聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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致命の一撃(2)

 ミカと第七中隊が装甲車で戦場に乗り付け、大立ち回りを演じていたのと同時刻。

 

 風紀委員長たる空崎ヒナは既に自らの任務である犯罪組織の拠点襲撃を無事に完了し、輸送ヘリに搭乗して風紀委員会の本部庁舎に蜻蛉返りしている最中だった。

 

「戦況は……概ね順調に推移している、か」

 

 風紀委員会による襲撃作戦は一定の成果を見たと言ってよい。敵戦力自体がどこも大したものではなかったし、そもそもが陽動であるから、本命を隠し通せただけでも上々である。

 

 そして裏で進められていた本命の作戦であるスパイの摘発も、アコからの報告では容疑者を全員拘束できたという。スパイ候補のほぼ全員が『あとは状況証拠だけ』という段階だったことを鑑みれば、恐らくは現場か証拠をきっちり抑えられたのだろう。これは帰還後に報告が上がってくるのを待っていればいい。

 

 そしてもうひとつの本命。すなわち第三の目論見であったところの、アリウス残党による風紀委員会本部への()()()()()すること。これに関しても、今のところは上手くいっている。

 

 結局のところ、アリウス生たちが風紀委員会にとって未だ頭痛の種となっている根本的な原因は、指導者と指揮官と学園の全てを失ってもなお彼女たちが一定の規模を保ち、集団的に行動しているということにあった。

 

 これを解決する方法はひとつのみ、集団の構成員をひたすら確保し、切り崩していくことだけだ。しかし、ちまちまと一人ずつやっていたのでは埒があかない。ただでさえ兵士として教育され、ゲリラ戦の何たるかを叩き込まれているのがアリウスである。どうにかして、彼女たちをまとめて無力化する手段はないものか。そこで白羽の矢が立ったのが、アリウスが送り込んできた可能性の高いスパイたちを逆に利用してやるという作戦だった。

 

 ヒナが不在であるというだけで、風紀委員会の戦闘能力は間違いなく半減する。だが、逆に言えば半減するだけなのだ。司令塔も無ければ根拠地も無い現状のアリウスでは、ヒナ抜きの風紀委員会にも勝ち目はない。数合わせの犯罪者たちを巻き込んで、何者かから潤沢な支援を受けるという前提であっても難しいだろう。

 

 しかし仮に風紀委員会の大半があちこちに散らばって動員されるとしたらどうだろうか。戦車を運用する主力部隊を含めた大半の治安維持要員が出払って、本部の戦力はこれ以上ないほどに薄い。風紀委員長に至っては、『最も交通量と人員の行き来が多い境界地域を担当し、他自治区からの介入も同時に警戒する』などと言って、本部から遠く離れたトリニティとの境界線付近に陣取る予定だ。風紀委員会きっての歩兵戦エキスパート、第七中隊すら風紀委員長と共に出払うと言うではないか。

 

 だとすれば。迅速な侵攻、一時的な占領、そして短時間の略奪を徹底することさえ叶えば、今のアリウスでも風紀委員会に一矢報いることができる。その名誉と名声を汚した上で、アリウスはまだ戦い続けることができる。それ以外に生き残りの道はない。

 

 そう確信したスパイが外に情報を流した時点で、アリウスは諜報戦に負けていた。

 

 実際には稼働可能な戦車の半数が本部防衛のために警戒ライン内で待機しており、第七中隊も本部で重石のように居座り、ヒナに至っては風紀委員会保有の輸送ヘリを一時的にトリニティ自治区内に置かせてもらうことまでして、自治区内のどこにでも空路で速やかに駆けつけられるようにしていたのだ。

 

 そして極めつけには、作戦当日早朝になってのシャーレに対する要請。ヒナたちにとって予想外だったのは先生だけでなくもうひとりの生徒がシャーレ部長を名乗ってくっついてきたことだが、それならそれで戦力が増えたと考えればいいだけの話だった。

 

 敵方に察知された奇襲作戦はかなりの確率で失敗する。ましてや敵方によって仕組まれた奇襲作戦など、失敗しない方がおかしい。あまりにも当然すぎる話だが、現時点ですら風紀委員会が優勢どころか勝勢に傾いているのは、間違いなくこれが理由だった。

 

「……聖園ミカ、ね」

 

 ヒナはトリニティに対して特段の悪感情を抱いているわけではない。それは聖園ミカという個人に対しても同じことが言える。そもそも関わり合いのない相手なのだから、それも当然のことだ。はっきり言って、ミカに対してヒナが抱いているのは()()()である。その一方で、ミカの戦闘能力がどの程度のものなのか、ヒナはその片鱗を知っていた。より正確に言えば、以前シャーレを訪ねたときに映像記録で観たことがあった。

 

 アリウス本拠地で勃発した戦闘のログ。先生が記録していたそれには、テロの主犯であるはずのアリウススクワッドが先生の指揮下に入り、ティーパーティーの聖園ミカと戦闘を繰り広げるという、エデン条約絡みの情報を把握すればするほど首を傾げたくなる映像が含まれていた。

 

 かと思えば、次の映像はミカとアリウススクワッドが協力してユスティナ聖徒会の亡霊たちと戦うもの。そして最後のログには、ミカは不在のまま、アリウススクワッドが巨大な化物を相手にしている映像が入っていた。元々の完全なデータから先生によって切り出された結果がこんなぶつ切りの記録なのだろうが、だとしても不可解にも程がある。

 

 観せられるのはここまでなんだ、と先生は笑って言った。たったこれだけの不自然な映像記録ですら、アリウススクワッドと直接交戦した経験のある生徒以外には、そう簡単に閲覧させられないのだという。

 

 何か都合の悪い情報でも映り込んでしまって、トリニティの上層部か連邦生徒会にでも公開を止められているのか。それとも、聖園ミカやアリウススクワッドの心情を想ってそうしているのか。ヒナがそう問うと、先生はきっぱりと否定した。

 

『まさか。……こんな状態になっているのはね、私の失敗を覆い隠すためなんだ。この失敗を冗談交じりに話せるときが来たら、そのときはヒナにも観せてあげるよ』

 

 ヒナが思うに、先生にはどうにも秘密主義的なところがある。恐らく先生と接した誰もがそう感じるのだろう。先生はその功績に比して、生徒たちから全幅の信頼を得ているとは言い難い部分が否定できない。かつてのヒナ自身とてそうだったのだから、これをとやかく言う筋合いは全くない。問題はもっと違う場所にあるのだ。

 

 つまり、先生を本気で信頼している極少数の生徒。例えばそれは空崎ヒナであったり、小鳥遊ホシノであったり、はたまたヒナが把握していないところに存在するのかもしれないが……そういった生徒の中に、聖園ミカは間違いなく含まれている。そこまではいい。

 

 しかし、ミカは連邦捜査部の部長になった。ヒナがそうならなかった、ホシノもそうならなかった、シャーレの部長という座。生徒として、先生に最も近い場所であろうその地位に彼女は収まっているのだ。

 

 ああそうだ、認めよう。これは嫉妬だ。こんなことを考えている自分が浅ましいし、こうして考えていること自体が自分らしくないのも重々承知だ。シャーレの部長にしてくれと先生に願ったこともなく、ミカとてそれを願ったわけではあるまい。理由もなく願われたとしても、先生はそれを認めないだろう。

 

 先生には確かな目的があるはずだ。ヒナはそう信じている。けれども先生は秘密主義だから、その真意を教えてくれることはない。ヒナはそれを知っている。

 

 先生はそんなに聖園ミカのことが大事なのだろうか。

 

「……当たり前か」

 

 先生はキヴォトスで暮らす全ての生徒を大事にしている。その中で殊更手のかかる生徒がミカなのであって、ヒナでもあるのだろう。結局はそれだけのことなのだ。けれども、少しでいいから特別な扱いをしてほしいと願うことは罰当たりだろうか。これ以上を望むのは傲慢だろうか。

 

 そうして答えの出ない問いに沈みかけていたヒナの意識が、着けっぱなしのインカムから聞こえてきた音声で、現実へと一気に浮かび上がる。

 

『緊急発報、風紀委員会行政官命令。本通信を傍受可能な全ての風紀委員及び救急医学部員へ』

「……先生?」

 

 風紀委員会行政官、つまりアコによる命令という形式を取ってはいるが、その声は明らかに先生のそれだった。何か良からぬことが起きている、それは間違いない。仮にも風紀委員長であるヒナに一言すら知らせもせず、ましてやあの先生が、生徒に対して命令という言葉を避けないとは。それだけ時間が惜しいのか。

 

『現時点、風紀委員会が対処中の暴動にあっては、暴徒によるサーモバリック手榴弾の使用が認められるとの情報あり』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヒナは前部座席のヘリパイロットに掴みかからん勢いで捲したてた。

 

「帰還を急いで! 全速力で飛ばしなさい!」

「りょ、了解しました!」

 

 顔に浮かぶ表情は、今や物憂げな少女のそれではない。ヒナの命令で輸送ヘリが巡航速度を超えていく最中にも、先生による通信は続く。

 

『展開中の風紀各部隊は現地指揮官の判断による撤退を許可。医療要員は負傷者情報を把握の後、対策本部へ直接上申のこと。救急医学部へ出動待機要請、全層熱傷・窒息・有毒物質吸引への処置準備を優先。繰り返す、暴徒によるサーモバリック手榴弾の使用が……』

 

 たかだか派手に燃えるだけの手榴弾で何を大袈裟な、と思う者もいるかもしれない。確かに火炎瓶などはゲヘナやレッドウィンターでしばしば利用される安価な投擲物だし、キヴォトスでは銃弾や砲弾が雨霰と降り注ぐ光景もそう珍しくない。先生やヒナの焦りようはどこか滑稽にすら見えるだろう。だが、それはあまりにも大きな勘違いである。

 

 兵器溢れるキヴォトスにおいても、サーモバリック爆弾は所持・流通・使用の全てが連邦生徒会によって禁じられているのだ。より正確に言うとサーモバリック爆薬を利用するものに留まらず、いわゆる燃料気化爆弾に分類されるであろう兵器はキヴォトス全域で禁止されている。

 

 このような制限が明示的に設けられた兵器は、キヴォトスでは珍しい。事実上、いわゆるNBC兵器──核兵器(Nuclear)生物兵器(Biological)化学兵器(Chemical)の総称である──と同等の規制が行われているのだから、その厳しさは異様に映るかもしれない。とはいえ、実のところ厳しい規制の理由は単純だ。

 

 すなわち、これらの兵器はキヴォトスに住む人々をも容易に死へと至らしめるのだから。

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