THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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第七〇一大隊長・飯田望

 

 それは。どこまでも続く夢のようだった。

 

 

 私は、姉さんと一緒にいた。いや、姉さんだけではない。これまでに私が会ってきた全ての人がそこにいるような気がした。それは斜向かいの木村のお兄さんや、近所のガキ大将で昔よく私のことをいじめた奥村くん。そして私を守ってくれた 神田くん。

 

 それは皆、軍隊に送られてしまった人達。私の知り合いで、友達で、もしくは大切な人で。そんな人達が何重にも連なっているこの場所は、さながら巨大な葬儀場。

 

 これが、姉さんが心から求めた靖国だというのだろうか。私は、別に何かの宗教を信じるわけじゃないから、別にどうと考えたことはなかった。だけれどこれが「死者の国」だと言われたのなら、私はたぶん、心の底から納得する。みんなフワフワしていて、どこかに飛んで行ってしまいそう。

 

 そんな時、私は大きなキノコ雲を見た。それは大きくて大きくて、だけれどとてつもなく不細工で。映像で見た核爆弾の映像なんかとは大違い。だからだろうか、私はその映像を、どこかで見たような気がしてしまった。

 

 キノコの雲は地上から生えていた。だけれどそれはよく見ると地上じゃなくて、少しだけ高いところから生えている。まるでそれは現世とこの死者の国を分かつよう。

 そしてその下には、現世(じごく)が広がっていた。草木は消え、家という家は燃え、そしてぐにゃりと曲がった何かがうごめいている。

 ああ、これが終わりか。私は何も知らなかった。人生がどう終わるかも知らない。何も知らずに、私は終わってしまったんだ。

 その筈なのに、キノコ雲はしょぼしょぼと萎んでいく。小さくなってしまったそれは、消えてしまう。

 

 そこに残されたのは、澄み渡った空。真夏の空。

 

「ここが広島、私の故郷なんです」

 

 その声には、聞き覚えしかなかった。その姿を探すために見回した私は、自分の身体が重くなっていることに気付く。樹から離れたリンゴが地面に落ちるように、私はどんどん落ちていく。

 

 姉さんはいなくなってしまった。それなら、もう私の居場所もない。その筈なのに、今更この現世(じごく)で、何をしろと言うのだろう。

 

「今だからこそ、出来ることがあるんですよ」

 

 それは先ほどと同じ声の主。急に全身が痛み出す。必死に開けた眼に異物が入り込んできて、それが光だと気付くのに数秒。

 

「ご無事でしたか、()()

 

 それは、古田中尉の顔だった。彼女の顔が力めばそれだけ私の身体は軽くなる。どうやら私は瓦礫の下に居たらしいと、どすんと大きな音を立てながら舞った土煙で私は判断する。

 

「古田、中尉……で、あってます?」

 

 別に名前が分からない訳ではない。私が分からなかったのは階級だ。私が少尉になったように、彼女も……ところが古田中尉はいつもの優しい笑顔で首を振る。

 

「本当は、私は中尉ですらないんです」

「え……じゃあ」

 

 言葉を詰まらせる私に、古田さんは言う。

 

「ええ。私は重巡洋艦古鷹。初めての重巡洋艦です、提督」

 

 私は、なんと答えれば良かったのだろう。そして古田……いや、古鷹さんの言う『提督』と言う言葉が引っかかる。それは少なくとも私を表す階級でも、役職でもない。だけれど古鷹さんにとっては、私を表す言葉のようで。そんな些細な違いが、胸を刺す。

 

 でも、それより重要なことが今の私にはあった。さっきまで夕暮れ時だったはずなのに、辺りは暗い。つまり、あの爆撃はもう終わってしまったということ。私が瓦礫の下敷きになっていたと言うことは事務本棟は崩れたと言うこと。慌てて周囲を見回せば、月明かりに照らされた浜岡原発、その四角い建屋が()()()()()

 

「そんな。爆撃されたんじゃ……」

 

 姉さんは、確かに最新鋭の爆撃機だと言っていた。それがどんなものなのかは知らないけれど、あんなに大きな建屋を外すなんてことは考えられない。でも事実として、建屋とその中の格納容器は無事らしい。どうしてと言う私に、古鷹さんは言う。

 

「『願い』の問題(ちから)です。あの時、通常運用よりもずっと低高度で現れた爆撃機を見たことで誰もが原発が爆撃されようとしていることを確信したでしょう? そして貴女は、それに剣を抜いた」

「……じゃあ、なんですか。私が刀で爆撃機を落としたと?」

 

 私がそう言えば、流石にそれはないですよと笑う古鷹さん。頭の中には「訳が分からない」以外の文字は存在しなくて、だけれど少なくとも、誰もが恐れた最悪の事態だけは免れたようだった。

 

 そうなれば、次に気になるのは他のこと。

 

「そうだ、姉さんは」

 

 姉さんは、姉さんはどうなってしまったのだろう。意識が途切れる瞬間に見たあの顔が忘れられない。空爆を待ちわびる、あの姉さんの顔。夜になっても地形は変わらない。だけれど姉さんが立っていたはずの場所に、その姿は見えなくて。

 

「姉さん!」

 

 叫んだのは、私ではなかった。その『姉さん』は私のこと。私を姉さんと呼んでくれるのは、この世界で一人だけ。

 

「福ちゃん……無事だったんだね!」

 

 よかった。歪みきって何一つロクなコトのないこの世界でも、まだ良かったと言えるようなことがあった。今の私にとってはそれはとてつもなく大事なことで、福ちゃんが驚いた表情をしたことも気にせずに抱きつく。ところが私の考えとは裏腹に、抱きつかれた福ちゃんは途端にバランスを崩してしまった。

 

「ちょっと姉さん……重くなってないか?」

「お、重っ? いくら福ちゃんでも淑女に重いだ、なんて……」

 

 いや、福ちゃんがそんなことを言うなんて妙だ。失礼な言動を福ちゃんがするはず無いと言う意味ではなくて、福ちゃんはつい先日海に沈んだ私を持ち上げたばかりではないか。

 

 ということは、福ちゃんの言う『重い』というのは。

 

「ええ。随分とお変わりになられていますよ。提督」

 

 古鷹さんがそんなことを言う。何が、何がどう変わったというのだろう。古鷹さんを見て気付いたのは一つ、古鷹さんと私の身長はほとんど同じ、いや私の方が少し低かったはずだ。それがどうしたことか、立った私は彼女を見下ろしている。

 身長が伸びたと言うことだろうか。それで重くなったということなのだろうか。福ちゃんは私より小さいままだから比較対象にならない。身体に身につけていた刀は探せど見当たらない。

 

「ねえ古鷹さん……私、どう変わったの?」

 

 こんなこと、聞いてしまっても良いのだろうか。分からない。視線がおかしい、身体の感覚がおかしい。だけれど身体は、これが正常だと訴えてくる。こんな筈があって堪るものか。

 

「どう、と言われましても」

 

 首を傾げる古鷹さん。変わったというクセに、何がどう変わっていないかは覚えていないのか。怒りにも似た感情がわき上がるが、それよりも大きいのは困惑、そして恐怖。

 

 何かが違う、それなのに何がどう違うのかが分からない。

 頭は理解が追いつかない。だけれど身体(たましい)は分かっている。

 これが、進行なのだ。私の『リスト入り』が進行したのだ。それは信じられないほどに冷酷な事実で、にも関わらず私はそれを受け入れている。受け入れてしまっている。

 

「初めての()()でしたか? 提督には刺激が強かったかもしれませんね。でも低空飛行していたとはいえ爆撃機を追い払ったのはスゴいことですよ。提督は防空巡洋艦か空母でしょうか?」

「防空……なんですか、それは」

 

 その言葉の意味を、私は理解することが出来なかった。多分何かの意味があるのだろう。それは分かるのだけれど、彼女の文章(いうこと)がサッパリ分からない。いやこの際、そんな些細なことはいい。

 

「あの……姉さんは、いえ。飯田望少佐は、どこですか?」

 

 私を瓦礫の中から見つけた古鷹さんだ。姉さんの居場所も分かるだろうと思ったのだ。それなのに古鷹さんは首を傾げる。

 

 

「誰ですか? それ」

 

 

「え……?」

 

 そこから聞いた言葉を、私はよく理解できない。

 

「いや、ですから。飯田望海軍少佐ですよ」

 

 本当に、本当に何を言っているのだこの人は。古鷹さんは、少なくとも古田中尉と名乗っていた時には飯田望(ねえさん)のことを知っていた筈だ。じゃあそれが古鷹になってしまったことで、記憶が侵食されて消えてしまったのだろうか。

 

「古鷹さんは……いつから、古鷹さんなんですか?」

 

 日本語として滅茶苦茶な質問。だけれど古鷹さんは、それを寸分の違いも無く読み解いてくれる。そして答えが返ってくる。

 

「そうですね……もう、一年は経ちますかね」

 

 その言葉に、私は絶句するしかない。私が中隊で古田中尉(ふるたかさん)と出会ったのは半年前くらい。要するに、私が出会ったときにはもう、この人は古鷹さんだったのだ。彼女は語る。

 

「今でも覚えていますよ。提督(あなた)はいきなり『古田香』なんて名前を私に名乗るように強要してきて、かおり、かおりと随分親しげに呼んでくれましたよね。まあ、今じゃ慣れましたけれど」

「……」

 

 それは、私ではない。私は古鷹さんに古田中尉を名乗るように命じた記憶は無いし、香だなんて親しげに呼んだこともない。

 

「それは、私の姉さんの……」

「あれ? 提督にお姉さんなんていましたっけ?」

 

 ここまで言われれば、私にも分かる。私を提督と呼ぶ古鷹さんが語る記憶、古鷹さんの言う()()飯田望(ねえさん)のことだ。

 

「いや……ううん。居ないよ、従姉妹(いとこ)はいるけれどね」

「ええ。仰っていましたね。名前は確か……何でしたっけ?」

 

 思い出せるはずはない。だってそれは提督(わたし)だもの。古鷹さんの中では、この世界に現れてからずっと私に仕えていたことになっているのだ。否定した所で、彼女は首を振るだけだろう。

 

「じゃあ、姉さんは……古鷹さんの()()だった?」

 

 その仮説は、恐らく正しいのだろう。古田中尉は、飯田少佐のことなんて見ていなかったのだ。彼女にとってのそこには一隻の重巡洋艦と、それを従えた提督。それだけしかいなかったのだ。

 

 それなら、提督(ねえさん)はどうなってしまったのだろう。

 最悪の可能性が頭を過る。古鷹さんは私を提督と呼ぶ。提督というのは、単なる役職だ。それが私に()()()()()()

 

 

 ということは、姉さんは……もう。

 

 

 

「おーい()()()、なにそんな所で油売ってんのさ」

 

 

 その『声』に、私の呼吸は止まる。心臓の雑音すらも止めたくなる。今の声は私の、私が求めたもの。それなのに、違う。

 そこには、歪みなどなかった。歪みは全部消え果てて、まるで夢心地のような、淀みのない言の葉が月夜に舞う。

 

「ほら、早く来なって。今日は満月、とっても綺麗だよ?」

 

 彼女が、そう言う。絵に描いたような月を背にして、笑う。

 それはまるで記憶の中のようだった。彼女は亡命英国人の母と、帝国海軍人の父を持つ。金色を混ぜ込んだ茶髪は母親譲りのそれ。そこに父親譲りの柔らかな垂れ目。報国のために鍛えた筋肉は何処へ行ってしまったのだろう。ぶかぶかになった白詰襟を来て、頭に乗るだけ乗った制帽には桜葉紋章(スクランブルエツグ)が踊っている。

 

 だけれど、それは私の姉さんではない。姉さんは、私を守ってくれた。守り抜こうとしてくれて、それで歪んで、おかしくなってしまった。私はそれを救えなかった。

 これは、私への罰なのだ。私の罪なのだ。

 

 だから私は、もう嗤うしかない。

 

「嗚呼……良かったね、望姉さん」

 

 私の姉さん。本当に良かった。きっと姉さんは歪みから救われた。この最悪の結末は、大きな不幸の中の、小さな幸せ。

 

 それ以上を望むことは、この望月(まんげつ)の夜には許されないのだ。

 

 それなら、私のやるべきコトは決まっている。

 

「古鷹さん。福ちゃん。私はやるよ」

 

 その言葉に、何をやるんですかと古鷹さん。福ちゃんは私の次の台詞を知っているらしく、顔を逸らす。でもゴメンね。私は、戦うしかないんだ。それが姉さんを、救うことになるのだから。

 

 

 

 

姉さんの仕事(このせんそう)を、受け継ぐん(つづけるん)だよ」 

 

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