聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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ゲヘナとの確執(1)

『本日もキヴォトス広域都市鉄道Gライン・ゲヘナ線をご利用いただき、ありがとうございます。この列車は臨時特急・ゲヘナ中央区学生広場ゆきです。終点のゲヘナ中央区学生広場まで、列車をお降りになることはできません。Thank you for using the Kivotos Metropolitan Subway, KMS Gehenna line. This is the reserved train bound for......』

 

 聴き慣れない自動音声のアナウンスが、先生とミカ以外は誰も乗っていない車両に流れる。

 

「……シャーレって、やろうと思えば地下鉄で臨時特急を走らせるくらいはできちゃうんだね」

 

 驚き半分、呆れ半分でミカがぽつりと呟いた。

 

「モモカには相当渋られたし、出発点と到着点が駅に限定されるから、必ずしも有効な手じゃないけれどね。それでも今回はこれをやる価値があるよ。早く到着するに越したことはないし」

 

 こういうときのためにシャーレ用のヘリを調達した方が良いのかな、などと先生は少し笑って言った。先生の言うモモカとは、連邦生徒会交通室で役員を務める由良木モモカという生徒のことらしい。

 

「会ったことはないけど、そのモモカちゃんにはちゃんとお礼をしておいた方がいいと思うよ。先生の要請から10分でシャーレからゲヘナまでの直通特急を用意するなんて、私はちょっと想像もしたくないなぁ」

「明太子チップス一箱でモモカが許してくれるといいけれど……ところで、ミカは鉄道について詳しいの?」

「んー、鉄道っていうよりは交通網かな。パテル分派はトリニティの交通行政に大きく食い込んでたから、自然と詳しくなったんだよね」

 

 数時間前の──ミカとしてはわずか数時間前であること自体が驚きなのだが──ナギサが、トリニティからシャーレにミカを送り出す段で公共交通機関の利用を懸念していた理由のひとつがこれだった。万が一情報が流出していた場合、鉄道駅や空港で敵対勢力の待ち伏せを受ける可能性が大きかったのだ。

 

「それに、交通網と輸送手段は……クーデターを起こすなら、絶対に握ってないといけないものだからね。まあ、結局は先生と補習授業部のみんなに捕まっちゃったから掌握した意味もなかったんだけどさ。あはは」

 

 誤魔化すように笑うミカ。

 

「ミカ、それは違うよ。間違いなく意味はある」

「え?」

「どんな知識も経験も、予想だにしないところで役に立ったりする。例えば今、会ったこともないモモカに対しての思いやりをミカが持てたようにね。学びというものは、参考書や書類に向き合うだけのものじゃないと私は思うよ」

「……そっか。うん、そうだといいな」

 

 ミカの表情が少し明るくなったのを見て、先生は鞄からタブレットを取り出した。

 

「よし、それじゃあ到着まで打ち合わせをしようか。ヒナからの情報を共有しなきゃいけないけれど、それよりも先に……ミカが今後ゲヘナ学園の生徒たちとどのように接していくつもりなのか、聞かせてほしいな」

「……私がゲヘナ生と顔を合わせたとき、酷いことにならないかを心配してるんだよね?」

「いや、ちょっと違うかな。ファーストコンタクトはそんなに心配してないよ。もしも不味そうであれば、私が間に入るつもりでいるからね」

「じゃあ、先生は何を不安に思ってるの?」

 

 ミカの問いに対して、先生は少し悩んでから答える。

 

「ミカが無理をしてでもゲヘナの皆と仲良くできる自分を演じようと、ミカ自身が望まない振る舞いを頑張りすぎてしまうこと。今回だけならともかく、ミカがシャーレの部長としてゲヘナ学園と付き合っていくなら、ミカの望まない負担が重くなることはあまり良いとは言えないからね」

 

 率直な意見を言うならば、ゲヘナ生と仲良くできる自分など全く想像できないというのがミカの取り繕わない気持ちだった。もし無理に善良な自分を演じるとしても、いずれ化けの皮が剥がれるのは間違いない。

 

「ミカが今後ゲヘナ学園とは関わりたくないと思うなら、そうするための方法はいくらでもある。例えばゲヘナ関連の依頼はこれまで通りに私が解決して、ミカは他の依頼を選ぶなんて方法がわかりやすいよね。けれど少なくとも今日のミカは、こうしてゲヘナ学園に向かうことを自分で選んだ。それはあくまで今日だけなのか、今後も同じようにゲヘナの生徒たちと顔を合わせるのか。今日はどういう態度で、あるいはこれからどういう態度でゲヘナの生徒たちに接していくのか。ミカはどう考えてるのかな?」

 

 先生は言葉を切って、ミカの返事を待つ。今度はミカが悩む番だった。

 

 正直に言えば、依頼主がゲヘナ学園の風紀委員長だと聞いた時点で、ミカは同行を撤回するつもりでいたのだ。大人しくシャーレで先生の帰りを待っていればいい、ゲヘナ生とわざわざ積極的に関わる理由などないのだから。しかしテロを計画しているという集団の中にアリウスの生徒たちがいるとなれば、話は大きく変わってくる。

 

 彼女たちがテロを起こせるほどの武装を整えてしまった原因の一端はかつて物資を横流しした自分自身にあるし、もしもテロによってゲヘナが大きな損害を被れば、その責任が問われる先は恐らくアリウスの大元であるトリニティ、ひいてはトリニティの長であるティーパーティーになるだろう。すなわちミカにとってみれば、自分の不始末をナギサとセイアにまた押し付けてしまうことになる。

 

 先生と共にテロ集団の鎮圧に協力すれば、二人に及ぶ負担はいくらか少なくなるはずだ。そうすることが自分の義務であると確信して同行を決めたミカだったが、ゲヘナ生との付き合い方という肝心な部分をわざと棚に上げてしまっていたのだ。

 

 今回限りと割り切って、笑顔で全てをやり過ごすのが正解だろうか? いいや、自分が我慢強い人間でないことはミカ自身が最もよく知っている。血気盛んな風紀委員に挑発のひとつやふたつでも飛ばされたとき、自らの口から皮肉が漏れ出さないとは断言できない。

 

 トリニティの代表者たるティーパーティーとしてゲヘナ生と接するのであれば、それも許されただろう。トリニティとゲヘナが相容れないのは当然のことだと誰もが認識しているのだから、そこに何も問題はないのだ。しかし今の自分はシャーレの部長。ゲヘナ生相手にトラブルを起こせば起こすだけ、シャーレという組織自体の評判が、そして他ならぬ先生の評判が落ちていく。そのような展開は絶対に許容できない。

 

 取り繕うのが正解でないなら、最初から一貫してそっけない対応であるべきか? 少なくとも、にこやかに接しておいて後からボロが出るよりはずっとマシだろう。

 

 しかしこの方法も根本的な問題を解決しているとは言い難い。少なくとも今回はテロリストの撃滅で協力する必要がある以上、戦場で背中から撃たれずに済む程度の信頼を風紀委員会から勝ち取らなければならないのだ。元トリニティの自分が澄まして座っているだけでゲヘナ生の信頼を得られるならば楽な話だが、そこまで都合の良いことがあるはずもなく。

 

 ならば、どうする? 最低限の信頼を勝ち得て、それでいてわずかな気の緩みや皮肉の応酬によって瓦解しない関係性。たった一日を過ごせばいいとはいえ、聖園ミカとゲヘナ生がそんなものを形作ることは本当に可能なのか? 

 

「ミカ、スカートに皺が寄っちゃうよ」

「え? ……あ、ごめんなさい」

 

 自らの右手がいつの間にかスカートを握りしめていたことに、ミカは気付いていなかった。

 

 そう、結局のところミカは隠し事が苦手だ。思ったことはすぐ口を突いて出てくるし、態度や仕草にも無意識のうちに感情が表れてしまう。ティーパーティーであったころに秘密を秘密のまま隠せていたのは、親友(ナギサ)の人となりをよく理解していたからに過ぎない。そうでない相手には、露悪的で攻撃的な振る舞いで本心を覆い隠すようなことしかできていなかったというのに────

 

「……もしかして」

 

 極論だ、と言われてしまうかもしれないが。

 

 仮にゲヘナ生との間で小競り合いが起きたとしても、シャーレとしての仕事を完璧にこなしさえすれば文句を言われる筋合いはないだろう。作り笑いで薄い信頼を得ずとも、背中から撃たれさえしないのであればそれで充分だろう。重要なのはゲヘナ生とただ仲良くすることではないのだ。

 

「先生、ちょっと聞きたいんだけど……ゲヘナの風紀委員会が大事にしてることってあるかな?」

「……ふむ、そうだね。当たり前のことだけれど、まず第一に規律かな。犯罪行為の多いゲヘナ自治区での治安維持が任務である以上、風紀委員は規律を絶対に必要とするはずだからね」

 

 ミカの質問にすらすらと答える先生の姿は普段通りだったが、ミカの瞳には先生がほんの少しだけ喜んでいるように見えた。

 

「そして第二に、自らが規律を徹底し、他者に規律を徹底させるための能力。ありていに言ってしまえば、暴力によるカリスマ性がそれにあたるね」

「……やっぱり、風紀委員会だろうとゲヘナはゲヘナだね」

「否定はしないよ。けれども、決してゲヘナに限ったことでもない。キヴォトスの治安維持組織には、多かれ少なかれそういう面が必ずあるのも事実じゃないかな」

 

 先生の言は確かに正しい。トリニティの正義実現委員会も、委員長である剣先ツルギの誇る圧倒的な暴力によって成り立っている部分が大きい。シスターフッドや救護騎士団にしても、それぞれが独自の戦力を保有しているために大派閥として生き残っている。

 

 キヴォトスの犯罪者たちがヴァルキューレ警察学校の生徒を舐めてかかるのは、そういった暴力の不足……言い換えれば生徒の練度や装備の不足によるところが大きいだろうし、尾刃カンナ公安局長率いるヴァルキューレ公安局は、練度と装備を兼ね備えているが故に恐れられている。かつてのSRT特殊学園にも同じことが言えるだろう。

 

「先生の言う通りだと思うよ。それに……」

「それに?」

「その方が、私にとって都合が良いから。先生の言う通りであってほしいなって」

「なるほど」

 

 ミカの返答に満足したような様子を見せてから、先生は姿勢を正して問いかける。

 

「それなら、改めて聞くよ。ミカは今後どのようにゲヘナ学園と付き合っていくつもりなのか、ミカの中で答えは出た?」

「うん、ちゃんと決めたよ」

 

 ぐっと拳を握り、自信に満ちた表情でミカは宣言した。

 

「真正面から()()()()()()、ゲヘナと()()()()を結ぶ。きっと、これで上手くいくと思うよ」

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