THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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THE COUNTER BATTALION
西暦二〇二五年 日本海


 四五〇〇トンを数える貨物船「第四敷香丸」は東亜原燃輸送の保有するプルトニウム運搬船である。放射性物質を扱うために、貨物船としては珍しい二重底、軍艦さながらの隔壁も備えたこの船はしかし、大洋の荒波だけには打ち勝つことが出来ない。

 

「この天気じゃあ、天下の防空隊も出撃できないな」

 

 そう呟いた男は窓に叩きつける雨粒、その元凶たる雨雲へと視線を向ける。普段通りといったふうで発生した台風八号は、季節外れの進路(コース)を描きながら航路を塞ごうとしていた。

 

 本来なら、第四敷香丸は海上保安庁の護衛船団に組み込まれている筈だった。運輸省主導の護衛船団は、一応は一隻以上の海軍駆逐艦、もしくはヘリコプター巡視船が護衛に付くことに一応なっている。()()と言うのは、最近は海軍も保安庁も船艇の数が足りなくて、時には徴用したコンテナ船を無理矢理ヘリコプターの発着場所(プラツトフォーム)として使っていることもあるからである。

 

 ともかく、重要なのはこれら公船に積載された陸海空軍どれかの回転翼機(ヘリコプター)である。『やつら』との戦いが始まってもう三年以上も経つが、未だに回転翼機は『やつら』の中でも脅威度が低いとされる種に対しては有効な手段とされていた。

 そのような護衛も付けずに一隻で、ましてや大荒れの日本海に繰り出す。なるほど正気の沙汰では無い。

 

「だが……空軍サマの使う『ステキな爆弾』のためには、俺たちが必要なんだ。原燃輸送に昼夜も台風もナシってな」

 

 そんな風に言い切るのは、第四敷香丸の船長。退役軍人を多く採用している東亜原燃輸送では珍しくない元海軍人である彼にとって、嵐の海に出るというのはさほど珍しい話ではなかった。

 

「それでも私は反対ですよ。護衛船団は運航中止、()()()()だかなんだか知りませんが、難破の危険性は跳ね上がります」

 

 そう顔を歪めるのは、この船の航海士。船の安全運航を守る彼にとって、嵐の中にわざわざ繰り出すのは許しがたい自殺行為である。ましてや、船の安全よりも優先すべき事情があるということが彼には許せない。彼は頭を振りながらに言う。

 

「そもそも、どうして我々がコソコソと逃げ回るようにしなければならないのですか。原燃輸送がなければこの国はとうの昔に空母連中の手で焼け野原にされていたというのに」

 

 航海士の言うとおり、この原燃……原子力燃料(プルトニウム)輸送はこの国に欠かせないものであった。連合艦隊の過半が海中に没して以来、陸空軍は『やつら』に対して反応兵器での応戦を強いられるようになった。反応兵器というのは無論、核兵器のことである。

 

「もう既に何百発を投げ込んでいるんです。それを今更……」

「言うな。誰だって自分の庭先で爆弾が破裂したら文句を言うさ。例えそれまでは黙っていたとしてもだ」

 

 そもそも、反応兵器という呼称自体が世論の核兵器忌避を示しているのだ。空軍庁や陸軍省によれば中性子爆弾を用いているから環境への影響は局限化していると説明するが、だからと言ってポンポンと太平洋に投げ込まれては堪ったものではない。

 それでも、空母種が太平洋を我が物顔で遊弋している。この事実が、国民の不満を寸での所で留めていたのだ。

 

「まあ、近衛師団の忠告も分からなくは無いがね」

 

 彼が目線を落とすのは新聞紙。正確にはファクシミリで送られてきた新聞データであるのだが、とにかくそこには曝かれたばかりの空軍による爆撃計画が記されていた。

 

『空軍、広島への反応弾攻撃を画策す』

 

 紙面に踊る通りである。空軍は誘導弾搭載の中性子爆弾による広島市への爆撃計画を立てた。それが流出したのである。

 

「国民が今日まで必死に我慢してきたのは、ひとえに国土にまで爆弾を落とさせないためだった。その約束を空軍が破った……」

 

 まあ、そういう風に見られるんだろうな。船長は諦め顔である。航路を喪い、艦隊を喪い、果ては領空、領土すらも喪いながらも、未だに核兵器を忌避し続ける国民。果たして銃後は健在と言うべきか、ともかく新聞に躍る文字は批判の一色である。

 

「本土への核攻撃は、官房長官談話でも常に否定されてきました。それを破ったのですから、当たり前の話です」

 

 問題は、なぜ我々がその泥を被らなきゃならんのかということですよ。そう語気を強める航海士。核攻撃が批判に晒されるのはいい、しかし一方で、東亜原燃輸送に届いた()()()は問題である。

 その脅迫状が言うところによれば、核燃料輸送を行う東亜原燃輸送は()()()な企業ではないらしい。原燃輸送はその業務によって国土破壊(かくこうげき)に加担しているのであって、これを阻止するためには如何なる手段も辞さない……とまあ、手紙にはそのように綴られていたのである。既に警察にも軍部にも届け出はしたが、出所が分からないとなれば対処法もない。

 

 とはいえこの第四敷香丸の運ぶ荷物が万に一つも攻撃に晒されれば()()である。その結果として、第四敷香丸は護衛船団を外れての隠密航海をせざるを得ない状況に置かれてしまった。

 これが平時であれば、原子力発電利権に深く絡まり、そして複数の財閥から支援を受けている東亜原燃輸送には厳重な護衛が付いたことであろう。しかしそれすら出来ぬほどに戦力が払底してしまっているのが、海上保安庁と海軍の現実であった。

 

「まあ何にせよだ。我々はやるべき事をやるしかない」

 

 船長の意見は正論であり、現状への肯定でしかない。不満げに顔を歪める航海士。しかし彼の表情は次の瞬間には取り繕われることになる。なぜなら、船橋に来客があったからだ。

 丁寧なノックから開く扉。国防(カーキ)色の軍服に女性軍人に特有の丸みを帯びた軍帽。そこに輝く五芒星は桜葉に囲まれている。

 

「これは月刀少尉。どうかされましたか?」

 

 少尉と呼ばれた彼女は、しかし少尉という名を冠するには余りに幼すぎた。確かに士官学校で()()される少尉というのは、軍組織においては消耗品でしかないわけであるが、それにしたって彼女――月刀美佳の姿は幼すぎた。小学生、いや中学生ほどだろうか。少なくとも戦場にあるべき歳ではない。

 

 しかしその双眼に宿る暗闇だけを視れば、彼女が軍人であることに疑いようはなかった。彼女は船長を見据えると、一言。

 

「船長、この船の針路を変えて頂きたいのです」

 

 船橋備え付けの海図に取り付いた彼女は鉛筆の先端である場所を示す。そこが気象通報における低気圧の中心……つまり台風の「眼」であることを悟った航海士は深いため息を吐いた。

 

「それは、近衛師団からの要請でありますか?」

 

 台風の中心部に向かって進むなど、誰がなんと言おうと自殺行為であることは間違いない。例えそれが近衛師団、天皇の御親兵とも呼ばれる陸軍の精鋭部隊からの要請であったとしても、そんな要請を受け入れることは到底出来ない。

 

「無理は承知の上です。ですが現在の針路では『やつら』が待ち構える中を突き進むことになります」

 

 台風の中心が、最も安全です。彼女の主張を間違っていると断じることは難しいだろう。海から人類を追い出した『やつら』が、一部で指摘されるように海中の新生物が作り出したフネであるなら、難破しないようにと台風を避けるのかもしれない。

 

「しかし台風の中に連中がいないと、どうして分かるんです?」

 

 そして航海士の反論もまた、的を射たモノであった。『やつら』を海洋(うみ)に住まう危険生物だと考えれば、多くの魚介類がそうであるように台風など意にも介さないであろう。

 その本来なら真反対であるべき両方の意見がどちらも成り立ってしまうのは、ひとえに『やつら』のことが解明されていないから。平行線になるかと思われた論戦に、艦長は一言。

 

「重要なのは、我々に敵を見つけることが出来ないことです」

 

 船長は備え付けの水上レーダーに目を遣りながら言う。先ほどからあの箱を何度も覗き込んではいるが、嵐の影響でノイズが激しくて情報と呼べるようなものは得られはしない。つまり第四敷香丸は、目隠しをして進んでいるも同然であった。

 

「いえ、台風の中には居ませんよ。気配がないらしいです」

「『らしい』ってなんですか。それ」

 

 いよいよ不機嫌を隠さずに言うのは航海士である。気配がないらしい? ということは彼女は類推でモノを言っているということになる。情報が少ない中ではやむを得ず推測に頼ることはあるとはいえ、確度の低い情報で間違いなく危険な台風に飛び込むのは彼の矜恃が許さないであろう。

 

「せめて居ないということを証明して頂かないと」

 

 勿論、無理と承知での要求である。敵が居ることは写真なりで証明することが出来るが、居ないことを証明するなど不可能だ。

 事実上の拒否を突きつけられた彼女は、小さく息を吐いた。

 

「いいでしょう。では進路上の敵対的危険生物を排除します」

 

 

 この国は、いやこの世界は。まさに存亡の危機を迎えている。人類に敵対的な新種の海洋生物とされた『やつら』はしかし、単なる生物と呼ぶには余りある暴虐を尽くして見せた。

 

 橋は落ち、鉄路は千切れて家は灰燼に帰した。帰る場所を喪った人々の命すらも奪いなお『やつら』は破壊を止めない。船、飛行機、更には人工衛星。『やつら』の生存には一切無関係なモノまでもその牙に掛けて砕いてしまう。

 

 そんな正しく『敵』と呼ぶべき存在に、この国は果たして何が出来ただろうか。かつては北は樺太、南は台湾までを支配し、文字通りに東亜の覇者であった日本。精強を誇る海軍はその過半を海中に、空軍は空へと散った。辛うじて残った陸軍も、もはや常備軍以上に臨時編成された護郷隊の方が数が多い始末である。

 

 しかしそれでも、例え国土の半分が焦土になろうと。陸海空軍はその抵抗を止めるわけにはいかない。

 

 国軍の抵抗が止む日は即ち亡国の日である。例え全ての国民を壁としてでも、抵抗を止めるわけにはいかないのである。文字通り最後の一兵になるまで、戦い続けねばならない。

 

 

 

「……きっと、あなたはそう言うんですよね。姉さん」

 

 船橋から出た近衛師団の少尉、つまり私はそう漏らす。その言葉は届くだろうか。それとも日本海の荒波に消えるだろうか。

 

「小隊長」

 

 私を現実に引き戻すのは()()の声。闇に溶け込んでしまいそうな外套を被ったその姿が叩きつけられる暴風と雨粒に揺れている。ああ、こんな状況でもこの子は変わらない。私は少しだけ緊張の糸が緩んだような気がして、笑った。

 

「もう。二人っきりの時は『姉さん』でしょ、福ちゃん」

 

 私を見据える外套姿の彼女。その眼は、およそヒトのそれとは思えない碧。深い海を湛えたような双眼は、私を捉えながら困ったように垂れている。それから甲板の下を指差した。

 

「……大野一等兵がいる。小隊長」

「いいじゃない、大野ちゃんだったら」

「そうはいかない。小隊長」

 

 そう言うと、話は終わりだと言わんばかりに背を向ける。陸軍で採用されているその外套は雨に打たれて色が変わっているけれど、その機能通りに彼女を守ってくれているのだろう。そんな彼女が睨む先にはいよいよ大荒れの様相を呈してきた日本海。私は双眼鏡を構えて覗き込むが、何かが見えるようなことはなかった。

 

「それで、進路はどうなったんだ。小隊長」

「変えないって。まあ、台風に突っ込む船乗りなんていないよ」

「それもそうか」

 

 そこで沈黙。外套に隠れてまたその眼は見えなくなる。だけれどその視線がどこに注がれているかは分かる。日本海、私たちの目の前で唸りを上げる……私たちのものだった海。

 

「いける? 福ちゃん」

「いけるさ。守ってみせる」

 

 その言葉に、きっと嘘はないのだろう。福ちゃんは……例えそれが『五島福』であっても『福江』であったとしても、第四敷香丸を、そして私のことを守ってくれると言うのだろう。

 だから私は、送り出すしかないのだ。梯子をくだり、階段を降りて、渦巻く海面の近くへと降りていく。そこには同じように外套に身を包んだ私の部下。小柄な日本人を想定して作られたはずの八九式小銃は、彼女たちにはあまりに大きかった。

 

「昇降機の用意は?」

 

 私の問いに、二人は敬礼で応じる。

 

「準備完了です、いつでも!」

 

 必要なものは全て整っていた。第四敷香丸の護衛は、政府にとってはどうしても欠かせない大切な仕事。いつもより早い機材の手配に、抜けのない準備。多分しっかりと駆逐艦や嵐に耐えられるような大型巡視船が残っていれば、私たちなんかが護衛をやることにはならなかったのだろう。

 

 

 嗚呼、歪んでいる。歪んでいるのは私たち(セカイ)だ。どうしてこんな、私よりも一回りも二回りも小さな子が戦場に出なければならないのだろう。なぜ託さなきゃいけないのだろう。

 

 近衛師団は命じた。私たちに第四敷香丸を守れと、例え囮になってでも、この船を守れと。子供はむしろ守られる側ではなかったのだろうか。それほどに、この国は追い詰められている。

 

「じゃあ任せたよ。作戦時間は六〇分、その間は第四敷香丸には速力と進路を維持するから、それまでに戻ってきてね」

 

 この大荒れだ。もしも見失ったら二度と会えなくなってしまうだろう。その事をよく言い含めて、私たちは時計を合わせる。

 

「大丈夫だ。守るから、絶対」

「信じてる。いってらっしゃい、福ちゃん」

 

 私は、何も知らなかった。知らないでいた。知るつもりもなかった。日本海の大荒れも、核爆弾の材料を運ぶこの船のことも、それに福ちゃんの身体に起きている出来事も。

 

 それでも知ってしまったのなら、私に後戻りは許されないから。

 

 

 私は、もう戦うしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――海防艦、福江。出撃する!」

 

 

 

 

 

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