 

「だから、迷わず俺を頼れ」

 

 

 その声色には、この人といれは大丈夫と思わせられるくらいの頼もしさがあった。

 

 ——ザワッ。

 

 不意に。

 また、不意に。

 

 胸の奥がざわつく。颯の笑顔を見ているだけで、形容し難い感情の紛糾を感じ、外へ外へ出たがっているのが感覚的に分かる。

 

 

「なにそれ、いっちょんわからん」

 

 

 その感情から目を逸らすように、朋絵はぶっきらぼうに返して歩き出す。

 意味分からない。そう、本当に意味が分からない男が横に並んでくると「でも」と、

 

 

「ありがと。なんか、少し軽くなった」

 

「いいってことよ。俺は古賀の、先っ輩っ、だしな」

 

「もしかして、先輩って響きが好きなだけ?」

 

「バレたか」

 

 

 後頭部に手を当て、ニシシと悪戯っ子のように笑う颯。

 その笑みがあまりにも作り笑いっぽくて、朋絵もまた「嘘でしょぉ?」と落胆気味に、でも嬉しそうに、釣られて笑うのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「せっかくだ。ライン交換しねぇか?」

 

「先輩と?」

 

 

 颯がその提案を持ちかけたのは、藤沢駅が見えてきたときのことだった。

 道中、今日の予定関連で話が盛り上がったことで多少の仲は深まったかと感じた彼の提案に朋絵は「んー」と悩ましげに高く喉を鳴らす。

 その様子に、踏み込み過ぎたかと颯は「あー」と申し訳なさそうに、

 

 

「嫌なら別にいいぜ。無理は言わない」

 

「いや、いいよ。交換しよ」

 

「断られたからって、嫌いにならねぇぞ?」

 

「それで悩んでたんじゃないし。ほら、これ、あたしのQRコード」

 

 

 足を止め、朋絵は画面が見えるようにスマホを差し出す。画面にはQRコードが映し出されていて、読み取った颯の画面に彼女のプロフィールが表示された。

 

 名前は『♡Tomo♡』。

 背景は海を正面に手を繋いでジャンプしてる女子高生四人組の後ろ姿。

 アイコンはシンデレラ城を背中にしてカメラにピースする制服姿の朋絵。

 ステータスメッセージは『いつまでも』と意味不明。

 要するに、

 

 

「女子高生らしい可愛いプロフィール。朋絵だからトモか。ハートもつけるとか、やっぱ可愛いな」

 

「う、うるさい」

 

 

 的確に恥ずかしい点を突き、揶揄ってくる颯を睨みつけ、不満アピールで頰を膨らませる朋絵。

 余裕そうな颯の表情を崩すべく、ならば自分もと彼女は颯のプロフィールを見返し、

 

 

「先輩のこれ……空手? 先輩、空手やってるの?」

 

 

 映し出された颯のプロフィールを見て、一番に意識したのは背景画像。

 白の道着を黒帯で締めた颯が格闘家らしく蹴りを繰り出している写真だ。しかも相手の胴に直撃する寸前の写真で、道着の着崩れた感じが中々の躍動感を演出している。

 道場で練習中、自分の動きを細かく見るため連写機能で撮影した中で、颯自身がベストショットを選んだものだ。

 

 自画自賛するほどよく撮れているそれを見られ、颯は「おうよ」と自慢げに腕を組み、

 

 

「おう。ちょっと前に黒帯に昇段した。腰に巻いてんだろ」

 

「え? それってすごいことじゃん。すごいことだよね?」

 

「すごいことだろうな。普通に自慢できる」

 

 

 ここで大袈裟に驕らないのがすごいやつ。

 

 そう心の中で己に言い聞かせ、颯は意識して「すごいだろぉ!」と言ってやりたい気持ちを抑える。

 我慢しきれなかった分が顔に表れ、ニヤリと口角が釣り上がった。

 

 全くの素人だからどの程度凄いのかピンとこないが、凄いことは分かる朋絵。彼女は颯のことを凄いと思うも、同時に別にとある疑念が生じた。

 それは、

 

 

「じゃあ、さっき言った、あたしをいじめた人はぶっ飛ばすっていうのは……」

 

「嘘じゃねぇよ。四人だろうが五人だろうが、まとめて相手してやるよ。返り討ちにしてやる」

 

 

 初志貫徹と宣言する颯。その声から嘘が微塵も感じられなくて、朋絵は言葉を失う。

 威勢がいいわけでも、見栄を張っているわけでもない、本気でぶっ飛ばすつもりでいる。

 朋絵にはそれが理解できて、「この人、実は物騒な先輩?」と僅かに不安が植え付けられた。

 

 こちらから仕掛けておいて、返り討ちにする。

 言葉として矛盾してる気がするけど、深くはツッコまないでおくとして、

 

 

「まさかだけど……女の子は殴らないでしょ?」

 

「当たり前だ。女を殴る男はクズだからな。俺が殴るのは男だけだ」

 

「だよねぇ」

 

 

 「よかったぁ」と、朋絵は変に危惧していたことが破壊されて安心。

 颯は殴ると思われていたことを知り、「俺はそんな男じゃねぇよ」と苦笑。

 

 ともかく、

 

 

「これで、俺と古賀は友達だな」

 

「え? いいの?」

 

「その返しは予想してなかった」

 

 

 いきなりの友達発言に困惑し、予想外な返答をした朋絵に出鼻をくじかれたような気分になり、意表をつかれた颯。

 驚く彼に朋絵は「だって……」と肩をすくめ、自分のことを指差し、

 

 

「あたし、後輩だし」

 

「友達に先輩も後輩も関係あるかよ」

 

「そういうものなの?」

 

「少なくとも俺の中では」

 

 

 学校という常識的なルールに囚われず、自分のルールに則ろうとする颯。

 適当というか、自由というか、メチャクチャなそれに朋絵はポカンとし、口から半笑いが溢れる。

 

 こんな風に自分の思うようなルールで生きれたら、人生はラクなんだろうなと思った。

 友達関係に悩まされることもなくて、気を張ることも少ないだろうなと羨ましく思った。

 この人と友達になれば、その方法も見えてくるのかもしれないと思って、

 

 

「じゃあ、よろしくね、先輩」

 

 

 手を出し、朋絵は握手を促す。

 

 

「おう。よろしくな、古賀」

 

 

 出された手を優しく握り、颯は握手。それからお互いに見つめ合い、笑い合った。

 

 

 

 ——これが、神崎 颯と古賀 朋絵の正式な関係の始まりであり、ある種の出発点。

 のちに颯自身が思春期症候群に直接巻き込まれていく、大きな発端なのであった。

 

 

 






と、いうことで、颯のヒロイン爆誕。


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