THE LAST COMPANY   作:帝都造営

17 / 28
暗闇の洞窟(トンネル)は永遠に続く①

 原発銀座として知られる若狭湾。そこからNR小浜線に舞鶴線を乗り継いで山陰本線へ。窓から見える景色は山ばかりで、時折思い出したかのように海が見える。そんな調子で揺られて、もう何時間経っただろうか。私を乗せた車両はガタゴトと音を言わせながら進んでいく。平坦な音声が次の駅を告げた。

 

「おーい。護郷隊のねーちゃん、何時になったら着くんだよぉ」

「こら! 大野ちゃん、小隊長でしょ! それに月刀少尉は近衛師団の少尉さんなんだから、ちゃんと敬語使う!」

 

 間延びした退屈そうな声に斬り込む声。その声の主は「そうですよね、小隊長!」と言わんばかりに私を見てくる。上下関係に厳しいのが軍隊とは言うけれど、残念ながら数ヶ月前までただの高校生だった私にそんな偉そうなフリは出来ない訳で。

 

「いいよいいよ。どうせ飾りみたいな階級だし。伊藤ちゃんも無理して敬語使わなくていいからね」

「ほら、敬語使わなくて良いって言ってるじゃんか!」

 

 ふんぞり返って見せるのは大野ちゃん。大野洋子。

 

「もう……そうはいきませんよ。月刀少尉は小隊長なんですから、もっとシャキッとして頂かないと。士気に関わります」

 

 そして私を諫めてくるのはしっかり者の伊藤ちゃん。伊藤紗那(さな)。いつの間にか和田さん――私たちが昔居た部隊の副官さん――みたいに副官としての仕事をこなしてくれるようになっていた。

 

「はいはい。そうだね」

「もう、真面目に聞いてるんですか?」

 

 不満顔の伊藤ちゃんが難しそうな顔。眉間にシワが寄っているので、手を伸ばして直してあげる。

 

「ちょっと! 止めてくださいよぉ……!」

「あはは! 紗那ったらねーちゃんにグリグリされてやんの!」

 

 隣で大笑いする大野ちゃん。その声に比例して伊藤ちゃんの表情が赤くなっている。怒っているのかも知れないし、照れているのかもしれない。どっちにせよ、いつも真面目な伊藤ちゃんの表情が崩れているのを見るのは楽しい。眉間を揉むついでにほっぺたも摘まんでみる。伊藤ちゃんは中学生と聞いているけれど、こんなに柔らかいものだっただろうか。

 

 とその時、私の腕を小さな手が掴んだ。

 

「小隊長、伊藤上等兵が困ってる」

 

 その碧い瞳は福ちゃん。五島福……今は、海防艦『福江』。

 

「そうだね。可愛かったから、つい」

「……」

「あ、福ちゃんの方が可愛いよ。大丈夫」

「そういう話をしてるわけじゃ、ない」

「もう、嫉妬しないでよ」

「してない」

 

 そう言いながら福ちゃんはそっぽを向いてしまう。その先には流れていく緑の木々。ここまで来るまでの景色はのどかそのもので、戦争の痕跡と呼べるようなものは見当たらない。敦賀まで護衛してきた第四敷香丸の人達によれば、本州の端まで繋がる最後の連絡線である山陰本線の物流を絶やさないために北陸から山陰の沿岸部は特に念入りに敵の航空種を叩いているらしいけれど、どうやらそれは間違いではないらしかった。

 

 アナウンスが私たちしかいない車内に響く。身体が引っ張られるのに合わせて外の景色は速度を落として、そして止まる。

 聞こえてくるのは聞いたことのない駅名。窓から見えるのは見たことのないプラットフォーム。ここからでは見えないけれど、きっとその向こうには見たことのない街が広がっているのだろう。

 

 そしてそこには、きっと私のような子がいるのだ。

 何も知らなくて。何も知ろうとしなくて。それで戦争とはどこか中途半端に遠い場所で、毎日を過ごしているヒトが。

 誰も乗り降りしないのだから、扉は開くこともない。発車しますと流れ作業のような声が聞こえて、そのまま車両は進み出す。真っ暗なトンネルを抜けると、先ほどまでと変わらない景色が続いていた。

 

「なー、それで結局いつ着くんだよぉ」

 

 不満そうな声を上げるのは大野ちゃんだ。福知山で買った駅弁を食べて、狭い車内を探検し終わってしまえばやることがなくて退屈なのだ。ここで私が携帯ゲーム機の一つでも持っていれば暇つぶしには事欠かなかったのかも知れないけれど、お祖父ちゃんは携帯端末(スマホ)のゲームを嫌っていたので娯楽(ゲーム)系アプリは携帯に入っていないし、ダウンロードしようにも保護者の許可が必要なの(ペアレンタルコントロール)で出来ない……となると持っているのは武器に弾薬ばかり。

 

「えっと……乗り換え案内によると、あと五時間かな」

「五時間もかよー。なんでそんなにかかるんだよぉ!」

「そんなこと私に言われても……」

 

 そしてその乗り換え案内にしたって、下関までのルート検索をすると山陽新幹線を利用するように指示される始末。『やつら』のせいで破壊された山陽新幹線が使えるはずも無く、画面には『運行情報があります』というポップアップが並んでいた。

 それを色々弄った所によると、今日の宿がある出雲市には今日の夜になる予定……もっとも、予定通りに動けばの話だけれど。

 

『ご乗車の皆様にお伝えします。只今中部防空司令部より鳥取県に警戒警報が発令されました……えー空襲警報発令され次第、当列車はトンネルに退避致します。ご了承ください』

「警戒警報……」

 

 姉さんがしてくれた話によると『やつら』が現れるまで空襲を知らせる警報は空襲警報だけだったらしい。まあ一昔前に想定された空襲といえば核攻撃だった訳で、たったの十数分で届くことを考えれば確かに二段階の警報は要らないだろう。

 でもそれが『やつら』の航空種を相手にすることで変わった。今の仕組みではレーダーが航空種を探知すると警戒警報が発令、空軍の要撃機が空対空核爆弾で撃ち落とすために出撃する。もしも迎撃に失敗したら、空襲警報が鳴って空襲が始まる。

 

「でもよー。警戒警報ってことは敵が来てるんだろ? もう退避した方がいいんじゃねーの?」

 

 警戒警報という話題(ひまつぶし)が出てきたお陰か、どこか興奮気味に言う大野ちゃん。分かってないですねえと言わんばかりに指を立てるのは伊藤ちゃん。

 

「あのね大野ちゃん。警戒警報の度に退避してたら列車運行なんて出来ないでしょ。空軍が迎撃してくれれば済むんですから」

 

 伊藤ちゃんが言うのは、きっと常識なのだろう。警戒警報が空襲警報に変わることは滅多にないけれど、警戒警報の発令は毎日の出来事。つまり山陰の空には空軍機がひっきりなしに飛んでいる訳で、ここは紛れもない最前線。だからこそ、警戒警報()()は捨て置け、という話になってしまうのだ。

 

「ふーん。そういうもんか」

 

 大野ちゃんは納得したような、していないような表情で席に座り直す。警戒警報を気にしない、なんて妙な話ではある。警報が日常になって、空襲が日常になって。そして最後には、誰かが死ぬのが日常になっていく。そこには曖昧な違和感しかなくて、違和感の中に居るうちに戦争に染まりきっていく。

 今、山陰地方の街はどうなっているのだろう。私は見たことも無い家々の連なりに想いを馳せる。警戒警報がひっきりなしに鳴り続ける街。空襲がないと分かっていても、空軍機が核爆弾(ばくだん)で吹き飛ばしてくれると知っていても、心が安まるはずがない。

 

 そしてそれは、軍人……いや、軍()なら尚更な訳で。

 

「福ちゃん。武装解除」

 

 私は隣に座る影に手を添える。添えた福ちゃんの手には確かに武器が握られていて、その手は震えていた。

 それとも、震えていたのは私の手だろうか。

 

「あ……すまない。小隊長」

 

 警報を聞くと強ばってしまって。そう説明する福ちゃんの言葉は、多分ホンモノなのだろう。

 

「ううん。気にしないで」

 

 気にしないで、そう口にするのは私が気にしたくないからだ。

 あの日――広島で起きたあの戦いで、色んなものが変わってしまった。いや、変わってしまったのはもっとずっと前からで、それでも私はそれを知らないフリ、見ないフリを続けてきていた。

 

 戦争は、もう何年も続いている。私の住んでいた街から戦争が奪っていったものは色々あって、それで遂に私が奪われる側になった。でもそれまで私は戦争が何なのかを考えようとはしなかったし、周りも私に考えて欲しいとは思っていなかっただろう。私は女子高生、雪の降る北陸に暮らす名家の女子高校生でいれば良かった。パティシエを目指す父親と、気難しいお祖父ちゃんと折り合いが着かない母親。そんな二人の間に生まれ落ちた、なんでもない一人の女の子でいればよかったのだ。

 

 

 そう、空が落ちてきたあの日までは。

 

 

 あの日、私の日常は確かに変わってしまったし、軍の偉い人が言うところによると私の身体も変わってしまったらしい。

 その軍の偉い人というのが、今では海軍少佐になった私の姉さん――正確には従姉妹――の飯田望、望姉さん。姉さんが言うには、私の身体、そして福ちゃんや大野ちゃん、伊藤ちゃんの身体に起きている『リスト入り』という現象は、私たちが戦っている『やつら』に近づいていくことなのだという。

 

 そしてそれを証明するように、五島福は『福江』になった。

 

 ()()の何が『福江』を名乗らせるのか、彼女がなぜ『海防艦』という既に存在しない()()をかたるのか。それは私には分からないし、恐らく姉さんにも……『リスト入り』を研究する誰にも分かってはいないのだろう。『リスト入り』というのは反社会的人格障害とも呼ばれる精神障害の一種として扱われていて、ある日急に言動がおかしくなって、挙げ句の果てには近所のヒトや味方の兵隊を殺したりしてしまう病気と言うことになっている。

 

 でもそれじゃあ、福ちゃんが()()()()()説明がつかない。福ちゃんは海に立つ、正確に言えば水の上に立てる。それは『やつら』の中でも特にヒト型と呼ばれる種の特徴。ヒト型は巧みに水を操ることで、水の上に立ったり、時には砲弾を防いですらみせるのだ。そんな特性を福ちゃんは無意識に使いこなしてみせる。

 そしてそれは、ここにいる全員に当てはまること。『リスト入り』が『やつら』に近づくことならば……その力で『やつら』を倒せるのではないか。それが姉さんの信じた仮説で、そして()()されるしかなかった筈の私を救い出した方便。

 

「どうしたんだ……小隊長?」

 

 考え込む私を見ていてくれたのだろうか。福ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。姉さんは私たちが『やつら』に近づいていって、そして最後にはヒトで無くなってしまうという仮説を立てていた。確かに福ちゃんは『海防艦』を名乗るようになってしまった。水の上に立つ彼女をヒトとは誰も思ってくれないのかも知れない。ただそれでも、私は福ちゃんを知っている。

 

「しょ、小隊長……」

 

 だから、私が抱きしめてあげるしかないのだろう。私も同類(リスト入り)だ。きっと最後にはおかしくなって、変なことを言いながら死んでしまうのだろう。だけれど福ちゃんがいるなら、私が守らなくちゃいけないこの小さな身体が温かいのなら、私も温もりを忘れないでいられる気がするのだ。

 

「あの、小隊長……」

 

 その時、横目から視線。見れば何かを堪えるような伊藤ちゃんと、興味津々といった様子の大野ちゃん。きっと次には小言の一つも飛んでくるのだろうから、私は先手を打つことにする。

 

「大丈夫、二人のことも大好きだよ?」

「ちょわっ……お仕事中ですよ!」

「やめろって!」

 

 口では抵抗してみせる伊藤ちゃんと大野ちゃんだって、そっと抱き留めてあげれば無口になる。この子達も、きっと辛いことばかりだったのだろう。それを無理して、我慢しているだけなのだ。

 

 だったらせめて、私の手が届く限りは守ってあげたい。そう思うのだ。自分の事ながら傲慢だとは思う、だって私は全員を守れるほど強くはない。何度も『やつら』と戦ったけれど、いつも私は足を引っ張ってばかり。それでも戦うって言うのは、きっと銃を持って戦うことだけじゃない。

 だから、望姉さん(あなた)もあの中隊の「中隊長(おかあさん)」でいたんですよね。

 私にそこまで出来るかは分からないけれど、でもそれでも。

 

 

 ――――部下達(あなたたち)の、小隊長(おねえさん)でいたいのだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 日本列島は、細長い島がいくつも続いている場所だ。その中でも特に細長いのが本州。一億人の人口を抱えるこの島は昔から、それこそ江戸時代から交通網を発展させてきた。

 

 そもそも、巨大都市の構築とその維持においては交通インフラというモノが絶対に欠かせない。それは江戸時代では東廻りに西廻りといった航路であったし、明治以後は鉄路に取って代わる。それの究極形態が、新幹線と呼ばれる高速鉄道である。

 東京から大阪へ、東京から金沢へ。そのような調子で本州の隅から隅にまで行き渡った巨大な動脈は、山の向こうの都市と都市をさも一つの巨大都市のように縫い合わせてしまった。巨大化した都市はその概念を拡張させ、いまや新幹線の通る場所は等しく東京と呼んでしまっても構わないほどである。

 

 しかし、そんな本州の発展も『やつら』が現れるまでの話。今や快速を誇った山陽新幹線はズタズタに引き裂かれ、近畿から下関まで向かおうとすれば一日じゃ足りないのが現実となってしまった。鈍行と特急を何本も乗り継いで十数時間。到着を告げるアナウンスが響けば、長く長く続いた列車の旅も終わりを告げる。

 

「ついたー!」

 

 両腕を振り上げて喜ぶ大野ちゃん。新下関駅のホームには人がぞろぞろと降りてきて、ここが最前線の街とは思えないほどの賑わいが広がっていた。駅弁売りのヒトがカゴいっぱいの弁当箱を抱えて売り歩いている。ここが本当に、つい一ヶ月前に取り返したばかりの場所だというのだろうか。

 

「えーと。とりあえず新幹線のホームにいけばいいんだっけ」

 

 受け取った命令書を思い返しながら私は荷物を持って乗り換え口へと向かう。新下関駅は山陽新幹線の本州最後の駅、そして京釜新幹線の起点駅でもある。歩き出すと、後ろを歩く伊藤ちゃんがそっと耳打ちのポーズ。私が耳を傾けると小声で言う。

 

「なんだか、私たち見られていませんか?」

 

 そうだろうか。私はそれとなく周囲を見回してみる。確かに陸軍の制服、それも近衛師団の格好をした私たちは端から見れば奇妙だろう。なにせ私は高校生、伊藤ちゃん達に至っては中学生か小学生といった年齢だ。そんな子達が陸軍、ましてや天皇直率とされる近衛師団の格好をしているのだ。奇異の視線は仕方がない。

 

「特に危険な気配は感じないし大丈夫だよ。もしも本当に危なかったら、福ちゃんが守ってくれるから」

 

 そう言って私は目の前を歩く福ちゃんに視線を遣る。私たちの中で唯一軍服を着ていない福ちゃんは私服姿。水の上に立てる海防艦である福ちゃんは()()であるので、軍服を着てはいけないというのだ。そんなことを言ったら私たちも特殊な存在(リスト入り)なのだけれど、どうも軍隊には変な物理法則が存在するらしかった。

 

 そう思えば、昔の部隊……つまり姉さんが率いていたあの中隊はそんな物理法則には縛られていなかった気がする。つまり姉さんが、そんな束縛から私たちを守っていてくれたわけで。

 私に出来るかと言われれば多分、というか絶対無理だろう。だけれどそんなことはどうでもよくて、私は私に出来ることをやるしかないのだ。そう誰にも悟られないように決意して、私は乗り換え口へと向かう。新幹線乗り換え口はひっくり返したような大混雑。最近の人混みと言えば決まって避難する大衆なのだけれど、身なりを見ると着の身着のままというよりは着飾った風で、どうやら避難している訳ではなさそうだ。伊藤ちゃんが首を傾げる。

 

「なにかのお祭りでしょうか……?」

「ねーちゃん見ろよ! あの人でっかいカメラ持ってるぞ!」

 

 大野ちゃんが指差しているのはテレビ放送に使うような巨大なカメラ。それを肩に担いでいるのは腕に報道担当者(PRESS)の文字を貼り付けた男の人だ。前線取材にしては場違いな大掛かりの装備。半年前まではただの女子高校生だった私が言うのもなんだけれど、戦場を知らなすぎではないだろうか。

 

「すみません。一般の方でしょうか?」

 

 とその時、私の方に駆け寄ってくる駅員さん。一般も何も、近衛師団の人間が()()()()な訳がない。私が陸軍の人に貰った身分証――今更だけれど、私の軍籍は民間防衛組織の護郷隊で、あくまで近衛師団には()()()()()()形を取っている――を差し出すと、そういうことではないのですと駅員さんは言う。

 

「一般の方というのはつまり、来賓の方かどうかという話です」

()()?」

 

 伊藤ちゃんの言うとおりお祭りでも開かれているのだろうか。首を傾げる私を無視して、駅員さんは手元のファイルを捲る。

 

「近衛師団の月刀少尉と……あと三名様ですね?」

 

 その三人というのが、私の部下たちを言っているは明らか。全員が揃っていることを確認して、それから私は頷くのであった。

 

 

 それはなんと言うべきか。奇妙な光景だった。

 

 新下関駅の新幹線ホーム。両端を落下防止柵に囲まれた三・四番線ホームには溢れんばかりの人が詰めかけている。そしてそれらの人々は、二種類の人間に分類することが出来た。

 

 つまり、文民と軍人である。文民の方は至って普通の人々で、道を歩いていたら見かけそうな私服姿のヒト、出勤中のサラリーマンみたいなスーツ姿のヒト、もしくはカメラやマイクと言った取材に使いそうな機材を抱えた人達と、とにかく多種多様。もしもホームにいるのが彼らだけなら、まあ多少の違和感はあっても普通の新幹線駅だと言い切ることも出来たかもしれない。

 

 問題は、軍人の方にあった。

 

 まず、ショーケースに収まったみたいに綺麗な制服を着込んだ人達。その胸には十人十色の略綬(リボン)が踊り、制服の色は四種類。つまり濃緑色(りくぐん)白詰襟(かいぐん)濃紺色(くうぐん)そして統合幕僚本部の紫紺。どれもアイロンを掛けたばかりみたいなパリッパリの制服で、その列に漂う緊張の糸も同じ様相を呈していた。それが何故かホームの上に組まれた()()()の上に並んで見せるものだから、いよいよ軍の制服ショーか何かみたいに見えてしまう。

 

 そして、そんな滑稽にも見えるひな壇の隣に並ぶのは戦闘服を着込んだ兵士達。護衛と威圧を買って出たような彼らの前には銃を構えた真っ黒な制服を着込んだ人達が軒を連ねる。戦闘を考慮しない制服姿は儀仗隊。何かの式典が始まるのは間違いない。

 そしてそんな軍人の列に組み込まれてしまった私たちほど、滑稽な(おかしな)存在もきっとないだろう。こんな場所で着るような制服なんて持っていないし、略綬を付けようにも勲章なんて貰ったこともない。となると着の身着のまま、つまり戦闘服しか着るものが無いわけで……しかも女性で背も低いとなれば、それはもう戦闘服の集団に混じっても目立つこと目立つこと。しかもこの式典がなんなのか、そして私たちが何のためにここに居るのかについては一切説明ナシと来た。もう軍隊が理不尽なのには慣れたけれど、理不尽そのものには慣れる日がくるような気がしない。

 

「小隊長……これは、どういうことなんだ?」

 

 疑問顔の福ちゃんに被せられたのは陸軍から貰った外套。階級は五島福のそれに準ずるもの。外では私服で過ごせというクセに、式典では軍人でいろという。それを抜きにしても、なぜそうまでして私たちをこの列に並べなる意味があるのかが分からない。

 姉さんならなんと言うだろう。姉さんは私にあの中隊がどんな複雑なバランスの上に成り立っているのかを話してくれたこともあった。そして別れ際、私たちがなぜ近衛師団なんかに引き取られることになったのか、その理由も話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ早い話、分担なんだよ」

 

 

 あの朝。広島県は広島市で迎えた静かな朝。福ちゃんの倒した陸棲型の骸を片付けて、犠牲になった中隊の子達――その殆どは、陸棲型の放った熱線で影になってしまっていたけれど――を回収して、とにかくそういう事後処理(あとかたづけ)が全部終わった後、姉さんは私が近衛師団預かりになることを告げてきた。

 

「広島の戦いでは、喪ったものが多すぎた」

 

 姉さんはそんなことを言う。確かに喪ったものは多い。だけれど作戦は成功したはずで、少なくとも責任を取るとかいう話にはならないはずだった。そう反論する私に姉さんは言う。

 

「うん。組織の理屈に叶った反論だね、美佳。やっぱりアンタは指揮官に向いてるよ。私の見込み通りだ」

 

 そう言いながら姉さんは、あの中隊に働いた奇妙な物理学を教えてくれた。曰く、あの中隊――第七〇一二海軍陸戦中隊は関西の防衛を()()()()で実現していたからこそ存在を許されていたということ。曰く、中隊の構成員は『リスト入り』になったが故に本来は即刻『処分』されなくてはならない人間の集まりで、どんなに死んでも()()としてはカウントされないということ。

 

「だからこそ、陸軍の鉄道貨車(マスターフレート)の喪失。そして統合幕僚本部直轄の偵察衛星が撃墜されたのはマズかった」

「……ヒトの命より、装備の方が大事なんですか」

「『リスト入り』はヒトに(あら)ずってことだよ。月刀軍曹」

 

 私は、多分怒っていたのだと思う。だけれどそれを目の前の姉さんにぶつけるのはおかしくて、それが分かっているから私は何も言えなくなってしまう。黙った私に、姉さんは微笑んだ。

 

「いいぞ軍曹、下士官の沈黙は金、雄弁は鉛だ。しかし月刀()()殿()には、士官としての振る舞いを身につけて貰わないとな」

 

 そう言いながら差し出されたのは辞令。その紙は何枚かあって、その枚数分だけ隊員(だれか)の運命を握っている。

 

「説明するまでもないだろうけれど、七〇一二(わたしたち)は解体だ。ひとまず月刀少尉と五島福……いや、海防艦『福江』と呼ぶべきか。とにかく二人は近衛の所属となることが決まった。おめでとう、陛下御自ら指揮を執られる陸軍最高の部隊だ。誇り給え」

 

 近衛師団。その言葉が私の脳裏に思い浮かばせるのは、神戸の水上署で見た大須中尉。神戸の六甲アイランドを守っていた近衛師団の分遣隊は、みんな彼みたいにおかしくなって大変なことになった。誇り給えと言われたところで、誇れるはずがない。

 そんな私を知って、姉さんは困ったように首を傾げる。

 

「まあそうなるよね。だからこそ分担なんだ」

 

 曰く、近衛師団は()()()になる代わりに責任者となったのだと。六甲事件で地に墜ちていた近衛の威信を回復させるために広島の戦いの決着をつけた福ちゃんと私は近衛の所属となるのだと。

 そしてその代わりに福ちゃんのことを、つまり『やつら』に限りなく近い存在となった福ちゃんについての責任を負わされることになるのだと。この理不尽な物理学を、私は多分納得出来ていない。でも姉さんにとって、それは絶対の法則らしかった。

 

「多分、五島一士は最期まで戦わされることになるだろう。その最期の一撃が『やつら』の砲弾かそれとも我が軍の銃弾になるかは分からないが……とにかく最期まで戦わせられるだろう」

 

 化け物中隊なんて呼ばれていた七〇一二(わたしたち)だ。そんな予感はしていたし、それが残酷なことだとも思わない。ただ理不尽だと思うだけだ。私たちがなんで『リスト入り』にされたのか、なんで中隊への入隊と引き換えに『処分』を免れたのか。それを全部決めたのは小さな偶然と私以外のヒトの思惑で。そういう私と関係ないはずの存在達が私と福ちゃんたちの運命を決めてしまうことが、ただただ理不尽だった。

 

「美佳、死ぬな」

 

 私が怒っていることに気付いたのは、姉さんの温もりが私を包んでいることに気付いた時。その時の私は、燃えだしそうな程に怒っていたのだと思う。

 

「すまない。私は、飯田望(おねえちやん)はお前になにもしてやれなかった。私はアンタの従姉妹だけれど、私にとって唯一の従姉妹(いもうと)でもあるんだ。だから頼む、生き延びてくれ」

 

 私に出来ることは、もう多分これしか残っていないけれど。その言葉と共に辞令が捲られる。そこには月刀美佳や五島福だけではない、伊藤紗那と大野洋子の名前も踊っている。

 

「二人ともお前によく懐いている。伊藤は気配りの効くヤツだ。お前の隣におけばきっとよく補佐してくれる。そして大野は、あれで戦闘については中隊イチの勘を持ってるヤツだから、武器を渡せばなんでも使いこなせるはずだ」

「……姉さんは?」

 

 私がその時絞り出せたのは、たったのそれだけ。姉さんはこの二人の辞令を取り付けるのにどれほど苦労したのだろう。『リスト入り』という危険な札(レツテル)を貼られた二人を、名誉の近衛に入れるのにどんな苦労があったのだろうか。

 

「いいか美佳、お前は指揮官になるんだ。指揮官は命令で動く。その基本は変わらない……だがな、指揮官は部下の命を命令で()()する役回りだ。無駄遣いはするなよ。常に命令に疑問と不服を持ち、服従しろ……そんなことを言った私の上官(たいさ)も、『リスト入り』しちまったけれど。上官(あいつ)や私を、反面教師にしてくれ」

「姉さんは、どうするんですか」

 

 私の問いに、姉さんは嗤う。

 

「地獄に落ちるさ。私が今日まで消費しちまった部下たちを、歴史に無駄遣いと言わせないためにね」

 

 じゃあ、まだ姉さんは続ける気なのだ。『やつら』との戦いを、『やつら』の()()との戦いを。記憶が崩れて、自分が自分ではなくなっていく。そんな戦いを、まだ続けるつもりなのだ。

 

 全ては姉さんが――反社会的人格障害(リスト入り)になってしまった姉さんが、自身を化け物(やつら)に堕とさないために。

 そのために、姉さんはもう一度化け物中隊を作る(だれかをころしてしまう)のだ。

 

「……死なないで、くださいね」

 

 何も知らない、私なら。あの何でも無かった頃の私なら、それなら素直に姉さんと苦しみを分かち合えたのだろうか。いやそれは出来なかった。そんなことはもう、燃えさかる六甲アイランドを目の前にしたあの夜に決まってしまっている。

 

 だから私は、祈るしかないのだ。

 

「死なないさ。死んだ先には靖国しかない。つまるところ地獄というのは、頭の中、脳味噌の中にしかないのさ」

 

 言葉の内容とは裏腹に、おどけた調子で蟀谷(こめかみ)をツンツンと叩いてみせる姉さん。それがあまりにも()()()て、私は泣いてしまう。

 

「なんですか、それ」

「二〇〇〇年代の傑作SFさ、覚えておいて損はないよ?」

 

 あの日以来、姉さんには会っていない。

 生きているかも、分からない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。