THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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血で贖われた日常②

「――――発行出来ない、んですか?」

 

 神戸市役所第一庁舎。近代的なガラス張りの高層ビル建築の一階は、元町以上の人だかりで溢れていた。

 というか、人が多すぎて屋外まで待ち行列が出来ている有様。

 

 兵庫県警のパトカーが止まって市役所前の大通りを封鎖、中央分離帯まで溢れ出した人々を警察官が整理している。『徳島県吉野川市の方』とか書かれたプラカードを持った人があちらこちらに立っている。

 私は金沢に疎開していたとはいえ神戸市民なので、どの列に並べば良いのかと列の整理案内をしている市役所の職員さんに聞いたのだけれど、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「いえ、確かに発行は出来るんですが、単純に今日の窓口業務で対応できない。ということです」

 

 市役所の職員らしき人は、私に対して困ったように続ける。

 

「既にこれだけの方が待っていますから……」

 

 それから困ったように長蛇の列を眺める市役所職員。つまり、今から列に並んでも役所の営業時間内に窓口にたどり着くということはない、ということ。

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 そうであれば仕方がない。私は一礼。

 

「住民票の写しでしたら、コンビニ交付などでも扱っておりますので、そちらの方のご利用も検討して頂けると幸いです」

「はい。分かりました」

 

 私は職員にもう一度お辞儀をする。顔を上げた頃には職員は別の人からの質問を聞いていた。本当に忙しそうだ。

 

「どうなった?」

 

 そして福ちゃんが聞いてくる。

「うーん。忙しいから無理だって。まあ、これだけたくさん居たらね。仕方ないよ」

 

 しかし、どうしてこんなに沢山の人が居るのだろう。とにかく住民票は貰えなかったから、それは仕方ない。携帯を取り出して、電話帳から姉さんの番号を探す。呼び出し。

 

《はい、こちら飯田》

「あ、お疲れ様です月刀です」

《んーどうした。なんかあった?》

 

 随分と砕けた調子の姉さん。周りに誰もいないのだろうか。

 

「それが……住民票が貰えなくて」

 

 そう。今日市役所に赴いた理由は住民票写しの取得。

 

 この戦争がいよいよ本土にまで伸びてきて以来、鉄道やバスなどの交通機関に乗るためには現住所の示された免許証などの公的書類が必要で、長距離移動にはさらに学校や企業の発行する長距離旅行許可証の提出が義務づけらている。

 不要不急の用事で国民が危険に晒されないための処置だと聞いたことがあるけれど、実態は国民を逃がさないための処置だと思う。身分証を持たずに移動するだけで逮捕なのだから、なんとも不便でしかない。

 

 そしてもちろん、これから教習所に通う私にとっても不便。『リスト入り』のせいで学生証とか保険証は無効になってしまっているし、軍が発行する許可証は最低でも一週間はかかってしまう。

 それなら、私のまだ無効にされていない神戸市の住民票を発行した方が早いと姉さんが提案して、市役所(ここ)に来たのである。

 

 ちなみに、さっきの列車は福ちゃんが持っている軍の乗車許可証でパス。軍の許可証なら代表者が所持していればいいため。

 

 逆に言えば、五島福(ふくちやん)がいなかったら私は列車に乗れなかった訳で……姉さんも初めからそう言ってくれればよかったのに。

 とにかく、そんなこんなで今日は住民票写しを発行。それで晴れて交通機関に自由に乗れるはず……だったのだけれど。

 

《え、住民票が貰えない? だって美佳は自主疎開でしょ。疎開住民票発行されてないから、取得できるんじゃ》

「それが……混雑しているから、今日の受付は無理だそうで……コンビニ交付とかも出来るって行っていましたけど」

《それ国民背番号(マイナンバー)カード必要じゃん。美佳持ってたっけ?》

「通知カードのままですし……そういうの全部金沢です……」

 

 高校生じゃ使う理由もなく、マイナンバー通知は通知のままでカード交換はしていない。私とお母さんは南関東を『やつら』が襲ったのをきっかけに神戸から金沢へと避難していたので、その通知カードはお母さんと一緒に金沢だ。

 向こうから郵送などしてもらっていたら、軍経由で許可証を発行するのと同じくらい時間がかかってしまう。

 

《うーん。他の区役所とか連絡所で空いてる場所を探すか、しかし混雑の原因が避難民絡みと考えると無理臭いしなぁ……》

「避難民……ああ、そういうことですか」

 

 道理で『徳島県吉野川市の方』なんてプラカードがあったわけか。そんな私を福ちゃんが不安げに私を見上げて来たので、大丈夫だよと微笑んでおく。姉さんは電話の向こうで続ける。

 

《神戸港は四国からの避難民受け入れ港に指定されてるからね》

「……」

 

 避難民受け入れ。私だって知らないわけじゃない。瀬戸内海の陥落に伴う四国からの全面疎開は、新聞やテレビでも大きな議論を呼んでいた。

 

《ま、しょうが無い。美佳はこの後水上署でK2だよね?》

 

 そう言う姉さん。私はこの後、神戸水上署でK2、警視庁方式の運転適性試験を受ける予定。陸軍基地に併設される自動車教習所で受けるのが普通なのだけれど、遠いと言うことで姉さんがお願いしてくれたということだ。

 ……まあ、教習受けるなら結局そこまで通わなきゃいけないのだけれど、今は考えないことにする。

 

「はい、午後三時からです」

《じゃあ終わったら三ノ宮まで来て貰える? そのまま住吉の阪神基地まで行こう》

「阪神基地? どうしてですか?」

《だって許可証ないと不便でしょーが。今日中に発行して貰うなら、阪神基地に掛け合うのが手っ取り早い》

「はあ……」

《よし。じゃあ私もそっちに行こう。終わったらメール頂戴》

 

 それだけ言って電話は切れる。

 

「どうだ?」

 

 それだけ聞いてくる福ちゃん。私は携帯の乗り換え検索アプリを開きながら答える。

 

「このあと、阪神基地で乗車許可証を発行して貰うって。えーと、住吉までの乗り換えは……あ、電車で一本なんだ」

 

 それで三ノ宮集合というわけだ。私は納得。時間を確認すると、午後一時。まだ時間はありそうだ。この後どうしようかと私が考えていると、福ちゃんが袖を引いてきた。

 

「どうしたの? 福ちゃん」

「軍曹、気をつけろ」

「あれ? 美佳姉さんって呼ばないの? もしかしてやっぱり恥ずかしくなっちゃた?」

「そうじゃなくて……なにか来る」

「?」

 

 福ちゃんの見つめる方向を見るけれど、そこには人ばかり……改めて見てみると、もう冬なんて感じない天気なのにやけに着込んでいる人が多いし、荷物も皆大きいように見える。姉さんの言うとおり、ここへ来ている人は避難民の方々のようだ。

 でも、この人達は福ちゃんのいう『なにか』ではない。

 

「何も見えないよ?」

「そうなんだけどッ……」

 

 頑張って背伸びをしようとする福ちゃん。私が見えないのに、背伸びしたところで見えるはずがない。

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

 福ちゃんの前に回り込むと、私は腰を下ろした。

 

「はい」

「……なんだ?」

「肩車してあげる」

「いや、別に……分かった」

 

 一度は抵抗を試みた福ちゃんだったけれど、すぐに止める。私が本気で肩車を提案しているのが分かったのだろう。

 福ちゃんは、真面目だ。それに長い間『やつら』と戦ってきた。だからその勘はきっと、間違いではないのだろう。

 

「よいしょ……」

 

 福ちゃんは私よりもずっと軽い。だからといって、私にとって軽いかというと話は別だ。あんまり長くは続けられ無さそう。そういえば姉さんは大野ちゃんとかを軽々と持ち上げていたっけ。私も鍛えればそのくらい出来るようになるのだろうか。

 

「どう? 見える?」

 

 肩車をした福ちゃんは、私の頭に手を着いて更に背伸びをしているようだ。私は福ちゃんがバランスを崩さないように、足をしっかり掴んで支える。

 

「待ってくれ……ダメだ、見えない」

 

 そう言う福ちゃん。

 

「なにが居たの? 敵……なんてことはないよね?」

 

 もしもこんな人だかりの中に『やつら』が襲いかかってきたら……そんなこと、考えたくもない。

 

「分からない。でも、確かにいると思ったんだ」

 

 勘違いかも知れないけれど、福ちゃんは自信なさげにそう言う。こればっかりは私にも分からない。

 ともあれ、私は胸をなで下ろす。

 

「そっか、まあ。よかったじゃない」

「まあ。そうだ……軍曹、その」

「ん? なあに?」

 

 福ちゃんの言いたいことは分かるけれど、私は知らないフリ。

 

「降ろして、くれないか?」

「お姉さんって呼んでくれたらね」

 

 ちょっと意地悪してあげると、福ちゃんが私の視界に入り込んできた。それから不満げな様子で言うのだ。

 

「呼んでるじゃないか」

「でもさっきまた『軍曹』って呼んだしなぁ……」

「悪かった。美佳姉さん、降ろしてくれ」

「はぁい」

 

 ちゃんと言うことを聞いて福ちゃんを降ろす。大地を踏んだ福ちゃんは服をぱんぱんとはたくと、それから私に向き直る。

 

「それで、どうするんだ?」

「うーん。この後は水上署に向かう予定だけれど、まだちょっと時間あるしなぁ……福ちゃんはどこか行きたいところある?」

「行きたいところ……別にないな」

 

 まあ、なんとなくそう答えるような気はしてた。仮に福ちゃんに行きたいところがあったとしても、多分私に行ってこないよね。

 

「うーん。まあ、少し歩こっか」

 

 そう言えば、福ちゃんは頷く。

 

「うん。そうしよう」

 

 そう言って手を繋ぐ福ちゃん。さて、何処へ連れて行こう。ひとまず水上署へ向かうためにはポートライナーという電車に乗らないといけないので、市役所に一番近い駅である貿易センターを目指すことにする。公園の喧噪の中を抜け、道路を渡る。

 

「ところで、美佳姉さん」

「なあに?」

「姉さんは、この町に住んでたのか?」

「うん。神戸に住んでたよ」

「でも、中隊長は石川県護郷隊から来たって言ってる」

「そうだね。そこら辺はちょっと複雑なんだけれど。金沢にね、私のお祖父ちゃんが住んでるの。だから戦争が激しくなってきた頃に、そこに移り住んで」

 

 そう説明しながらもどんどん歩いて行く。高層ビルの間を通る。白い雲から飛び出した太陽が私たちを照らしている。

 

「そうなのか……どんな場所なんだ、金沢は」

「良いところだよ。神戸ほど大きな街じゃないけれど、色んなものを大事にしてるから、安心する。古くさいって言われたらそれまでだけどね」

 

 金沢の街は、私は好きだ。お母さんは好きじゃないかもしれないけれど、私にとっては生まれ故郷だし、大切な場所だ。

 

「あ、でも雨は沢山降るからちょっと嫌かも。雪も沢山」

「そうか。大変だな」

「でも雪が降ると楽しいよ? 兼六園の雪釣りとか……」

 

 今では遠くなってしまった金沢に思いを馳せるように、私は福ちゃんに話をしていく。雪が降ると道路は散水装置や除雪車のおかげで綺麗になるけれど、たまによく散水装置の調整を間違えたのか空から水が降ってくるから傘があると便利なんて、ところどころを誇張したりしながら話をする。

 そういえば、昔金沢に遊びに来た望姉さんが雪で見えなくなった側溝に落ちたことがあった。助けようとした叔父さんが二次災害に気をつけろと連呼しながらものの見事に突っ込んで、お母さんと一緒に笑いながら救出したんだっけか。

 

「姉さん? 姉さんがいるのか?」

「うん。といっても従姉妹なんだけどね。姉さんは……」

 

 そこまで言って、気付く。そうだ、福ちゃんは月刀軍曹(わたし)飯田中隊長(ねえさん)が従姉妹の親戚関係にあることを知らないんだ。まあ、あんまり私たち似てないし、名字も月刀と飯田で全然違うから気が付くはずもない。

 

「姉さんは?」

 

 福ちゃんが続きを急かすように言う。

 

「うん。なんというか……変わったお姉さんだったよ」

「変わった?」

「うん」

「どんな風に変なんだ?」

「うーん。中隊長みたいな?」

 

 というか中隊長そのひとなんだけどね。姉さんとの関係は一応秘密ということになっているから言わないでおく。

 

「あんな人が他にもいるのか。驚いた」

「ふふっ、確かにね」

 

 私が笑うと、福ちゃんは慌てたように言った。

 

「あっ、中隊長には言わないでくれ。多分怒られる」

「大丈夫、言わないよ」

 

 まあ姉さんのことだ。笑われるだけで済むと思う。多分ね。

 

 

 


 

 

 

「誰もいないのに動くのか。なんでだ」

「確か……無人運転なんだよ。新交通システムだったかな?」

「そうなのか。うん、これはすごいな。すごい」

 

 驚く福ちゃんと私の耳に発車を告げるアナウンスが聞こえ、ゆっくりと走り出す。ポートライナーは無人運転列車だ。人が全然乗っていないので、私たちは先頭車両の一番前、つまり普通の鉄道なら運転手が座る場所に座ることが出来ていた。

 

「ここからだとよく見えるね」

 

 アナウンスによると、この列車は循環運転で神戸空港にはいかないらしい。まあ神戸空港ってもう軍しか使ってないから、仕方のないこと。私たちも空港に用はないので問題ない。

 

「福ちゃん楽しい?」

 

 私がなんの気もなしに言うと、顔をくっつけそうなほど窓に近づけていた福ちゃんは、慌てて顔を話す。

 

「あ、いや……違うぞ。これは前方確認のためだ。うん」

「ふふ。そうだね」

「美佳姉さん……信じてないな?」

「信じてるよ。うんうん。循環運転で最後は中公園まで戻ってくるんだし、なんならぐるっと回っちゃう?」

「いやそれは、ほ、ほら! 赤い橋が見えてきたぞ」

 

 鉄道のレールとはまた異なる見た目のガイドウェイがくねくねと曲がり、高架橋の先に真っ赤な橋が見えてくる。

 

「神戸大橋だね。運河の向こうが、ポートアイランドだよ」

 

 そしてその手前にある駅が、ポートターミナル駅。アナウンスが間もなく駅に着くことを告げる。列車は静かに止まった。

 

「おお、ホントにぴったり止まるんだな。すごい」

 

 運転席の福ちゃんは本当に楽しそう。私がいなかったら「発車オーライッ」とか言い出すんじゃないだろうか。福ちゃんが駅員さんの制服になって、ちょこんと運転席に座る姿を思い浮かべる。

 

「……なんだ。なんで笑う」

「別に?」

「むぅ……」

「ほら、福ちゃん。出発するよ。神戸大橋の横を通るんだよ」

「本当か? 本当だ!」

 

 神戸大橋を見ながらワクワクする福ちゃん。私は微笑んだ。姉さんというのは、姉さんでいるだけでオトクなものらしい。扉が閉まり、列車は再び動き出す。

 

「もし、そこのあなた方?」

 

 柔らかな声で話かけられたのは、そんな時だった。振り返ると、そこには女の人。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

「あなた方は――――深海棲艦をご存じでしょうか?」

 

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