「降車! 降車!」
和田さんの号令に従ってバスからばらばらと降りていく第一小隊。
停車した自動車から私もさっさと降りる。日岡山を出発して、放置されたせいか既に雑草が生い茂り始めている畑の間を通り、背の低い住宅街を進んで片側二車線の大きめの通りへ出ると、すぐ目の前に高架橋が現れる。
「あの高架が加古川バイパス、高速道路ね。で、その横にあるのが国道2号。この加古川バイパスは加古川市を東西に横断しているから、加古川市を北上するにはこの物理的障害を乗り越えなきゃ行けないわけだ」
守りやすそうでしょ? と言わんばかりに姉さんは言う。なぜ護りやすいのだろう。高架橋では障害物にならないのに。
その間にもバスを降りていく各分隊。私が姉さんの側にいると、和田一曹が近づいてきた。
「中隊長、朗報ですよ。戦況悪化を受け、海軍の爆撃機がこちらへ向かってきてくれているようです」
それを聞いた姉さんは破顔する。
「阪神基地のお節介だから、一概に喜べそうもないがな。爆撃支援は貴官の判断で要請しろ、連中に一泡吹かせてやれ」
「了解です」
和田一曹は緊張を緩めることなく指揮に戻る。姉さんと違って、言葉を並べたりしないその姿は、周りが幼い子供ばかりであることもあってか、本当に頼もしい。
「良かったですね。中隊長」
「大方、大隊長が気を利かせてくれたんだろう。貸しが増えた」
「……その大隊長っていうのは、どういう方なんですか?」
私は大隊長のことを全く知らない。姉さんは地図に目を落としたまま答える。
「一言で言うなら、厳しいヒトだ。他の中隊が消滅して大隊の戦力がこの中隊だけになってもあくまで戦線を維持することに拘るし、あの様子だと派閥争いも未だにやってるんだろう。それでも、こうして
恩人。大隊長のことは分からないけれど、少なくとも姉さんが信頼しているのだろうことは分かった。
「さ、そろそろね。軍曹、出番だ」
「え?」
私は武器を持っていない。これから戦闘が始まるというのに、何故私の出番があるというのだろう。
「なーに自分に出番はないみたいな顔してるのよ」
「でも、私には武器なんてありませんし……」
「あるじゃない。立派な武器が」
そうして姉さんは私の手に握られたモノ――――軍旗を指し示した。旗手として連れてこられたのはいいが、そもそも見せる相手がいないので使われる事のなかった旗。
「考えても見なさいな。まだ連中はこっちの存在に気付いていない。このまま放置すれば砲兵や二小隊の再配置が終わる前に加古川市が突破されるわけ。それは困る。本来なら薄く広い防衛線を張って待ち伏せ、そして撃破が望ましい訳だけれども、ただでさえ少数精鋭な上に偵察とかにもヒトを割かねばならない」
つまりは、そもそも防衛
「
「え?」
「いいから」
軍旗といっても、本当にただの旗だ。別に穂先が着いていて槍みたいに使えるわけでもない。なにをする気なのか見当も付かない私に、姉さんは自分の考えの披露を続ける。
「話を戻そう。では遅滞戦術は不可能か。否、戦闘を起こしてしまえばそれが遅滞戦闘になるのだから可能だ。即ち――――」
そこで姉さんは言葉を切る。手に持った軍旗を、後ろに。
「よし、行ってこい」
後ろに控えていた。第一小隊第一班、飯田班の面々。軍旗を受け取った大野ちゃんは後ろに背負い、それからニッと笑った。
「よしッ! 行ってくるよ飯田の姉ちゃん!」
「大野、姉ちゃんじゃなくて中隊長と呼びなさい」
「中隊長の姉ちゃん?」
「そうじゃなくてね……もういい、とっとと行ってきなさい。
「了解です!」
「りょーかい」
伊藤と呼ばれた子がキビキビと、仁田がどこか緩慢に返事をする。それから三人は、『やつら』の居るところとは反対方向、つまりさっきまで来た道を戻り始めた。
「え……?」
「まあ見ていなさいな」
姉さんがそう言う。三人は私たちから距離を取ると、それから此方へと向かって走ってくる。
「……!」
私はすぐに異変に気付いた。二つの腕を振り子にし、片足でアスファルトを踏みしめてる。その繰り返し、ありふれた「走る」という行為。だけれども、速い、速すぎる。
「こんなんじゃ驚いていられないわよ」
私の困惑を知ってか、心底楽しげな姉さんの声が聞こえる。笑っているのだろうか。それすらも確認できないほど、私は三人の走りに意識を注いでいた。注がざるを得なかった。彼女たちは私たちに激突しそうな勢いで止まることなく進み続け、そして。
そして、跳ぶ。
「えっ……!」
いきなり地面から消えた彼女たちが跳んだことに気付いたのはどれほど経ってからだろう。慌てて後ろを、空を仰ぐけれど、三人の誰一人見当たらない。
「上よ、上」
姉さんが言う。まさか。見上げた先に見えるのは加古川バイパス。国道2号線の上を走る高架線。その灰色の防音壁に囲われた高架線から、ひょこりと顔が出てくる。背中の軍旗が見える。
「見てたか姉ちゃん! 作戦成功だぜっ!」
「何言ってるのよ。作戦は始まってすらいないでしょ。ほら、ちゃっちゃと片付けて」
「……」
そんな馬鹿な。ざっと見ただけでも十数メートルはあるというのに。あれを跳んだ、いや飛んだというのか。
「口だけでは信じて貰えないと思ってね。考えても見たまえ軍曹、全て揃えても百人にも満たないこの中隊が、どうして戦線の維持に寄与できていると思う?」
「で、でも……なんであんなことが」
私の言葉に、姉さんは頭に手を当てる。
「『突発性反社会的人格障害に関する救済措置の特例法案』の適用者……所謂『リスト入り』を食らった人間は、まあ端的に言えば
「それは……分かりませんけど、でも隔離しないと大変なことになるって」
「それは事実だ。実際、前線でいきなり
「本質ではない……?」
「そうだ。人格障害は副作用であって本質じゃないんだよ。私がそれに気付いて、大隊長に提言した。この中隊を作ったのさ」
「まさか……」
『リスト入り』と、あの信じられないほどの跳躍には、関係があると? 姉さんは首肯。
「『リスト入り』にされた者には、顕著な身体能力の向上が見られたんだよ。筋力が異状なほど強化されていたり、生物学的にあり得ない視力や聴力を実現したり……もちろん、それが見られない人間の方が多い、軍曹だって筋肉モリモリのマッチョマンになったり、ターザンで警官隊をバッタバッタと倒したりはしていないだろう?」
「……確かに、そんなのにはなっていませんけど」
例えが突飛すぎやしないだろうか。そう言えば姉さんは少し残念そうな顔。どうやら何かの冗談だったらしい。姉さんは気を取り直すように咳払い。それから続ける。
「……つまるところこの部隊、第七〇一二陸戦中隊は実験部隊なんだ。『リスト入り』が国家の癌ではなく、真に祖国を救う特効薬であると証明するためのね」
「特効薬……?」
話について行けていない私がオウム返しに言うと、姉さんは微笑んだ。そう、微笑んだ。
「そうさ。世界が滅びる最中、この神州日本にのみ授けられた化け物共を討ち滅ぼす力。私はこれを神より賜りし神力だとした」
それが、この国の宗教観に似合いそうだろ?
「……それ、本気で言ってるんですか?」
「本気さ。少なくともフリだけはしないと予算が降りない。大隊長殿も乗り込む予定だった艦をぶち壊されて路頭に迷うところだったからね。二人でタッグを組んで最強の中隊をでっち上げたわけ。ついでに『リスト入り』患者を数百名最前線に送り込んで人助けのフリもする。笑えるだろ?」
――――笑いませんよ。姉さん。
事情はともかく、この中隊があったからこそ、私は救われたのだ。『リスト入り』とされて磔にされる運命にあった私を救ってくれたのは、確かに姉さんなのだ。
黙った私に、微笑みを顔にこびり付かせた姉さん。
二人の間には鳴り止まない砲撃音しか聞こえない。
根負けしたのか。それとも
「しかしまあ、誰が笑おうと知ったことではない。私は中隊長だ。中隊長の職責は敵に打ち勝つこと。私はそれを為すのみ」
そして――――不意に聞こえる。新しい音。
「これは……?」
私の耳に聞こえる音。甲高くリズミカルで、何か意味がありそうな音の連なり。これはラッパだろうか。不思議な調子で聞こえる音が聞こえてくる。音の主を探して、それが加古川バイパスの上だと気付いた。
「この吹き方は伊藤か、アイツの演奏は真面目で緩急がない。いや、私もヒトのことは言えないか」
姉さんがそう独りごちる。住民の避難が完了していて、聞こえる音と言えば『やつら』の砲撃音だけ。ラッパの音は背の低い建物ばかりの加古川市に響いていく。
それを遮るように、砲撃が響く。さっきまでとは異なる音の連なり。一斉射だと気付く前に、目の前に影が落ちてくる。
私はもう驚かない。飛び乗ったのと同じ要領で加古川バイパスから飛び降りてきた三人は、姉さんに向けて敬礼を披露する。
「任務完了っと!」
「ちょ、挑発行動に成功しました。敵集団より誘導目標への発砲を多数確認!」
「いっぱい撃ってきたから、ここは危険……」
とりあえず、どうやったのか知らないけれど挑発には成功したらしい。つまり……今の一斉射は。
「大変結構! それでは――――待避!」
私たちに向けられた一斉射ということ。
「冗談ですよねっ!」
「んな訳あるかッ! 逃げるんだよぉ!」
叫んで逃げ出した姉さん。もちろん後を追う以外の選択肢はない。必死に走って――――揺れる地面に足下を掬われた。
「――――ッ!」
揺れる、揺れる。空気を震わせる衝撃が全身を震わせ、受け身をとった身体に直接音を叩き込む。地面が揺れ続ける。アスファルトにぱらぱらと音を立てながら何かが落ちてくる。
そして何十分も続いたかのような揺れが収まって、目を開けられるようになると……私たちが居た場所は、もうもうと立ちこめる土煙に包まれていた。隣で姉さんが額の汗を拭う。
「いやはや、今日一番の賭けだったんだが……」
どうやら成功したらしい。その言葉と共に、煙が流れてゆく。そして現れたのは――――倒壊した高架橋。
「加古川バイパスが……」
先ほどの砲撃のせいだろう。橋脚が破壊されたのか、乗っていた道路部分を支えられなくなって落ちてきたのだ。昔の震災の映像を切り取ったかのように、橋が落ちている。違いを挙げるなら、震災ほど綺麗な崩れ方ではないことだろうか。姉さんは満足げに頷く。
「一ブロックで数十トン越えの即席バリケードだ。連中は木造家屋程度なら容易に突破するが、これを力尽くで押しのけるのには相当骨が折れるだろうね」
それから無線機に手をかけると言う。
「県道148号線封鎖完了。各隊は側面を気にせず前面の敵にのみ注力せよ」
それだけ言って無線を切った姉さん。崩落した高架橋に対して仁王立ちになる。
「あの、中隊長?」
そこに、つい今し方までのの勝ち誇った様子は一切ない。
「分からないか軍曹。砲兵は戦場の地ならしをするだけだ。制圧射撃の次は――――歩兵による突貫」
「まさか」
「覚えときなさい。連中は人間がいると知ればどこまでも追いかけてくる。それこそ、その身が滅ぶまでね。白兵戦用意!」
その言葉に周りの子達が武器を構える。さっきの伊藤ちゃんに仁田ちゃんは拳銃を構え、もう一人は見たことのないゴツゴツした武器――引き金と銃口があるから、銃には違いない――を構える。最後の一人は先ほどからずっと背負っていた銃を持つ。あれは私も知っている。陸軍の主力小銃、
「ほら。護郷隊のねーちゃん」
「え?」
不意にかけられる声。姉さんではない。同時に視界を遮る布。
「これ、もう使わないから持ってて」
大野ちゃんが私に軍旗を差し出してきたのだった。どうやら使ったらしく、くるまれていたそれは広げられている。私はそれをてっきり日本の国旗として使われている
「あ、うん……ありがとう」
ありがとうはおかしかっただろうか。とにかく受け取ると、大野ちゃんも拳銃を取り出した。テレビドラマに出てくる外国の刑事みたいに滑らかな動きで拳銃をスライド。構えてみせる。
「よーし、全員準備は良さそうだね」
そう言いながら姉さんは腰に付けた銃剣を引き抜いた。
「え、中隊長も戦うんですか?」
「当たり前でしょ。ただでさえ頭数が足りないのに指揮官が前線に出ないでどうすんのよ」
「え、いや……それはどうなんでしょう?」
てっきり姉さんは後ろで指揮を執るもんだと思っていたのだけれど……その間にも姉さんは八九式小銃に銃剣を取り付ける。
それから、口を開いた。
「ふむ……そうだ軍曹。戦闘が始まってはどうせ暇だろう?」
「……………………こうなると思いましたよ」
全力の抗議をぶつけたい。今だけは全力の抗議をぶつけたい。
私は武器を持っていない。というか、訓練もしていないのに武器が使えるわけがない。
となれば、戦闘で役に立つには一つしか道がない。
それは、囮。
いや、いやいやそれはどうかと思いますよ中隊長。他にも衛生兵とかあるんじゃないんですか。どうなんですかこれは。
《あーもうごちゃごちゃ言わない。さっきまでの肝が据わった軍曹はどこへ行った? 答えろ月刀軍曹!》
「分かりましたよ! やればいいんですよねやれば!」
《よーしそうだ。その意気だ……安心しろ、突っ込んで来るのに砲撃種は混じっていない。そっちに取り付く前に仕留める》
安心しろ。と言われても安心できるわけではない。
地鳴りのような音はきっと突撃してくる『やつら』なのだろう。崩落した高架橋の向こうまで迫ってきているのがよく分かる。県道に取り残された私の他は、脇の民家に隠れている。そこから不意打ちを食らわせるのだろう。私はそのための囮。
いや、私ともう一人か。
《福、軍曹に傷一つ付けるなよ》
「分かってる。護ればいいんだろう? 出来るさ」
そう答えるのは私の隣で八九式小銃を構える子。海軍制服に身を包んだその背丈は私よりもずっと低く、小銃も大きすぎるんじゃないかってくらいに感じる。
「よ、よろしくね?
「
五島福。それが彼女の名前だった。
「そう、じゃあよろしくね。福さん」
「……
「呼び捨てはちょっと……じゃあ、福ちゃんで」
多分私の命を守ってくれる最後の砦。呼び捨てで呼ぶのは躊躇われる。正直、ちゃん付けでも呼びたくないのだけれど……。
「……」
それにしても、意外だ。
私は興奮してるんだと思ってた。興奮してるから怖くなるんだと思ってた。なのに中隊長、姉さんが離れた途端、底冷えするみたいに恐怖が胸を支配しそうになる。
何故なのだろう。姉さんの側なら安全だとでもいうのか。まさか。あり得ない。海軍か陸軍の大将だって作戦中に被弾して戦死したと聞いている。偉いヒトだって簡単に死ぬのが、戦場。
「……怖いのか?」
隣の福ちゃんがそう言う。
「ううん……うん。怖いかな」
銃も撃てない私が意地を張るのは似合わない。素直に言えば、福ちゃんは小銃から手を離した。福ちゃんの背丈に合わない
「大丈夫だ。絶対護る」
自信に満ちた声だった。それから手を差し出してくる。私に手を繋げと言わんばかりに。
「うん。ありがとうね……ッ」
彼女の手も、小刻みに震えていた。私の顔色が変わったのに気付いたのだろうか。福ちゃんは慌てたように手を離す。
「こ、これは
「……それを言うなら
「あっ」
やってしまったと言わんばかりにおでこを押さえる福ちゃん。いちいち挙動が可愛くて、場違いだけど頬が緩んでしまう。
「笑うな、笑っただろ今」
「笑ってないよ? 笑ってない笑ってない……ふふ」
「あっ、ほら笑った。やっぱり笑った!」
「笑ってないってば」
一瞬の沈黙。どちらともなく決壊したようにくすりと笑う。
それでも、ここは戦場だ。砲撃音に小銃のたたたんと叩くような音が混ざり始める。拳銃の音も混ざって聞こえる。本当に徒競走のピストンの音みたいだなと、心の片隅が呟く。
そうだ、敵が迫っている。そんなことを冷静に分析できるくらいには私は落ち着きを取り戻していた。そうだこれだ。不思議に情報が整理されて、研ぎ澄まされていく。足音が迫ってくる。
《軍曹、連中のお出ましだぞ》
「……はい。軍旗を応援団みたいな感じで振れば良いですか?」
《応援団? んー。まあいいんじゃないか?》
姉さんの反応は何が悪いのかイマイチだけれど……とにかく、私の目的は敵を引きつけること。軍旗を振って、大きく見せれば、『やつら』もきっと私に気付くはずだ。
そして、足音がなにかにぶつかる音に変わる。砂地の上を引き摺るような音がしてから、高架に辛うじてくっついていた防音壁がぐにゃりと歪んだ。
「来た」
防音壁が甲高い悲鳴を上げて歪む。引きちぎる音と共に灰色の壁が落ちていく。地面に叩きつけられると防音壁に、その上からのしかかる、黒い影。
「あれが……敵対的危険生物」
私たちの、人類の敵。何百の街と何十の国、そして数え切れない程にたくさんの人々を飲み込んできた化け物。
それが私の目の前にいた。全長五米ほどのずんぐりと膨らんだ胴体に、兜を思わせる頭の装甲。隙間から覗くのは眼なのだろうか。写真で何度も見たその巨体が高架を乗り越える。斜めになったアスファルトの上を滑り落ちるようにして此方へやって来たそれはつんのめると、倒れ込んだ。『やつら』の足回りが弱いのは知っての通り。それでも、その真っ白な二本の足を使って器用に起き上がると、ついに此方を向く。
「……!」
今、確かに眼が合った。思わず身が固まりそうになる私をほぐしたのは、福ちゃんの声。
「撃つよ、耳塞いで」
刹那、八九式が燦めく。短く続く発砲音に世界の速度が遅くなる。私を睨んだ『やつ』がぐらりと傾いて、そして倒れる。
「い、一撃で……?」
「難しい話じゃない。眼と眼の真ん中を狙うんだ」
「な、なるほ……ど?」
多分急所というのが『やつら』にもあるんだろうけれど……眼の間と言われてもあんな大きな図体じゃ狙い所が広すぎる。
《次来るわよ!》
息を抜いた私を叱咤するように姉さんの声。見れば、防音壁はあちらこちらで引き裂かれ、次々と転がり出てくる異形の姿。
「ッ……!」
残念だけれど、今の私は見ることしか出来ない。福ちゃんが引き金に手をかけ、一体、また一体と撃っていく。加古川バイパスの残骸を乗り越える時『やつら』の行き足は止まる。それを利用して、福ちゃんは動きの止まった瞬間を確実に仕留めているのだ。
「弾が切れた、装填するっ!」
そう言って弾倉の取り替えにかかる福ちゃん。その間にも『やつら』の浸透は止まらない。その隙に『やつ』が――――駆ける。
まずい。
それは一瞬のこと。ソイツとの距離は百米もない。全速力で走らせれば自動車並みに早いという『やつ』だ。飛びかかられてしまったなら最期。福ちゃんの装填が間に合う保証もない。
それになにより、『やつら』は一体じゃない。もう既に何体もバイパスを乗り越えて来ているのだ。装填が間に合ったところで、倒しきれる保証もない。
「――――福ちゃん! これ借りるよ!」
装填作業中の福ちゃんの腰から拳銃を引き抜く。福ちゃんは驚いた顔をしたけれど、知ったことじゃない。警察官のモノとはデザインの異なる四角い拳銃。正直、使い方は知らない。でも。
私がやらないで、誰がやるんだ。
構える。右手で握り、左手を添える。この出っ張りが照準器だったはずだ。見よう見まねだけれども、狙って……引き金を引く。
引き金が動かない。
「うそっ……!」
これじゃあ眼と眼の真ん中を狙うなんて話以前の問題。弾が出ないんじゃ拳銃なんてただの鈍器。目の前にいよいよ『やつ』が迫る。そして――――
「――――お願いっ、来ないでッ!」
発砲音。福ちゃんの装填はまだ終わっていない。後ろから迫ってきていた『やつら』が横から殴られたみたいに体勢を崩し、突撃が止まる。
《横っ腹を殴れ! 飯田班突撃!》
姉さんの声が無線に乗る。『やつら』に大野ちゃん達が飛びかかり、目の前に迫った『やつ』を福ちゃんの八九式が仕留める。
それから、福ちゃんは一言。
「軍曹、安全装置」
「あ……ごめん」
言われてみれば、携帯中に安全装置を外すヒトなんていない。慌てて拳銃を確認するけれど見つからない。私に扱うのは無理そうなので、拳銃は福ちゃんに返すことにする。福ちゃんは銃を受け取ると、それから腰に手を当てて言った。
「それと、いきなり銃を奪うの、危ない」
それは全くもっての正論。私のせいで、福ちゃんを却って危険な目に遭わせてしまった。
「……ごめんなさい」
私が福ちゃんに謝ると、福ちゃんは首を振った。
「いいんだ。軍曹も守ろうとしたんだろう? ありがと」
「福ちゃん……」
私にこくりと頷く福ちゃん。
「あんたら、言っとくけどこっからが正念場だかんね?」
分かってる? そう言いながら姉さんがやってくる。一班の皆も私たちの前に立っていた。
もちろん分かっている。危機を乗り越えたどころか、危機は始まったばかり。ここから姉さんのいう遅滞戦闘が始まるのだ。
平成三十七年五月。第二次加古川の戦い。
ずっと続いてた戦い。私が知ろうとしなかった戦い。そんな戦争が、この日、始まってしまった。