THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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(わか)すぎる若桜(わかざくら)

 ――――結局のところ、古田中尉が率いる狙撃部隊以外は日岡山公園に待機、ということである。なので私は会議の時と同じように、姉さんの隣にいることになる。

 

「あの、中隊長……なにかお手伝いできる事って……」

 

 そう姉さんに聞けば、姉さんは双眼鏡から目を離して振り返る。

 

「そうだな。そのまま軍旗を保持していたまえ、それが貴官に出来る最大限の貢献だ……というのは冗談として、まずはよく観察することだ。貴官はこれから下士官として部隊運営に関わることになる。我が中隊の編成と運用について、この機会に学ぶと良い。まずはあれを見てみろ」

 

 そう言いながら姉さんが指さしたのは、展望台の下で箱などを運んだり開けたりしている子供達。

 平均年齢十三歳と聞いている通り、中学生くらいの見た目だった。遠目に見ているせいか、どことなく背が低いようにも見える。

 

「第一小隊だ。書類上は私が小隊長になる。中隊長との兼務になるから、名実ともにこの小隊がウチの本部小隊」

 

 つまり司令部(HQ)というわけだ。姉さんはそのまま言葉を続ける。

 

「とはいえ私も小隊指揮にかかりきりにはなれないから、指揮は基本的にあそこに居る和田一等曹長が執っている。私よりもずっとベテランだから、さっさと士官にしてあげたいんだけどね」

 

 試験を受けさせてあげられなくてね。そう姉さんはぼやく。本当なら、姉さんだって大尉という階級を与えられることはあり得ないのだと言うけれど……そこら辺のことはよく分からない。

 

「ひとまず軍曹には、和田さんと同じ働きが出来るようになって欲しいね。ゆくゆくは小隊か分隊の指揮も任せたいし……」

「指揮ですか? 無理ですよ」

「みんな最初はそう言うさ。しかし実際問題、無理だといった人間で出来ないのは見たことがないね。私も出来た」

「中隊長なら、出来るに決まってるじゃないですか」

 

 姉さんは昔から仕切りたがり屋だった。焚き火を付けるのも、ケーキを切り分けるのも、近所の犬と戦う時だって姉さんは先頭に立っていた。私にとっては、姉さんが隊長以外の仕事をしているのが想像出来ないくらいだ。

 

「ま、言われて悪い気はしないけれどね……で、話を戻すけれど、この第一小隊は人員二五名。一応和田さんが選んだしっかり者を班長に据えて、四班体制で作戦行動に耐えられるようにはした。それで、そのうち一班は私が預かっているんだけれど……」

 

 姉さんはそこで言葉を切る。それから振りかぶると――――

 

「――――甘いッ!」

 

 ぱしっ。変に抜けた音が聞こえる。声の主は姉さんの手と、新聞紙。なんでもない、よれよれで、丸められて棒になった新聞紙。もちろん新聞紙がひとりでに空を飛ぶはずがなく……姉さんが掴んだ反対側には、私よりも小さな影があった。

 

「げっ……作戦失敗! 転進ッ――――痛ぁッ?!」

 

 脱兎の如く逃げ出そうとする影の襟首を掴んで、持ち上げる姉さん。私は驚いたのなんので、あわや軍旗を落としそうになってしまった。そんなこんなで肝を冷やす私を知らずに、姉さんは空中で犬かきを披露するその子にため息をつく。

 

「作戦行動中に上官への暴力とは……随分偉くなったものね。こら、暴れるな観念しなさい、お尻ぶつわよ?」

 

 姉さんの脅し? を受けて手足を止めるその子供。だらりとつるされて、物干し竿に吊されたみたいになる。

 

「今回は上手くいったと思ったんだけどなぁ……」

「私の背後を取ろうなんざ、百年早いわよ。もっとも、気配の消し方は上手かったわね。銃だったら危なかったかも」

「じゃあ今度は新聞鉄砲にする!」

「うん。そう言う問題じゃないんだよ。で、準備は?」

 

 姉さんはそう聞きながらその子を床に降ろす。

 

「終わった! だからその報告に来たの!」

「そうかそうか貴様の『報告』というのは背中を新聞紙で殴ることなんだな?」

 

 表情はむしろ微笑みを目指して。声音だけを低くした姉さん。

 

「えーと、それは……」

 

 目線を姉さんから逸らすその子。逸らしてからチラリチラリと姉さんの様子を窺うあたり……怒られ()()()いるようだ。

 つまりは、そういうこと。

 

「中隊長……その子は……」

 

 それでも確認するように聞いた私に、姉さんは苦笑。

 

「噂をすればなんとやらってね。大野、挨拶しなさい」

 

 姉さんに促されたその子は、私にぐるんと向き直ると叫ぶように言った。小さくも纏まった敬礼と一緒に。

 

「第七千十二陸戦ちゅーたい! 大野洋子ッ!」

「え、えと……同じく、月刀美佳です。よろしく……」

 

 慌てて頭を下げる私に、姉さんは苦笑しながら言う。

 

「この子が今話した私が受け持つ班の構成員だ。残りは……おい、どうせ大野の凶行を見守ってたんだろう? 出てきなさい」

 

 姉さんがそういえば、階段からばらばらと四つほどの影が出てくる。どれも今の大野という名前の子と同じくらいの、子供だ。

 

「す、すみません中隊長……洋ちゃん、止めたんですが……」

「それで止められないじゃ済まされないぞ。仮に私が敵対的危険生物だったとしたら大野はもう死んでいる」

「怪物相手だったらへまやらかさないもんッ……痛い!」

「お前の意見は聞いてないんだ、大野」

 

 やんややんやと、俄に騒がしくなった展望台。姉さんは厳しい口調で注意するけれど、誰もそれに怖がる様子はない。さっき姉さんは部下に懐かれて困ると言っていたけれど、それはこの子達のことなのだろうか。姉さんは手をパンと叩いた。

 

「はい、飯田班整列!」

 

 さっきまでの騒ぎが嘘のよう。姉さんの一言に子供達はきびきびと並んで見せる。寸分の狂いもない。完璧な整列。

 

「では改めて、第一小隊第一分隊一班だ。一班の諸君、こちらは石川県護郷隊から派遣されてきた月刀軍曹。彼女はまだ中隊に来て日が浅いから、困っていたら助けてやってくれ」

 

 そうテキパキと紹介を済ませてしまう姉さん。日が浅いというか、今日来たばかりなのだけれど……ということには突っ込まないで置く。ところが、思わぬ所から不満の声が上がった。

 

「ちぇ、護郷隊から来たのかよ」

 

 そう言ったのは一番元気な子、さっきから姉さんに食ってかかっている大野という子だった。姉さんは尋問の声音を作る。

 

「大野、何が言いたい? 石川県護郷隊は我が国でも屈指の充足率を誇る部隊だぞ?」

「だってよぉ、護郷隊の奴らなんて威張り散らすだけで、全然弱っちいじゃん! どうせお前も弱いんだろ?」

「え、えぇと……」

 

 そう言われても、私が護郷隊に居たのなんて数日の話で、どういう組織なのかはほとんど知らない。それでも、護郷隊が威張り散らしたなんて話は聞いたことがない。

 

「はいはい。少なくとも軍曹はそんなことはしないわよ。もうすぐ戦闘が始まるから、階段下で私が来るまで待機。いいわね?」

 

 その言葉に、特に文句もなく従う子供達。再び展望台は私たちだけの世界になる。

 

「すまないね。大野はウチに引き取る直前に、学校で同級生からの暴行に遭ってるんだ。疎開転校して来たばっかりだったのも悪く作用したようでね。それはもう、酷かったそうだ」

 

 小学生でも入れるのが護郷隊だろう? 集団私刑(リンチ)のトラウマが護郷隊への恐怖にすり替わっているらしい。そう姉さんは言う。だから許してやってくれ、と。

 

「いえ、それはいいんですけれど……」

 

 そう。別に私は気にしてなんかいない。『リスト入り』するってことは、社会から隔絶されるどころかある日突然指名手配されるようなもの。いきなり凶悪犯だと決めつけられることに等しい。私だって心ない言葉を掛けられたし、それが家族にまで、お母さんにまで及ぶのは本当に許せなかった。

 

 だから、大野ちゃんの気持ちは、よく分かるつもりだ。

 でも、分からないものもある。姉さんの言葉を受けて潮が引いていくように居なくなった子供達。

 

「中隊長。あの子達は……あの子達は」

 

 上手く続けられない私に、姉さんは微笑んで見せた。続きを言ってご覧とでも言っているのだろうか。姉さんはいつもそうだ。姉さんはいつも、そうやって会話の先回りをする。

 私が何も言えずにいたので、結局姉さんが口を開いた。

 

「良い子達だよ。私についてきてくれるだけで十分なのに、それ以上によく従ってくれる――――だけど、歪んでる」

「……」

「なんて言えば良いのかな。犬っころみたいなんだよ。一丁前に自我を持っているように見せかけて、すぐに興味も変わるし関心もすぐになくす。それに……大野を見ただろう?」

 

 そう言って、姉さんは階段の方を見る。

 

「あいつ、世が世なら今年度……つまり、先月から中学校に行ってるんだぞ? なあ軍曹、私らはあんな中学生だったか?」

「え」

 

 そんな、中学生? とても中学生には見えなかった。ああいう性格の子はいてもおかしくないし、普通だけれど……。

 

「一事が万事その調子だ。私の班だけでみる平均年齢は十一歳。中隊でも年少が集まる班だが……それにしたってあの見た目だぞ? いや、ウチの班だけならまだいい。他の班でも同じだ。私が連れてきた中隊の構成員には、あまりにも未発達な奴が多い」

 

 もう分かるだろう? 姉さんは私に合わせるように言う。確かに、ここが戦場なんかじゃなくて、あの子達が普通の服を着ていれば……私はあの子達を小学生低学年あたりと判断したのではないだろうか。いやでも、そんなことあり得るんだろうか。

 

 否定したい。けれど、否定する材料がない。

 背が伸びなかったりとか、精神が未発達だったりするのは本人のせいじゃなくて病気のせいなのは知っているけれど、それなら中隊の殆どが病気にかかっていることになってしまう。では他に共通点は?

 

「まさか、『リスト入り』……?」

「仮説だ。あくまで仮説だ。しかし……大野も、残りの奴も、皆『リスト入り』した奴だ。そうでなきゃ平均年齢十三の中隊なんて造れない。だが仮説だ。それに、全員が未発達な訳じゃない」

 

 姉さんのその言い方は言い聞かせるよう。きっと姉さんの過半は、もうその仮説によって占められてしまっているのだろう。

 言葉を探す私を差し置いて、姉さんは続ける。

 

「否定することだってできる。大野みたいなヤツは皆、決して健全な社会環境に置かれていたとは言えなかった。まともなヤツのほうがもちろん多い。軍曹だってそうだろう?」

 

 確かに『リスト入り』によって幼くなるのだとすれば、私だって幼児退行していなきゃおかしい。

 

「だから純粋に、防御行動としての退行なんだ。他にも退行を引き起こす原因は考えられる。実はね……この中隊は、戦災孤児の率が異様に高くてね」

「そうなんですか……?」

 

 私がそう言えば、姉さんは目を逸らす。

 

「ああ。戦災孤児だよ。九州の避難民はもちろん、航空種が現れて以来急増していることは軍曹だって知っているだろう?」

 

 私は姉さんの顔に落ちる暗い影を見逃さない。

 

「それは……はい。知ってます。姉さんだって」

「やめてくれ。そんな話」

 

 私は分からないふりをしてきた。空が落ちてきたあの日まで、『戦争』というものを、私たちをずっと苦しめている『やつら』の存在を、考えないようにしていた。姉さんは違う。ずっと考え続けて、それでもまだ苦しもうとしている。私の記憶にいる姉さんは、こんな作ったような表情はしない。姉さんは表情を作るのが下手なはずなのに、こんなに綺麗な表情を作れるはずがない。

 

「やめません。だって……だからこそ姉さんは中隊長として、ここで戦い続けるのでしょう?」

 

 

 

 姉さんは気付いていないのかも知れない。でもリスト入りした私を、本当なら国のためだと消えなきゃいけない私を救ってくれたのは確かに姉さんだ。それは、他の子達にも当てはまるはず。

 だったら陳腐な表現だけど、中隊(ここ)は家で、中隊長(ねえさん)はお母さんだ。

 だからこそ、あの子達はあんなに懐くんじゃないだろうか。

 自分が生き残れる場所を求めて、縋り付くのではないだろうか。

 

 

 

「立派です。私の従姉妹(おねえさん)は、とっても立派です」

「……作戦中だ、軍曹。私のことは中隊長と呼ぶんだな」

 

 姉さんがそう言った時、会話の終わりを告げるように無線が鳴った。私に目配せした姉さんは小さく頷くと、無線を付ける。

 

《敵先頭集団、投射点に近づきます》

 

 戦いが始まろうとしている。姉さんは落ち着き払った様子で告げた。いつの間にか取り出した自信を全身に(みなぎ)らせて。

 

「よろしい、陸軍に射撃の指示を、タイミングは任せる」

 

 作戦開始。ドラマでありそうなホラ貝も、突撃ラッパの音も聞こえない。ただ姉さんが事務的に告げたその一言が、開戦の狼煙。

 

《第二小隊より報告。数四〇〇ないし五〇〇。まもなく投射点、砲兵隊に射撃要請願います》

 

 淡々と入る報告。狙撃のために前進した第二小隊からのもの。

 

「敵の数は五〇〇か……連中の正面からやり合えば、天下の近衛師団や中央即応軍、過去の栄光と化した精鋭なる海軍特設陸戦隊でもおおいに苦戦することだろう……軍曹、我々はどう勝つ?」

 

 その問いは、答えありきのもの。先ほどまでとは打って変わった、中隊長が部下を教育するための質問。答えが決まっているから、ヒントも与えられていた。私は考える。

 

「……第二小隊による狙撃、ですか」

「そういうことだ。連中にもれっきとした序列があるらしくてな。要は頭を潰せばいいんだ。言うだけなら簡単だろう?」

「そんなに簡単にいくんですか?」

「いかないね。だからこそ、古田中尉に頼ることになる」

「古田中尉に? 第二小隊ではなくて?」

 

 そう聞いた私に、姉さんは得意げに言う。

 

「そうだ、古田中尉(あいつ)は特別製なんだよ。やろうと思えばヒト型の頭だって打ち抜けるはずだ」

「そんなに……凄いんですか」

「まあね。今度本人に聞いてみると良い……さて、そろそろか」

 

 姉さんがそう呟く。無線に乗る声は先ほどからしきりに『やつら』がそこまで迫ってきていることを伝えていたけれど、それもいよいよ内容が色づき始める。

 

《砲兵隊発砲、着弾まで三〇秒》

 

 不意に告げられた攻撃開始の声。私は慌てて見回して……そもそも砲兵隊は遠すぎてすぐに音が聞こえるわけないことに気づいた。そんな私に構うことなく、姉さんは無線と取る。

 

「二小隊、攻撃開始。着弾に合わせろ」

《第二小隊、攻撃開始します》

 

 端的な返信が無線から漏れる。それだけで姉さんは無線機を仕舞った。代わりに双眼鏡を覗き込む。見えるかと聞かれると、多分見えないと思うけれど、私も双眼鏡を覗いた。

 

《弾着まで十一、十、九、八、七……》

 

 カウントが進んでいく。双眼鏡には何も映らないし、私の耳にも、まだ何も届かない。

 

《五、四……だんちゃーく、いま!》

 

 双眼鏡の中で、何かが動いた。

 

 それが吹き飛ばされた『やつら』だということに気づくのに三秒。鋭い破裂音が聞こえたのがその四秒後。

 直後に――――空気が揺れた。

 空気が、私を振動させてみせたのだ。それに気付いた頃にはくぐもった重い地響きのような爆発音しか残っていなかったけれど、確かに空気が揺れた。そうだと思う。恐らくはそうだ。

 

「……!」

 

 その後にはのんびりと地響きが続く。気付けば、頭を守るように腕が交差していた。姉さんは仕掛けたドッキリが成功した見たいににやりとしてみせる。

 

「友軍とはいえ、肝が冷えるでしょ?」

「……は、はい」

「言っとくけどこれでキロ単位で離れてるんだからね? 真横に落ちたりしたら大変だぞー」

 

 それが勇ましく思えるようになったらホンモノよ。冗談めかして笑う姉さんに、私は苦笑い。姉さんは笑いを引っ込めると、それから双眼鏡を仕舞って無線に聞く。

 

「古田中尉、首尾はどうだ」

《まだ砲煙が晴れていませんが……少なくともとびきりのは仕留めたはずです》

「結構、適当に撃ったらそちらの判断で退け」

《了解です》

 

 姉さんは無線を切ると、肩を竦めて見せた。

 

「聞いたでしょ? これで頭は潰した。そこに陸軍サマの崇める砲兵隊の鉄槌が降り注いだんだ。流石にすぐには立ち直れない」

「……」

 

 ひとまず、古田中尉というのがスゴい人なのはよく分かった。そして、姉さんは古田中尉のことを信頼しているんだろうなと、頭の片隅でそんなことを考える。

 

「まあ、こうして一人の特技兵に頼って戦線を維持出来るのなら私たちはこんな場所に居ないんだけれど、ね」

「さ、私らも降りるよ。問題はここからだ」

 

 階段へと進む姉さん。私も後へと続く。

 

 

 


 

 

 

 結局、姉さんは悪態をつくことになる。

 

 今回の作戦目標は加古川遡上の阻止。そういう意味では、確かに作戦は成功したと言えるのだろう。あの後、砲兵隊が更に一斉射を行ったことで『やつら』も加古川の遡上は諦めた。でも姉さんが言っていた頭を潰すというのには失敗したようだ。

 

「予想外に応射が正確なため、砲兵隊は予防措置として陣地転換を図るそうです。十分は支援砲撃が来ません」

「……了解した。もっとも、十分だけでも加古川市は突破されそうだが――――ッ!」

 

 その言葉を遮る爆音。大太鼓を何倍にも重く大きくしたようなそれは、砲撃種と呼ばれる『やつら』の咆哮だ。弾道軌道を描いて空を飛び、大地を穿って地響きになる。

 敵対的危険生物はあくまでも生物のはずなのに、陸軍と同じように大砲を放つ。聞いていたことだけれど、実際に目にしてもなかなか信じられない。それでも、河川敷から退いた『やつら』はそれでも連携を保ったまま砲弾を継続して放っていた。

 

「でも、私たちはまだ見つかっていないんですよね……?」

「当然。そうじゃなきゃ日岡(こんな)山、もう更地になってるわよ」

 

 砲撃種が土手に砲弾を撃ち込む度に土が跳ねる。住宅街に落ちれば花火になる。山の向こうの青野ヶ原にも砲弾が飛んでいく。

 姉さんが言うには、青野ヶ原の砲兵と、狙撃を行った第二小隊を牽制しているらしく……味方の砲撃音はすっかり聞こえなくなっていた。まるで台風ように、お腹に響く音が連なっていく。私たちは台風の目だ。私たちの空は今は晴れているけれど、一度見つかってしまえば、もうどうしようもない。

 

「第二小隊の所在地は? 再配置に何分かかるか」

 

 その言葉に返すのは無線機の先、先ほど狙撃を敢行した第二小隊を率いる古田中尉。

 

『第二小隊長より中隊長へ。砲撃種の残存数が多く79号への復帰は絶望的です。このまま43号線経由で向かいます』

「了解した小隊長。くれぐれも事故のないように……和田さん、43号を経由するとどのくらいかかりますかね?」

「迂回ルートを取りますから……387号なら大した時間のロスにはなりませんけど」

「でも、障害物の一切ない平荘湖沿いを走る387号は自殺志願者しか通らない。ですよね?」

「そういうことです」

 

 姉さんの問いかけに落ち着き払って頷くのは和田一曹。姉さんがベテランだと言ったとおり、なるほど本当に表情が動く様子もない。冷静に、姉さんと手元の地図を見つめている。

 

「これは、土手上の県道79号を撤退ルートに選んだ私のミスね。流石に五〇〇の軍勢を相手取るのは厳しかったか……」

 

 姉さんは何事かを考えるように腕を組むと、考えるように目を閉じる。それから重く、重く告げた。

 

「……しょうがない、やるか。和田さん、地図」

「どうぞ」

 

 手渡された地図を一瞥して、姉さんは鋭く指示を飛ばす。

 

「市街戦用意。ちょっと辛いけど国道2号線に張るわよ、一分隊は私が直接指揮を、残りは和田さんの指示に従って遅滞戦闘。第二小隊が再配置を完了するまで、日岡山(ここ)を守るわよ」

 

 姉さんの言葉に、その場に居合わせる数十人の第一小隊の面々は頷いた。砲撃の音は鳴り止まない。

 後から振り返ってみれば、この時私は初めての戦争の筈だった。戦争という奴を、私は初めて間近で見たはずだった。そしてそこに否応なく叩き込まれようとしているはずだった。

 

 

 

 ――――だというのに、不思議な話だ。私は怯えるどころか、むしろ勇んでいた。その意味をまだ、私は理解していなかった。

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