ブタ野郎に親友を作っただけのお話   作:ノラン

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ブタ野郎とバカ野郎ども③

 

 

 

 二時間目が終わり、三時間目が始まるまでの小休憩。

 次の授業の準備を簡単に済ませた天は、机に突っ伏す颯を置いてトイレに向かっていた。

 

 

「ーーーー」

 

 

 特に、話すことはない。

 

 一人でいるときは基本的に黙っていることがほとんどだ。否、一人でいるときに言葉を発している方がおかしいだろう。

 ポケットに手を突っ込み、窓から見える校庭をなんとなく眺めながら、少し早足で歩く。

 

 偶に、自分がトイレに行こうとすると「一緒にいこうぜー」とか颯が言ってくる。いわゆる、連れションというやつ。

 天としては意味不明だ。なにが楽しくて友達とトイレに行く必要がある。自分以外の友達と颯が行っているのを度々見かけて、その度に思う。

 

 

 ーートイレくらい一人で行けよ

 

 

 口にするとなにか言われそうだから、心の中に留めておく。

 その光景は主に女子生徒に多く見られるのだから、言った場合は颯とその友人だけでなく、多くの女子生徒の反感を買うことだろう。

 ただでさえ周りから避けられる天——天という自分。これ以上避けられたら、居場所がバレー部にしかなくなる。

 

 もう既に、手遅れ感もあるけど。

 

 

「あと五分くらいか」

 

 

 取り留めもないことを考えているうちに用を足し、洗った手に付着した水滴をハンカチで拭きながらトイレから出た天。

 彼は、チラと覗いた他クラスの壁掛け時計を見て呟く。

 

 時間的には余裕がある。行きのように早足で帰ることもない。帰りは、行きよりものんびり歩きながら帰ることにした。

 廊下の窓側を、壁に沿って歩く。ど真ん中を歩くと他の生徒を避ける必要があるから。

 この時間は、次の授業が移動教室や体育などの生徒たちが忙しなく行き来しており、真ん中を歩くのは邪魔なのだ。

 

 と、

 

 

「ねぇ、聞いた?」

 

「なに?」

 

 

 ふと、話し声が聞こえてきた。

 

 後方。三歩程度後ろ。天と同じペースで歩いている女子生徒二人の声。

 この階にいるのだから、多分自分と同じ三年生。お花を摘んだ帰り道か、自販で飲み物でも買った帰りか。

 どうでもいい。気にする必要はない。

 

 

「あの噂のことなんだけど」

 

「うわさ?」

 

 

 けれど、歩くペースが同じだから自然と会話は耳に入ってくるもの。

 聞かないようにしても、気にしないようにしても、中学三年生の元気な聴力は、周囲の音を勝手に収集しては脳に処理させようとしてくる。

 

 つまり、心では聞かないようにしても頭が二人の会話を聞き始めた。

 

 

「知らないの? ここ最近、三年生の間で話題になってるのに?」

 

「え? うそ」

 

「教えてあげよっか?」

 

「知りたい!」

 

 

 溌剌とした女子の声が、後ろできゃっきゃしている。

 自分にもあんな友人がいたら良かったのに、なんてことを天は思ったりはしない。

 

 しかし、女子というものは怖い生き物だ。噂などの、曖昧で面白そうな話を見つけたときは特に怖い。

 少しでも話題性のある話があればすぐに共有し、瞬く間に伝播していく。一人の女子が複数人に広げるとして、その複数人も複数人に広げていくのだから、情報の波紋は凄まじいと思う。

 

 恐るべし女子の情報網。あれに目をつけられた噂は、きっと取り返しのつかないことになるはずだ。

 広がって広がって、誇張されて誇張されて、最後には元の原型を留めていない噂が完成するだろう。

 

 だから、なるべく噂は聞き流すのが一番だと天は思う。

 噂はあくまで噂——そう割り切って、確証のない事実は信じない。

 

 今回も同じ。なんの興味も示さない天は、「どうせくだらねーことなんだろうな」と心の中で呟き、

 

 

「三年二組の梓川って人、暴力で何人か病院送りにしたんだって」

 

「は?」

 

 

 予想だにしない噂に、思わずマジな声を出しながら振り返った。

 梓川咲太——自分の友人のあり得ない噂に、一瞬にして心が掻き乱された。

 

 

 これが、全ての始まりだった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「………お前、なに言ってんだ?」

 

「なに言ってんのか分からないだろうけど、俺もなに言ってんのか分からない」

 

 

 潜めて言われた言葉に、颯は思考の停滞を余儀なくされていた。

 同じく噂を聞いたばかりの天。彼もまた、頭の中での処理が済んでいない。

 

 告げられた言葉が意味不明すぎて、頭が上手く働かなかった。言葉を飲み込むことが難しすぎて、飲み込む前に「なんで?」の疑問が止まらないのだ。

 

 

「咲太のやつが暴力……? 何人か病院送り……? いや待てよ。あり得ねぇ。アイツにそんなことできる力があるか」

 

「だから俺も、なに言ってんのか分からない、って言ったの」

 

 

 結果として、飲み込むことを諦めた二人は処理を終えた頭で否定を選んだ。

 衝撃的なことを聞いて動揺する心を必死に静め、努めて冷静さを取り戻す。

 

 

「それ、誰から聞いた?」

 

「さっき廊下で歩いてたとき。後ろからその話をする声が聞こえて。噂、って言ってた」

 

「噂、か……」

 

 

 深く息を吐き、颯は言葉を真正面から受け止めようとする。息を吐くと胸の中にあった余計な感情が外に出ていく気がして、体が軽くなった。

 それから、再び言葉を飲み込もうと頑張る。一度は拒否したそれを咀嚼し、脳に処理させ、心に理解させて、最後に飲み込む。

 

 この過程が済めば、言葉の意味は理解できた。意味は理解できたが、やっぱり状況が理解できない。

 

 

「咲太にそんな力があるわけ。あんなひょろっちくて喧嘩とは程遠い、のほほーん野郎が」

 

「うん。俺もそう思う。颯なら分かるけど。咲太が病院送りはちょっと信じれないかな」

 

「お前でも分かるけどな」

 

「分からない」

 

「分かる。お前は、ガチになったら豹変するタイプだ。静かな人ほど怒ったときに怖い。お前はその究極体」

 

「なんだそれ」

 

 

 腕を組み、眉間に皺を寄せ、難しい表情が顔に浮かび上がる颯。荒れた呼吸を整え、机に体重を支えてもらいながら、その場にしゃがみ込む天。

 二人は、まだコイツの噂ならば大いにあり得ると互いに思う。

 

 颯は現役で空手を習い、実力もあるし実力を証明する実績もある。体型も筋肉質でがたいが良く、ガラの悪い後輩たちに尊敬されている男。

 加えて、過去にぶつかってきた怖い高校生と殴り合い、二度と顔を見たくないと言わせるまでボッコボコにした出来事を天は知っている。

 

 天は特に武術を習っているわけでもないが、周囲にヤバい奴だと思わせる雰囲気を放ち。目つきが狼のように鋭く、やや筋肉質で丈夫そうな体型な男。

 加えて、ガラの悪い後輩たちを無意識に目つきだけで「あの先輩、怖くないスか?」と警戒させていたことを颯は知っている。

 

 仮に、その二人が噂の中心ならば少しは「マジかよ。ついにやりやがったのか」と、信じる気持ちは見せよう。

 けれど、今回の中心は咲太だ。喧嘩とは無縁で、体型ががっちりしているわけでもなく、目つきも雰囲気も尖っていない、ただの平凡な男子中学生だ。

 

 そんな男が、

 

 

「暴力沙汰なんざ、なんかの間違いに決まってる。どうせ噂だろ? 尾ひれがついて誇張されただけだと思うぜ。いや、そうとしか思えないぜ」

 

「そうだぜ。魔理沙ちゃんだぜ」

 

「は?」

 

「なんでもないです」

 

 

 よく分からない言葉を言った天はさておき。彼から聞いた噂話を蹴散らした颯は、噂を広めることになった元凶を鼻で笑う。

 

 顔も名前も知らない、男が女かも分からない。いつどこから発信されたのかも分からない。

 が、その程度の噂に自分たちは騙されてやらない。咲太のことをよく知る俺たち二人は、噂なんて曖昧なものに騙されたりしないぞ、と。

 

 状況整理をしているうちに、噂とのファーストコンタクトによる動揺は消えた二人。

 喉が渇いてバッグから水筒を取り出す颯を視界に入れながら、「まぁでも」と天は立ち上がり、

 

 

「咲太が無事そうで良かったね」

 

「無事とは思えないが?」

 

「生存を基準にしたら、の話」

 

「死ぬこと以外擦り傷、みてぇに言うなよ」

 

 

 的確なツッコミを受けながらも、天の表情はほっとしたようなもの。

 例え良くない話だったとしても、一ヶ月以上もの間、音信不通で生存不明だった友人の情報が知れて不本意にも嬉しかったのだ。

 

 自分たちの心配も少しは晴れる。代わりに別の心配事が出てきたせいでプラマイゼロ、否、マイナスの方にメーターが傾いた気がしなくもない。

 

 ともかく、

 

 

「とりあえず、まずは授業。昼休みになったら噂について聞きに行こう。颯。お前の人脈を頼らせてもらうよ」

 

「おうよ。俺はお前と違ってどのクラスにも、どの学年にもダチがいるからな。任せとけ」

 

「ん」

 

 

 「今の怒るとこだぞ?」と笑いながら揶揄ってくる颯に適当に返事をし、天は自分の席に戻り始める。

 

 教卓前では三時間目に授業をする先生が「あと数秒でチャイムが鳴るぞー。席につけー」と注意しており、二人の会話はその言葉を最後に一区切りとなった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 咲太の噂で頭が埋め尽くされた、三時間目と四時間目を乗り越えた颯と天。

 

 二人は、胃袋が主張し始めた空腹感を気合いで黙らせながら、学校中を歩き回っていた。

 理由は簡単。咲太の噂について聞くためだ。ようやく掴めた友人の手がかり——これを見逃す理由など今の二人にはない。

 

 

「邪魔するぜ」

「颯じゃん。ウチらのクラスにくるなんて珍しいね。ご飯食べよーよ」

「悪い。飯はまた今度だ。ちょっと聞きたいことがあってよ」

 

 

「すみません。少しいいですか?」

「どうしたの?」

「梓川、って人の噂をさっき聞いたんですけど、なにか知ってます? それか、知ってる人を知ってます?」

 

 

 呑気に昼食をとっている時間などなく、ひたすらに聞き回る。

 颯は五組まであるクラスを一つ一つ丁寧に回りながら、言った通りに友人に声をかけて。

 天は学校中を歩き回り、すれちがう人やバレー部の友人、更には教師にも声をかけて。

 

 昼休みは約五十分。数値的には多いように感じるが、広い校内を聞き込むには少なすぎる。

 だから、昼食の時間を返上して二人は駆け回る。途中、すれちがう担任に横目にされたことには気づかないまま、友人の手がかりを集め続けた。

 

 その結果———。

 

 

「——四組に咲太の友達がいる、って?」

 

「おう。さっき四組を回ったときは自販に行ってていなかったらしいが、俺とお前が咲太について聞き回ってたのを知って、声をかけてくれたんだ」

 

 

 聞き込みを始めて四十分が経過した頃。

 

 聞いても聞いても『梓川、病院送り』以外の話が聞けないことに天が焦りを感じ、最終手段として職員室に突撃しようかと考えていたとき。

 天を見つけた颯が、有益な情報を持ってきてくれた。

 

 この短時間で学校中を駆け回る様が目に留まったか。あるいは、咲太について聞き回る男子生徒が二人いるとでも話を聞いたか。

 どうやら三年四組に咲太の友人がいるらしく、その人が話を聞いてくれるそうな。

 

 

「ちなみに、そいつも俺のダチだ」

 

「お前、マジで友達何人いんだよ。そろそろ、怖くなってきたよ。お前のコミュ力の高さに」

 

 

 「ま、どぉってことねぇよ」と、したり顔でドヤってくる親友に天は苦笑。

 二年の教室が並ぶ二階から三年の教室が並ぶ三階への階段を登りながら、その横顔に若干の嫌悪感を抱いた。

 

 彼が友人の多い、否、多いなんて言葉じゃおさまらないほどに友人がいる男だとは分かっていた。

 分かってはいたが、こうもはっきり露出されると、なんか腹が立つ通り越して清々しい。

 彼の他人(ひと)と打ち解ける能力に。初対面の人間に好感度を抱かれるカリスマ性に。出会う人に心を許される人間性に。

 

 神崎颯が持つ全ての能力が、羨ましい。

 

 ちょっとだけ。本当に、ちょっとだけ。

 

 

「あ、颯。こっちこっちー」

 

 

 階段を登り切れば、すぐ正面が四組の教室。

 特に躊躇することもない颯が我が物顔で足を踏み入れると、こちらに手を振る男子生徒がいた。

 

 十中八九、あの人が咲太の友人だろう。

 

 軽く会釈する天と「おう」と手を振り返す颯の二人は、クラスの真ん中あたりに位置する席に座るその人の下に行く。

 四十分かけてようやく辿り着いた、咲太のことを知るための糸口である。

 

 その男子生徒が座る机の前に行くと、「まぁ、適当にその辺の椅子使ってよ。俺の友達のやつだから」と言われて、近場の椅子に二人は腰掛けた。

 

 

「声をかけてくれてありがとうございます。あと、昼休み中にすみません。咲太のことについてどうしても知りたくて。知ってることを教えてくれると嬉しいです」

 

 

 話の場を設けて、一番初めに口を開いたのは天。頭を下げる彼は礼儀正しく、言葉遣いも丁寧。颯と咲太を前にしているときとは対応の差が天と地だ。

 

 その対応に、男子生徒は両膝を机に立てて手を組み、組んだ手に顎を乗せながら「おぉ」と僅かに低い声を口元から漏らし、

 

 

「見た目に反して丁寧なんだ。颯から聞いた通りだ」

 

「だろ。コイツ、こんな見た目して礼儀正しいんだよ」

 

 

 意外だと言った具合に笑う男子生徒に、なぜか肩を組んでくる颯が胸を張る。

 それだけで、普段から颯が自分の友人に天についてどう語っているか見当はついた。

 

 礼儀正しい理由が、この相手を完全に自分とは今後関わりのない今だけの関係である赤の他人だと思っているから、と言ったら、この二人はどんな反応をしてくれるだろうか。

 

 そんなことを考えながら、組んできた腕をうざいからそっと退けておく天。

 彼は「話、聞かせてもらってもいいですか?」と、落ち着いた声で話し始めた。

 

 

「咲太について、知ってることを教えてください」

 

 

 ふっと真剣な表情を作る天。それまでと様子を一変させると、その瞬間から目の色が変わった。

 空野天という一人の人間が、真剣一色に染められる。なにからなにまで真剣で満ちると、最後には纏う雰囲気までもが真剣の二文字を宿す。

 

 その空気が伝播すると、他二人も気持ちを切り替えた。

 切り替え、させられた。

 

 

「知ってること、って言われてもな………。とりあえず、今のアイツには近づかない方がいいと思うぞ」

 

 

 無意識に、二人の気持ちを引き締めたとは知らない天。そんな彼と颯に男子生徒が口にした言葉は、初っ端にしては酷すぎるものだった。

 とても友人とは思えない、優しさの欠片も感じられない言葉。

 

 聞いた颯は困惑気味に「ん?」と喉を低く鳴らし、少しだけ姿勢が前のめりになりながら、

 

 

「なんでだよ?」

 

「アイツ、暴力事件でなんか病院送りにした、って噂だぜ」

 

「それ、誰から聞きました?」

 

「学校で広がって。それから」

 

 

 他と全く同じ回答だったことに目を細め、天は颯と同じように喉を低く鳴らす。

 これでは、情報源が全く分からない。いや、噂の情報源を探すこと自体が不可能に近いから、最初(はな)から無理な話だとは分かっているけれども。

 

 咲太の友人ならば——と、勝手に期待していた自分が馬鹿だった。

 そんな風に「そっか……」と難しい顔をする天は口元に手を添え、

 

 

「それ、まさかですけど、信じてないですよね?」

 

「え? 信じてるよ」

 

「ーー! テメェ、なに言ってやがる」

 

 

 呆気らかんと、淡々とした様子で、普通に言われた爆弾発言。

 一瞬にして沸点に到達した颯の声に熱が入ると、握りしめた拳によからぬ予感を感じた天が立ち上がろうとする彼の肩に手を置き、無理やり座らせる。

 

 火がついた刹那で消火されたような気がして、真横に座る天を睨む颯。

 感情が行動に直結しやすい彼は、怖がりに近い驚き方をする男子生徒を視野にも入れないまま、

 

 

「天。コイツは咲太を——」

 

「まだこの人は信じてないとしか言ってないよ。少しは落ち着いて。沸点低すぎ」

 

 

 感情が表に出やすい颯と違い、天は落ち着いている。感情の読み取れない真剣な真顔は、冷めていると言えなくもない。

 今、目の前にいる咲太の友人の心無い発言を聞いて、視線の温度が明らかに低下した気が颯にはした。

 

 一瞬で沸点に到達したならば、下がるのも一瞬。

 不本意にもそれを見て落ち着かされた颯の「お前が沸点、高すぎんだよ」と言う声を聞きながら、天は疲労を含ませた息を吐き、

 

 

「大体、咲太にそんなことできる力はないよ。友達の君ならそれくらい分かってあげてくださいよ。俺らより付き合い長いんでしょ?」

 

「確かに……そうだけどよ。アイツがそんなことできるわけない、って。分かってはいる」

 

「そうだよ。颯じゃあるまいし」

「そうだな。天じゃあるまいし」

 

 

 声が重なった、颯とテン。

 

 

「は?」

「あ?」

 

 

 また重なった、颯と天。

 

 言葉と言葉に対する反応がピッタリ重なった二人が、互いに睨み合う。

 本気で睨んでいるわけではないそれは、親しい友人間で行われる軽口の叩き合いだ。

 

 ただ、この二人がやると周りからはマジに見えるため、正面にいる男子生徒は引き気味の苦笑いをしながら、

 

 

「なにもなかったら、俺だって信じない。けど、信じるわけがあるんだよ」

 

「信じるわけ?」

 

 

 睨み合いを中断した天の視線に「そう」と男子生徒は頷く。

 先に目を逸らした方が負ける理論で颯が「勝った」と小さく呟くのを無視して、彼は背筋を伸ばして聞く姿勢を整え、態度で話の先を促し、

 

 

「数日前にアイツに会ってきたけど……なんか、ちょっと様子がおかしかったんだよ」

 

「おかしかった?」

「アイツが?」

 

 

 この男子生徒が、一ヶ月以上も姿を消した友人に会ってきた事実が気にならなくもない。

 が、それよりも気になる発言が飛び出したことに二人の意識が男子生徒に注がれる。

 

 揃えた膝の上に手を置く天と、上履きを脱いで椅子の上で胡座をかく颯。

 話を聞く姿勢の丁寧さが反対な二人を視界に入れる男子生徒は、机に置いてあるお茶で喉を潤すと、

 

 

「とにかく、話してることが意味分かんないんだよ。かいりせいなんちゃらとか、思春期なんとかとか。なんか知らないけど、色々とあって気が滅入ってるっぽい感じだった」

 

「そんな姿を見たから噂の話があり得るのかも、ってことですか?」

 

「そう」

 

「てことは、咲太に会った後にその噂を聞いた、ってことですか?」

 

「そうなる」

 

 

 「なるほどね」と。

 なにか、納得したような声を天が溢す。彼の中でなにかしらの結論が出たのか、その横顔は晴れているように見えた。

 

 全く分からない颯。なにがどうなってなるほどねに繋がるのか、合点のいかない彼は天に納得の理由を聞こうとするが、

 

 

「だから、今はそっとしておく方が得策だと思う。会っても変なやつとしか思えないから、会わない方がいい」

 

「ご忠告、ありがとうございます」

 

 

 その前に話が進み、颯の疑問が解消されることはなかった。

 軽く頭を下げる天は、感謝の情など一欠片も込める気のない薄っぺらい感謝の言葉を述べ、それから頭を上げる。

 

 正直、『かいりせいなんちゃら』とか『思春期なんとか』とか、まるで理解できなかった。

 聞いた本人が理解できないのだから、話を聞いた側はちんぷんかんぷんである。

 

 けど、話からして咲太がヤバい状況なのは分かった。

 この一ヶ月、否、それ以上休んだ理由が、自分と颯の想像を余裕で越えているのだと。

 

 となれば、聞くことはひとつ。

 

 

「アイツは、今どこに?」

 

「それ、俺も気になる。咲太に会ってきたんなら、場所くらい分かるよな? 言っとくが、俺とコイツは教えてくれるまで引き下がらねぇぞ」

 

 

 気になっていた疑問を口にし、続く颯が念入りに補足。二人して熱心な目をして、男子生徒のことを見つめる。

 見つめるというよりも、睨みつけるの方が表現としては正しい。

 

 会わない方がいい。咲太のことを想ってか、自分たちのことを想ってか。話し方からして後者の可能性が高い忠告を受けた次にこの発言だ。

 しばし、男子生徒は沈黙。それから「コイツら、俺の忠告とか聞く気ないな」という結論を頭の中で出すと、

 

 

「藤沢市の市民病院、ってとこに入院してる」

 

「びょういん!? 藤沢市の?!」

 

「今アイツ、入院してんのか!?」

 

 

 呆気らかんと、淡々とした様子で、普通に言われた二度目の爆弾発言。

 一度目は暴走の対象が颯に留まったからよかったものの、今度は両方ともに暴走した。

 勢いそのままに立ち上がり、目を見開く男二人は動揺を隠す余裕がない。

 

 入院している——咲太を気にかける二人にとってはパワーワードだ。

 それ以前に、横浜市ではなく藤沢市の病院に入院しているのにも驚きだが、流石に予想していなかった。

 

 多分、これから起こることの全てが予想できないことなんだろうな。

 そう思う天の隣、叩きつける勢いで机に手を置く颯が「なんでだ!?」と聞けば、

 

 

「胸に傷があるとかで、入院したらしい。出血がすごかったんだとさ」

 

「胸に傷? なんだよそれ」

 

「だから、その理由が『思春期なんちゃら』ってやつで、俺にも意味が分からないから、アイツには近づくな、って言ったんだよ」

 

「思春期なんちゃら? なんだそれ」

 

「颯。もういい。聞きたいことは聞けた。時間もないから帰るよ」

 

 

 疑問ラッシュになりかける颯の肩を叩き、急ブレーキをかけたのは、チラと壁掛け時計を見た天。

 「いいのかよ」と聞き返してくる颯に「咲太の居場所が分かったからね」と返しながら、彼は自分と颯が使った椅子を綺麗に元の位置に戻し、

 

 

「もう大丈夫です。話してくれてありがとうございました。とても助かりました」

 

「そうか。なら良かった」

 

「はい。それじゃ」

 

 

 簡単に別れを済ませ、颯の腕を掴んで教室から出ていく。次の授業の時間が迫ってるせいか、腕を引く力は強く、やや強引気味だ。

 数秒もすれば、「またな!」と、颯が話を聞いてくれた男子生徒に手を振ったのを最後に、二人は教室の外へ。

 

 天にしては珍しい強引な態度。その明らかな様子の変化に、違和感を抱く颯。

 彼は、その違和感の正体を問うため、自クラスに向かって廊下を早足で歩き出す天に置いていかれないよう隣に並ぶと、

 

 

「颯」

 

 

 話し出す前に話し出されて、言葉を言う機会を失った。

 反射的に「なんだ?」と返せば、真剣な顔つきの天は正面を見たまま、

 

 

「咲太、藤沢市の市民病院にいるんだってね」

 

「らしいな」

 

 

 だからどうしたというのか。

 なぜ改めて確認したのか、颯には分からない。

 

 

「俺らの住む地域から最寄りの駅まで、歩いて十五分くらいだよね」

 

「そうだな」

 

 

 だからどうしたというのか。

 今、そんなことを確認したところでなんになるのか、颯には分からない。

 

 

「今から行けば、遅くても15時(3時)までには病院に着くかな」

 

「ーーーー。分からねぇ。だが、大体のでかい病院には駅からバスか電車一本で行けるもんだろ」

 

 

 思ったことを口にして、颯はやっと分かった。今、自分の隣にいる男がなにを考えているのか。

 真剣な横顔で、冗談を言うような様子ではない最高の親友が、自分になにを持ちかけようとしているのか。

 

 ああ、もう、お前ってヤツは本当に———。

 

 

「颯。今、俺がなに考えてるか分かる?」

 

「おう。分かるぜ」

 

「俺がなんで、急いで四組から出たか分かる?」

 

「当たり前だ」

 

 

 顔を見合わせ、二人は目を合わせる。交差した視線の中心では、既に無言の意思疎通が成立していた。

 

 お互い、友人のためならば頭よりも先に心が動く性質。

 そんな男たちが、ずっと心配していた友人が苦しんでいると知り、その友人が大きな病院に入院していると知れば、どうするか。

 

 やることはひとつ。

 

 

「学校、抜け出そう」

「学校、抜け出すぞ」

 

 

 迷いなど、微塵もなかった。

 

 

「いや、そこは一言一句同じこと言えよ。タイミングは同じだったのに。アニメとかであるだろうが」

 

「それは無理でしょ。噛み合ってるように見えて噛み合ってないのが俺たちなんだから。二次元と三次元を一緒にしないで」

 

 

 いまいち、緊張感のない状態ではあったものの。

 

 

 






次回で、この三人のエピソードも一旦は終わる……かなぁ。そうすれば、新しい人とのエピソードに入ります。


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