THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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神を産むのがヒトならば③

「朝潮計画は、新たなる生命の創造を目的としたのです」

 

 

 

 

 そうして手渡されるのは一枚の写真。そこに映されたのは。

 

「なんですか、これは」

 

 波立つ海。曇る空。映り込んだ黒い影は戦闘機か回転翼機か。しかしそれ以上に私の視線を釘付けにして止まないのは、写真の中央に立つ人影だ。それはまるで情報加工画像のように、それなのに十二分な説得力を持ってそこにあった。

 

 なにせ、私はこの写真のように()()()()存在を知っている。

 

「朝潮計画の決行を決めさせた、決定的存在です」

 

 その一言と共に、園田さんは写真を私から取り上げる。そして私が声を上げるよりも早く、取り出したライターで火を付ける。

 

「そんなに急いで燃やさないといけないのですか」

 

 それが意味するのは、朝潮計画の機密性の高さ……ではない。

 園田さんは、この写真のことを知っていた。燃やさねばならないほどに危険な写真であることも知っていた。にもかかわらず肌身離さず持っていたと言うことは、私が見ることは()()()()()()

 

「なんだ。初めから話すつもりだったんですね」

「申し訳ありません」

 

 小さくお辞儀する園田さん。別に怒るつもりはない。まるで怒りなんて感情が初めから存在しないかのように、私は冷静だった。

 

「でも、だとすればおかしな話です。福ちゃん……いえ『海防艦福江』は『リスト入り』です。彼女は五島福として昔から生きていました。園田さんの言う、新しい命ではないと思うのですが」

「村雨型駆逐艦の七番艦」

「はい?」

 

 園田さんが口にするのは、聞いたことのない単語。彼は私の方を一瞥して、それから海に視線を戻す。

 

「先ほどお見せした写真ですよ。()()は村雨型の七番艦を名乗った。そして奇しくも同名の駆逐艦が、同じ時に喪失されていた」

 

 園田さんは、表情を変える様子もなくそんなことを言う。

 意味が分からない。園田さんの言葉をそのまま受け取るのなら、海軍の駆逐艦が沈んだ代わりに『彼女』が現れたことでも?

 

「心霊現象……って、訳じゃないですよね?」

 

 歪んでる。そう思ったときには、その言葉はもう空中へと飛び出してしまった後だった。私はもう、園田さんの言わんとしていることを完璧に理解している。なのにどうして、こんな回りくどいことを言うのだろう。理解を拒否しようとするのだろう。

 

「仮に心霊現象であったとして、それを解明するのが人間です」

 

 だからこそ朝潮計画があるのです。園田さんがそう言う。

 

「……で、その朝潮計画と、私に一体何の関係が」

「関係はない筈でした。本来ならば」

 

 園田さんがそんなことを言う。それから私に身体を向けると、すっと眼鏡の奥を細める。彼は自嘲して(わらつて)いた。

 

月刀のお嬢様(あなた)はきっと、こう思っているのでしょう。この国家存亡の非常事態に何をやっているのか。研究資金を銃弾や戦車、戦闘機を作ることに注入した方が良いのではないか、と」

 

 ですが欧州の帝国だって、その敗戦の時まで核開発を止めることはなかった。朝潮計画とは、そのような産物なのですよ。

 

「分かりません。海の上に立つ兵士は確かに珍しいでしょう。その珍しさと有用性は、私だって分かります。でも」

 

 でも、それが何になるというのだろう。福ちゃんは確かに広島の戦いで私たちを救ってくれた。何故奪還されたのか分からない下関は、もしかすると写真の『彼女』によって奪還さえたのかもしれない。でも、それで何が変わっただろうか。山陰地方、いや日本中には未だに警戒警報のサイレンが鳴り響いている。航空種を追い払うために日本海や太平洋には次々と核兵器が投じられ、全国を守る陸軍を維持するために街から人が消えていく。

 

「その通りです。だから貴女の従姉妹(おねえ)さんは、あんなことを」

「あんなこと?」

 

 思い当たらない私に、園田さんは薄く笑う。

 

「海軍陸戦隊第七〇一二中隊のことですよ。『やつら』に汚染された薄汚れた連中に国土を守らせる危険性は、貴女だって理解しているはずです。ですが他に手段がなかった。故に黙認された」

 

 それは、姉さんの言う不思議な物理学の話。あの中隊は、本来『処分』されねばならなかった『リスト入り(わたしたち)』を有効活用することで容認されていた。その危険性は姉さんも言っていたこと。

 

「でも、姉さんは……いえ。飯田海軍少佐は『やつら』に近づくことに、『リスト入り』に立ち向かったんです」

 

 姉さんは『リスト入り』の症状を本作用と副作用に分けた。それは医薬品と同じような分類。軍隊にとって有用なもの、つまり大野ちゃんの驚異的な身体能力や福ちゃんの海の上に立つことを本作用。そして記憶が混濁して、ありもしないことを喋ったりしてしまうことを副作用だと呼んだ。それを制御するのが、姉さんの目的だったのではないのか。

 

 その時ふと、昔の記憶が呼び起こされた。

 

『まさか、出来たのか?』

 

 あの時。そう、神戸のあの惨劇が引き起こされる直前。姉さんは確かにそう言った。誰に向けて言ったのだろうか。

 そうだ、大須中尉。近衛師団の神戸分遣隊に所属していて、あの神戸の悲劇を引き起こした張本人。そんな彼が発症して(くるつて)しまう直前、姉さんは彼に確かに言った。出来たのか、と。

 

 それに対して、大須中尉はなんと答えただろうか。

 ――――月刀に潜った私が、そうでもなく現れると思います?

 

「……あの時、大須中尉は」

 

 そう、確かに言った。その筈だ。これは記憶の混濁なんてものじゃない。あの時確かに大須中尉は、月刀の二文字を放った。

 

「大須……彼をご存じなんですね」

 

 園田さんがそんなことを言う。お知り合いですかと私が問えば、民間軍事企業なんて軍人が行くところですよと緩慢に笑う彼。

 ということは、彼は昔は軍隊に居たと言うこと。大須さんと知り合いなのだから、きっと陸軍の所属だったのだろう。

 

「今は中尉でしたか。同じ釜の飯を食った頃が懐かしいです」

 

 彼は元気でしたか。園田さんはそんな事を言う。

 

「『処分』されました。私たちの目の前でおかしくなって」

 

 あの時のことは忘れもしないだろう。姉さんと言い合いをしていた大須中尉は、次第に言葉選びがおかしくなって、そして。

 

「……そう、でしたか。それは悪いことを聞きました」

「こちらこそすみません。でも、最後に妙なことを言っていて」

 

 失敗した。大須中尉の、私が最後に聞き取れたまともな発言がそれだった。中尉はきっと何かを探していた。月刀に潜るという言葉通りならそれは私の家、つまり風月三友会に潜入していたということ。そこで何かが「出来た」けれど「失敗した」。

 

 その言葉は、園田さんの台詞と関係があるのだろう。

 

「朝潮計画には、風月三友会が関わっているのですか?」

「ええ。そうです」

 

 あっさりと認める園田さん。だけれど私には、分からない。

 

「でも、飯田防護社は飯田重工グループの……」

 

 飯田はお母さんの旧姓、神戸のお祖父ちゃんの名前。大須中尉はまるで三友会を出し抜いたかのような口調で、姉さんもそれを否定していたとは思えない。なら園田さんは、飯田側のはず。

 

「お嬢さん。経済界を敵か味方かで判断するのは早計ですよ。それに飯田と月刀の関係は良好です。貴女がいるのですから」

 

 そんなことは分かっている。神戸のお祖父ちゃんに金沢のお祖父ちゃん。それは私が両方と親戚関係にあることを示している。

 

『例え叔母さんと月刀家が喧嘩していても、「月刀美佳(あんた)」自体は立派な人的資源なのよ。面倒な家系に生まれた自覚持ちなさい』

 

 姉さんはそんなことを言ったっけ。面倒な家系というのは多分その通りで、それが私がここにいる理由にもなっている。

 月刀家。飯田家。朝潮計画――――成功したけれど、失敗した。

 

「飯田重工は、姉さんの中隊(けんきゆう)に力を貸している?」

 

 その言葉に、園田さんは小さく漏らす。

 

「飯田防護社は、大日本帝国憲法と帝国版図の守護を商売(なりわい)としております。そこにおいて尊ばれるのは、法律の遵守であるはず」

 

 園田さんが何を言っているのかは、流石に分かる。

 

 突発性反社会的人格障害に関する救済措置の特例法案。

 『リスト入り(わたしたち)』の『処分』を定めた特例法案で、そう言えばお母さんは、あの法律を変えるために奔走していると言っていて。

 そこまで情報が揃ってしまえば、もう分からない筈がない。

 

「身内の尻拭いですよ。飯田啓介議員は孫娘である飯田望を溺愛している。彼女は飯田長男家の一人娘。彼女がいずれ家を継ぐのは確実と言われています。そんな彼女が、いくら国家の為とは言え違法行為に手を染めていたと分かればどうなります?」

 

 一族の都合で法律を捻じ曲げられては困るのです。園田さんはそう吐き捨てる。元軍人が集まるのなら、飯田防護社は軍人さんの精神で固まっているのだろう。国家のために、家族のために命を差し出す彼らの眼に映る飯田家は、一族(かぞく)のために法律を捻じ曲げようとしている存在。さぞ醜態に見えるのだろう。

 

「でも園田さん。『リスト入り』の待遇改善は止められないんでしょう? 母は反社会的人格障害(リスト入り)の該当者が増えすぎたと行っていました。特例法案の成立時とは状況が変わったんです」

「お嬢様、貴女が一般市民をやめてもう半年になります。いくら母親とはいえ、人伝(ひとづて)に聞いた話を世論と思ってはいけません」

「でも……」

 

 続きそうになった言葉を、私は飲み込む。お母さんは世論が法律改正を望んでいるという。園田さんはそれは母の嘘だと言う。

 お母さんが嘘を吐いているのなら、園田さん(このひと)だってそう。それなら不毛な言い争いをする必要なんてない。大切なのは事実。

 

「じゃあ、園田さんは月刀家の計画に協力したんですね?」

 

 沈黙は肯定なのだろう。一族の保身に走る醜い飯田、国家を救う計画を進める月刀。園田さんの眼に映る私は、その両面を備えているのだろうか。でも経済界は、財閥の関係は敵か味方じゃないと言ったのは他でもない園田さんだ。私が両面を揃えるコインのような存在なら、誰だって、コインなんじゃないか。

 

 その時に浮かんだのは、一つの考え。

 

「そうか……月刀家は今、焦っているんですね」

「なぜ、そう思うのです?」

 

 疑問形の園田さん。そこに浮かんだ視線の乱れは見逃せない。

 

「私は、神戸のお祖父ちゃんが過保護だから、飯田防護社が新幹線に乗り込んできたのだと思っていました。だけれど園田さん、あなたの話が本当に防護社の総意なら、私を救ったのは金沢のお祖父ちゃんということになります。そして私が軍務に留まる理由として、あなたは朝潮計画の説明をした。する必要なんてなかったですよね。飯田が悪い奴だってだけ吹き込んで、私に月刀家に協力させればよかったんじゃないですか?」

 

 多分、それではいけない理由があるのだろう。その可能性があるとすれば、ヒントは朝潮計画にある。

 

「新しい生命の創造。それが朝潮計画なら、そんな計画がこの戦局でも続けられているということは、朝潮計画が『やつら』に一撃を加えることになるからです。『やつら』を越える何かを産み出すのが朝潮計画……でも、そんな都合のいい話はない筈です」

 

 姉さんなら言うだろう。無から有を取り出す存在はありえない。無限機関が存在しないように、親の居ない子供がいないように。現代の科学技術の結晶と言われる原子力発電だって、利用するには燃料が必要なのだ。ましてや生命(いのち)なんてものが、何もない場所から産み出せるはずがない。何かと交換するか、変換しないと。

 

「特例法案がなくなれば、姉さんの……飯田のやっていることは違法じゃなくなります。それじゃあ、朝潮計画はどうなんです」

 

 その問いに、答えは返ってこない。それだけで十分だった。

 

「どちらも()()()()()()()。そしてどちらも国家存亡を賭けた計画……そして今、この国は崖っぷち。どちらかが『適法』になれば、国は適法な計画に力を注ぐ。朝潮計画が潰える訳ですか」

 

 どっちが保身に走っているんですか。飯田家への罵倒を聞いた後だからこそ、自分の名前(つきがた)に羞恥を覚えたくもなる。結局、全部が全部嘘の塊なんじゃないか。朝潮計画で産み出す生命の対価がどの位かは知らない。姉さんがこれまで中隊で何人殺してしまったなんて知らない。だけれどそれは、みんな自分のためなのだ。

 

 園田さんの、飯田防護社の立場を私は知らない。飯田重工と三友会の関係も知ったことではない。だけれど確実なのは皆が皆自分のことしか考えていないということ。神戸のお祖父ちゃんが姉さんを守ろうとしているのは事実だろう。だけれどそれは一族を守るため。そしてそれを非難したはずの園田さんは、皮を一枚剥いてみれば朝潮計画という違法行為に関わっている。

 

 そして私が姉さんと呼んだ従姉妹……飯田望海軍少佐ですら、自分が()()()()()()()ために戦っている。『リスト入り』を乗り越えたら、その過程で殺してしまった中隊の事も忘れてしまう。

 

「もしもそうだとすれば、どうします?」

 

 私の目の前には園田さん。朝潮計画に対する私の疑念に開き直ったのだろうか。冷静沈着を装って、一人の賃金労働者(サラリーマン)は立つ。

 

「簡単な話です……大野ちゃん。いいよ、出ておいで」

 

 その言葉に、園田さんは多分絶句しただろう。艦橋のその上、レーダーマストの後ろから小銃を構えた大野ちゃんが現れたのだ。勿論私は何の指示も出していない。だけれど私の部下(あのこたち)がそうすることは分かっていた。私は、信用されていない(しんらいされている)みたいだから。

 

「私は怒ってるんです。全て話して頂きますよ。園田さん」

「言葉も合図もナシに連携とは……まるで『やつら』ですね」

 

 呆れたように言う園田さんが言う。私も笑うしかない。

 

「私たちは『やつらに近しい者(リスト入り)』ですよ?」

 

 でも、私たちは『やつら』とは違う。私だって人間だ。人間というのは自分の為に自分勝手な存在であるのなら、私も誰かのためと偽って自分勝手である。だから私達は、人間なのだ。

 園田さんは両手を挙げると、降参のポーズ。

 

「いいでしょう。なに、これもシナリオの範疇(うち)ですよ」

「……」

 

 例えソレが、誰かに仕組まれた自分勝手であったとしても。

 私はもう、戦うしかないのだ。

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