聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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致命の一撃(5)

 錠前サオリにとって、今日は実に不可解な一日だ。

 

 早朝、先生からモモトークで突然の連絡。曰く、アリウス生がゲヘナ自治区でテロを計画しており、風紀委員会とシャーレが協力してこれを阻止するため、今日中に動くのだという。

 

 とはいえ、こういった情報が先生から回ってくること自体はあまり珍しくもなかった。寄る辺を失ったアリウス生が起こす犯罪や騒動の情報だけではなく、トリニティやヴァルキューレによる生徒の受け入れによって寄る辺を得た元アリウス生の処遇、そしてその後の動向についても。シャーレとして知り得るアリウス絡みの情報を全て流しているのではないかと思うほどに、先生からの情報は事細かい。

 

 サオリとしては、アリウスという組織に特段の未練があるわけではない。ベアトリーチェを裏切った時点でそのようなものは既に存在しないのだ。一方でアリウスの一員であった生徒たちに対しても何の感情も抱いていないのかと問われれば、それは否である。

 

 姫のためにかつての同胞を裏切り、銃口を向けたことは事実だが、それでも彼女たちは同胞だったのだ。だからこそ先生にアリウス生の現状を教えてもらえるのはサオリにとってありがたいことであったし、その情報には対価が必要なはずだと彼女は考えていた。

 

『何か手伝えることはあるか』

 

 先生から情報がもたらされるたび、サオリはそう聞いた。そして彼女に問われるたび、先生はこう返した。

 

『今は大丈夫。必要なときにはお願いするね』

 

 いくら対人コミュニケーションの経験が浅いとはいえ、サオリでも流石にわかる。これは間違いなく社交辞令の類だ。

 

 アリウス絡みの案件にこれ以上首を突っ込ませたくないのかもしれない。別れて行動しているアリウススクワッドの面々に対しても同じような対応をしているだろうことは容易に想像できる。このままでは対価を返せないまま、ただ恵みを受け取るのみだ。恩だけが積み重なるばかり、これはよろしくない。そう考えていた矢先のことである。

 

『何か手伝えることはあるか』

『それじゃあ、車かバイクの運転はできる?』

 

 予想外の返答にサオリは面食らうも、すぐ気を取り直してメッセージを送り返す。

 

『バイクであれば自信がある』

『わかったよ。少し頼みたいことがあるのだけれど、いいかな?』

 

 思い返してみれば、この時点で先生の物言いは不可解だったかもしれない。先生が伝えてきたところによれば、シャーレは風紀委員会と共に行動するはずで、だとすれば車やバイクといった移動手段は風紀委員会に頼めばいくらでも出てくるだろう。だが先生の頼みを断るという考えを持つはずもなく、サオリは端的に意思を示した。

 

『了解した』

 

 そうしてサオリに与えられた任務は、尚のこと不可解だった。曰く、シャーレ名義でバイクをレンタルするから、それを受け取ったうえで所定の地点に向かい、指示があるまで待機せよ。くれぐれも見つからないように。

 

 わざわざ念押しされたことをサオリは疑問に思ったが、先生の言う『所定の地点』とやらを確認すればすぐに納得が行った。なんとゲヘナ中央区のさらに中心地、風紀委員会本部に程近い繁華街の中ではないか。仮にもサオリは指名手配犯なのだから、風紀委員に見咎められでもすれば一発でアウトだ。

 

 しかし先生の言葉を信じるならば、目立つ行動を取らなければ絶対に見つからないという。正直なところ甚だ疑問だったが、それでもサオリが言われた通りの路地裏に隠れていると、これが面白いほどに見つからない。まずもってこの繁華街では風紀委員を見かけないし、たまに何かやってきたと思えばヴァルキューレによるほぼ形だけのパトロール。あとはちらほら一般人が通るだけ。

 

 普段は風紀委員ももう少しまともに巡回しているのだろうが、今日に限ってはそんな人員も軒並み出払っている。そして風紀委員会本部が近いこの場所で、ヴァルキューレが真剣にパトロールなどするはずもない。なるほど、素直に隠れていればそう見つかるわけがなかった。

 

 しかしここで隠れているのが任務とは妙な話である。今日のサオリに求められるのは、車かバイクが必要で、なおかつ風紀委員には任せられない仕事であるはずなのだ。暴徒と化したアリウス生への囮にでもなれという話なのかと最初は思っていたが、どうもそういうわけではないらしい。先生に次の命令を求めても、その場で待機としか返ってこない。気付けば、太陽がもう真上で輝き始めている。

 

 そして、サオリがいよいよ暇を持て余し始めた頃合いだった。

 

「こんにちは、サオリ。直接会うのは久しぶりだね」

「……何故ここに」

 

 サオリにそう問われても、先生はいつもと何ひとつ変わらない微笑みのままだ。

 

「風紀委員会の本部から一旦抜けてきたんだ。だいぶ空気がヒリついててさ……息抜きは必要だよ、誰しもね。だからサオリにちょっと他の場所まで連れていってもらおうかなって」

「……何処まで向かえばいい?」

「中央区の東側、ランドマークになってるツインタワービルのことは知ってる?」

「ああ」

「それなら話は早いね。そこまで乗せていってくれる?」

 

 そう言いつつ先生はタンデムシートに乗る。勿論、先生の言葉を額面通りに受け取るほどサオリも馬鹿ではない。こうして先生をどこかに運ぶことがサオリに課せられた任務なのだろう。

 

「しっかり掴まっていてくれ」

 

 アリウスにいたころも、誰かと二人乗りをしたことはなかった。初めて後ろに乗せる相手が先生になるなど、少し前の自分では想像すらしなかったことだ。

 

 エンジンをかけ、路地裏を抜ける。再開発の最中にあるからか、表通りも相変わらず人通りは少ない。ヘルメットさえ被っておけば見咎められる心配もないだろう。

 

「……ところでサオリ、最近の生活はどう? というより、ちゃんと生活はできてる?」

「ああ、仕事をいくつかこなしている。私が飢えないだけの稼ぎはある」

「そっか。うん、それは良いことだね」

 

 ブラックマーケットを根城にしている今のサオリは、安定や安全という言葉から最も程遠い場所にいる。方向性は違えど、ある意味では昨日までのミカと同じように、生徒がいるべきではない場所にいる。

 

 しかしサオリとミカの違いは単純だ。サオリは今の薄暗い場所から抜け出そうともがいている。明日の生を掴むため、必死になっている。そしてミカは、かつての薄暗い場所にいる自分のことを諦めていた。明日に希望を見出していなかった。

 

 故に先生は、ミカのことをシャーレまで引っ張ってきた。そうしないと潰れてしまいそうだったから。先生の知る限り、ミカこそが一番シャーレを必要としていた。

 

 経済的な困窮、過酷な境遇、あるいは周囲の無理解。そういった面で見るならば、先生の知る生徒の中にも、ミカ以上にシャーレの助けを必要とするかもしれない者はいる。サオリはその筆頭だ。けれども先生の知る限り、彼女たちは誰も全てを諦めてはいなかった。

 

「これはアリウススクワッドの皆にも伝えたことだけれど、生活していくうえで困りごとがあったらシャーレを頼ってね。今更迷惑だなんて思わないから」

 

 先生はそう語りかけるが、サオリは答えない。

 

「公園暮らしだからってシャワーを借りにくる子もいるし、些細な悩み事を聞いてほしいからって訪ねてくる子もいる。一緒にスイーツを食べたいから、なんて子まで来るんだよ」

「……しかし、私は」

「これだけははっきりさせておくけれどね、サオリ。連邦捜査部シャーレはあらゆる生徒にその門を開いている()()()()()()ということを知っていてほしい」

 

 サオリは己の耳を疑った。先生と話し、そして助けてもらった数少ない経験から考えても、その言葉が先生の口から発せられたとは思えなかったからだ。

 

「私だけじゃどうしても限界があるから、あまねく生徒たちの味方にはなれない。私はただ、前に進む意思を燃やしている子たちの味方をしているに過ぎない。そして意思を持てない子たちには、できる範囲で手を差し伸べることしかできない。だからさ、もっと頼ってほしいんだ。貴女たちは、偶然にも私の手が届きそうな場所にいるからね」

「……何故、そこまでする? 私はお前を死の淵まで追い込んだというのに」

「そうだね、どうしてって言われると……趣味だから、かな」

 

 先生はくすりと笑って続ける。

 

「これがシャーレの先生としての仕事だから、って答えるのは簡単だよ? でもはっきり言って、仕事なだけだったら私はもうとっくに投げ出してると思う。だからこれは趣味なんだよ。困っている子たちに手を差し出して、楽しそうな子たちと一緒に笑って、その結果として空は今日も澄んでいる。そのためなら、私がちょっと死にかけるくらいどうってことないよ」

 

 まあ、本当に死ぬのはちょっと怖いけれどね。最後に先生がそう付け加えたきり、会話はぷつりと途切れる。

 

 そのまましばらく走っていれば、先生の言うツインタワービルが見えてきた。高さ200mを越えるという真新しいビルは、ゲヘナ中央区における再開発計画の目玉になっているという。戦術的にはそこまで重要な目標というわけでもないが、相手の意思を挫くという意味ではテロの標的にぴったりだろう。

 

 だがその割にはやはり風紀委員の巡回を全く見かけない。というより、人通り自体が先程から妙に少ない。

 

「やっぱり通行人は少ないね。見つかる心配がなくて気が楽だよ」

 

 サオリの思考を読んだように先生が言う。

 

「今回、アリウス側は結構な大兵力にそこそこ良い兵器まで持ってきてるみたいでね。大半が寄せ集めだから統率が取れているとは言い難いけれど、数は暴力だから風紀委員会も苦戦してる。だから予備兵力も殆ど前線に投入したし、市民には警報を発して外出を控えるように言ってるんだ。それでも出歩く人がいるあたり、事件慣れしちゃってるんだろうね」

 

 ぺらぺらと機密であろう情報を喋る先生。それで良いのかと思いつつも、サオリはもっと別のことが気になっていた。

 

「その状況で、本当に風紀委員会本部を抜けてきても構わなかったのか?」

「いや、全然? アコには散々怒られちゃったよ、こんな大事なタイミングで〜って」

 

 あまりにもあっけらかんと先生は言い放った。

 

「でも、ちょっとやるべきことがあってね。見晴らしの良い場所が必要だからさ、こうやってサオリに連れていってもらってるってわけだよ」

「……そうか」

 

 会話は再び途切れる。

 

 切羽詰まった状況で、こうして抜け出すことまでする必要のある用事。風紀委員に車のひとつでも運転させればいいものを、こうしてわざわざサオリを駆り出す必要のある用事。サオリには全く見当がつかなかったし、考えるだけ無駄なのだろうとも理解していた。

 

 ハンドルを切る。ツインタワービルはもうすぐそこまで近づきつつあった。

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