聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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事態は踊らず、進み往く(4)

 先生が買ってきたペットボトルの紅茶は、予想通りに甘ったるい味だった。

 

「やっぱり、ナギちゃんの紅茶って美味しかったんだなぁ」

 

 寮の屋根裏部屋で生活するようになってから、それまで手を出したことがないような食べ物や飲み物を口にする機会が増えた。市販の紅茶飲料などはその筆頭だが、ミカは決してこの味が嫌いではなかった。しかしどちらが好みかと問われたならば、やはりナギサが淹れてくれていた紅茶の方に軍配が上がる。

 

 思い返せば、最近は独り言も増えた。何かを話そうとしても相手がいないことにやっと慣れてきて、代わりに自分自身を納得させるように言葉を紡ぐようになっていた。

 

 だから、未だに現実味がない。身に纏うシャーレの制服にも、こうして風紀委員会の根城に乗り込んでいる現状にも、先生が掛けてくれた優しい言葉にも。実は全てが淡い夢でしかなくて、目が覚めたらまたあの屋根裏部屋にいて、自らの行いに対する酬いと向き合うあの日々に戻ってしまうのではないか。そんな思考ばかりが浮かんでは消えていく。

 

「……はぁ」

 

 向かいの壁に目を向ければ、ガンラックにゲヘナ製のメジャーな銃器が並んでいる。風紀委員長の言葉を信じるならば、ここにある武装のどれを使っても構わないらしい。つまりそれは、ミカ自身がどの銃器を持つか選ぶ必要があるということだったが……彼女の目に留まったのは自動小銃、HK416だった。

 

 ミレニアムが開発した名作小銃をゲヘナがさらに改良した、現在のキヴォトスにおける高性能自動小銃の金字塔と言っても過言ではない銃器である。そのうえ、ミレニアムの全知とかなんとか称えられているらしい生徒と、同校屈指の技術者集団によって共同開発されたというオプションパーツ用機構、ヘスパー・レールにもばっちり対応。今回は流石にスコープしか用意されていないようだが、本来ならばカスタムの余地も多大だ。

 

「ま、そんなの関係ないけどさ」

 

 とはいえ、ミカにとっては銃のスペックなどは大した問題ではない。究極的なことを言ってしまうなら、トリガーを引けばちゃんと銃弾が飛び出して、そこそこ狙ったところに飛んでいき、何よりも銃床で相手を殴っても問題ない程度の信頼性さえあれば、彼女にはそれで充分なのだ。故にミカがこの銃を選んだ理由は、本当にただの気まぐれでしかなかった。

 

 そして使う武器をさっさと選んでしまったミカは、いよいよこの待機時間を持て余しつつあった。スマホ片手にただただ時間を潰すのにも慣れたものだが、やはりモモトークで誰かと言葉を交わす方が彼女の性に合っている。

 

 だが、ふと気付く。メッセージを送る相手がいないのだ。トリニティでの別れから半日経ったか経っていないかという状況でナギサやセイアにメッセージを送るのは気まずいし、今まさに忙しくしているであろう先生を邪魔することもしたくない。パテル分派の取り巻きたちはとっくの昔に連絡を絶ったか勝手に連絡が途絶えていたかの二択で、仮に残っていたとしても暇潰しの会話相手としては不適格だ。

 

 屋根裏部屋にいたころは、二人の友人となんだかんだで毎日連絡を取り合っていた。先生だって事務的な返事ばかりではあったが、言葉を返すことはしてくれていたのだ。その選択肢が閉ざされた現状のなんと孤独なことか。今になって考えてみれば、パテル分派の首長として過ごしていた日々、あるいはそれよりも前すら含めたとしても、トリニティにおける聖園ミカの交友関係はあまりにも閉じ切っていた。

 

 あのころの自分に何が足りなかったか。思慮分別、実績、人望、そのどれもを彼女は自覚していた。けれども交友関係の狭さについては気にしていなかったし、友人の不足に至っては思い付きすらしなかった。その事実こそがまさしく思慮に欠けているということだったのかもしれないが、時既に遅く。

 

 ミカはいまや現実を直視しなければならなかった。牢獄に囚われていた日々から抜け出しても、屋根裏部屋の不自由から解放されても、自分がひとりぼっちである事実には何も変わりがない。

 

 新しく友人を作るにも、トリニティで今更自分と友誼を深めてくれる相手などいるはずもない。よしんば存在したとしても、聖園ミカと仲良くしているなどという噂が立ってしまった日には、その相手に余計な迷惑が掛かることは疑いようもない。先生は『トリニティでも新しい友達を見つけられたはず』などと言っていたが、ミカにはそんなビジョンが全く浮かばなかった。

 

「トリニティの外、かぁ」

 

 これからシャーレ部長として日々を過ごすなら、様々な学校の生徒と話す機会もあるだろう。もしかすればそこから始まる友人関係だってあるかもしれない。少なくとも、トリニティの中に閉じこもるよりはまだずっと可能性があるように思える。

 

 先生がきっとそれを望むだろうということもミカは理解していた。その望みに、先生の期待に応えたい思いは確かにある。しかしそれ以上に、ただただ友人が欲しいという純粋な願望がミカの中には生まれ始めていた。政治のあれこれを考えなくてもいい、自分のことをただの聖園ミカとして見てくれるような、しがらみのない友人。そんな相手が一人でもいれば、今感じている孤独感もずっとマシになるはずだ。

 

 無論、贅沢な話だとはミカも自覚している。新たな友人を求めていいような立場ではないし、現状ですら薄氷の上で踊るような幸運と、容易には得られないような好意の数々によって成り立っているのだ。それでも、もしもそんな願いが叶えばどうなるだろう。先生だって、自分に友人が増えることを()()()()()()()()

 

「だったら、私が望んだって……」

 

 ミカの小さな声は、手に持ったままだったスマホの着信音で掻き消される。モモトークの通話機能、発信元は先生だ。慌てて応答ボタンをタップ。

 

「もしもし、先生。どうしたの?」

 

 そう問いつつも、ミカは先生の答えをもう予想していた。忙しいだろうこのタイミングで先生から通話してくるなんて、用件は間違いなくひとつだ。

 

『ミカ、仕事の時間だよ。急いで来れる?』

「……うん! 今すぐ行くから待ってて!」

『助かるよ。それじゃあ一度切るね、私は大会議室の前にいるから』

 

 どうやら、やっと出番が来たらしい。今日の作戦が無事に終われば、悩む時間なんてきっといくらでもある。今はただ、目の前の任務に集中するだけだ。

 

 ミカは小銃を手に取って、勢いよく立ち上がった。

 

 


 

 

「来たね、ミカ。現状を説明するから、聞き逃さないで」

 

 開口一番、大会議室前の廊下で待ち構えていた先生が言う。彼女の背後に見える部屋の中では、司令部要員の風紀委員たちが相変わらず忙しなく動き回っている……が、漏れ聞こえてくる声には緊迫感がかなり混じっていた。考えていたよりも事態は一刻を争うようだ。

 

「う、うん」

「2分前、学園中央区で任務に当たっていた風紀委員からの第一報。敵対勢力と思わしき集団が警戒ラインを強引に突破。目視できるだけでも数十人以上の規模、複数の車両を伴い、元アリウス分校所属の可能性が高い生徒も多く確認したらしい」

「警戒ラインって……本部(ここ)を中心に敷いてたんだよね?」

「その通りだね。集団の目標地点は不明だけれど、最も可能性が高いのは間違いなく風紀委員会の本拠地、つまり私たちが今いるこの場所。さらに他の地点で警戒中だった風紀委員たちからもリアルタイムで報告が上がってる。やっぱりこっちが本命だったね」

 

 そう語る先生の様子が妙に落ち着いていることに、ミカはすぐ気付いた。さらに先生だけではなく風紀委員たちも、委員長の不在時に不意を突かれて本部を襲撃されたにしては、少なくとも混乱してはいないように見えた。

 

「……もしかして、私をここに待機させてた理由ってこれだったりする?」

「うん、正解。でも種明かしは後だよ。ミカにやってもらう仕事は単純、第一報を入れた風紀委員たちのもとに急行して、()()の速やかな鎮圧を援護すること。ミカと一緒に第七中隊が向かうから、可能であれば協力の上でね」

「途中で誰かに邪魔されたらどうするの?」

「全員排除して構わない。ミカが守るべきだと判断したものに危害が及ぶようであれば、容赦はしないようにね。後始末は全部私がやるから心配しないで。どうかな、理解できた?」

 

 先生の問いに、ミカは満面の笑顔を見せる。

 

「おっけー、私に任せて! すぐに全部片付けてくるからね☆」

「うん、頼りにしてるよ。現場までは……ああ、ちょうどいいところに」

 

 先生が向ける視線の方にミカが振り向くと、そこには風紀委員会でもそう見ないほどの重装備を整えた生徒の姿があった。顔と名前が一致しないので幹部格ではないだろうが、ブリーフィングでは見覚えのある顔だ。

 

「……部外者の、それも元トリニティの手を借りるなど不本意だが、任務は任務だ。我々、第七中隊の指揮車に同乗しろ。お前を送り届けてやる」

 

 途中まではミカが完全に場を支配していたあのブリーフィングで、堂々と啖呵を切ってみせた風紀委員のひとり。そんな彼女が、奇しくも第七中隊の指揮官だったらしい。

 

「ふーん、あなたがそうだったんだ」

「……チッ」

 

 どこか面白がるように弾む口調と、露骨なまでの舌打ち。しかし彼女たちの様子を見ても、先生は何も心配していないようだった。

 

「それじゃあ、ミカのことをよろしくね。気をつけて行ってらっしゃい」

 

 散歩にでも行くのを見送るような気軽さで、先生は手を振りながらそう言った。

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