THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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血で贖われた日常①

「――――うんうん。美佳ちゃん頑張ってるね」

 

「そ、そうですかね……」

「ホントホント、この短期間でスゴい上達具合だよ」

 

 陸軍に戻ったら選抜射手にでもなってみれば? この中隊でそんなことを言うのは古田中尉くらいだ。リスト入りしている私が陸軍、つまり護郷隊に戻るときは『処分』される時。私は愛想笑いを浮かべるしかない。

 古田中尉はこの中隊の副隊長で、第二小隊を率いている隻眼の女性将校。ちなみに、中隊長(ねえさん)とは同期で、私との関係を知る数少ない人でもある。

 

「もう、実弾射撃に移れるんじゃない?」

「それが、和田一曹はまだまだだって……」

 

 加古川で『やつら』の遡上を防いだ後、私に課せられた仕事は、とにかく武器の扱いに慣れるというものだった。古参の下士官である和田さんに教えて貰ったのは、小銃の整備と扱いだけ。

 私はまだ、銃を撃ったことはなかった。まあ、壁に向かって撃つフリをしたことはあるけれど。

 

「そっかぁ。和田さん、厳しいでしょ」

「それは、まあ」

 

 でもそれは、軍隊なんだから当たり前のことなのだと思う。

 

「この後は?」

「今日は神戸市役所に用事があるので、三宮まで行くんです。そのついでにK2? とかいうのを受けに行ってきます」

「あー……警視庁方式運転適性検査(K2)ね」

 

 うんうんと頷く古田中尉。結局、特例で免許が貰えるなんて都合のいい話はなく、私は一から免許取ることになったのだ。

 

「補給や輸送、もしくは建設。どんな場面にも登場する自動車は、現代においては軍隊に欠かせない存在だ……って、中隊長が」

「あはは、望らしいや」

 

 笑う古田中尉。姉さんのことを呼び捨てにするこの人は、話してみると面白い人で、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。中尉という階級やその左眼を覆う眼帯のせいで感じる威圧感は相変わらずスゴイけど、それにも慣れてきた。

 

「ちなみに、難しいんですか?」

「難しいって?」

「その、警視庁方式運転適性……」

「まさか、あれ単なる心理テストだよ?」

「じゃあ簡単なんですか?」

「簡単簡単。指示に従ってればOK。私は落ちたけどね」

 

 さらっと付け加えられた一言に、私はずっこける。

 

「って、落ちてるんなら難しいじゃないですか!」

「だから難しい簡単って話じゃないんだってば。あれは単純に運転に向いてるか向いてないかを調べるの。それで、私が向いてなかったってだけ。運転適性で『不適』が出ちゃって」

「そ、そんなルールあるんですか……」

 

 ということは、もし私も不適だったら免許が取れないと言うことになってしまう。

 

「これは軍での話ね。民間では不適が出ても、ちゃんと教習所行って、試験に合格すれば免許は貰えるよ」

 

 そう言う古田中尉。そういえば、姉さんは国防大に入る前に免許を取ったとか言ってたっけ。姉さんの運転適性はどうだったのだろう。そんなことを考えながら角を曲がると、廊下の向こうから姉さんが歩いてくるのが見えた。

 

「お、古田に軍曹か」

 

 古田中尉は呼び捨てで、私は階級。そんなちぐはぐな挨拶をしてきた姉さんに私たちは敬礼する。答礼する姉さんの後ろには、この前の第一班の子達。第二次加古川の戦い以来なにかと見かけてはお話するようにしているその子達に、私は小さく手を振った。

 まだまだ新入りの私に対する反応は様々だ。お辞儀をしてくれるのは伊藤ちゃんで、困ったようにそっと手を振り返してくれるのが松前ちゃん。マイペースが取り柄の仁田ちゃんに、私と眼があった途端駆け寄ってくるのが大野ちゃん。

 

「護郷隊のねーちゃん!」

「なにかな、大野ちゃん?」

「バンバンやらせて!」

「えっ?」

 

 そしていつも元気な大野ちゃん。何を言っているのか分からない私を前に、大野ちゃんは右手を胸の前に、左手を前に出すと「バンバン!」と撃つ真似をしてみせた。要は小銃の訓練を私にもやらせろ、ということらしい。

 

「そう言われても……それは和田一曹に言わないと」

「えー、いいじゃんかよー」

 

 そう言われても、私にそれを決める権限はない。袖を引っ張る大野ちゃんに困っていると、姉さんが助け船を出してくれる。

 

八九式(ハチキユウ)なんて重いの持ってみなさい、腕がぽろっといくわよ」

 

 確かに、私にとっても八九式小銃は結構大きい。大野ちゃんなら尚更大きい。いくらこの子でも腕がもげるなんてことはないだろうけれど、この間のように走り回ったり飛び跳ねたりするなら、高威力の小銃も邪魔になるに違いなかった。

 

「でも、福のヤツは持ってるじゃんかよぉ!」

 

 そう言いながら大野ちゃんは福ちゃんを指さす。

 

「なんだ。拳銃だって立派な武器だろう」

「けどよぉー。おっきいし、遠くまで飛ぶし」

 

 頭の後ろで腕を組んだ大野ちゃんに、福ちゃんは静かに返す。

「でも弾丸はそっちの方が大きい。一長一短だ」

 

 福ちゃんは、他の子達とはちょっと雰囲気が違う。礼儀正しいというよりはぶっきらぼうで、いつも険しい表情をしている。

 

「こいつは特別製だからいいんだよ。な、福?」

 

 そう言いながら福ちゃんの頭をぽんと叩く姉さん。そう言えば、姉さんは他の子を名字で呼ぶけれど、福ちゃんのことを名前で呼んだところを見たことがない。私がそんなことを考えていると、大野ちゃんが急に私に向き直っていった。

 

「じゃあ、護郷隊のねーちゃんは特別製なのかよぉ?」

「へっ? 私?」

 

 姉さんの言う特別製がなんなのかは分からないけれど、『リスト入り』をしているという意味では特別製かもしれない。でも流石に、そんな話はしていないだろう。背丈は大野ちゃんよりも大きいけれど、そんなこと言ったら福ちゃんだって背は低いし。

 

「ほら大野。月刀軍曹が困ってるじゃないか。そもそも軍曹に装備品の配分を決める権利はないぞ」

「えぇー。じゃあ誰が決めてるんだよ」

「そりゃあ……偉いヒトだろう」

 

 僅かに目線を逸らす姉さん。あ、姉さん逃げた。本当は武器の配分とか決めてるのは姉さんや和田さんなのに『偉いヒト』とかいう謎の人物を出して逃げようとしている。大野ちゃんは気付かない。まあ気付く訳もないか。

 

「なんで偉いヒトは護郷隊のねーちゃんを選んだんだろうな……ねーちゃん弱そうなのに」

「弱っ……」

 

 確かに何も出来ないし弱いけれど、やっぱり直球で言われるとグサッとくるもの。

 

「気にするな。軍曹はちょっと乱暴に私から拳銃を奪ったり安全装置を外さなかったりするだけで、弱くはないぞ」

「福ちゃん、それ……何一つフォローになってない……」

 

 さっき福ちゃんは他の子と違うって言ったけど、訂正。福ちゃんは見かけによらず意地悪かも知れない。

 そんな私たちの間に姉さんが再び割って入る。

 

「大野、言っとくけど月刀軍曹はアンタの上官なんだからね?」

「分かってるけどさぁ……バンバンしたいー」

「はいはい。射撃で良い結果が残せたらね……ほら、いいから。装備の点検でもやってきなさい。ほら、皆もいったいった」

 

 そう言いながら姉さんは一班の子達を散らす。ぱたぱたと皆が行ってしまってから、姉さんは小さく息をつく。

 

「済まないね、ウチのチビ共が()()()くて」

「いえ、そんなことは……実際、弱いのは事実ですし」

 

 私は目を伏せる。そう、あんな風に小さくて、子供らしく駄々をこねて見せても、一度前線に出ればこの部隊、第七〇一二中隊の一員として姉さんの命令に忠実に従って『やつら』を倒していくのだ。まだまだ訓練中の私より、強いに決まっている。

 

「……ま、チビ共が強いのには違いないわね」

「私は、美佳ちゃんには美佳ちゃんの良さがあると思うけどね」

 

 古田中尉のフォローに、姉さんも頷く。

 

「その通り。世の中には適材適所という言葉もある、私に続くと言うのなら止めはしないが、その先に待つのは臣民総玉砕だ」

「ぎょ、玉砕……」

 

 突然飛び出した姉さんの冗談に、古田中尉が笑いながら返す。

 

「冗談くらいは玉砕を基本戦術にしないでほしいですね」

「これは手厳しい」

 

 そうやって二人で笑う姉さんと古田中尉。二人は国防大での同期だということで、仲がいいのは当たり前なのだろう。姉さんは笑い終わると中隊長の顔になって、私に言う。

 

「ところで軍曹、五島についてなんだが……」

「五島……あ、福ちゃんのことですか。なんでしょう?」

「あいつを持ってみないか?」

 

 その提案は、あまりに突然だった。

 

「持つ……ですか」

「うん。軍曹だって一応は兵()待遇を受けるわけだから、下に一人か二人は従えた方が良いだろう? どうせこの下士官不足の時代だ。数ヶ月も経てば分隊指揮官とかもやらなきゃいけなくなるだろうし、経験は積んでおくに越したことはない」

 

 数ヶ月も経てば。その言葉に私ははっとさせられた。そう言えば、『リスト入り』の通告を受けてから、明日のことだって深く考えたことはなかったような気がする。言われてみれば戦争だってもう三年も続いているわけで、私の戦いだってこれからも続いていくのだ。

 

「でも……私じゃ指揮なんて執れませんよ」

 

 そう言う私に、古田中尉は笑って見せる。

 

「それはそうよ。誰だって初めから上手く出来る訳ないじゃない。生まれた時から指揮官なんて飯田中隊長くらいよ」

「そうですね」

「君たち随分と仲良いのね? お姉さん嫉妬しちゃうなぁ」

 

 姉さんが大袈裟に嘆いてみせる。

 徴用されたボロボロの学校。学生服の代わりに海軍の制服。

 でも、確かに私たちは笑っていた。ひとしきり笑ってから、姉さんはまた中隊長の顔を作る。

 

「ともかく、どうせここじゃ軍曹だって年長の部類に入るんだ。人の上に立つ訓練はしたほうがいい……と言うわけで、だ」

 

 今日の午後は、福を連れ回してやってくれ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ホームに設置されたスピーカーが音声を流す。それは録音されたものではなさそうだけれど、どこか間延びして緊張感の()の字もない。緊張感なく駅の名前を言うことが仕事みたいだ。

 

「えーと、三宮神社は……あっちか」

 

 案内板を見つけて、改札口を出る。神戸は最前線の街だからもっと閑散としているものかと思っていたけれど、そんなことはないらしい。大通りの歩道には人が溢れ、それぞれが違う場所へと歩いて行く。私の金沢と一緒だ。

 

「う……」

 

 そして、後ろに感じる福ちゃんの気配。

 

「大丈夫? 人混み苦手?」

「違う。そんなことは、ない……ただ、これほど人が多くては、どこに敵がいるか分からないからな」

 

 もう、素直に怖いって言えばいいのに。確かに、中隊の基地からほんの十数キロしか離れていないこの場所でこれだけの人混みだ。ちょっと信じられないというのはある。

 

「軍曹、離れるな。あんまり離れると、守り切れる自信がない」

 

 ちなみに、姉さんは福ちゃんに対して『月刀軍曹を護衛せよ』というなんとも誤解を生みそうな命令を出している。福ちゃんは真面目だからそれを真に受けている訳で……。

 ……いや、ないか。これは普通に迷子を怖がる子供だ。

 

「よし、じゃあ手を繋ごっか」

 

 そう言って手を差し出すと、福ちゃんは少し考える。

 

「……なるほど、それは名案だな。うん」

 

 それから、福ちゃんは私の手を取る。きゅっとキツメに握られたのは、多分気のせいじゃない。

 

「大丈夫。これではぐれないよ」

「ああ。これで、護衛に集中できる」

 

 福ちゃんは思ったよりも意地っ張りらしい。とにもかくにも、二人で並んで信号待ち。市役所に行くだけならこの先で渡ってもいいのだけれど、まず私が目指すのは三宮神社だ。神戸(ここ)に来た経緯が経緯だから今日まで神社なんて行っていられなかったけれど、やっぱり挨拶はしておかないと、そう思うのだ。

 片道三車線の大通りに、長めの信号待ち。きっと昔は、それこそ一年くらい前までは沢山の自動車が行き交っていたのであろう通りは、今ではやけに信号待ちの長い不思議な交差点だ。

 

「随分、広い道だな。戦車でも通るのか?」

「……どうだろう?」

 

 確かに戦車も通りそうだ。ようやく青に変わった信号機を見ながら、横断歩道を渡る。元町に来るのなんて何年ぶりだろう。まだ敵対的危険生物(やつら)が存在もしなかった頃、お母さんが元町に連れてきてくれたことがある。中学の夏だった。姉さん、あと姉さんのお父さん……私の叔父さんも一緒についてきて映画を見たり、港を見たりした。そういえばパフェも食べたっけか。もう昔の事過ぎて味も覚えていないけれど、プリンの丸ごと載ったパフェ。食糧危機なんて言われてる今では味わえない味。

 

「それにしても、大きな建物ばかりだなぁ」

「……そうだね」

 

 福ちゃんは元町の一つ一つに驚いている。もちろん元町は神戸の中心街といっても良いくらい発展しているとは思うけれど、それにしても凄い驚きようだ。地方の子なのだろうか。

 センター街のアーケードを通り過ぎる。

 

「わぁ、まだお店開いてるんだ……」

 

 疎開が進んで田舎のシャッター街みたいになっていると思っていたけれど、そんな様子はなかった。無くしたと思っていた宝物を見つけた気がして、心が躍る。案外、あのパフェのお店もまだ営業していたりするんじゃないだろうか。

 

「ね、福ちゃん。お昼何が食べたい?」

「……特に、希望はないな」

「もう、そんなこと言わないで。神戸牛とかでもいいんだよ?」

 

 もっとも、私は神戸牛がどこで手に入るかは知らない。それは福ちゃんが欲しがってから考えることにする。

 そして案の定、福ちゃんは神戸牛を欲しがったりはしなかった。

 

「軍曹……贅沢は、敵だ」

「敵じゃないよ。それと福ちゃん、その軍曹は止めよっか」

 

 今の私たちは私服だしね。そう言えば、福ちゃんは迷うように目線を泳がせる。

 

「じゃあ、なんて呼べば良い?」

「月刀でいいよ? あ、それとも美佳お姉さんって呼ぶ?」

「え……」

 

 上半身ごと引く福ちゃん。そんな露骨に引かないでよ……。

 

「う、ううん。なんでもないなんでもない。あっほら、三宮神社が見えてきたよ!」

 

 

 

 

 

 

 三宮神社は、この三宮という街の所以(ゆえん)にもなった場所。なんでも三つ目の神社だから()()()と呼ぶそうだ。地名になるくらいなのだから立派なものを想像しがちだけれども、周りをデパートや百貨店、銀行のビルに囲まれて……意外と小さい。

 

「はい。ここで最後にお辞儀」

「こうか?」

「そうそう」

 

 お参りの仕方を福ちゃんに教えながら久しぶりのお参りを済ませる。福ちゃんはどうして五円玉を賽銭箱に入れたのかと聞かれて、言われてみれば確かにと二人で不思議がる。

 

「ん、これは……『史蹟神戸事件発生の地』?」

 

 石碑に刻まれた文字を読み上げる福ちゃん。

 

「それはね、昔に起きた神戸事件の石碑だよ。確か、外国の軍隊が神戸に上陸してきて大変なことになったとか……」

 

 そんな話を、姉さんに聞いた記憶がある。石碑の内容を見ると、似たようなことが書いてあった。大砲も飾ってあるし、結構な戦いだったらしい。

 

「上陸? そうなのか?」

「昔の話だよ。昔の話」

 

 きっとそれは、大戦争だったのだろう。神戸の人々は皆家を棄てて逃げ出したと聞いている。大政奉還とかそういういざこざがあった頃に起きた、不幸な外交事件。

 そう言えば、まだ神戸の人たちは逃げ出していない。列車も当然のように動いているし、いなくなったものと言えば普通自動車くらいだ。それでもバスやトラックは動いているわけで、人の営みが消える気配はどこにもない。

 

 

 

 それでも神戸が戦場になれば、皆逃げ出してしまうのだろうか。

 

 

 

「ねぇ、福ちゃん。何をお願いした?」

 

 考えを切り替えたくて、福ちゃんに話しかける。福ちゃんは驚いた様子で私の方を見た。

 

「なに? お願いをするのか?」

「あ、えっと……別にお願いをしなきゃいけない訳ではないんだけれど……折角だし何かお願いしたいじゃない?」

「ふん……なるほど。それで、み……」

「み?」

 

 首を傾げると、福ちゃんは頭ををぶんぶんと振った。

 

「いや! なんでもない。月刀軍曹は何をお願いしたんだ?」

 

 ふと、悪戯心が鎌首をもたげる。私は思い出すようにゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「うーん。そうだね……いつか福ちゃんが恥ずかしがらずに美佳お姉さんって呼んでくれるようになりますようにって」

「え、あ、いや……」

 

 福ちゃんの顔がはっとしたように弾けて、それからころころと表情が変わる。やっぱり福ちゃんは面白い。

 

「冗談冗談。気にしないで」

 

 まあ、周りに人の眼もある状況だから、軍曹と呼ばれないにこしたことはない。

 福ちゃんは視線を迷わせると、それから石碑に戻す。

 

「軍曹も、中隊長みたいに『お姉さん』って呼ばれたいのか?」

 

 石碑に注がれたままの福ちゃんの横顔。

 

「……別に、そういうのじゃないよ。ただ軍曹っていうのが窮屈って言えば良いのかな?」

 

 元々年金支給のための階級、軍曹という言葉に深い意味はない。それどころか私にとっての『軍曹』は『リスト入り』と同義。

 なるほど身勝手だ、福ちゃんにしてみれば良い迷惑だろう。

 

「そうか。窮屈なら、いいよ。呼ぶよ」

「えっ、あ、別に呼ばなくてもいいんだよ? 私は」

「いや、いいんだ。えと……ね、姉さん」

「そ、そんな無理して言わなくても……」

 

 これじゃあなんだか私が悪いヒトみたいだ。いや、福ちゃんに強要してるって事は悪いヒトか。私は周りをくるりと見る。良かった。誰かが見てるとか言うことは無さそうだ。

 

「なんで、ねえさ……軍曹が恥ずかしがるんだ」

「え? べ、別に恥ずかしがってなんかないよ?」

 

 私は言うけれど、福ちゃんは口を尖らせて言う。

 

「嘘だ。軍曹は恥ずかしがってる、ほら」

「そんなことないって。というか呼び方戻ってるよ」

「姉さんって呼ぶと恥ずかしがるからだ」

「だから恥ずかしがってないってば」

 

 すると福ちゃんは、私の顔をじっと見て言った。

 

「じゃあ姉さんって呼ぶ。姉さん、美佳姉さん!」

 

 福ちゃんがあんまりに真面目な顔で言うモノだから、その言葉は私の中にすっと入ってしまった。途端に顔が熱くなる。私は一応長女だけど、金沢の家には実のお兄さんが居たし、お母さんの故郷であるこの神戸に来たときは中隊長、従姉妹の望姉さんがいた。

 

 思えば「お姉さん」になんてなったことがないわけで。

 

「こ、これでどうだ」

 

 ちょっと勝ち誇った様子の福ちゃん。背丈が違いすぎるせいだろうけれど、背伸びしたその姿に思わず笑ってしまう。

 

「なんで笑うんだ。せっかく呼んでやってるのに」

「ううん。ありがとありがと。ちょっと可愛くて」

「可愛くなんかない。普通だ」

「うんうん。普通だね」

 

 思ってないだろう、そう抗議する福ちゃんを背にしながら、私は歩き出す。

 本当はもっと福ちゃんをからかいたかったけれど、いい加減目的地に向かわないと。

 

 福ちゃんは私を追いかけ隣に並ぶと、すっと手をだす。

 私は何も言わずに、その小さな手を握った。

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