THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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暗闇の洞窟(トンネル)は永遠に続く③

 

 

 一番始めに感じたのは、不自由になった手足の感覚。

 

「えッ?」

 

 何が起こったのか。私は満州に向かう新幹線で襲われて、長谷川大尉が手榴弾を投げて……そうだ、相手も手榴弾を投げてきたのだ。福ちゃんが私たちを庇おうと手榴弾に覆い被さって。

 

「福ちゃんは!?」

 

 首の自由が確保されていたのは不幸中の幸いだったと言うべきか。そこには何の変哲もない、そう言い張るには弾痕やら破片やらが目立つ新幹線の車内が広がっている。そして私の目の前には長谷川大尉の姿。口元に血痕を付けた彼女が私を見て笑う。

 

「漸く起きたのね。お寝坊さんだこと」

「……何分、経ちましたか」

 

 何があったか、とは聞かない。そんなことは私と同じように手足の自由を奪われた長谷川大尉の姿を見れば分かることだ。

 

「五分も経ってないわよ。それにしても、アンタもしかしなくても馬鹿じゃない? 折角五島一士が身を張ってくれたのに、それを引き剥がそうとするとか正気じゃないわよ?」

 

 巻き込まれる側の身にもなってみなさいよと嘆く長谷川大尉。彼女の話によると、私は手榴弾に覆い被さった福ちゃんを助けようとしたらしい。私が福ちゃんを引き離す前に爆発が起きて、私は吹き飛ばされて……その時に頭を打ってしまったらしい。

 

「じゃあ、福ちゃんは……」

 

 福ちゃんは『海防艦』だから、手榴弾程度じゃ傷つかない。そんな実験結果(こと)は知っている。けれど傷つかないからって、痛みを感じない訳ではないのだ。そんな私に顔を顰める長谷川大尉。

 

「あれはただの閃光発音筒(スタングレネード)、五島一士は無事よ」

 

 まあ、手足を拘束されている状況を無事というかは怪しいものだけれどね。嘆くようにいう長谷川大尉。相手が閃光発音筒(スタングレネード)を使ってきたということは、つまり向こうの目的は私たちの拘束だったということなのだろうか。私がその事を口にしようとしたとき、のんびりとした調子のメロディが流れた。

 

『ご乗車ありがとうございます。間もなく釜山、釜山です』

 

 それは紛れもなく車内アナウンス。在来線や私鉄への乗り換え案内、忘れ物をしないようにとの注意喚起が続いていく。その後に当たり前のように英語放送。そういえば先ほどまで真っ暗だったハズの車内は、襲撃前と同じ柔らかな光に包まれていた。

 襲撃なんてなかったように、列車は走っているのだ。

 

「……どういう、ことですか?」

「そのままの意味よ。さっきの停電も『車内機器のトラブル』ということで済まされてるわ。満鉄までグルなのか、それとも犯人に脅されているのか……まあ、後者でしょうけれど」

 

 そんな。私の感情は言葉にもならない。ということはこの列車に乗っているお客さんは何が起きているのか知らないのだ。

 

「嵌められたわね。向こうは私たちがこの列車を、そして一等(グリーン)車を使うことを知っていた。グリーン車の座席を買い占めて貸し切り車両を作るのは古典的な反社会組織の手口よ」

 

 言われてみれば、私たちの九号車には誰もいなかった。グリーン車の高い防音性、それに加えて九号車が八・十号(グリーン)車に挟まれていることを考えれば、銃撃戦の音すらも外には伝わっていないのかもしれない。となれば対馬海峡トンネルの通過中を襲撃のタイミングにしたのも作戦の内だろう。海底トンネルの中では通信機器の電波は届かない。一度入れば反対側の出口に着くまでに三十分掛かるというのも、襲撃タイミングに選ばれた理由だろう。

 

「でも、一体誰がこんなことを……」

「さあね。このスーパーあじあ二号は記念すべき本土=半島連絡線の復活第一号。抗日組織(ゲリラ)にとっては涎が出るほどの大物。犯人候補は星の数よ。でも、それならトンネルを爆破すればいい」

 

 少なくとも、車内で銃撃戦(ドンパチ)をする必要はないわね。長谷川大尉の分析は冷静そのもの。ただしそれは冷静というよりも諦観と呼ぶべきモノで……要するに、打開策がないのだ。そもそも私の部下達はどうなったのだ。福ちゃんは、伊藤ちゃんに大野ちゃんはどうなったのだ。考えるための情報も足りない。

 

「おい」

 

 その時、長谷川大尉を隠すように私の視界いっぱいに割り込んでくる影。それは覆面を被っていて、体格は軍人のように分厚い。

 

「な、なんでしょうか……?」

「お前は『リスト入り』か?」

 

 その言葉。それに私はどう返せばいいのだろう。とはいえ私がリスト入りであることは知っての通りで、目の前に長谷川大尉(かんしやく)がいる以上は嘘を吐くのも難しいわけで。

 

「確かに、私は反社会的人格障害(リスト入り)ですが。それが」

 

 どうしたのですか。その言葉は紡がれることはなかった。

 

「申し訳ありませんでしたッ!」

 

 なぜなら、目の前の覆面男が突然床に頭を擦りつけたからである。それは私の知るところでは土下座と呼ぶべきモノで。

 

「え? あの……」

 

 先ほどまで銃を向けてきていた相手だ。それが頭を垂れるとは何事なのか。困惑する私に、覆面男の手が伸びる。

 

「すぐにお解き致します」

「あら、ついに私だけ置いてきぼり?」

 

 長谷川大尉が白々しく嘆く中、私の拘束が解かれていく。覆面男は私が気絶していて、かつ将校服を着ていたことからひとまず拘束したのだと説明して、それから大尉を睨んだ。

 

「お前も『リスト入り』だと認めれば解いてやるが?」

「化け物扱いなんて死んでもゴメンよ」

 

 吐き捨てた長谷川大尉を一瞥する覆面男は、私に向き直るとこれまた丁寧な調子で無礼を許して欲しいと言葉を並べていく。

 

「……」

 

 その口ぶりから覆面男……この襲撃犯達が『リスト入り』を崇拝していること。それが拘束を解く理由になったことは分かった。 だとすれば、不味い。姉さんによれば元々『リスト入り』という言葉は『やつら』を崇拝するような信仰宗教家たちを摘発するための一覧(リスト)が語源なのだという。そう言う意味では、目の前の覆面男は崇拝する対象が『やつら』か『リスト入り(わたしたち)』かという些細な違いに過ぎないわけで。

 

「ねえ、あなた達の目的はなに?」

 

 隣の車両へと移るのだろう。自動扉が開き、洗面所などの施設が連なる連結部へと連れ出された私は口を開く。ここでなら長谷川大尉には口を挟むことも、彼らの話を聞くことも出来ない。覆面男は私に背を向けながら、平坦な声で続ける。

 

「救済が必要なのは、何も日本だけではないということです」

「それってどういう……」

 

 その問いに答えはない。隣の十号車は長谷川大尉の言うとおりもぬけの殻で、そこには覆面姿がいくつかと、見知った影が三つ。

 

「小隊長!」

「姉さん!」

 

 脇に逸れた覆面男。真っ直ぐに続く通路の先に、三人が待っている。私が心持ち急ぎ足で歩み寄ると、ぱっと明るくなる三人の顔。後ろに控えた重装備の覆面さえ居なければ、完璧な景色。

 

「大丈夫? 乱暴されたりしなかった?」

「姉さんこそ、大丈夫か。怪我は?」

 

 福ちゃんがそんなことを聞く。それは閃光発音筒(スタングレネード)とはいえ手榴弾の直撃を受けた福ちゃんの台詞では無いだろう。

 

「そっちこそ、なんで庇おうとしたの」

「……それは、だって。間に合わなかったから。それに私は」

 

 それ以上言わせるつもりはない。私は思いっきり抱きしめる、福ちゃんの言葉を封じる。私は、姉さんみたいに言葉を操ることは出来ない。私は、古田中尉みたいな強い力で皆を引っ張っていくことは出来ない。私は、和田さんのように皆の細やかな変化にまでは気付けない。だからこれが、私のやり方なのだ。

 

「姉さん……分かった。その、すまない」

 

 福ちゃんの声が聞こえる。私が身体を離すと、福ちゃんは少しだけ顔を赤らめていた。

 

「ううん。分かったならいいの」

 

 理不尽なことだ。どうして福ちゃんが海防艦だと言うのだろう。ネットで調べた所によれば、海防艦というのは小型な海軍の艦艇。まだ海上保安庁なんて組織がないころに、沿岸防衛などを行っていた軍艦だという。そんな鉄の塊が目の前の福ちゃんみたいに顔を赤らめたりするだろうか。私たちのことを守るために身を差し出したりするだろうか。そんなことは、断じてない。

 

「小隊長」

 

 そんな私の肩を叩く伊藤ちゃんが、私を現実世界へと引き戻す。私が応じると、伊藤ちゃんの示す先には覆面を被った別の人。それを取り巻く覆面達の様子を見る限り、どうやらこの人が今回の襲撃を企てた主犯格らしかった。

 

「……」

 

 久しぶりの沈黙が、車内を支配する。

 私が何か言うのを待っているのだろうか。だとしたら私は言うべき言葉を持ち合わせていない。公人(ぐんじん)としての私にとって目の前の彼らは公序良俗を現在進行形で乱す不届き者(テロリスト)だし、個人としての私はそんな彼ら(テロリスト)の手に落ちた哀れな未成年の女子である。

 

「本当に無力な女の子だったら、そんなこと考えないと思うな」

 

 その言葉が目の前の覆面から発せられたことに気付くのに、私は少々の時間を要した。なにせそれは余りにも高い声……平たく言うなら女の子の声で。少なくとも新幹線に乗り込んできて帝国陸軍、それも近衛師団の将兵に喧嘩を仕掛ける武装組織(テロリスト)の構成員から発せられるべき声では無かったからだ。

 

「そんなことないよ? 無法者の末端はいつだって女子供さ」

 

 そう言いながら覆面を引き剥がせば、予想通りに現れる大人になりきれない少女の顔。私と同じくらいのじゃないだろうか。

 

「なんで」

「その質問はボクらと同じく子供を運用する陸軍に聞いた方がいいんじゃない? 多分ちゃんと答えを返してくれると思うよ?」

「そうじゃなくて。私の聞きたいこと、分かってるんでしょう」

 

 私が目の前の覆面を睨めば、肩を竦めてせせら笑う彼女。彼女の今までの発言は全部私の考えの先回り。それは読心術とかいう次元の話には思えない。私の考えは彼女に()()()()()のだ。

 

「ははっ、その通りだよ月刀美佳ちゃん。まあ尤も、ボクに聞こえるってことはキミにも聞こえているはずだけれどね?」

「そんなハズが……」

 

 ない。とは口が裂けても言えないだろう。私は知っている。私が知っているということはつまり、相手にも見られている。

 

「そ。()()()には人間でいうところの情報共有能力が備わっている。ボクとキミは似た存在なんだよ」

 

 その言葉は言葉通り。私たちは『やつら』に近づいていく。その過程で、『やつら』の能力を得ていく。

 つまり彼女は『リスト入り』だ。

 それなら辻褄は合う、合ってしまう。なぜ私を『リスト入り』と知った途端に覆面男が平伏したのか。『リスト入り』なんて処分の対象でしかないし、一般市民にとってしてみれば通り魔と大した違いも無い。それでも彼らが『リスト入り』を敬うのは、彼らの指導者が『リスト入り』だからなのだ。

 とはいえ『リスト入り』なんて市民生活を許されるはずもない存在である。私の実家はそこそこの名家だったけれど、それでも例外は許されなかった。警察も軍も『リスト入り』には目を光らせているし、次々と()()されている。そんな状況でこんな風に装備を整え、襲撃を実行に移すなんて……その時私の脳裏に浮かんだのは、これから為される予定だった、私たちの任務。

 

「まさかとは思いますが、沿海州で現れた『リスト入り』は」

 

 私の言葉に、にんまりと笑う彼女。

 

「大正解、ボクのことさ。キミならボクのしてきたことも、これから何をしようとしているか分かる(きこえる)よね?」

 

 『リスト入り』の能力には、情報を共有するというものがあるのだと言う。彼女が言っているのはその事なのだろうけれど、私に彼女の声は聞こえないし心は見えない。

 だから私は、胸を撫で下ろして虚勢を張ることが出来た。

 

「私には、貴女の声は聞こえませんよ。知りたくもないです」

「ふぅんそうか。聞こえないか……似たもの同士、惹かれ合うと思ったんだけれどなぁ」

 

 そうして心底残念そうに、深いため息と共に彼女は私の首に手を添える。吟味するようにじっとり眺めると、蛇のように舌をちろりと出す。視界の端で福ちゃんが構えるのが見えた。

 

「何のつもりか知りませんが……許されることではないですよ」

「うん、いいね。その表情もカワイイよ」

 

 彼女にとっては、私と言葉を交わす必要すらないのだろう。それは分かる。車内アナウンスが釜山への到着を告げて、慣性の法則が私の身体をゆっくり前に押す。彼女たちの手によって全ての窓にはブラインドが下ろされているので外の様子は分からないけれど、既に列車はトンネルを抜けて、朝鮮半島の大地を走っているに違いなかった。

 

「まあいいよ。もうすぐ釜山に着く。そしたらキミの子供達も一緒に降りよう。ボクの家に案内するから――――」

 

 続きは、そこでゆっくり話せばいいさ。彼女のその台詞を合図にして私達は覆面男達に立たされる。乗降口の近くへと歩かされた時、私は長谷川大尉がいないことに気付いた。

 

「長谷川大尉は、どうなるんですか」

「ん? 別に殺さないから大丈夫だよ。ヒトに興味ないし」

 

 その言葉に湧き上がりかけた感情を、私はゆっくりと押しつける。今はダメだ。私たちは丸腰で、相手は銃を持っている。福ちゃんに小銃が効かないことは聞かれてしまっただろうけれど、他の私たちに致命傷を与えるには十二分だろう。

 

「今はダメだ……って、賢いけれど。ちょっと不正解」

 

 チャンスは最後までないよ。彼女はそう言いたいのだろう。相手にするだけ無駄なので、私は沈黙を保つことにする。

 そして列車はいよいよ減速。京釜新幹線経由の哈爾浜行、スーパーあじあ二号は定刻通りに釜山駅へと滑り込んだ。落下防止柵が窓の外に見えて、そして目の前で止まる。のだけれど。

 

「あれれぇ? 話が違うなぁ?」

 

 彼女の声が響く。それは先ほどまでの不気味さを備えてはいたけれど、迸る焦燥を隠すには不十分。私たちの目の前、つまり本来開かれるべき扉の向こうにはプラットフォームなど広がってはいなかった。そこには一面の灰色。何かの壁が私たちの行く手を塞いでいるのだ。

 

「釜山で降ろしてさえくれれば許してあげるって言ったのに……しょうがない、お仕置きしちゃいますか。もしもし?」

 

 それでも余裕さだけは保って、彼女は無線機に手を掛ける。もちろん彼女とて釜山駅で待ち伏せを受けることは予想済みなのだろう。その証拠として後ろに控えていた覆面達の気配はもうない。脱出路の確保に向かったのだ。

 

「罰ゲームの時間だよ」

 

 そう言いながら銃を壁に向かって構える彼女。引き金に掛けられた指に力が乗り、それが筋肉の収縮に伴って引き戻されようとした――――――その時。

 恐らく、灰色の壁は()()()()だけにあったのだろう。それは障害物(バリケード)でもなんでもなく、ただ一つのモノを隠すためだけ。

 

「ッ!」

 

 彼女の笑みが本当の意味で消えたのを見たのは、多分その時が最初で最後だっただろう。完全な不意打ち……ではなかったかも知れないけれど、少なくとも飛び出してきたソレは予想できなかった筈だ。それは真っ白なモノ。彼女の、そして私の視界いっぱいに広がって、覆い被さって来たのだ。狭い乗降口に逃げ場があるはずもなく、私たちはソレに飲み込まれる。

 

「くっ、こ、このッ」

 

 私は、動かない方がいいことを分かっていた。相手が誰なのかは分からないけれど、少なくとも外から来てくれるのは救助部隊だろう。であれば人質である私に出来ることは、せめて誤射(じやま)にならないように動かないでいること。一方の彼女はどうにか抵抗しなくちゃいけないから、全身に纏わり付く()()をどうにか振りほどこうとして、段々とうめき声の調子が苦しそうになっていく。

 巻き込まれた私の一部分が、この奇妙な状況を冷静に分析していく。私の身体に()()()()()()()()という状況を考えれば、これは拘束具の一種。もがけばもがくほど絡まって離れない、蜘蛛の糸のような何かなのだろう。

 

「な、なんなのさ! これッ!」

 

 堪らず挙げたのだろう彼女の声。

 ところがその声に、返事があった。

 

「――――『な、なんなのさ!』と、聞かれたら!」

 

 それは、とてつもない場違いな声で。

 

「専務、お願いですから名乗り口上(パフォーマンス)は省略してください」

「もう、そこは『答えてあげるが世の情け』でしょう?」

 

 おどけたように、馬鹿にするように。

 そんな調子の声には、酷く聞き覚えがあって。

 

「はぁ……まあいいでしょう。これも定時運行のためです。簡単に説明してしまうと、あなた方を覆っているそれは投射型防犯用粘着布(とりもち)の一種です。巨大過ぎることと犯人への命中率が低すぎて、試作品だけで終わってしまいましたがね」

 

 楽しそうに喋る声には、聞き覚えしかない。

 

 なにかぬるりと入り込む感覚があった後に、私を飲み込んでいた布が引き剥がされる。そして、そこには。

 

 

「よく頑張りましたね、美佳。もう大丈夫ですよ」

 

「お……おかあ、さん?」

 

 軍人向け(タクティカル)ジャケットという場違いなのかそうじゃないのか分からない装備を着込んだ、私の母――――月刀春奈(はるな)の姿があった。

 

 

 

 

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