THE LAST COMPANY   作:帝都造営

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血で贖われた日常③

「あなた方は――――――深海棲艦をご存じでしょうか?」

 

 

「……なんですか。それ?」

 

 私が首を傾げると、女性の後ろに控えていた人が頭を抱えた。

 

「ああ、なんたることか。深海棲艦を知らない? こんなに日常に近しいというのに?」

 

 一体全体なんの話だろうか。少なくとも、降りる駅が分からないので質問してきたようではなさそうだ。冷や汗が落ちる。

 

「あの……どなた様でしょうか」

 

 その間にも、私は隣に座る福ちゃんの膝に手を置く。伝わることを願うしかない。福ちゃん、動かないでね。

 

「どなた様? いえ、私は誰でもいいのです。むしろ誰でもないことにこそ意味がある。そうですよね?」

「ええそうです。私たちは今日あなたと出会えた。それで十分」

「そうそう。その通り」

 

 頷きあう、二人。

 

 困ったことになった。ここは列車の先頭。ドアは近いけれど、座席配置の都合上通路が狭くなっている。そして二人は、その狭い通路を見事に塞いでいた。

 窓の外を神戸大橋が流れていく。アナウンスが次の駅、中公園に近づいていることを告げる。

 

「あ、あの。次の駅で降りないといけないんですけれど……」

「次の駅で降りる? このお天気の日にですか? それじゃあまるで勿体ないですよ。ねえ?」

「ええそうです。そうですとも。ねえ?」

 

 私は動悸が激しくなった気がして、それを悟られないようにもう片方の手で胸を押さえた。でも笑みを深める二人にはもう悟られているような気がして、私は前を見る、視界の端に福ちゃんが映る。もう福ちゃんも、神戸大橋を楽しんではいなかった。でも、私のメッセージをちゃんと受け取って振り返ることはしない。。

 そんな私たちに構うことなく、二人は喋り続けた。

 

「そう、大事なことがあるんです。これを一人が六人に伝えなきゃいけない。深海棲艦を知らねばならない。私たちは」

「そうですそうです。一人が六人。一人が六人へ伝えていかなければならない。そうすれば世界は救われます」

「そうです救われるのです。あなたも神様はご存じでしょう?」

 

 列車が駅に滑り込む。福ちゃんが私の手を握ってくれた。

 そっと目線を合わせ、二人で一斉に立ち上がる。

 

「あの! 私たち降りないといけないんで!」

「まあまあ、この列車はどうせ循環です。ご存じでしょう? それより大事なのは深海棲艦のことですよ。知ってるんですか、深海棲艦のこと」

 

 二人が私たちに立ち塞がる。二人で壁が作られる。無理矢理進もうにしても、通してくれそうにない。

 

「ですから知りません。そう言ったじゃないですか」

「では教えなくてはなりません。一人が六人に教えれば世界は救われるのです」

 

 停車。扉が開く。

 

「あの、本当に降りなきゃいけな……」

「六人です!」

 

 女の人が叫んだ。

 

「六人に伝えるのです! そうすれば世界は救われる!」

 

 この人はおかしい。どう考えてもおかしい。

 助けを、助けを呼ばなくちゃ。探すけれど車内に他の人は居ない。この列車は無人運転で、運転手も、車掌もいない。列車の管理システムはこの騒ぎに気付かないだろうから、このままじゃ扉が閉まってしまう。駅構内のアナウンスが発車を告げる。

 

 

 どうすれば。

 

 

「美佳姉さん!」

 

 福ちゃんが、叫んだ。次の瞬間目の前でヒステリックに叫んでいた女の人が横にすっ飛ぶ。福ちゃんの身体が、宙に浮いていた。

 蹴り飛ばしたんだ。気付くや否や、私ももう一人に体当たりしていた。一瞬よろめいたその隙を突いて、壁を突破。

 

「ごめんなさいッ!」

 

 走り出す。ドアは目の前だ。福ちゃんに続いて飛び出す。

 

「お待ちなさいッ!」

「待てェ!」

 

 後ろから声がする。私は脇目も振らずに駆ける。改札口は目の前だ。乱暴に財布を改札にぶつけて、残高が液晶に表示されるのを尻目に突破する。

 

「あっこら! そこ!」

 

 駅員さんらしき叫び声。次の瞬間目の前に躍り出るさっきの二人。ポートライナーから無理矢理降りて、それどころか柵を乗り越えてショートカットしたのだ。咄嗟に叫んでしまった。

 

「ズルいッ!」

「一人が六人です! 逃げていては世界は滅びるだけです!」

「そうですそうです。世界を滅ぼしてはいけない。深海棲艦こそが、世界を救う唯一無二の手段なのです!」

 

 訳が分からないけれど、多分捕まったら大変なことになる。福ちゃんが右に曲がったのを見て、私は左へ。二人がそれぞれに狙いを定めて立ちはだかったのを見計らって、中央を強行突破。

 

「このッ!」

 

 目の前には分かれ道。下へ続く階段と、どこかへ向かう歩道橋。

 歩道橋じゃ一方通行で身を隠せない。私は階段へ飛び込んだ。福ちゃんも続いてくれる。

 

「福ちゃん! はぐれないで!」

「分かってる!」

 

 とにかくこんなところではぐれたら二度と会えない。階段を駆け下りる。焦ってしまって足が交互に出てくれない。

 そしてもつれて――――視界が反転した。

 

「キャッ――――!」

 

 頭をぶつけそうになって、必死に受け身を取る。目をつぶる。背中に、腕に、足に、階段の角が私を殴ってくる。

 

「美佳姉さん! 大丈夫か!」

 

 どうやら一番下まで落ちたみたいで、どうにか世界は転がるのを止める。でも激痛が身体中に響いて、動けない。

 

「……滅びは近いのです。なぜそれを理解しないのですか」

 

 そして上から、あの声。

 

「そうです。万人には受け入れがたいとこなのです。だからこそ、一人が六人に伝えねばならない。深海棲艦は救いなのです。彼らは災厄などではない。災厄はむしろ、深海棲艦を受け入れることの出来ない我々が産みだしている悲しみなのです」

 

 タッタッと、階段を降りてくる足音。二人の声がどんどん近づいてくる。このままじゃ、追いつかれる。

 立ち上がりたいのに、身体が言うことを聞いてくれない。

 どうして、なんで?

 さっきまで、私たちはポートライナーに乗ってたはずなのに、どうしてこんなことになってるの?

 

「やめろッ! 姉さんに手を出すな!」

「だめ、ふくちゃ……逃げて……」

 

 私の声は届いたのか。いつの間にか私の前で両手を広げて立ちはだかる福ちゃんは振り返って表情を強ばらせると、言った。

 

「あたし、負けないよ。まけるもんか!」

 

 階段を見上げる福ちゃん。向こうはもう勝った気のようで、ゆっくりと一段一段、降りてくる。

 

「負けるなんてことはありません。一人が六人に伝えれば!」

「そうですそうです。一人が六人です。深海棲艦です。それで私たちは、救われるのです」

 

 身体の痛みが引かない。言うことを聞いてくれない。

 でも、動かないと、なにがどうなってるのか分からないけれど、大変なことになってしまう。

 姉さんならどうするだろう、お国のためとか叫んで無理矢理にでも起きるに違いない。私は起きれない、福ちゃんに姉さんなんて呼ばせたクセに、私じゃ守れない。姉さん失格だ。やっぱり私は、姉さんの資格なんてないんだ。

 

 ごめん、福ちゃん……!

 

 

 その時、叫び声が聞こえた。

 

 

 

「――――そこの二人組、動くなッ!」

 

 

 

 

「美佳姉さん。大丈夫か、怪我はないか?」

 

 福ちゃんが私の身体のあちこちをさすってくれる。

 

「うん。うん……大丈夫だよ福ちゃん。大丈夫。ごめんね」

「いいや、そんなことない。こっちこそすまない。守るって、守るって言ったのに」

「いいの福ちゃん。福ちゃんは守ってくれたよ。ありがとう」

 

 まだ身体の痛みは引いてない。それどころか逆に痛くなったようにも感じる。緊張が解けたせいだろうか。

 私は顔を上げて、助けてくれた影にできる限り頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうございました」

「いえいえ。国民の安全は、我々の義務ですから」

 

 私たちを助けてくれた人は、大きな男の人だった。がっちりしていて、拳銃で二人を威嚇。二人は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「あの、追いかけなくていいんですか?」

「いいんですいいんです。元々、ここから先は警察ですよ」

 

 そう言いながら階段を駆け上っていく警官達を見上げるその人の制服は、国防色。陸軍だ。でもどこかに違和感。

 そもそも、神戸に陸軍なんて駐屯していただろうか。神戸に陸軍の基地がないからこそ、私は伊丹の教習所まで行かないといけないという話だった筈なのだけれど。

 

 そんなことを私がぼんやりと考える中、福ちゃんは男の人へと進み出て、それから深くお辞儀をした。

 

「ありがとうございます。私と、()()を守ってくれて」

「……軍曹?」

 

 男の人の眼の色が変わる。福ちゃんは臆することなく、敬礼。

 

「呉鎮守府、第七〇一二陸戦中隊の五島福一等兵です」

 

 その言葉を聞いた眼が、細められる。

 

「第七〇一二。なるほど、あの七〇一二か……」

 

 それから、その人は直立。踵を揃えてたん、とブーツが音を立てる。

 

「貴中隊の戦果は聞き及んでおります。近衛第三師団神戸分遣隊第一大隊、大須(おおす)裕也(ゆうや)陸軍中尉であります!」

 

 

 

 

 

 大須中尉は、六甲アイランドの避難民たちを守っている近衛師団の所属ということだった。近衛師団といえば、天皇陛下が唯一統帥権を委任しない、陸軍の中から選りすぐりの精鋭だけが入れる日本最高の部隊。その証明として、大須中尉の制帽には桜葉に守られた五芒星の帽章。

 

「まさか、近衛の方とお会いできるなんて思えませんでした」

 

 それも、水上署まで一緒に行ってくれるなんて。てっきり助けて貰ったら「はいさよなら」ってなると思っていたから、心強かった。またあんなのに声をかけられると思うと、怖い。

 

「はは、近衛師団に入ること自体は、難しいことではありません。レンジャー徽章に海外派兵経験。後は上官の推薦と少しの運さえあれば、可能です」

 

 そ、それが難しいのでは……。私がどう返したものか迷っているのを見て、はははと更に笑う中尉。

 

「中尉。美佳ね……いや、軍曹は恥ずかしがり屋なんだ。許して欲しい」

「そうですか。まあ小さな英雄様に言われては仕方がない」

 

 止めておきましょう。そう微笑む中尉。今度は私が福ちゃんに頬を膨らませる番だった。

 

「福ちゃん……」

「なんだ。軍曹、助けてやったのに」

「まあ……そうだけど」

 

 福ちゃんはしてやったり、と言わんばかりにニッと笑う。その様子を見ていた中尉は、顎に手を当てて言う。

 

「しかし……七〇一二の方とお会いするのは初めてですが……」

 

 その言葉の裏に潜む影。私は敢えて笑って言う。

 

「幼い、ですか?」

「ああ、いえ。そういうことを言おうとした訳ではないのです。ただその……私も娘がいましてな」

 

 そう言いながら頭を掻く中尉。そうか、この人はお父さんなのか。私が曖昧に頷くと、中尉は楽しげに続ける。

 

「今五歳なんです。オリンピックの生まれなんですわ。丁度私が特務尉官に任官した時におめでたで、本当に嬉しかった」

「そうなんですか」

 

 特に脈絡のない話。でも私にとっては、それは中尉なりの配慮なのだと思った。空は青い、中公園(なかこうえん)の緑がそれに映える。

 

「ほら、あれが水上署です」

「あれが……」

 

 さっきポートライナーで通り過ぎた建物。茶色を基調としたといえばいいのだろうか。そんな警察署とはちょっと違うデザインの建物。あれが、神戸水上署。

 

 

 

 


 

 

 

「美佳ッ!」

 

 扉が開く。それは中公園で拘束されたあの二人組についての事情聴取を受けていた時のことだった。私はその聞き慣れた声に思わず振り返る。

 

「ね、姉さん……?」

 

 飛び込んできたのは姉さんだった。三ノ宮で集合とか話はしていたけれど、ここまでやって来たのか。

 

「馬鹿ッ! 宗教連中に手を出すとか、アンタ死にたいの?」

「えっ、いや……」

 

 手を出したんじゃなくて出されたんですけども。私の抗議の声も聞かずに姉さんはずかずかと進んできて、それから。

 

「馬鹿アッ!」

 

 姉さんが抱きついて……というか。飛び込んでくる。

 

「あっ、わっ――――」

 

 もちろん、椅子ごと抱きつかれるってことは、私はバランスを思いっきり崩すわけで。

 

 

 ――――――ドタッ

 

 

「ね、姉さん……止めてください……」

「この馬鹿、アンタは優等生でしょうが、この飯田望を心配させるなんてッ……飯田家失格だぞ!」

「あ、いや。私は飯田家じゃないんですけれど……」

「従姉妹だろうが! 馬鹿美佳ッ!」

 

 姉さんが抱きついたまま放してくれない。

 

「姉さんっ! 姉さんっ!」

「なんだっ、この一族の恥ッ!」

 

 

「周り、周り見て下さい!」

 

 

「……………………」

 

 ここは神戸水上署。その取調室。取り調べの婦警さんに、PCを叩いている書記係の巡査さん。

 

「あー………………」

 

 それに、大須中尉に、福ちゃん。ひとしきりの衆人を確認した姉さんは、そのままの体勢で口を開いた。

 

「えー。大日本帝国海軍の飯田です。はい。では、これにて」

「……ね、え、さ、ん?」

 

 私は、姉さんを逆に腕で掴む。姉さんは抵抗するけれど、既に倒れてしまった姉さんでは上手く抵抗できるはずがない。

 

「美佳。いや軍曹、放して、放したまえ」

「いーえダメです。姉さん」

「上官抗命だぞ、軍曹!」

「はい姉さん。百も承知です」

「やめなさい美佳。マジでやめて。本当やめて」

「じゃあ止めます、姉さん」

「姉さん呼び止めなさい」

「止めません」

「やめて」

「やめません」

「やーめーてー!」

 

「美佳姉さ……いや、月刀軍曹の言ってた()()()というのは……中隊長のこと、だったのか?」

 

 そして、福ちゃんがトドメを刺す。まあ私は、別に姉さんとの関係がバレても困らないのだけれど、姉さんの顔は青ざめた。

 

「違うんだ福、いや五島一士」

「どう違うんだ中隊長。さっき自分で従姉妹だと言っていたじゃないか」

「空耳だな一士。空耳だ。そらみみ」

「……福ちゃん。多分今のは姉さん、つまり中隊長の痛いところだから、黙っておいてあげてね?」

「ああ、分かった」

「分からないで!」

 

 両手を挙げて抗議のポーズを取る姉さん。それからどうにか気を取り直したようで、ふらりと立ち上がると軍服の埃を払う仕草。

 

「えーとですね。私から一応の見解を申し上げておきますとつまり、今のはですね……事故です」

 

 関係各位、よろしいですかと続かんばかりの姉さんの居直り。部屋に流れる奇妙な沈黙。一番初めに沈黙を破ったのは、中尉だった。手をぱんぱんと叩く。

 

「まあ、こんなこともありましょう。飯田・月刀両家の御息女方といえど、少女には違いありません。永い軍役では疲れも出ることでしょう……それに、彼女たちを疲弊させているのは、紛れもなく我々大人なのですから」

「中尉、情けは無用だ。私も候補生として誓いを立てた身」

「意地を張ってはいけませんよ。大尉。貴女には未来がある」

「それは……」

「いいんです。先ほどの会話は青春の一ページ。漢字で書くなら黒歴史。この場に居る全員が見逃せば良いのです」

 

 そうでしょう? そう言う中尉。近衛師団という肩書きも効いたのか、水上署の方達は曖昧に頷いた。

 

 それにしても中尉、どう考えても姉さんのメンタルを潰そうとしているとしか思えない。それでも姉さんは必死に歯を食いしばりながら、歪んだ笑みを浮かべる。それを見た中尉は満面の笑みを作って、それから福ちゃんの方を見た。

 

「五島一士。済まないが、席を外してくれないか?」

 

 五島一士、つまり福ちゃんのこと。訳が分からず私が姉さんの方を見ると、姉さんは黙って頷く。

 

「中隊長が言うなら、分かった」

 

 そう言って立ち上がる福ちゃん。

 

「あ、じゃあ私も……」

 

 一緒に、と言おうとしたのだけれど。それを遮る姉さんの手。

 

「いや、月刀軍曹には聞いて欲しい話だ」

 

 てっきり偉い人だけでする話だと思っていたのだけれど。

 どうもそういう話ではないらしい。中尉と姉さんは「すぐに済みますので、少しだけ」と巡査さんにお願いして、巡査さんと婦警さんが福ちゃんを別室に案内する。その扉が閉まれば、部屋に残されたのは私と姉さん、そして中尉だけ。

 

 そして中尉は、深い深いため息を吐いてから言った。

 

「全く……()()()。いい加減に御転婆(おてんば)は止めて下さい」

 

 望さん? 中尉は陸軍のそれも近衛師団。とはいえ姉さんの階級である海軍大尉よりは下のはずなのに、そんな呼び方をしてもいいのだろうか。しかし姉さんは気にする素振りもなく、それどころか両手を合わせて「ごめんね」のポーズ。

 

「いや、すまない。宗教連中に襲われたと聞いて、つい」

「つい……じゃないでしょう。閣下も心配しますよ」

「閣下?」

 

 突然飛び出したその言葉に、姉さんは指を立てる。

 

「ほら、飯田退役陸軍少将閣下だよ、私の祖父」

 

 美佳(あんた)のお祖父ちゃんでもあるしょ。その言葉に、私の頭にある人物の顔が浮かぶ。それは私のお母さんのお父さん。

 

「え、神戸のお祖父ちゃん?」

「そそ。で、大須さんはあの人の中東時代の部下さんなの」

「飯田分遣隊長には、お世話になりました」

 

 そう頭を下げる中尉。事情は分からないけれど、どうやら私のお祖父ちゃんの元部下、それで姉さんの知り合いらしい。

 

「しかしどうして大須さんがこんなところに」

「運が良かったんですよ。彼女が宗教連中に襲われているところを助けたのですが……まさか月刀のお嬢さんで、しかも望さんの部下だったとは。いやはや、世の中狭いモノです」

「ホント、絵に描いたような偶然ね」

 

 姉さんは呆れるが、それ以上は何も言わない。

 

「えっと……?」

 

 私が話について行けないでいると、姉さんがそっと耳打ち。

 

「例え叔母さんと月刀家が喧嘩していても、『月刀美佳(あんた)』自体は立派な人的資源(たからもの)なのよ。面倒な家系に生まれた自覚持ちなさい」

「め、面倒な……」

 

 もちろん、私だって自分の家の事ぐらい知っている。それでも月刀家は『リスト入り』にされた私を守れなかったし……もしかして、私が七〇一二(ここ)に居ることが守られている証拠?

 姉さんは中尉に向き直ると、言った。

 

「それで? わざわざ神戸くんだりまで来たってことは、本家から何かの通達って訳? ノルマは達成している筈なんだけども」

 

 ノルマ? 通達? 訳が分からない私を差し置いて、中尉は返す。

 

「いやいや。そういう訳ではありません。ただその……私も娘がいましてな」

 

 そう言いながら頭を掻く中尉。姉さんが曖昧に頷くと、中尉は楽しげに続ける。

 

「今五歳なんです。オリンピックの生まれなんですわ。丁度私が特務尉官に任官した時におめでたで、本当に嬉しかった」

「うん。それは知っているよ大須さん。確か二人目がもうすぐだったよね」

「そうです。予定日は十月でして。可能なら、それまでに全部片付けたいモノですよ……で、その上でなんですがね」

「……時間切れかい?」

 

 首を傾げた姉さんに、中尉は頷く。

 

「そういうことです。やはりと言うべきか、飯田には荷が重すぎた。そう思いませんか?」

「そうかな? 七〇一二は立派に戦果を挙げている」

七〇一二(アレ)がなんて呼ばれてるかは、ご存じでしょうに」

 

 その言葉を聞いた姉さんは、微笑む。

 

 

 

「知ってるよ。化け物中隊だろ?」

 

 

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