聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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致命の一撃(4)

 嫌な展開になってきた。現状を分析したミカの弾き出した結論だ。

 

「めんどくさいなぁ、もう……」

 

 何をどうしようがミカ相手に正面からの戦闘では勝てないとようやく察したのか、アリウス側は徹底的な遅滞戦術に走り出している。当初はヒナ相手に行うつもりだったのだろう時間稼ぎをしつつ、隙あらばミカに手痛い一撃を入れようとひたすら試み続けている。

 

 対するミカは小細工なしに正面からアリウス生を吹き飛ばせるわけだが、とにかく相手の数が多すぎる。複数人で固まっていても、カバーに入るどころかミカの()()でまとめて葬られることを学んだのだろう。ミカからの射線を上手く切りつつ、もし遮蔽ごと爆撃されても最小限の生徒しか巻き込まれないような位置取りにシフトしていた。

 

 並の銃弾などは数発貰ったところで何も問題ないミカだが、流石に手榴弾などの爆発物が至近距離で炸裂すれば多少の痛みを感じるし、ついでに巻き上がる煙で咳き込み視界は塞がれ、と最悪この上ない。そのタイミングでサーモバリック手榴弾を投げ込まれた日には避けようもないのだ。

 

 確かに表向きのダメージは大したものではないとはいえ、直撃すれば炎に包まれて不快な熱を感じるのは事実だし、なにより一瞬とはいえ思考が揺らめき、身体がふらつくのはとても良くない。今まで経験したことはなかったが、これが酸欠なのだろうか。普通ならばこれだけで昏倒してしまうというのだから、つくづく自らの身体が丈夫なことを喜ぶばかりだ。

 

 その一方で、インカムから聞こえてくる無線通信は、空崎ヒナが空を飛び回りながら敵の殲滅を繰り返しているらしいことばかり伝えてくる。状況はさっぱりわからないが、風紀委員長としての仕事はしているということなのだろう。

 

「……負けられない」

 

 第七中隊長に啖呵を切った手前、この戦線を放棄することなどできない。風紀委員長が活躍しているのだから、それに劣るわけにはいかない。先生が信頼してくれたのだから、期待を裏切るわけにはいかない。

 

 投擲物による無駄な消耗を避けるために、ミカはできるかぎり遮蔽に隠れようと試みていた。しかし肝心の遮蔽はそもそも当のミカがほぼ全て破壊した後だ。その上、ミカが守りに入れば入るほどアリウス側には余裕が生まれる。どれだけのアリウス生が後退して他の戦線に流れたか、それとも逃げ出したか。

 

 いっそ、奥の手を使ってしまおうか。

 

 ひとつふたつでなく、豪勢に墜としてしまえばいい。そうすればこんな戦場も一瞬で片付く。市街地の被害は計り知れないだろうが、どのみちこの大通りは今や瓦礫と煤の山になっている。そこから道路に大穴が空いたところで何が問題になるだろうか。そんな思考が湧いては消える。いいや、ミカ自身が消すように努めていた。その理由は、他ならぬ先生の言葉だった。

 

『ミカ、一個だけ約束してほしいんだ。ミカの特技……つまり星を墜とすことについてなのだけれど、これからはあまり使わないようにしてほしい』

 

 聴聞会が刻一刻と迫っていた夜明け。カタコンベの中で、先生はミカにそう言った。

 

『えっと……どうして?』

『人間の身に過ぎた力には代償が伴いがちだから、かな。理論的に説明することが難しい、特別な能力を持った生徒……それこそセイアが代表例だけれど、そういう子たちを見ている限り、大抵は使った能力に対して大きな代償を支払っている。今のミカが問題なかったとしても、理外の力を振り翳しすぎれば、いつか代償を払うことになるかもしれないからね』

 

 先生の言い分はもっともだった。しかし同時に、当時のミカにはその言葉を素直に飲み込むことができなかった。

 

『……だとしたら、()()()()()()()()?』

『ふふ、私は代償の払い方をよく理解しているつもりだよ。……だからこそ、ミカには約束してほしい。星を墜とした結果として、何が起きても後悔しないと確信できるときにだけその能力を使うことをね』

 

 結局、ミカは頷いた。先生に持ち前の笑顔ではぐらかされたのを理解しつつも、それ以上に踏み込む勇気を持っていなかったのだ。

 

 翻って、今から星を墜とした結果として何が起きても、本当に後悔しないと私は言い切れるか? そう自分自身に問い、即答できない。その時点でミカの選択は決定付けられているようなものだった。悩む余地など存在しないはずなのに、募る焦りと苛立ちが余計な選択肢を生む。思考のリソースが割かれてしまう。

 

 この戦場で任務に当たっていた風紀委員は、負傷者を含めた全員が撤退を完了したらしい。増援が来るという話も聞いていない。つまり、今ならばフレンドリーファイアの危険はない。ミカ自身ですら制御できるとは言い難い、あの能力を使ったとしても。

 

 そうだ、後先考えたところで何になる。今は私自身の仕事さえこなせればいい。

 

 “et nemo est adiutor(あなたがたの天使長ミカエル) ────”

 

 逸る感情に押し流され、聖句を諳んじかけるミカ。そんな彼女の心を現実へと引き戻したのは、歩を進めた右脚に何かが引っ掛かる感覚だった。

 

 足元に目を向ける。鈍色のワイヤー。

 

「まずっ……」

 

 ミカがそれ以上何かを言う前に、強烈な衝撃が右半身を襲った。さらに遅れてやってきた耐え難い鈍痛に思わず姿勢を崩す。

 

 典型的なワイヤートラップと対人地雷。爆発そのものによる戦闘不能を狙うのではなく、爆発の衝撃で数百個の鉄球が指向的に飛び散り、散弾銃の要領で敵を殺傷するタイプだ。ここまで痛みらしい痛みを感じていなかったところに、そんなものを至近距離で受けてしまえば、流石のミカも涼しい顔ではいられなかった。

 

 幸か不幸か、とりわけ頑丈な自分の身体はまだ動く。しかし悲鳴を上げる痛覚のせいで気が遠のく。まずい。誰一人として味方のいない戦場で気絶して、その先に何が待ち受けているか。想像するに難くない。それを理解していたが故に、ミカは半ば気合で倒れずに持ちこたえた。

 

「今だ、やれッ!」

 

 聞こえてくる叫び声。

 

 もう一度何か食らえば、次の痛みには耐えられないかもしれない。好機とばかりに叩き込まれるだろう攻撃の芽を潰そうと、ミカは前を向いた。

 

 そして、何も視えない。砂煙の向こう側に蠢く影すら、ぼやけて消える。

 

「……あ」

 

 上手く声が出ない。視界が霞む。折角崩れ落ちずに済んだのに。まさか、たかだか対人地雷の一撃で? どうして? 疑問だけが浮かび、解答は与えられない。再び襲いかかってくるはずの痛みに対して、きゅっと目を瞑ることしかできない。

 

 そして次の瞬間。ミカの頬を、熱風が撫ぜた。

 

 


 

 

「……酷いですね」

 

 ゲヘナ学園救急医学部の部長、氷室セナを以てしてそう言わしめる惨状。それが、彼女の眼前に広がる光景だった。

 

 大通りに面した建築物はおおよそ破壊されつくしている、それは仕方あるまい。どうせゲヘナ自治区ではよくある、放棄されたゴーストタウンのひとつだ。後片付けは手間だろうが、それは救急医学部の領分ではない。問題は彼女の領分、すなわち救うべき負傷者だ。

 

 まず目に付いたのは、真っ白な制服にあざやかな髪色の生徒。先に聞いていたシャーレからの助っ人、聖園ミカが大通りの中央で倒れ伏していた。

 

 外傷は少ないが、意識不明。右半身に打撲痕のような小さい痣が目立つほか、右目の瞼が切れ、血がかなり流れていた。言うまでもなく、眼球付近の外傷は放っておけば失明のリスクすらある。彼女には最低限の応急措置を施した上で、即座に救急車で後送することとなった。

 

 しかし負傷者がミカだけであれば、救急医学部としてはよくある話で済むところだった。問題は、彼女が倒れていたその先で折り重なっていたアリウス生たちである。

 

 暴徒に混じったアリウス生がサーモバリック手榴弾を使用している、という話は当然把握している。その被害を受けた風紀委員や、半ば同士討ちされて巻き込まれた暴徒がいるという報告も先程から上がっている。主戦場となっていたこの場所では、他戦域よりもさらに多い負傷者が生まれているに違いない。セナに限らず、救急医学部員の誰もがその覚悟を持ってここに来たはずだった。

 

「部長!」

「今向かいます」

 

 部下の呼びかけに応じてセナが近寄れば、そこでは今まさに軽症のアリウス生たちが応急手当てを受けていた。それを一瞥してから、セナは改めて問いかける。

 

「した……負傷者の状況は?」

「重症患者として、重度熱傷が一名、中等度熱傷が二名。該当の三名に関しては救急医学部中央センターに搬送済です。さらに中毒症状を示した負傷者五名、こちらはミレニアムサイエンススクール高度救命救急センターが受け入れ態勢を整えており、空路で搬送中。それから……パニック発作の傾向が著しい者について、トリニティ救護騎士団本部センターから受け入れ可能との申し出がありました。該当する負傷者は十四名です」

「全体としての負傷人数はどうなっていますか?」

「集計中ですが、この大通りだけで百名は下りません。負傷者のほぼ全ては軽度熱傷、うち半数程度には熱傷とは関係のない打撲や骨折が見受けられます。こちらは戦闘中の負傷かと思われます」

 

 軽度熱傷とは言うものの、例え全身火傷であったとしても表皮だけで済めばI度熱傷、すなわち軽度熱傷であるからして、その分類の意味は『とりあえず死の危険はないし、完治の見込みもある』というだけに過ぎない。だが、サーモバリック手榴弾に巻き込まれたのならば熱傷を受けるのは当然だ。問題の主軸は別のところにある。

 

「……多すぎますね」

「部長もそう思われますか」

 

 サーモバリック手榴弾は、確かに巻き込まれてしまえば大きな被害を被る。しかしその一方で、危害範囲はそう広いわけではない。少なくとも、一個が爆発したせいで熱傷による負傷者が百人を超えるようなことは間違いなく起こり得ないのだ。

 

「実は、意識の戻った負傷者にある程度共通して、妙な発言が見受けられまして」

「妙な発言? 内容はなんですか」

「その、なんとも信じがたいのですが……空から火球が降ってきた、と」

「は?」

 

 セナの率直な返答を責めることは誰にもできまい。その反応を予測していたのだろう、部下はさらに続ける。

 

「その発言を信じるのであれば、サーモバリック手榴弾による被害はあくまで副次的かつ局所的であり、負傷者の大半は空からの火球で熱傷を負ったということになるのですが……流石に集団幻覚の類ではないかと……」

「……真偽を確かめるのは後です。今は救急医学部としての職務を果たしてください」

 

 了解しました、と威勢の良い言葉を返してから駆けていく部下の後ろ姿を見送り、セナは踵を返した。制服のポケットからスマートフォンを取り出し、モモトークを起動する。目当ての人物にコールしてみれば、あっという間に繋がった。

 

「……もしもし、氷室セナです。先生、少しお時間をいただいてもよろしいですか」

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