聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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ゲヘナとの確執(2)

 ゲヘナ学園、風紀委員会本部庁舎の大会議室。

 

 差し迫るゲヘナ自治区内における大規模テロ事案に対応するための対策本部が置かれたこの部屋には、風紀委員長の空崎ヒナを始めとする風紀委員会の幹部から小隊長クラスの現場指揮官まで、風紀委員会の精鋭たる生徒が勢揃いしていた。

 

 そしてヒナの隣には、つい先程になって到着したシャーレの姿もある。

 

「全員揃ったようだし、ブリーフィングを開始する……と、言いたいのだけど」

 

 静まり返った大会議室にヒナの声が響く。

 

「その前に、先生。彼女がどうしてここにいるのか、説明してもらっても?」

 

 そう言ったヒナは、先生の隣に立つミカをちらりと見やった。それと同時に室内全ての目がミカに突き刺すような視線を向ける。誰もがその存在について一刻も早く問い質したくて、しかし誰にもそうすることができなかった彼女のことに、自分たちのトップがようやく言及したからだ。

 

「そうだね、確かにそれは今ここで説明しないといけない。ただ、私よりも本人に直接言ってもらった方が良いかな。ミカ」

「うん」

 

 ミカは軽く頷いて、数多の視線を集めたまま一歩前に出た。

 

「ゲヘナの風紀委員会なら私の名前くらい言わなくてもわかるだろうけど、一応自己紹介しておこっか。聖園ミカ、トリニティ総合学園の三年生……だったんだけどね、昨日まで」

「昨日まで?」

 

 訝しげな顔をしながら聞き返すヒナ。

 

「そう、昨日まで。今はシャーレに籍ごと移ったから、一応は連邦生徒会の所属ってことになるのかな。連邦議員とか行政官ってわけじゃないし、トリニティとはもう関係ない立場になったんだ。今日ここに来たのは、シャーレの部長として先生のお手伝いをするため」

 

 淡々と語るミカだったが、風紀委員のうち幾人かは──軒並み、先生と親交のある生徒たちだった──彼女の言葉に対して露骨に表情を変える。しかしそれを気に留めることなく、むしろ火に油を注ぐような明るい声でミカは続けた。

 

「でも、こんな説明であなたたちは納得しないよね?」

 

 にこりと笑ったミカに、笑顔を返す者はいない。

 

「あなたたち、トリニティのことは嫌いでしょ。ましてや、ティーパーティーなんて相手にするのは吐き気がする。その親玉がどうしてかシャーレの所属になって、しかも部長を名乗って、連邦生徒会の制服まで着て、先生と一緒に味方面して自分の前に立ってる。今の気分は……最悪、って感じかな?」

 

 挑発的なミカの言葉が響く。彼女に向けられる視線は、単純な警戒心から明確な敵意を含んだものへと変化しつつあった。

 

「わかるよ、私もそうだから。トリニティにいたころは対ゲヘナ過激派でさ、今だって別にゲヘナのことは好きじゃない。あなたたちが私のことを欠片も信じていないように、私もあなたたちのことを信じられない」

「……何が言いたい、聖園ミカ」

 

 現場指揮官であろう風紀委員の一人が、半ば殺気のような威圧感を放ちながらそう言った。他の風紀委員もそれに同調し始めるが、そんな中でもミカは何も気にしていないような涼しい顔でさらに畳みかけていく。

 

「勘違いしないで、私はゲヘナと戦争しに来たわけじゃない。あなたたちが私のことをどれだけトリニティという仇敵の象徴だと考えていても、今の私はトリニティの代表じゃなくてシャーレの部長。私の好き嫌いで仕事をめちゃくちゃにして、シャーレの面子を潰すようなことはしたくない。あなたたちだって……わざわざシャーレに依頼してまで先生をこの場に招集することを選んだ空崎ヒナの顔、潰したくはないよね?」

 

 ヒナの名前が出た瞬間、風紀委員たちの表情が少し強張った。それを確認したミカはさりげなく隣に視線を向けて、風紀委員会幹部の様子を盗み見る。

 

 天雨アコは悔しそうな顔を全く隠す気もない一方で、今この場でミカに異論をぶつけようとする素振りもなかった。ヒナの名前を出したのが効いているのだろう。火宮チナツと銀鏡イオリはこちらを警戒しつつも比較的冷静な態度を保っており、どちらかといえば風紀委員長の出方を待っているようだった。

 

 そして肝心の風紀委員長たるヒナはといえば、完全に無表情。感情を読ませないためというより、今目の前で起きている出来事について大した関心がないような立ち振る舞いだ。

 

 これなら押し通せる。ミカは確信した。

 

「あなたたちに望まれちゃったし、はっきり言っておこっか。……結局あなたたちはトリニティが嫌いで、私はゲヘナが嫌い。それでも今の私たちの間に余計ないざこざが生まれたら、私たちはどっちも損をすることがわかりきっている。だから、今だけなら私たちは先生のもとで協力できる。違う?」

 

 ミカの話が一度途切れたのを見計らって、場の何人かは先生の様子を伺う。しかし先生はミカの行動に介入することなく、生徒たちの会話をただ見守るばかりであった。ややあって、別の風紀委員がミカに対して吐き捨てるように問う。

 

「……それで、我々はお前の指揮下に入って戦えば万事解決だ、とでも言うつもりか?」

「まさか。私が指揮するよりも先生にやってもらった方が絶対にいいし、あなたたちだって私の指示は聞きたくないでしょ? 私があなたたちに求めるのは、もっと単純なことだよ」

 

 指をひとつ立て、ミカは笑顔のまま告げた。

 

「私のことを助けてくれなくてもいいから、私のことを背中から撃たないで。そうしたら、私はあなたたちの風紀委員長と同じくらいに働いてあげる。シャーレの部長として、約束するよ」

 

 大会議室が再び静まり返る。

 

 ミカの主張を聞いた風紀委員たちの反応はおおむね冷ややかなものだった。その一方で、面と向かってミカを罵倒するような声も存在しない。

 

 血気盛んな風紀委員のエリートたちが、揃いも揃って口を開こうとしないのには当然理由があった。第一に、ヒナを始めとする風紀委員会の幹部たちが未だに沈黙を守っていること。第二に、先生がこの場に同席している手前、トリニティ憎しの感情論だけを頼みとしてミカに反発するのは難しかったこと。

 

 そして第三に、自分たちの目の前に堂々と立つ聖園ミカという生徒について、風紀委員会の誰もがその能力や思考を図りかねていたこと。

 

 風紀委員会の情報部が掴んでいるミカの情報はそう多くない。ただでさえガードの堅いティーパーティー、それも排他的なパテル分派の長。性格や思想なども深く窺い知ることは叶わず、対ゲヘナ強硬派閥のトップなのだから彼女もそうなのだろう、という程度のもの。最近で唯一の諜報成果も、『クーデターに失敗して政治権力を失った』ことが確定的な情報として得られただけでしかない。

 

 そんな生徒が突然トリニティからシャーレに籍を移して、しかもシャーレでは部長の扱いを受けていると自称し、それを先生は否定しなかった。そもそも彼女は銃火器のひとつすら持たない丸腰でゲヘナ学園に、それも風紀委員会の本拠地に乗り込んできたのだ。

 

 何が彼女を、あるいは彼女の後ろにいる先生をここまでさせるのか? この場に集まった風紀委員たちからしてみれば、ミカが自分たちの前でこうして笑っていること自体が不気味で、ただただ得体の知れない出来事だった。

 

 そうしてすっかり黙り込んでしまった聴衆を前にして、ミカはふと気付いたように問いかける。

 

「もしかして、証明が欲しかったりする?」

「……証明、って」

 

 思わず、という風にイオリが横から口を挟んだ。

 

「銀鏡イオリちゃん、だっけ?」

「あ、ああ……そうだけど」

「あなたたち風紀委員会は、空崎ヒナのことを信じてる。だって強いもんね、トリニティにいた頃の私でも知ってたし。身近にいるあなたたちならもっとよく知ってるのかな」

 

 名前を出されたヒナは興味無さげにミカの方を向くが、それ以上の行動は起こさなかった。それを横目で確認しつつミカは続ける。

 

「だからこそ、私を信じることはできない。トリニティに対する嫌悪感や積み重なる恨みを乗り越えてまで、聖園ミカに信じるだけの価値があるのか……それを判断するには、あなたたちの持つ情報が足りなさすぎる。そうじゃなかったら、私の言葉なんて鼻で笑われて終わりだもんね?」

 

 それならさ、とミカは跳ねるような声で言った。

 

「ここで証明してあげる。私のこと、撃っていいよ」

「…………は?」

 

 その呆けた声を発したのは、果たして誰だったのか。少なくとも、今のミカにはもう意味のないことだった。

 

「あ、やっぱりここじゃなくて外に出てからやろっか。ここで撃った弾が先生に跳弾したら洒落にならないし、あなたたちも建物は壊したくないもんね」

「い、一体全体何を言って……」

「空崎ヒナなら、あなたたち全員から一斉に撃たれたって無傷でしょ? だったら私だってそれと同じくらいの能力はあるって示さないと、あなたたちからの信用を買うには足りないかなって思ったんだけど。私の言ってること、何かおかしいかな?」

 

 無論、一から十まで全てがおかしいに決まっている。そんなことはミカ自身が最もよく理解している。だが、それでも今だけはこの理論が通用するのだ。

 

 長々とした演説で『聖園ミカの価値』を『トリニティへの嫌悪感』よりも重要な判断基準だと風紀委員会の面々に錯覚させ、その価値を空崎ヒナという彼女たちの()()()()の価値と比較するような発言を繰り返してきた。そして彼女たちが今この瞬間に最も欲しているであろう情報を、聖園ミカの正しい価値を、文句の付けようがないほどに単純かつ明白な方法で証明しようと囁いて、反論の手段を丁寧に封じたのだから。

 

 繰り返すようだが、聖園ミカは政治や謀略の類が苦手である。しかし彼女に政治や謀略をするだけの頭脳が不足しているのかと問われたならば、その答えは否だ。

 

 何らかの外的要因が働いて、ミカの忍耐心が彼女自身の衝動性に優るようなことが起こったとすれば、彼女はきっと類稀なまでの政治や謀略に対する適性を示すだろう。その実例こそがアリウスと手を組んだ彼女のクーデター計画であり、そして今この場所で起きていることでもあった。

 

 凍り付いたように動かない風紀委員たちを前にして、ミカは内心自画自賛していた。地下鉄に揺られながら短時間で組み立てた作戦にしては相当上手くいっている。ここまでは事前にミカが予想した通りに事が運んでいた。

 

 ここまで焚きつけても風紀委員たちが未だ激昂しないどころか、ほんの少し言い返してきただけで実力行使に出てこないことだけは正直なところ意外だったが、それならそれでこちらからさらに火種を投げ込んでやればいいだけの話だ。具体的には────

 

「ああ、それとも……聖園ミカを撃つ度胸、あなたたちには足りなかったかな?」

 

 このように。

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