聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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ゲヘナとの確執(3)

 結論から言えば、ミカの投げ込んだ火種はこの上ない程に効果覿面だった。

 

 椅子を蹴って立ち上がる者、傍に置いていた銃器を手に取る者、そして売り言葉には買い言葉だと言わんばかりに声を上げる者。ミカによって熱せられた感情が大きな渦となり、大会議室に表出していく。

 

「上等だ、ティーパーティー。我々を侮辱したこと、今すぐに後悔させてやる!」

「正義実現委員会上がりでもないくせに、風紀委員会に敵うとでも?」

 

 一触即発の空気が一瞬にして醸成されていく中でも、ミカの微笑みは崩れない。

 

「うん、それでこそゲヘナの風紀委員だよね。今日はなんだかずっとあなたたちのお行儀が良いからさ、もしかしたら来る場所を間違えたのかなって思ってたんだ」

「……吐いた唾は、もう飲み込めないぞ」

 

 先程までは呆気に取られていたイオリも、愛用の狙撃銃を片手にそう啖呵を切る。彼女の背後に目を向けてみれば、チナツやアコまでもが各々の武器に手を伸ばしていた。そんな只中にあっても、先生は未だ介入する様子を見せようとしない。

 

 瞬く間に緊張がエスカレーションし、頂点に達そうとした……ちょうどそのとき。

 

「茶番ね」

 

 呆れたような声でそう呟いたのは、先生同様にここまで動きを見せていなかったヒナだった。

 

「委員長?」

「武器を置きなさい、イオリ。他も全員、今すぐに」

 

 きっぱりとしたヒナの発言に、風紀委員たちは顔を見合わせる。

 

「そ、そうは言っても……」

 

 困り顔で反論を口にするイオリ。他の面々もおおよそ同じような表情でヒナの方を見るが、彼女の意志は全く揺らいでいないようだった。

 

「これ以上言うつもりはない。今すぐ武器を置いて」

 

 ヒナに自らの主張を曲げる気がないらしいことを悟り、渋々といった様子で風紀委員たちは武器から手を放す。その代わりと言うべきか、ミカに対してはこれまで以上に様々な感情の籠った視線が部屋中から突き刺さった。

 

「聖園ミカ、ひとつ確認したいのだけど」

「うん、いいよ。何が聞きたいの?」

 

 その朗らかな返答を受け、ヒナは溜息を挟んでからミカの方に向き直る。

 

「正直に教えて。あなたの望むものは何?」

「……言ったはずだよ? あなたたちに背中から撃たれないのなら、それでいいって」

「いいえ。私が知りたいのは、あなたがこうまでしてこの件に執着する理由」

 

 ミカは目を瞬かせた。質問の意図が読み切れない。

 

「それも最初に言ったんだけどなぁ。シャーレの部長として、私は先生のお手伝いをしないといけないの」

「嘘ね」

 

 ばっさりとヒナに切り捨てられて、ミカの顔に張り付いていた笑顔がようやく崩れる。

 

「あなたがそう考えているということ自体に嘘はないかもしれない。でも、先生は生徒の行動を強制しない。シャーレの看板を与えたとしても、それを理由にしてゲヘナ嫌いのあなたを無理矢理ここまで連れてくることは有り得ない。この場所に来るという選択は、最終的にはあなた自身の判断に依ったものであるはず」

「……私がシャーレ部長としての責任感に目覚めたとか、そういう線は考えないんだ?」

「最初はその可能性も考慮していたけど、あなたの話を聞いているうちに理解できた。少なくとも、今のあなたは熱意で動いていない」

「へぇ、随分悪辣だね。他人のことを本気で理解できると思ってるの?」

「その言葉、そのまま返させてもらう。あなたが最早トリニティではないのなら、その悪辣さはあなた自身の賜物ね」

 

 ヒナの発言を最後に会話は途切れ、互いが互いを品定めするように睨みあう。

 

 五秒、十秒、十五秒……息苦しさすら感じるような沈黙を最初に破ったのは、ミカだった。

 

「風紀委員会は政治もやれる組織だ、っていうことは知ってたつもりでいたけど……風紀委員長がティーパーティーでもやっていけそうなくらいの傑物だったなんて、想像もしてなかったなぁ。もうちょっとツルギちゃん寄りのタイプだと思ってたよ」

「私も、パテル分派のトップがここまでアグレッシブで命知らずだとは思っていなかった。……それで、私の質問に答える気はあるの?」

「そうだなぁ……うん、そうだね。今は()()()()()に免じて、本当のことを教えてあげる」

 

 事ここに及んで、対峙する風紀委員長のことをちゃん付けで呼び始めるミカ。二人の会話を見守るしかなかった風紀委員たちの反応は、そのほぼ全てが呆然──アコに限っては憤慨──であった。しかし、当事者が外野の反応を気にする様子はない。

 

「アリウス分校」

 

 ミカが落ち着き払って発した一言だけで、大会議室は呆気ないほど速やかに何度目かの沈黙へと導かれた。

 

「……アリウスに縁が?」

「風紀委員会の情報部なら、トリニティで私が政治的に失脚したことくらい掴んでるでしょ? 自治区の中で、私が裏切り者だとか魔女だとか散々に言われてることも」

 

 そう語るミカに対して、さながら地蔵のように座っているだけだった先生が初めて動きを見せる。とはいえそれはただ単に今まで閉ざしていた目を開き、ミカに視線を向けるというだけの些細な行動でしかなかった。

 

 ミカはその視線に気付き、間違いなく受け止め、それでも話し続ける。

 

「私は、アリウス分校の生徒と協力してトリニティでクーデターを起こそうとした。でも結局上手くいかなかったし、騙し騙されの挙句にアリウス相手の殺し合いにまで発展したの。ああ、例え話じゃないよ。私は本気で殺そうとしたし、もしかしたら私だって殺されてたかもしれない」

 

 大会議室の中にいる誰も、今やミカの話を遮ろうとはしなかった。

 

「それで結局私は失脚するし、アリウスの生徒は暴走してテロまで起こした挙句に軒並み捕まるか指名手配か地下に潜るかだし、碌な結末じゃないよね。……だからさ、私はアリウスを止めなきゃいけない。原因を作った当事者の癖して何を偉そうに、どの面下げてって思われてもいい。私は私の義務を果たすためにここまで来たの」

「…………そう。それなら、もうひとつ確認を」

 

 ミカの顔をじっと見つめながら、ヒナは呟くように問う。

 

「今回のテロは、決してアリウスの残党だけが全てを引き起こすものではないと風紀委員会は睨んでいる。あなたの主張を完全に信用するものと仮定しても、今からあなたに任せる相手がアリウスになる保証はない。そうだとしても、あなたは私と同等の働きをすると断言できる?」

 

 ヒナの問いに対して、何を今更と言わんばかりの態度でミカは答えた。

 

「あなたがシャーレに依頼したのはテロ事案全体に対しての支援、そうでしょ? なら、私にはシャーレ部長の職務としてその要請に応えるだけ。その結果としてあなたたちの作戦が上手く行って、アリウスの残党もまとめて捕まったとすれば……私の勝手な願い事も一緒に叶う。それだけの話なんだよ、これは」

 

 それを聞いて、ヒナは今日何度目かもわからない深い溜息を吐く。

 

「……風紀委員会としては、本作戦においてシャーレ部長の聖園ミカを予備戦力として迎える準備がある」

「ヒナ委員長!?」

 

 ほとんど反射的に声を上げるアコ。こんな相手を信用するなんて正気か、という主張がその声色にありありと現れていた。

 

「落ち着きなさい、アコ。……これは風紀委員長としての、そしてシャーレに支援を要請した張本人としての私が決定したこと。シャーレ部長に座している生徒個人が気に入らないからと言って、こちらから要請した支援をこちらの都合で蹴るのは風紀委員会の沽券に関わる」

 

 淡々と告げながら、ヒナは眼前の風紀委員たちに目を向ける。言うまでもなく、誰一人として納得の表情を浮かべてはいなかった。風紀委員長の強権でこの場を押し通すのは容易だろうが、下手をすればシャーレとの間に禍根を残しかねない。

 

 ちらりと先生の様子を見てみれば、すぐに目が合った。一瞬のアイコンタクト。

 

 そうして誰にも見咎められることのない合意を確認し、ヒナは改めて口を開く。

 

「とはいえ、こちらとしても聖園ミカのシャーレ部長就任は寝耳に水だった。シャーレとしての、あるいは連邦生徒会としての告示も確認していない。先生、彼女をシャーレに迎えたのはいつ?」

「今日の早朝だね。もっと正確に言うなら、キヴォトス中央標準時の午前5時だよ。連邦捜査部としてのプレスリリースも、まだ出してないね」

「つまり、風紀委員会の情報把握に落ち度はなかったと解釈しても?」

「構わないよ。ゲヘナの風紀委員会に了承を得ることなく、追加要員としてのミカを連れてきたのは私の判断。そこには誰の思惑も挟ませない」

「……わかった。それを先生が保証してくれるのなら、私個人からシャーレに求めることはひとつだけ」

 

 そう言って、ヒナは再びその視線をミカへと戻す。

 

「つい先程の、聖園ミカによる風紀委員会への侮辱とも取れる発言はこの場で撤回してもらう。これが協力関係を築く上で最低限の条件」

「あー……うん、そっか、そうだね」

 

 その言葉はミカにとっても予想の範疇だった。しかしその一方で、ミカは当然の要求を突きつけてきた風紀委員長に対して内心苦手意識を持ちつつあった。

 

 純然たる事実として、ミカは風紀委員のことを価値あるものだとは考えていない。ゲヘナ学園の生徒だからという前提も当然あるが、それ以上に彼女たちは治安維持組織の構成員であるにもかかわらず、自分よりもずっと弱い存在だからだ。集団として行動するならばそこそこ厄介なことは否定しないが、それぞれの個人に対しては敬意を払う理由が見当たらないとすら受け止めているのがミカの思考だ。

 

 故に、()()()()に謝罪しろと言われたならば、きっとミカのプライドはそれを許さないだろう。そうしなければシャーレと風紀委員会の信頼が揺らぐとわかっていても変わらない。先生が迷惑を被ると言われてミカはようやく折れるだろうが、それでも彼女には風紀委員への小さな恨みが残り、前向きな関係は望めなくなる。

 

 そこまで読み切った上で、ヒナはあくまで風紀委員という個人の集団ではなく、風紀委員会という組織への発言を撤回するようミカに求めたのだ。たったそれだけの違いだが、それでもこの条件であればミカは素直に頭を下げることができる。彼女は風紀委員たちの価値を信じない一方で、風紀委員長の空崎ヒナをただの風紀委員と同じだとは見ていないのだから。

 

 相対する人物の、細かい感情の機微までも全て見抜くような観察眼。それが馬の合わない友人(セイア)とどうにも重なって見えて、ヒナと言葉を交わすことに嫌気が差してくる。

 

「うん、あなたたちの勇気を疑ったことは謝るよ。水に流してほしいとは言わないけど、今日だけは許してほしいな」

 

 やっぱりゲヘナ生とは仲良くできそうにないなという感想が浮かび、しかしミカはそれを心の中に押し留めた。

 

「あなたの謝罪、確かに受け取った。……では、改めてブリーフィングを開始する。シャーレの面々も、発言すべきことは遠慮なく口にしてほしい」

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