舞鶴。京都府北部は若狭湾岸。広大な日本海を睨むその場所は、かつては対
そして鎮守府も設置される舞鶴軍港を守るべく築かれたのが舞鶴要塞である。それは各種堡塁、または砲台にて構成され、海からだけではなく陸からも軍港を守護するモノ。今や図体が大きいだけとなった対艦砲こそ博物館へと送られたが、各種対空陣地に弾薬補給所は健在である。
そんな要塞の一角。役目を終えたはずの堡塁に据えられた倉庫。
「お久しぶりです。大佐……まさか元大佐とお呼びしなければならない日が来るなんて、夢にも思いませんでしたが」
飯田少佐の呼びかけに、暗闇の中で影が呻く。
「飯田大尉、また会えるとは嬉しいよ」
「広島での戦功で、今では少佐を拝命させて頂いております」
どうやら、
「失礼、電気を付けさせてもよろしいですかね? 『カルテ』によれば、大佐は光には弱いとのことでしたが」
「そうだな……そこにいる邪魔な武器を退けてくれたら許すぞ」
その言葉に、なるほどと応じる飯田。先ほどから暗闇を覗き込む飯田の肩越しに銃口を向けていた兵士に向けて一言。
「おい、外せ」
「ですが……」
いいから。とは飯田の言葉。少なくとも彼に刃向かう理由はないだろう。退出したのを見届けて、飯田は壁に備え付けられた電源装置に触れる。ここは倉庫を利用した施設。二階ほどの高さを持つ空間を照らすのは本格的な照明設備。バンと大きな音を立てて、その姿は映し出される。
「お久しぶりです。加藤大隊長」
第七〇一陸戦大隊。東洋一の軍港であった呉の防衛線を破り、瀬戸内を思いのままに荒らした『やつら』。その矛先がいよいよ関西の都市圏へと向いたとき、その前線を支え抜いた大隊。激戦を極めた関西防衛戦は大隊を構成する各中隊を次々と磨り潰し、最後には定員割れの一個中隊のみとなった大隊。
それでも乾坤一擲となった広島の戦いに投入されるまで大隊の指揮棒を握りづけていたのは、紛れもない彼女なのである。
「……それで、あの後に大隊はどうなったんだ」
「そこからですか?」
飯田は質問に呆れるが、それは仕方のないことだろう。加藤大隊長、加藤美吉は広島の戦い、その指揮の最中に『リスト入り』が認められ、それ以来はこうして隔離されているのである。
「しょうがないだろう。肝心の
「当然です。軍にとって『リスト入り』の排除とは、もはや軍の存在意義ですらあります。
「しかし、外の世界ではそうでもないらしいがな」
硬直した
「カルテによれば敵対的な態度は取らないと聞いています。大佐、貴官の
その言葉に、加藤は嘆息。
「飯田、いくら協力的でも自分の眼と耳を進んで潰すヤツもいないだろう。そして残念だが、何処にいるかまでは分からない」
加藤が言うには、
とはいえ目の前の彼女は、共に『リスト入り』への汚染と戦って来た上官である。なるほどと飯田は頷き続ける。
「では、情報源から伝わってくる景色によっても分からないと」
「分からないことはない、東京駅の赤煉瓦や天を突かんばかりの大鳥居……しかし私の知らない景色となれば場所はさっぱりだ」
「では、これならどうです?」
飯田が取り出すのはノートパソコン。地図と連動してデータベースに収められた写真を映し出してくれるサイトが映っている。
「なるほど。これを参照して調べろと」
「ご安心を。これは私物です。軍のサーバにはアクセス出来ませんから、『やつら』に
「大変結構。それじゃあ借りようか、動くなよ?」
そんな加藤の言葉に、飯田は首を傾げる。
「動くなと言われましても、この距離では見られないでしょう」
飯田の指摘はその通りである。ここは加藤のための隔離施設。隔離というのは専ら物理的な拘束ということであり、彼女の身体は地に足を付けることすらも許されていなかった。胴体は各種ワイヤーにて縛られ、四方より伸びた鋼鉄製の鎖が自由を完全に奪っている。そのように宙吊りにされているのだ。まさか飯田のパソコンにまで手が届くはずもない。
ところがどっこい、と加藤は微笑む。彼女が身を捩らすのと同時に赤い液体が滴り落ちる。それは地面には落ちずに空に浮き、次第にその太さと長さを伸ばしていく。
「なんですか、それは」
一年以上『やつら』と渡り合ってきた飯田でさえ、そんな景色は観たこともない。
「簡単に言えば、密度の調整だな。血液の密度が空気密度より小さくなれば、浮力が発生する。要するに飛行船みたいなものだ」
「いやいや……これもはや『
「当然だ。『やつら』にこんなことをする脳はないからな」
その言葉のまま、血の鎖は飯田の抱えるノートパソコンへと伸びるそれが丁寧に外部接続端子に繋がったのをみて、加藤は目を閉じる。数瞬の沈黙が血液と共に漂うと、それから眼を開く。
「手帳を貸せ」
ノートパソコンを床に置いた飯田が手帳を取り出すと、それを構成する紙一枚一枚の隙間へと加藤の血が誘い込まれていく。
「まさか」
飯田がその手帳を開くと、そこには何ページにも渡って住所が刻まれていた。北は樺太庁から南は高雄県まで、その全ては生々しい血で刻まれており、飯田を唸らせる。
「鉄道の運行や航空機の動向……とにかくそう言う軍事情報を集めている奴らだ。本人達に害意はないのだろうが『やつら』にとっては格好の情報源。ま、保健所に検診に行ってない時点で少なからず反社会的ではあるか。くれぐれも摘発は慎重にな」
「言われずとも……しかし、信じられない。本当にやれるとは」
「私の無理難題を散々聞いてくれた部下だからな」
加藤はそう言って目を落とす。どうやらカルテにある敵対的ではないと言う言葉は間違いであったようだ。飯田はクリップボードを取り出すと「非敵対的」の文字を「協力的」に書き換える。
「しかし、どうしてこんなことが出来るんです。貴官にとっては仲間を売るような行為でしょうに」
「仲間? 祖国を犯す連中をどうして仲間呼ばわりするんだ?」
「それはおかしい。貴官が広島でしたことをお忘れか」
「ああ……アレか」
加藤大隊長は、広島の作戦を『やつら』に伝えていたとされる。その結果として偵察衛星は撃墜され、突入した部隊も大損害を被ったとされる。それを見れば彼女は『やつら』の仲間であるはずであり、少なくとも『やつら』の眼を潰す行為に加担することはしないだろう。飯田の言葉に、加藤は嗤う。
「なんと言えばいいのか……あれは『不幸な事故』だったのだ」
「面白い冗談ですね。続けてください」
不幸な冗談。神戸を守り続けた歴戦の第七〇一二中隊を消滅させ、少しずつではあるが着実に築いてきた『リスト入り』の有効活用、そして『リスト入り』の
「あの時の加藤美吉は知らなかった。あの自信過剰はまさか自身が『リスト入り』に近づいているとは思わなかったのだ」
「なぜです。大佐はあれほどに『リスト入り』を警戒していたと言うのに。それで中隊長である私としか接触しなかった。私を通して全ての作戦と研究を行ってきた。そうでしょう?」
そしてそんな
「飯田。お前のいう
どういう意味ですかと問うことはしない。目の前の加藤が飯田の知る加藤であれば、彼女は聞かずとも話を続けるからだ。
「分からないのか? 『リスト入り』の
答えは否だ。押し黙る飯田に加藤は告げる。
「……では、今の大佐は
「難しい質問だな。私は私ではないし、明確な
それが『妹』だ。加藤は言う。
「貴官には兄も姉も居ませんよね。『お姉ちゃん』は誰です?」
「答えは言うまでもないだろう。別室に控えてるアイツだよ」
気付いていらっしゃったんですか。とは飯田も言わない。『やつら』が互いの情報を共有していることは知られているし、『やつら』と同じ性質を示すのが『リスト入り』である。
飯田はその名を口にするか逡巡するが、やがて口を開く。
「古田中尉……いえ『古鷹』ですか。アレは私の艦です」
「お前にとってはそうだ。では中隊の皆にとってはどうだ?」
古田海軍中尉。飯田の同期であり第七〇一二中隊の副隊長。
彼女は中隊の中でも重度の『リスト入り』であった。『やつら』の強さの秘訣である水を操る能力を自らのモノとし、
「『お姉ちゃん』は、強すぎた。そして優しかった」
その加藤の言葉は間違いではないだろう。軍人たることを信条とし、時に周囲に強いてきた飯田とは対照的に、古田は隊員一人一人を真っ当な子供として扱ってきた。第七〇一二中隊の構成員は『リスト入り』した患者の中から使える者を選んでいる。その結果として子供、それも女子ばかりが集まったのであるが……ともかくそんな彼女たちを、古田は常に『被害者』だと考えていた。
「しかし、私が知るに
そうでなければ、古田は月刀美佳にあの
そしてその結果として、瀕死の五島福にそれを使った月刀美佳は『海防艦福江』を産み出してしまった。
「実際のあいつがどうだったかなんてどうでもいいんだよ飯田」
しかし加藤は、そんな飯田の反論をあっさり押しのける。
「問題は、アイツがどう見られていたかだ」
「それが『お姉ちゃん』だと?」
そうだと頷く加藤。その眼に宿っていたのは怒りか贖罪か。考えるように手を伸ばした飯田は、それをふと止める。
「待ってください。ではどうして
「部下の行いは上官の責任だぞ。飯田」
その言葉に、飯田は首を傾げる。中隊長である飯田が責を負うべきだというのは先ほど飯田が放ったばかり。加藤の真意を探った飯田は、目の前に相対するのが大隊長であることに気付いた。
「部下の責任は上司の責任……では、中隊の責任は大隊の責任」
「そういうことだ。私は大隊の全てを負った。故に
「馬鹿な……その理論は『神産計画』とは異なりますよ」
神産計画は第七〇一二中隊の存在を支えた理論であった。国家に害を為す『やつら』とも『リスト入り』とも異なる存在を作り出す。神国日本であるからこそ生み出せる『神の子』を生み出す。
「それに、もしも無事であった大佐が『リスト入り』するようでは、神産計画は逆効果。計画の存在意義は消えてなくなります」
神産計画は、飯田にとって唯一の希望であった。『やつら』による汚染を病原体の感染に例え、また自らもそれに蝕まれた彼女にとって、神産計画にて神の子――免疫者というのは、自身を救うための計画でもあったのである。
「しかしこれで、奇しくも『朝潮計画』の理論は証明された」
冷たく告げる加藤の言葉にはっと顔を上げる飯田。
「それだけは、それだけはなりません。上官に責が、魂が集まるのならば、その魂の行き着く先は――――」
その言葉は、寸でのところで喉に引っかかって出てこない。しかし意味するところは明白だ。それはこの国が抱く法典、大日本帝国憲法の第一一条にしかと刻まれている。
「許されません。そんなことは」
「落ち着け飯田。憲法一一条には委任法がついている。あれで責任は総理大臣に回される。
その言葉に飯田は、髪を振り乱さんばかりの勢いで頭を振る。
「大佐は何も分かってらっしゃらない。既に神戸で近衛師団の分遣隊は『発症』しました。責が近衛師団長、そしてその
国家元首が『リスト入り』するなど、建国二七〇〇年の悪夢である。そんなことになれば、国は戦わずして負けてしまう。
「分かってないな。朝潮計画の理論が全ての事象に当てはまるのなら、既に連隊に旅団、師団、軍は統制を喪って瓦解している」
加藤の指摘は真っ当なもの。事実として帝国陸海空軍に海上保安庁、警察組織に至るまで『やつら』との戦いの最中で完全な機能不全に陥ることはなかったし、これからもないであろう。
「なにせ。どんな役職であれ上には上がいる。殆どの人間に責任の所在を問えば言うことだろう『上の命令でやった』とな」
要するに、魂が集まってしまった私はなんでも自分でやりたがる自信過剰で自意識過剰のどうしようもないヤツ、対する飯田は上官の命令を忠実に実行できる立派な海軍人ということだ。加藤の笑い声の中で、飯田は顔をしかめる。
「しかし……しかし分かりません。統帥権委任法は、即ち統帥権を総理大臣にスライドさせるものです。であれば責任は」
「本当にそうか? 総理は『陛下の名において』責任を行使するのではないか。委任法は、逆説的に総理の
この国は
「……百歩譲って、師団長や総理が『朝潮計画』の理論を
そこで、何かに阻まれるように言葉を喪う飯田。目の前には加藤が黙って彼女を見据えている。やがて加藤は、言葉を紡ぐ。
「……口を滑らせたな、飯田。陛下は
従って、『
「『神の子』が産まれれば、万歳。『朝潮計画』の理論が証明されたとしても全知全能の陛下に万歳……なるほど、都合がいい」
歯ぎしりせんばかりの形相で言葉を絞り出す飯田。しかしこの飯田こそ、その道筋を利用した張本人なのである。
「まあ要するに、神産計画と朝潮計画は並立しうる。両者は同類であるのだから、産み出されるのは同種の存在である」
とまあ、そういうことなのだろうな。と加藤は納得顔だ。
「だとしても、朝潮計画は認められるものではありません」
加藤を睨む飯田。加藤は心底面白くて仕方ないと言った調子で肩を揺らす。それが胴体の拘束具、そして鎖へと伝わって、じゃらじゃらと笑う。そこに大変結構なことじゃないかと言葉が続く。
「私は積年の疑問が晴れた思いだよ。もしも神産と朝潮が等しい存在ならば、なぜ『神の子』に選ばれるのが女性しかいないのか、なぜ『艦の子』が全て
「納得出来ません!」
「納得しなくて結構、
そこまで迸るような調子で言葉を並べていた加藤が止まる。それはまるで喉になにかを詰まらせたようで、空気を求めるように喘いでいるようで。飯田が脇の電子機器で
「……あのさぁ加藤さん。相変わらずだけれど話が小難しすぎ。そんなんだからバテちゃうんだよ。もっと抑えなきゃ」
天井から床まで、壁の全てを見渡しても姿はない。思わず腰元に手を添えた飯田の耳朶を、違う違うと声が打つ。
「あたしだよ。あーたーし。
その言葉に、飯田は銃を引き抜いた。もちろん向ける先は元上官であり恩師であり戦友である、加藤美吉元海軍大佐。
「姿を現したな、
「その名前が使える時点でアンタも同類。そのナリは駆逐艦?」
「黙れ。私は海兵一四五期の卒業順位二六位、海軍少佐だ」
そんな情報に興味はないのだろう。加藤だったモノは嗤う。
「まあ、そういうことならそれでも良いんだけれどね。そんなことより古鷹に会わせてよ。早く会いたくて我慢できない」
「質問に答えたら会わせてやる。貴様らの目的はなんだ? なんの為にこの場所に来た。なぜ我が国を、友邦を貶める?」
飯田の問いに、相手は首を傾げる。
「そんなことをしているヤツはいないと思うよ。みんな良い奴」
「
『やつら』との戦いが表面化してから既に三年。飯田の知る限りでも数億の人間が直接的に『やつら』によって惨殺され、それ以上の難民が発生した。行き場を喪った彼らに行き先などはなく、時には『やつら』よりも先に国家を引き倒す。政治的な死因も含めてしまえば、死んだ国家と連なる命の数は数えきれないだろう。
「ああ……そういうこと。それなら自分のために動物を殺す
「大佐の言葉を下手に借りない方がいいぞ。何のために酪農家は家畜を殺すか? それで誰かの腹が膨れるからだ。なぜ狩猟者が野生動物を撃つか? そうしなければ誰かが傷つくからだ」
人類ほど利他的な存在もいない。そう切り返す飯田ではあるが、問題の焦点はそんな場所にはない。それは向こうも分かっているだろう。まあいいよと鎖に包まれた相手は嗤う。
「あたしは、やり直したいんだ。そして成功した。だって広島に太陽が咲くことはなかった。それでこれからも成功する」
「お前が出しゃばらなければ、もっと上手くいった」
「無理だよ。普通にやり合ったら四五%の確立で中隊は全滅した。中隊が全滅すれば空軍の
それが空軍の広島爆撃計画『太陽の
「裏を返せば、五五%の確率で作戦は成功した。つまり成功率は五割を越えている。勝算があるということだ」
飯田はそう言い切る。五分五分の戦いを勝利に導くのが指揮官であるというのは加藤大佐の教えである。それならあの戦いは、十二分に勝つべき戦いであった。
「でも『海防艦福江』を召喚すれば勝率は一〇〇%だ」
「それを言うなら、核兵器を用いても勝率は一〇〇%だろうな」
そう吐き捨てて、飯田は目の前の存在を睨む。そこに加藤美吉はいないのだろう。ただ加藤の姿をした
「もう、平行線ですよ。そんな言い合いを続けても」
突然響いた声に驚く飯田、顔を輝かせる『やつ』。二者二様の反応を生み出して見せたのは、先ほどの会話にも現れた人物。
「『古鷹』……お前は待機だと伝えたはずだが?」
「私が待機したらあと七と三分の二秒で殺されてますよ。
護衛命令の完遂が最優先です。そう言ってのける古鷹に飯田は呆れ顔。
「提督、この子を地面に降ろして頂けます? まあ、肝心の鎖は腐食が進んじゃってますし、許可がなくても切れそうですけど」
「防腐処置もしてないのか。こいつの能力が水だということは説明しておいた筈なんだがな……要塞部の連中、手を抜いたな」
そう言いながら手を挙げる飯田。別室の要員が操作することで拘束装置が動き出す。鎖が緩み『やつ』は床に胴体を付ける。
「ダルマにされて可哀想に。もうお姉ちゃんが居るからね」
そう言いながら『やつ』を抱き留める古鷹。それを見た飯田は、露骨に顔を逸らして見せた。口を尖らせて古鷹が言う。
「ダメですよ提督。この子は朝潮計画の完成体に一番近いんです。粗末に扱うなと陸軍さんには伝えたんですか?」
「海軍の助言だぞ? 陸さんが伝えて聞くものかね」
「じゃあ空軍の施設にでも移管してください」
そんなやり取りの裏で、拘束具まみれの相手を慈しむ古鷹。それは本物の姉のようで、その一方で拘束を解くような様子はない。
「なあ『古鷹』。お前はいいのかそれで」
何がですと視線だけで問う古鷹。飯田は答える。
「加藤美吉は『リスト入り』で私たちは
「でも。この国は被爆国にならずにすみました」
「日本海や太平洋に落とされたのをカウントに入れなければな」
飯田は嗤う。『古鷹』は何故か広島に爆弾を落とさせないことに拘った。それは彼女が言うには『真実の歴史』を防ぐため。
「正直、何が『真実』かなんて私には知ったことではない。だがな『古鷹』。少なくとも我が国は大東亜戦争に勝利した。少なくとも、我が国は一番目の被爆国にはならなかったんだよ」
飯田の言葉に、古鷹は表情を変える様子もない。
「確かに、加藤大佐はお前がどうしようと救えなかったかも知れない。だが、美佳や五島一士を巻き込む必要はなかったんじゃないか? そりゃ、既に何百人を地獄に送った私だ。今更親族とそのお気に入りだけは助けてやろうなんて言える立場じゃない。だが、月刀美佳はお前にとってもお気に入りじゃなかったのか?」
勿論、言うだけ無駄なのは飯田とて理解している。古田香の本性が現実主義者であること。飯田以上に中隊を実験道具としてしか見ていないことは飯田が一番よく知っている。しかしその事実は、どうやっても目の前の『妹』を慈しむ
「……提督は、この
ぽそりと放たれた一言は、果たして古田と古鷹。どちらの問いであったのだろうか。飯田は慎重に言葉を選んで答える。
「一言で言えば、国民防護だ。国民を守れば国力が保たれる。国力が保たれれば軍事力が保たれる。軍事力で国家が守られる」
総力戦だからね。我らと『やつら』の最後まで立っていた方が勝ちさ。飯田のその言葉に、古田は首を振った。
「いいえ違います。最強の存在を作り出した陣営の勝利です」
「第二次世界大戦の核兵器開発競争のようにか? その結果どうなった、
それとも、お前の言う『真実の歴史』では起きなかったのか。そう問う飯田に古鷹は答えない。代わりに言葉の続きを紡ぐ。
「この
その証明が、私でありこの『妹』なのです。
「『やつら』に近しい存在を産み出すのが『神産計画』ならば、力を取り込んで生かすのが『朝潮計画』。それを組み合わせることで『神の子』の力を取り込ませたのが『妹』だと?」
頷く古田。そして続ける。
「そして月刀美佳こそ、次の段階へ進む
飯田は、しばしの間沈黙を保った。それは逡巡だったのかもしれないし、ただの躊躇だったのかもしれない。
ただ事実として、彼女はこう言ったのだ。
「いいだろう。では次に何をすればいい?」
「予定通り下関を攻略するのです。そこで『神の子』を磨り潰し、器へと注ぐのです。広島の件で手段は確立されました」
そうすれば、
「よろしい、では戦争を続けよう」
その一週間後、下関は奪還される。第七〇一二中隊はかつてのそれよりも遙かに強力な存在として、再建されつつあった。