THE LAST COMPANY   作:帝都造営

13 / 28
極夜の檸檬作戦④

「まさか()()が見に来るとは思いませんでしたが、どうですかな大阪は。いい街でしょう?」

 

 目下広島へと突入しつつある第七〇一二陸戦中隊、その上位にあたる第七〇一陸戦大隊の大隊長、加藤大佐は皮肉を込めてある人物を迎えた。作戦開始の一〇分に来るとは随分とまあ、舐められたものだ。彼女が冷ややかな視線を送る中、統合幕僚本部の制服に身を包んだ佐官は答える。

 

「勘弁して下さいよ大佐。東海道線が不通になって迂回も出来ず、数少ない連絡機を捕まえてやっとこさここまで来たんですから」

 

 そう返す佐官の肩章に並ぶ桜の数は一つ。少佐となれば加藤の階級より二つも下であるが、それでも加藤は敬語を崩さない。

 

「まあ、作戦開始に間に合わせただけよしとしましょうか」

 

大阪府は伊丹市、大阪国際空港。既に民間機の発着がなくなって久しいこの空港には、陸海空軍共同の司令部が設けられていた。

 それは言うまでもなく『極夜の檸檬作戦』実施のための統合作戦本部。既に各軍の統合運用体制が確立されて久しいが、このように改めて統合作戦本部をつくることに大きな意味があった。

 

 それほどに、今回の作戦は特殊なものなのである。

 

「随分と、無茶な作戦を大佐もお立てになった物です」

 

 開口一番の文句。西府中から立川へ、立川から甲府へと移転しても、未だに統合幕僚本部の頭の硬さは変わらないらしい。加藤は笑って見せた。

 

「なに、効果があるから実績があるからと核兵器を使用される幕僚本部には言われたくありませんな」

 

 もちろん加藤大佐の言葉に潜むのは統合幕僚本部への叱責だ。実質的に陸海空三軍を統括するとされる統合幕僚本部は、重大案件の奏上を行う役目も担っている。本土への核攻撃がまさか奏上の対象から外れるはずはない。なぜ空軍を止められなかったのかと言う言葉を丸々受け止め、それでもなお少佐は笑って見せた。

 

「それは、今日に至るまでの経緯を見た上で仰って欲しいものですね。防いだ方なんですよ? 敵対的危険生物に地上までも奪われる前に、残った全核兵器を投入して無理心中しようって意見は未だに根強いんですから」

「生憎私は最前線でね。後方の話は知ったことではない。私もこれ以上文句を言わないでやるから、ウチのやり方に口は出さないでくれたまえよ?」

「軍規に従っているのであれば、善処しましょう」

 

 そう言いながら警備の兵士に答礼し、二人は進んでいく。

 

「それで? 何をしに来た小河原少佐」

「おや、名前を覚えていて下さったとは。意外ですな加藤大佐」

 

 わざとらしく顔を綻ばせる小河原少佐に、加藤は顔を顰めた。

 

「名前を覚えるのは指揮官の仕事だからな」

 

足を速めて、滑走路から建物に向かう。小河原は一度出した笑みを仕舞うことはせず、そのまま加藤に続く。そのまま施設内へと。

 

 

 

 

「状況はどうなっている」

 

 司令部に入った加藤の第一声はそれであった。そこには状況を把握するという職務上の問いかけと、作戦が展開されている状況で出迎えをさせないでくれという小河原への含みがある。

 

 特に状況が動いていないことを確認した加藤は仮設のコンソールが並ぶ部屋の一角に落ち着く。自然と小河原はその隣に立つ格好に。作戦の遂行状況を反映するモニターの様子を見つつ、加藤は口を開いた。

 

「それで、本省の注文はなんだ? 作戦の中止か」

「まあまあ大佐。そのように声を荒立てないでください。山陽の趨勢が決まる一大作戦で、何故中止命令が下るというのです」

「貴様の上司ならやりかねないが」

「ありえませんね。それは」

 

 即答し、小河原はモニターを注視する。運行を停止している山陽本線はここ数ヶ月保線が行われていなければ通電も中断されていた。これの再通電に、何処が崩れているとも知れない鉄道線。とてもじゃないが数百トンの貨物列車を投入できるような状況ではない。にも関わらず作戦は断行された。

 

「既に相当な労力をかけ、危険も十分に冒した。それでまだ中止の条件に至らないのであれば、中止する理由はありません」

 

 それは即ち、中止するべき状況がくれば直ちに止めるという意思表示でもある。加藤は笑った。

 

「過保護だな」

「『やつら』に真正面から対抗できる、貴重な中隊ですから」

 

 小河原は神妙に頷く。『リスト入り』を集めて敵対的危険生物(やつら)に対抗する第七〇一二中隊。『リスト入り』しながらも正気を保てた人間には年少者が多く、その中でも長期間の従軍に耐える者は数えるほどしかいない。人員の補充もままならないのである。

 

「違う、私は君の上司が過保護だと言ったんだ」

 

 加藤の言葉に、小河原は知った振りで首を傾げる。

 

「はて、なんの話です?」

「さて、なんの話だろうな」

 

 その間にも時間は進む。冷静を最大限に装った声が響いた。

 

「突入車両。海田市を越えました」

 

 その言葉に司令部の空気が動く。作戦の第一段階が始まったのである。偵察衛星の映像が映し出され、目標の陸棲型の姿が映し出される。既に放棄された広島市においては、この(そら)からの眼だけが頼りだった。小河原が言う。

 

「何故大佐は、極夜の檸檬作戦を立案なされたのですか?」

「なぜ、とは?」

 

 聞く加藤に、小河原は続ける。

 

「いえ、純粋に疑問だったのです。中性子爆弾の使用自体は、決して珍しい話ではないではないですか」

 

 陸棲型は、巨大な要塞に例えられる。敵対的危険生物の細胞をいくつも繋げることで大電力を生み出している……というのが、学会のこじつけた理論だ。既に生物の域から脱しているとしか言いようがないが、そうでもなければ陸棲型の強力な光学兵器、衛星すら撃墜可能な矛の説明が付かない。

 

 そう、陸棲型は空への脅威として語られてきた。電波の放出が確認されていることからもレーダーに酷似した器官を備え、それで接近してくる航空機を撃墜するのである。定着を許してしまえばその迎撃行動はより正確で無慈悲なものとなり、弾道弾の迎撃すらも果たしてしまう。人工衛星撃墜のリスクは、今更議論するまでもなかった。

 

 だからこそ、各国は陸棲型を徹底的に排除してきた。離島に定着した陸棲型を排除するためだけに複数の原子力潜水艦を投入し、何十発の核兵器をもって海域ごと陸棲型を排除したこともある。

 前回九州に定着を許した際には、まだ核兵器への否定論も大きかったことから地上部隊による排除が行われたが……それが多大な犠牲の上に成り立ったことは周知の事実。

 だからこそ、今回広島に現れた陸棲型は、核兵器をもって排除するのが妥当といえるはずなのである。

 

 しかし、加藤は言う。

 

「理由が必要なのか。現実問題、本土への核兵器の投下はそうそう許されるものではないだろう」

 

 それは矜恃と取るべきか。はたまた理想論と取るべきか。

 

「大佐。確認するまでもないかとは思うのですが、二年前とは状況がまるで違います。当時はまだ航空種も現れておらず、今みたいに核兵器が大量投入されている訳ではなかった。だからこそ、本土への核攻撃は行われなかった」

「知ってるとも。あの頃はまだ海も綺麗だったし、海軍も海軍としての体裁を保っていたな」

 

 ため息交じりに、懐かしむように言う加藤。小さくて数の多い航空種とその母体の『ヒト型』。これを確実に撃破するために、軍は中性子爆弾を大量投入している。

 それは単純な戦術として見れば、中性子爆弾の投射対象が満州に群がるソビエトの機甲師団から敵対的危険生物に変わっただけの話で、逆に言えば敵対的危険生物への対処行動が既に鳥獣駆除という建前の域を超えているなによりの証拠でもある。

 

「ええ、ですから。私は今更核兵器の投下をここまでして止める必要はないと愚考しております」

 

 もちろん、個人的な意見ですがね。そう付け加える小河原。幕僚の『個人的な意見』というのは軍令にも置き換わりかねない代物だ。それでも加藤は嗤う。

 

「それで、それを今更言って何になる」

「何にもなりませんよ」

 

 その間にも状況は動いていく。突入車両が広島へと近づくのに合わせて先行していた貨物列車が動き始め、各種機材の最終チェックも大詰めを迎える。

 

 そんな中、小河原は思い出したように言う。

 

「そうだ。確認しておかねばならないことがありました。中隊の被爆リスクはどのようになっているのでしょうか?」

 

 被爆リスクとは、つまり皇軍双?(どうしうち)のリスクについて。

 

「資料も読んでないのか」

「読みましたが、改めて大佐からご説明願いたいのです」

 

 加藤を見据えて言う小河原。加藤は小さく息を吐くと、それから口を開く。文章を読み上げるように、淡々と。

 

「広島への突入は〇三四五。作戦時間を四〇分として、〇四二五には撤退開始だ。空軍による『太陽の梺作戦』、つまり中性子爆弾投下の時刻は〇五〇〇。使い捨ての突入車両はともかく、線路の様子見に使った編成を撤退車両として用いるから『太陽の梺作戦』が実施される頃には十分な距離が取れている計算になる」

 

 それを聞いた小河原は。呆れたように言った。

 

「大佐は本気で、中隊が陸棲型を討ち取れるとお考えですか」

「不可能だというのか?」

「地上戦は専門ではありませんが、そのくらいは分かりますよ。確かに今回の陸棲型はまだ定着しておらず、比較的小さい。九州の時と比べるのはどうなのかとは思います」

 

 ですが、所詮一個中隊です。小河原は言う。加藤は笑った。

 

「おいおい、少佐も陸棲型への対処は知っているだろう。要は頭を刎ねれば勝ちなんだぞ? 中隊の性質から見て、もっとも相性のいい相手と言えないか?」

「それ、本気で仰ってます?」

 

 小河原は正気を疑うといった風に加藤を見やる。

 

「ほら、あれを見てみろ」

 

 加藤に促された小河原は、衛星からの映像。ヒトならざる陸棲型へと注がれていた。禍々しさという言葉をそのまま黄泉の国から運んできたようなその姿の、さらに中心。

 

 

 

 そこには、ヒトの形があった。

 

 

 

「美しいだろう? 私より美人かもしれん」

「……」

 

 加藤大佐の年齢を考えれば、押し黙るのが正解というものだろう。一言も発しない小河原に「つまらんな」と呟いてから、加藤は続ける。

 

「ともかく、あれが陸棲型の中枢。あれを倒しさえすれば全てが終わるんだ。気楽な話だとは思わないか? 一個中隊でも出来るだろうさ」

「水の壁がなければの話です。壁さえなければ、巡航誘導弾(ミサイル)一発でカタが付くんですから」

 

 小河原は言う。敵対的危険生物は一般的にヒト型に近づくほど倒すのが難しくなると言われている。陸棲型の防御力はすさまじい物があり、九州の時には決戦兵器の一撃にも耐えたほど。

 

「そうだ。だからこそ七〇一二が任務遂行に相応しい。水の壁は爆撃や銃撃を防ぐのに有効かもしれないが、同じく水の壁を展開できる人間が()()()()()()、首を落とせる」

 

 そう自信を持って言う加藤。今度は小河原が嗤う番であった。

 

「文字通りの斬首作戦ですな。全く前時代的なものだ。映像の中の貴婦人サマも凜として突っ立っておられるし、まるで劇場かなにかですな。次は口を開いてオペラでも……」

 

 小河原が嘆くように、そして冗談めかして続けようとした時。

 ふいに、言葉を失った。

 

「おい……。見てないか?」

「何をだ」

 

 小河原を横目で見る加藤。小河原は言葉を絞り出す。

 

「ヤツが、こっちを見ている」

 

 加藤は肩を竦めて見せた。

 

「まさか。冗談だろう?」

「いや、見てますよ。間違いない」

 

 確かに、高解像度のカメラが捉えた陸棲型の映像。そこで確かに、ヒト型はまっすぐこちらを見据えていた。通信回線を経ての映像である以上、こちらが見えているなんてことはない。しかし、まるで見られているかのように錯覚してしまう。

 同じように感じたのだろう。司令部の中にざわめきが広がる。

 

「おい!」

 

 小河原は叫んだ。仮にも統合幕僚本部から来ている将校となれば、誰も彼を無視できない。

 

「偵察衛星に逆進でも加速でもいいから掛けろ! 今すぐにだ。もし本当に気付かれてるのなら、撃ち落とされるぞ!」

「了解!」

 

 その言葉に担当員が慌てた様子で制御卓に取り付く。陸棲型は単に空を見上げていて、その視線の直線上に偶然衛星があるだけかも知れなかったが、まさかそんな偶然に期待する人間はいないだろう。

 

「馬鹿な。こちらはまだ仕掛けていないんだぞ。攻撃衛星ならともかく、偵察衛星に気付くなんて……」

 

 小河原が信じがたいと言わんばかりに拳を握りしめる中、映像のヒト型は手を振り上げる所作。司令部の面々が息を呑んだ瞬間。通信が途絶する。

 

「……」

 

 沈黙。一瞬で静まり返った司令部に冷却ファンの無機質な音だけが取り残される。どうにか手を動かすことの叶った要員の一人が、映像を別の衛星からのものに切り替えた。しかし角度が悪い。建物の影に隠れて、陸棲型の姿は見えなかった。

 

「……中止だ」

 

 小河原は、一言。

 

「中止だ。勘づかれた時点で作戦は成功しない」

「貴官に決定権はないぞ小河原少佐。作戦は続行だ。それに」

 

 加藤は即座に言い返す。既に突入車両は天神川駅を通過。広島まで目前に迫っていた。

 

「それに、もはや止める段にもない」

 

 そう言う加藤に焦った様子で小河原は言う。

 

「お分かりになりませんか大佐。だからこそ『このタイミング』で我々の()を潰したんですよ。どうしてか知りませんが作戦が露見しています。中止しましょう。今から突入車両にブレーキをかけても十分間に合います」

「衛星が撃ち落とされて怖じ気づいたか少佐? そんなものは気にするな。とにかく今は、陸棲型を討ち滅ぼせればいい」

 

 そう言って画像から目を離さない加藤を、小河原は信じられないと言った様子で見た。

 

「正気ですか。今は作戦を中止すべき時かと考えます。あの陸棲型は我々の作戦を把握しています。このままの断行は非常に危険です。作戦は中止し、太陽の梺作戦を実施しましょう」

 

 そこまで言われて加藤はようやく小河原を見据える。それから諭すように言ってみせる。

 

「少佐。どうにも君は中隊の温存にばかり気が向いているようだな。作戦開始の直前になって取りやめる馬鹿がいるものか」

「分かりませんか大佐。そこが『やつら』の狙いですよ。手ぐすね引いて、中隊を待ち受けているんです」

「しかしそうであっても、広島に核を落とすわけにはいかない。罠があるのならば、それを除ければいい話だ」

「……なにを、言っているんですか大佐」

「分からないか少佐。()()()()()()()()は断れないんだよ」

 

 

 それを聞いた小河原の表情が、変わる。

 

 

「なんの、話を」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 空が、白んできていた。東の雲が光を反射して、きらきらと輝く。私たちを乗せた軍用貨物列車は進み続けていた。車輪がレールの繋ぎ目を乗り越えるリズミカルな音だけが振動と共に全員の耳朶を震わせる。

 

「最終確認だ。我々を乗せた兵員輸送車は広島駅通過後に切り離し減速、停車と同時に降車戦闘となる。作戦時間はきっかり四〇分。作戦目標の達成いかんに関わらず〇四二五時には撤退を開始するから、各員時計から眼を放さないように」

 

 中性子に焼かれたくなければな。飯田大尉はそう笑って、それから真顔で言う。

 

「中性子爆弾の投下は〇五〇〇時。もしも合流できなかった場合には広島駅前のスタジアムまでどうにかして辿り着け。広島駅への退却が難しい場合は海側へ。それすらも叶わないなら地下に潜れ。地下に二メートルでも潜ればなんとかなる」

 

 いいな。その言葉に全員が深く頷き、第七〇一二中隊を率いる海軍大尉はおもむろに頷き返した。

 

「よし、もはや説明することもない。諸君らは私の誇りだ。即ち海軍の、帝国の誇りでもある。その使命を断行せよ」

 

 車窓からの景色にプラットホームが現れる。そこに刻まれた文字列は『広島』。ついにここまで来たのだ。

 

「作戦を開始する、連結部切り離せ!」

 

 その号令と共に鋼鉄の擦れあう音。私たちが乗っている兵員輸送車とその先の車両を繋ぐ連結部が切り離されたのだ。即座に減速音、貨車にも動力を積み込んでいる大重量の車両に働く慣性の法則が私たちを押す。列車の速度に反比例するように、胸の中の重しが大きくなる。

 

「……」

 

 目を閉じる。息を吸って、吐く。もうここまで来たら、やるしかないのだ。目を開けると、そこには数秒前と変わらぬ景色。

 

「軍曹」

 

 隣に座った福ちゃんが声を掛けてくる。

 

「うん。分かってる……いくよ」

 

 これ以上の言葉が必要だろうか。手元の八九式小銃を抱きしめるように強く握る。私が戦うための武器。私を護ってくれる武器。

 

 そして、姉さんを福ちゃんを、皆を護る武器。

 今はそうとしか考えない。そうすることにする。

 

 次の瞬間、まばゆい光。

 

「え……?」

 

 思わず福ちゃんと顔を見合わせる。今のはなんの光だというのだろう。爆弾を満載した列車が突入したなら爆発の轟音が響くはずだし……と思った矢先、遅れたように金属を引き裂く轟音、そして爆音が聞こえる。作戦が本当に始まったのだ。

 そして軋むような音を最後にして……列車が、止まる。

 

「降車!」

 

 その言葉を聞いた私たちは一斉に飛び上がる。勢いそのままに列車の外へと飛び出す。降り立ったのは山陽本線の砂利の上。少し上の空を走る送電線に、支柱がどこまでも連なっていく。

 

「ここが、広島」

 

 初めて見る街の景色。それはまるで積み木を並べたような、なんの生気も感じられない街。灯りが一つも見当たらない高層ビルがちらほらと見えて、ここが都会であることを嫌でも思い知らされる。そして、今は誰も居ないのだということも。

 けれども、私にそれ以上感傷に浸る時間は与えられない。切り離された私たちをおいて既に貨車は突撃してしまっている訳で、もう作戦は始まっている。

 はずなのに。

 

「……おいおい」

 

 飯田大尉は、立ち尽くしていた。ぞろぞろと降りていく部隊の面々は気に掛けることもなく線路から離れていくけれど、まるで飯田大尉はそれに取り残されたよう。

 

「軍曹?」

 

 私の様子に気付いた福ちゃんが首を傾げる。それに構わず私は飯田大尉の下へ。

 

「中隊長、どうかされましたか?」

 

 声を掛ければ、飯田大尉は緩慢に振り返る。

 

「あ、ああ軍曹……これは、厄介なことになったぞ」

 

 その目線の先には、山陽本線。そして……。

 

「え?」

 

 市街地の真ん中から立ち上がる。黒煙の姿。

 

「突入車両が攻撃を受けたんだ。そりゃそうだ、まともに突撃が成功してるんだったら、先に光るわけがない。ここは丁度県営住宅の影で、攻撃を受けるはずがないのに」

 

 どうやら、列車は攻撃の衝撃かなにかで脱線。そのまま高架線から外れて、街の中へと墜落。そこで爆発を起こしたらしかった。

 

「じゃあ、失敗……ってことですか?」

 

 それはあまりにも唐突な、あまりに早い、終わり。

 

「な、なに言ってるんだよ護郷隊のねーちゃん! まだ作戦は始まってないじゃんかよ!」

 

 大野ちゃんがそう言う。でも、大野ちゃんだって分かっている筈だ。突入車両は爆撃機でいうなら数十機分の爆弾を運んでいた。例え陸棲型の防御が完璧であっても、負担を強いることは出来たはずなのに。

 

「いや、良いんだ大野。確かに第一段階は失敗した。だが終わったわけじゃないぞ。邪道が駄目なら、正攻法で倒すだけだ」

 

 そう言う飯田大尉も、流石に動揺は隠せていないようだ。一個中隊で勝つ方法の一つが列車の爆弾だったというのに。

 そこで、無線機の呼び出し。人手が足りなすぎて通信手までやらされることになったと嘆いていた飯田大尉は、眼にも留まらぬ早さで無線機を手に取った。

 

「こちら七〇一二中隊司令部、飯田です……大隊長が? 撤退? 待って下さい。状況はどうなっているんですか?」

 

 そしてより一層表情をしかめる飯田大尉。私のことを一瞬見ると、人差し指を小さく掲げて回して見せた。

 どうやら、代わりに指示を出せと言うことらしい。言われてしまえばしょうがない。実際、第一分隊一班の中では私が最上位なのだから。

 

「じゃ、じゃあ伊藤ちゃんは中隊長の護衛を、他の子たちは続いて下さい!」

 

 そう言って走り出す。建物で陸棲型から見えないとはいえ、この図体の大きな貨物列車ではどうしても目立って仕方がない。まずは列車から距離を取る。

 振り返れば、無線機に何事かを言う飯田大尉……姉さんの姿。

 

「いったい、何が起こって……」

 

 私の問いを遮るように耳障りな羽音が聞こえ始める。それは列車に乗せて運んできた無人機(ドローン)。耳音で騒ぎ立てるような音と共に、空へと舞い上がっていく。これで全ての戦力の展開が完了したことになる訳で……作戦は、順調なはずなのに。

 言いようのない不安がよぎる。それは姉さんが中隊旗を返納したという話を聞いたからだろうか。それとも単に作戦が上手くいっていないからだろうか。私は班の皆を見回して、最後に福ちゃんのことを見る。

 

「……」

 

 私と同じ八九式小銃を構えた福ちゃんは、何かを待つように私のことを見上げていた。待っているのはきっと命令に違いない。今、この戦場で何か不吉なことが起こっている。それに耐えるだけの、命令を待っているのだろう。

 不安が恐怖へとすり替わっていく。私に指揮なんて出来るのだろうか。この作戦を指揮なんて出来るのだろうか。

 

 いや、何を考えてるんだ私は。姉さんに任されたのはとりあえず班の皆を纏めることだけで、別にこの後ずっと指揮を執らなきゃいけないわけじゃない。そもそも、中隊の指揮なら姉さん以外にも古田中尉、それに和田さんとかだっているじゃないか。なのに、不安が胸に蔓延って仕方がない。考えが急に纏まらない。息が詰まりそうだ。

 

「……福ちゃん」

 

 小さく私が口にしたのが届いたのだろう。福ちゃんは何も言わずに、私の側に寄ってきてくれた。幸いにも、周囲を警戒する大野ちゃん達がそれに気付く気配はない。それとも気付いた上で、黙っていてくれるのだろうか。そんな事に思いを馳せるうちに、先ほどまでの不安と焦燥は消えていった。

 

「ありがと。もう大丈夫」

「そうか。よかった」

 

 二人だけの会話を交わすと、姉さんが戻ってくるのが見えた。

 

「状況が、分かったぞ」

 

 姉さんの表情は表向きは冷静沈着な指揮官のそれに戻っていた。だけれど軍帽を取って頭をかきむしり、乱れた髪をたなびかせながら歩いてくるその様子を見る限り、それが自然じゃないことは分かる。顔だけ取り繕った、奇妙な格好。

 

「どうなってるんですか?」

「最悪だ。偵察衛星が撃墜されて情報支援はなし、そのクセ大隊長がやらかした。指揮権は放棄で、統合幕僚本部に一時委任。後方の指揮は統幕が執るらしい」

「大隊長が? どうして……」

 

 私の問いに、姉さんは苦虫を噛みつぶしたように言った。

 

 

「理由は、()()だそうだ」

 

 

「それって……」

 

 私の中に思い浮かぶのはたった一つの、長ったらしい病名。それは病名で呼ばれることも滅多にない。私たちを蝕んで止まない存在。まさか、大隊長が。

 

「ああ、『リスト入り』だ……最高の冗談だな。作戦立案者が内通してただなんて。ホント、馬鹿げている」

 

 そう吐き捨てると、姉さんは無線機をもう一度掴む。

 

「私だ。作戦の第一弾は失敗した。第二段階の渡河並びに突入を実施する。一小隊は予定通り自動車道から、鉄道橋は健在であるので三小隊は鉄道橋より太田川を渡河、二小隊は予定通りに配置につけ。それから……」

 

 そこで少し迷うようにしてから、姉さんは続ける。

 

 

「既に気付いている者もいるが、偵察衛星の()()()()()()()により上空からの偵察映像は得られない。各分隊は手持ちの無人機(ドローン)で対応すること。以上だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。