下関が奪還されても、船団が関門海峡を通ることはない。
関門海峡は山口県と福岡県の境、つまり本州と九州の境界線。下関を奪還しても対岸の九州の安全は確保されていない。もちろん海峡近辺に限って言えば陸軍部隊が橋やトンネルを確保してはいるけれど、海峡の両岸が完全に安全だとされるにはまだもう少しの時間がかかるらしい。そして海峡を抜けたところで、まだ瀬戸内海にも『やつら』が蔓延っているという情勢。仁川を出発した船団は、対馬沖を通過して日本海へと航路を取っていた。
「しょ、小隊長……本当にやるんですか?」
「やる」
「み、美佳姉さん。私からも、止めた方がいいと進言するぞ」
「うん。むしろ姉さんって呼んでくれる福ちゃんのためにやる」
私の周りに並ぶのは反対の声。とはいえ私の意思は強いのだから、誰が止めようと止めるつもりはない。
「もしダメでも救命胴衣があるから。問題ないでしょ」
「いや、そういう問題じゃ……」
まだ何か言いたげな福ちゃんも、私が無言で手を差し出せば承服するしかないだろう。本当にやるのかと眼で問いながら、私を
「分かった。美佳姉さんの好きにするといい。じゃあ説明するぞ。いいか、足で踏むって思っちゃダメだ。踏もうとすると海は逃げていく。だから気にせず、普通に床があると思って踏み出す」
「こ、こう?」
そうして私が足を上げると、福ちゃんは首を振る。
「違う、普段そんなに足を上げないじゃないか」
「そ、それはそうだけれど……」
とはいえ、これで普段通りにと言われても無理なモノ。今日の船団は比較的足が速い船が集まったとのことで一五
そんな海面に足を踏み出すとなれば、いくら自分で言い出したことであっても緊張しないはずがないのだ。
「よ、し……行くよ福ちゃん」
大丈夫。最悪失敗してもずぶ濡れになるだけ。ずぶ濡れに……。
「へっ、くしょんッ!」
「だらしねーなぁ護郷隊のねーちゃん」
「うるさい……大野ちゃんだって海の上には立てないクセに」
そんなことを言えば、立てるわけないですよと伊藤ちゃん。季節は夏。社会科の先生が言うには日本海を流れるのは暖流だとされる対馬海流。それでも寒いモノは寒いし冷たいモノは冷たい。
そういえば、私は体育の授業でも、水泳の授業なんてのは大嫌いだった。中学や高校ではのらりくらりと逃げてきたような気がする。そもそも水泳の授業なんてあっただろうか。校舎にプールがなければ水泳なんて出来ないだろうし……そこまで考えて、私ははっと思考を閉じる。数ヶ月前まで高校生だった私が、高校生の頃を思い出せないなんて話があるだろうか。
こう言うときは、考えてはいけない。多分『考える』っていうことは記憶を組み直す事なのだ。ある記憶と記憶を組み合わせて、その間の記憶を補完する。それは姉さんに言わせればヒトの記憶が強いという証拠で。でもそれはヒトの記憶が脆いということでもあると最近は思ってしまう。
だって、記憶の組み合わせなんて何通りでもある。それなら補完される記憶だって何通りもある。勝手に記憶を
「美佳姉さん。大丈夫か?」
そんな時、横から掛けられるのは福ちゃんの声。ふと見れば福ちゃんが心配そうな顔で覗き込んできていた。彼女の眼と髪の毛は海みたいな青色で。ふと、その青は日本海の碧よりも空の蒼色に似ているのかもしれないなんて考えてしまう。
「え、あ。うん……大丈夫だよ」
「本当か? 顔が青いぞ……」
「大丈夫だって。ちょっと海が、というか結構海が冷たくて」
自分で言い出したことじゃないか、と福ちゃん。まあそれは、そうなのだけれど。ほらこれ、と差し出されたステンレスのコップには、温かなスープが揺れていた。
「飯田防護社、だったか? そこの園田さんがくれた」
「ああ、園田さんが。ありがとね」
「あたしは、別に何も」
そう言いながらも、少し嬉しそうな福ちゃん。福ちゃんは、私と出会ったときよりもずっと素直で可愛くなってくれた。二人で初めて『やつら』と向かい合った日はまだ桜の頃。それが梅雨になって、今では夏。軍隊の最前線が進もうと下がろうと、自然の最前線は止まらない。いつか秋も過ぎ去れば、雪が降る。
「そういえば、さ。福ちゃん覚えてる?」
だから私が口にするのは、戦争の話なんかじゃなくて季節の話。雨の降るいつかの日、私たちは確かに約束したのだ。思い出をいっぱい作ろう。こんな時代だからこそ。『リスト入り』の私たちだからこそ、大事な思い出を作ろうと。
「……ああ、覚えてる。忘れるもんか」
そう言ってくれる福ちゃんは、やっぱり福ちゃんだ。精一杯の強がりは優しさの裏返し。ちょっと不器用で、揶揄うと可愛い。そんな福ちゃんが『
「ありがとうね。福ちゃん、覚えていてくれて」
なにせ。福ちゃんは私を見失わないで居てくれる。私はもう、自分の持っているどの記憶が
姉さんも言っていた。ヒトの記憶は強いと。砲撃の観測を二つ以上の場所から行うように、二人以上で視た記憶はきっと正しい。だとすれば、私は福ちゃんで、福ちゃんは私で、強い記憶を保っていけばいいのだ。
「だから私はね、あなたと一緒に戦いたいの」
「そんな心配するな、姉さん。私一人でも十分戦える」
「そうはいかないよ」
確かに、福ちゃんは強いだろう。福ちゃんは水を操ることが出来る。水の
その時役に立つのは、きっと数の力だ。
「私だって、軍人なんだよ。そりゃ、軍人になんてなりたくなかった。私は姉さんに強くないし、怖い物は怖いし。でも、お母さんだって私を助けに来てくれた。お祖父ちゃん達だって私を助けようと動いてくれた。押しつけられた階級と制服だけれど、それが誰かを守るためのモノだったら、私は使いたい」
綺麗事かもしれない。けれど私はもう守られるだけは嫌なのだ。誰かを守りたくて、私は手の届く
「けれど、今の私じゃ。力が足りないから」
「そんなことは、ないぞ」
ううん。あるんだよ福ちゃん。例えば大野ちゃん。中隊に居た頃は小銃を触らせて貰えなかった彼女は、私の所に来てからは小銃しか使っていない。私の小隊では抜群の命中率。てっきり銃を使うのが苦手だと思っていた私は驚いたものだった。
そして、どうして中隊で大野ちゃんが小銃を使わせて貰えなかったのかを考えた時、思い出したのだ。
大野ちゃんは、姉さんの直属。飯田望中隊長が直接率いる分隊に所属していた。銃弾が効かないから基本的に待ち伏せや突撃を戦術に選ぶしかなかったあの中隊で、大野ちゃんは常に姉さんの隣でナイフを振るっていた。姉さんは大野ちゃんが中隊イチの勘を持ってると言った。その勘が一番に発揮されるのが、ナイフを持ったときなんじゃないだろうか。大野ちゃんは『リスト入り』の影響で人間離れした身体能力を持っている。その瞬発力と小さな身体は、きっと近接戦闘でこそ輝くモノなのだ。
そう考えると、どんどん辻褄が合っていく。大野ちゃんは度々姉さんの背中を叩こうとしていた。それは時に紙鉄砲だったり新聞紙を包めた刀風のモノだったり……とにかく大野ちゃんは姉さんの背中を取ることが
じゃあ、今の私は活かせているだろうか。姉さんから預かった中隊の生き残りを活かせているのだろうか。きっと姉さんは言うだろう。お前を守るための部下だって。だから
でもその言い訳は、私が拒否する。私の部下はみんな私よりも強い、だったら私に求められるのは、そんな彼女たちを私の方法で守ることだ。姉さんにはそれが出来た。姉さんは国防大学の出身。短期卒業だと言っていたけれど、それでも体育の授業でぐらいしか軍事教練と呼べるモノを受けていない私とは大違い。だから海軍の偉い人や空軍に陸軍、そういう特殊な物理法則の働く世界で戦うことが出来るのだろう。
「私も、力が欲しいんだ」
力が欲しい。姉さんみたいに部隊を運営する力が欲しい、もしくはお母さんみたいに政治を、国の向きを変える力が欲しい。近衛師団に入った私が何をしただろう。誰かの命令を受け取って福ちゃんに伝えて、そして誰かに決められた作戦が進行していくのを黙って見守っていただけ。それでいいと姉さんはいうだろう。そうしていてくれとお母さんは言うのだろう。
だけれど、そんなの
「力が欲しいんだよ。軍人としては姉さんに負ける。政治家としてもお母さんやお祖父ちゃんには勝てない。でも
多分これは、理屈としてはおかしいのだろう。私は月刀美佳で、別に五島福の姉でもなんでもない。だけれどそれは、私と姉さんにだって言えることだ。月刀美佳と飯田望。二人の血統はたった一人の祖父を介してしか繋がらない。一族の名前はもちろん、住む場所だって重ならない。けれど姉さんは、私の姉さんだった。
それが『何故』なのかは。私は考えないようにしてきた。
私のお母さんが金沢に来たのは政略結婚と呼ぶべきモノ。両親から昔の話を聞いたことはない。お母さんは何か困ったことがあると決まって神戸のお祖父ちゃんを頼る。その理由がなんなのかぐらいは、
だから姉さんは「言われた」のかもしれない。月刀の娘さんに仲良くしてやりなさいと。姉さんは、言われたならやるだろう。
でも。どんな理由だって良い。少なくとも私を守ってくれたのは姉さんだった。姉さんは飯田の長男家に産まれた一人娘。飯田の跡継ぎは自分だといつも言っていたあの人は、私を引っ張ってくれた。だから私は、姉さんの妹分でいいと思えた。
そんな私が、姉さんを助けることは出来ないのかもしれない。私にとっての正解が金沢に帰ることなのはとっくの昔に分かっている。その選択肢を捨てたのだから、私にはもう突き進む義務がある。そこで福ちゃん一人も守れないんじゃ、どうしようもない。
「姉さん。無理するな」
福ちゃんが私の手を取る。それは未発達で私より小さくて、私よりも強い手。それが不安げな彼女の眼と一緒に、私を映す。
「だってあたし、こんなのだぞ」
そこには確かに、私が映っていた。私の顔、首そして胴体。福ちゃんの掌の上には、私の姿が映っている。それはきっと水の膜なのだろう。それが私の姿を反射している。
「水の上に……いや、海の上に立つようになってから、こんな風に色んなことが出来るようになってきたんだ。例えば、ほら」
鏡のようになった掌の上に、福ちゃんの顔が映される。それはまるで手品のよう。驚く私に、鏡の中で福ちゃんは顔を曇らせる。
「ごめん。姉さんが心配すると思って、言えなかったんだ」
「いいよ。ううん、小隊長としては何で言ってくれなかったのって言いたいところだけれど。福ちゃんの気持ちは分かるよ」
それが、私に言える精一杯の言葉。掌の上の私はちゃんと笑えているだろうか。福ちゃんを安心させることが出来ているだろうか。その答えは私には分からなくて、福ちゃんは私を見る。
「姉さん、力なんて要らないよ。五島福ならそう言うと思う」
多分だけれど。そう言う福ちゃん。福ちゃんの口からその名前を聞くのは久しぶりのことだった。
「五島福は、守られる立場じゃないことは知っていた筈だ。射撃も格闘も、美佳姉さんは今でも苦手だからな」
そんなことを言われたら、私は笑ってみせるしかない。
「今でも、は余計じゃない? そりゃまあ、福江ちゃんに比べればまだまだだけど、さ。あの頃よりはずっと強くなったよ」
それは私の『リスト入り』が進行している証拠でもあるのだろう。昔よりも遠くのモノが見えたり、少し重いものが持てるようになったり。戦場に慣れたとか筋肉がついたとか、いずれそれだけでは説明ほどに私の身体は変わっていってしまうのだろう。
「それを怖がると思うんだ。五島福は」
「……」
それは、意識的に封印してきた話題だった。私たちが過ごしていたあの中隊の構成員には二つの終わり方があったのだ。
それは『やつら』に殺されるか、もしくは『やつら』に成り代わるか。もちろんそうだと決まったわけじゃない。だけれど中隊から
「大丈夫だよ。私は『処分』されたりなんてしない」
「そう言う問題じゃない。だって、私はもう姉さんの知る五島福じゃなくなってしまった。守られる五島福じゃないんだ、私は」
「ううん。福ちゃんは前から守られるような弱い子じゃないよ」
私が軽口を叩いても、福ちゃんは首を横に振るだけ。
「姉さん。そういう話をしてる訳じゃないんだ」
うん、知ってる。福ちゃんはよく分かっている。進んで中隊の母親を演じていた姉さんのことも、私が同じ事をしようとしていることも理解しているのだろう。そしてそれが何故かも、多分理解しているのだろう。だから私は、臆面もなく言う。
「ううん。そういう話。だって私は、
きっと私は、歪んでいる。私の戦いは姉さんを助ける戦いなのだろう。だとすれば私は、福ちゃんに大野ちゃん、伊藤ちゃんを巻き込んでいることになる。姉さんが『軍人として
それでも。私はもう、戦いから逃げることは出来ない。だから私は立ったのだし、新幹線で差しのばされたお母さんの手を振り払ったのだ。
そんな身勝手な私の戦い。その一環として、あなた達の
「私は、そうは思わないぞ。美佳姉さん」
「ふふ。福ちゃんは優しいね。ありがと」
それでも、福ちゃんは私を「美佳姉さん」と呼んでくれる。
だったらせめて、その分くらいは応えてあげないと。私は振り返ると、先ほどからこの会話を聞いているであろう影に告げる。
「園田さん。私にも少しは教えてくれませんか」
「おや、気付いていらっしゃいましたか」
その言葉と共に飯田防護社の園田さんが現れる。新幹線で襲われた私たちを救ってくれた民間軍事企業の担当者は、月刀少尉も勘が鋭いですねとわざとらしく眼鏡を持ち上げてみせる。
「どうして飯田防護社の方が
「弊社は運輸省より船団護衛の業務委託を受けておりますので」
敵対的危険生物の排除に有効な
「そうじゃなくて、園田さんが居る理由ですよ。お母さんが心配していたからとか、そんな理由じゃないんでしょう?」
私はもう良い子じゃない。何も分からないフリしてニコニコしている子供じゃないのだ。園田さんは身なりを見る限り戦うような人ではないだろう。それなら彼の仕事は、長谷川大尉と同じ。
「監視役が付くのは、ご不満ですか?」
「まさか。でもその理由くらいは教えてほしいものです」
そう言えば、考える素振りをみせる園田さん。彼の後ろには飯田
「似合いませんよ。お母様の真似事はよされた方が……」
それはきっと、私の月刀家を知っているぞと、お母さんと深く関わっているのだぞという警告でもあるのだろう。そして言葉選びを見るに、私を大いに馬鹿にしているのも分かる。
いや、馬鹿にしてくれて大いに構わない。だって私は馬鹿にされるべき無知な女子高生で、世間知らずの名家のお嬢様。
その認識でいてくれるのなら、それだけ尻尾を出しやすいモノ。
「母は、なんだかんだと厳しい方です。物心ついた頃から、あらゆる習い事をやらされました。残念なことに、この半年のご奉公でそれが役に立ったことはありませんが……世が真っ当な時代であったのであれば、それらは私を助けてくれたのでしょう」
習い事を習得すること。つまり立派な嫁になること。それが私の仕事だった。月刀と飯田の家を結ぶために来たお母さんのように、私もいずれは誰かの嫁となるのだろう。その時に、身を助けてくれるモノ。それをお母さんは教えてくれていたのだ。
「ですが、母は私を許してくれました。私のワガママを」
その言葉に、園田さんは何の言葉も返して来ない。
「私の為に
それは本当なら、あり得ない話だった。私は月刀美佳だ。近衛師団の少尉でもなければ『リスト入り』になった女子高生でもない。別に自惚れるつもりはないけれど、私はそういう人間だ。
大事にされて、大事にされて。そういえば、姉さんはいつか私の事を「
「なにか理由があるはずです。母は厳しい方でした。もしも私が軍を辞めたがっていると知っていたなら、私の事を叱咤激励して、どうにか私を軍に留まらせたのではないでしょうか」
「つまり、お母様は貴女を軍務に就かせたがっていると?」
疑問形の園田さん。いや、お母さんは私が軍隊に行くことを一番に反対した人だ。お母さんの
――――本当に、そうだろうか。最後に見た母親の顔がよぎる。あの時お母さんは、確かに晴れやかな表情だった。何かを成し遂げたような、そこまではいかなくても満足したような。
「教えてください、園田さん。母に……月刀の家に何かがあったのでしょう? 私に刀、それも工業刀を渡すようなことが」
お母さんから軍刀を渡された時、確かにお母さんは「家宝」と言う言葉を用いた。どんな時代だって、
となれば、考えられるのは家宝ではいけないという可能性。家宝の刀は先祖代々受け継がれるという。触らせて貰ったことも刃を見せて貰ったこともないけれど、そのような刀は古びてしまっていて、もう「何かを斬る」のには耐えない物も多いと聞く。
それを分かった上でお母さんが工業刀、
「園田さんのお仕事は、孫娘の私を
「私は一介の
「それなら、私は一介の陸軍少尉に過ぎません」
別に何もかも教えて欲しい訳じゃありません。幾つかの疑問に答えて欲しいだけなんです。そう問えば、園田さんは首を振る。
「まったく、
そう言いながら園田さんは私たちに背を向ける。ついてこいと言っているのだろう。私が園田さんの後を追うと、彼はゆっくりと舳先の方へと歩いて行く。海上保安庁の巡視船は海上護衛任務のためなのか色々な装備が持ち込まれていて、その中を避けるように歩いて行く。そんな時に、園田さんは言った。
「朝潮計画、というものがあります」
あさしお、朝の
「この国に押し寄せる『やつら』を潮にでも例えたのですか? 明けぬ夜がないように、朝にはこの国から退いてゆくと?」
その言葉に、園田さんは乾いた笑い声を上げる。
「そんな大袈裟な話じゃありませんよ。美佳さんはご存じないかもしれませんが、海軍のフネに〈朝潮〉というのがありました」
「はあ……」
私に出来ることは相槌を打つことぐらい。これが海軍士官の姉さんなら朝潮という
「〈朝潮〉は、海軍の潜水艦。もう十年以上前に沈んでいます」
つまり『やつら』が現れる前ということ。東西冷戦が宥和の方向に舵を切っても、結局世界から戦争は無くならなかった。社会科の先生に言わせれば、むしろ増えたとも言う。
春潮型潜水艦七番艦の朝潮は、そんな戦乱の海に消えたのだ。
「ですが。その時に妙なことが起きたのです」
「妙なこと?」
オウム返しに聞く私に、何も言わずに歩き続ける園田さん。
とはいえ、朝潮計画が『やつら』とそして『リスト入り』と関わっていないはずがない。ふと脳裏に思い浮かぶのはまだ軍事教練も取り入れられていない頃の学校。進路を決めて、あとは卒業するだけになった中学校の教室で、友達と交わした言葉。
――――沖縄を襲った
まさかあ、なんて笑って返したあの日。沖縄を襲ったのは今では『やつら』と呼ばれる存在、何十の国を消し去った存在。
それはまさか、この国が。
「あぁ、色々考えているのでしょうけれど、それは違いますよ」
私の思考を読み取ったみたいに園田さんは言う。それはまるで『リスト入り』のそれのようで……いや、この情報だけを出されたなら誰だって思うはずだ。『やつら』がソビエトの、もしくはアメリカの実験生物ではないか――――そんな話は以前からまことしやかに囁かれていたし、南北アメリカ大陸が『やつら』に侵され、ソビエト連合が幾つかの争乱の末に崩壊してもなお、そのような陰謀論を口にする人間はいる。
であればその真犯人が、この国であってもおかしくはない。
だから園田さんは私がこの国を疑っていると類推したのだ。私はそう言い聞かせるけれど、それを立証する術はなくて。
脳裏に浮かぶのは覆面の影。覆面を取った彼女が子供のように笑う。私と同じか、それ以下の幼い子供。『リスト入り』はもはや神出鬼没だ。誰が
「朝潮の喪失自体は普段の軍事作戦による損失。そこまでは普通だったのです。問題なのは、その現場から回収された物体」
園田さんは何が言いたいのだろうか。私は続く言葉を待つことしか出来ない。日差しを遮っていた構造物から太陽が差し込む。私たちは巡視船の前部までやってきた。舳先の向こうには誰もいない日本海が、どこまでも広がっている。
「新しい
「え……?」
いのち。生き物と言ったのか、この人は。私だって馬鹿じゃない、人が生きられないような深海にだって生物がいることは知っている。だけれど単なる深海生物であれば、
「じゃあ、もしかしてそれが『やつら』だったんですか?」
私の問いに、無言で首を振る園田さん。
「そうであれば、こんなことにはなっていません」
それは、そうでしょうけれど。私の相槌のような言葉は、潮の香りに満ちた空の中へと溶けていく。話が全く読めない。潜水艦が沈没したことが、どうすれば朝潮
「朝潮計画は、新たなる生命の創造を目的としたのです」