聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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無邪気な君と希望の夜(4)

 寒空の下で待っていると言うからには、ナギサのいる場所はティーパーティーだけが足を踏み入れられるテラスだろう。ミカはそう考えていたのだが、セイアに導かれるまま歩いているうちに、どうやらそれが見当違いであったらしいということに気付いた。

 

 ただでさえ人の気配が無い真夜中の学園、その中でも殊更目立たない裏門のひとつ。その前にナギサが立っているのを見つけて、ミカは思わずセイアを置き去りにして駆け寄った。

 

「ナギちゃん!」

「こんばんは、ミカさん。その様子だと、署名はしていただけたようですね」

 

 安堵の表情を浮かべるナギサ。一方、その言葉を聞いたミカは頬を膨らませる。

 

「セイアちゃんが色々聞かせてくれたからね。でも、私に何の相談もせずにいきなり呼び出すのはちょーっとどうかと思うよ?」

「ごめんなさい、それしか手が無かったのです。今回の件はスピードこそが肝心でしたから」

「スピードが肝心って……他の派閥に知られるのがまずいってこと?」

「それもありますが、何よりもパテル分派に先んじて動かなければなりませんでした。パテル分派が新たな首長を選出すれば、名目上の肩書とはいえ未だティーパーティーであるミカさんが本当の意味で一般生徒になってしまいますから」

 

 ミカが元々所属していたパテル分派の庇護を失っている今、トリニティの政治派閥で積極的に彼女を守ろうとする者はいない。強いて言えば正義実現委員会、シスターフッド、救護騎士団の三派閥がその職務の範疇で過激な反聖園ミカ運動を抑え込む努力を行っているのみである。

 

 そしてそもそもがパテル・フィリウス・サンクトゥスの三大派閥による寄り合い所帯であるティーパーティーにも、やはりミカを守ろうという動きはない……どころか、多くの者はミカの陰口を叩くか、黙して語らずにいるかの二択。あくまでティーパーティーのトップであるナギサとセイアが、勝手にミカを守ろうとしているだけなのだ。

 

「あー、そっかぁ。パテル分派からしたら、私をさっさと切って身の潔白を訴えたいよね。でも、あれからずっと聖座空位(Sede vacante)なんでしょ? 未だに責任の押し付け合いでもしてるのかな」

「……概ねその通りです。だからこそ、私とセイアさんの意見がティーパーティーの総意として扱われるうちに事を進めたかった、というのがひとつめの理由ですね」

「ひとつめ? まだ何か理由があるの?」

「ナギサがこのような場所で君のことを待っていたという不自然さ。それが半ば解答であると言えるだろうね」

 

 やっと追いついてきたセイアに背後からそう言われて、ミカは首を傾げる。

 

「そうそう、どうしていつものテラスじゃなくてここで待ってたの? ティーパーティーの行政官にも知られたくなかったから? それにしたって、そもそもナギちゃんが会うって決めたなら、明日の朝にでもこっそり私のところに来れるはずだし」

「いいえ、ミカさん。明日になれば、私たちはもうトリニティで会うことは叶いません」

「……えっ? どういうこと?」

 

 呆気に取られるミカ。

 

「ただ単に妨害されるのみであれば、最悪ティーパーティーの特権で押し通してしまえば解決です。しかしミカさんがまだトリニティにいる段階でシャーレに転籍することが知れ渡ってしまえば、反対勢力による強硬策……武力集団による物理的な妨害や蜂起の可能性が否定できません。今のトリニティはかつてないほど政治的に不安定ですから」

「これまでであればナギサの心配性だと切り捨てられたかもしれないが、現在の状況と君の立ち位置を考えるとあながち否定できないのが事実だ」

「ですので、ミカさんには直ちにシャーレへ向かってもらいます。今からです」

「な、なるほどね。だから今から……今から!? 準備とか何もしてないよ!?」

 

 仮にも密会であることを忘れて叫ぶミカだったが、その反応を予想していたナギサは冷静に言葉を返す。

 

「寮にある貴女の荷物は追って全てシャーレに送付します。遅くとも一両日中には届くかと」

「そういうことじゃなくて、いやそれはありがたいけど! いくらなんでも話が急だよ!?」

 

 突然深夜に呼び出され、シャーレに行けとセイアに言われ、書類にサインをしたらそのままナギサにノータイムで送り出されようとしている。ミカの立場から見てみれば、急展開どころの騒ぎではなかった。

 

「そもそも今からって、ここからシャーレまですっごく遠いし! 私だけじゃ、とてもじゃないけど……」

 

 先生のフットワークが軽すぎるせいで忘れがちだが、そもそもキヴォトスは広大だ。それぞれの自治区を鉄道や高速道路で繋がないと移動が話にならないレベルであるし、自治区内に複数の空港が整備されている例も珍しくはない。

 

 シャーレのオフィスが位置するのはキヴォトスの中枢地区、D.U.の郊外。それですらD.U.中心部のサンクトゥムタワーからは30kmも離れているのだ。ましてやトリニティ自治区からシャーレオフィスへの移動、それもゲヘナ自治区内の高速道路を迂回することまで考慮に入れるとなれば、車で飛ばしても数時間は必要だろう。

 

「そうですね。流石にミカさんをシャーレまで歩かせるわけにもいきませんし、かといって鉄道や旅客機が動き始める朝まで待っていては、こうして深夜にミカさんを呼び出した意味がありません。……ですので、移動手段の方はこちらで用意させていただきました」

 

 ナギサがそう告げたのと同時、彼女たちを眩い光が照らす。

 

 反射的に光の方へ振り返ったミカが目にしたのは、ゆっくりとこちらへやってくる白色のセダン。それがティーパーティー専用の送迎車両であるということに彼女が気付くまで、そう時間はかからなかった。そのまま三人の前で車はぴたりと停止する。

 

「おー、本当にティーパーティーの方々が三人とも揃ってるっすね……こほん。ナギサ様、この時間で間違いなかったっすよね」

「はい、完璧です。ありがとうございます、イチカさん」

 

 運転席に座ったまま、ナギサと和やかに言葉を交わす人物にミカは見覚えがあった。

 

 仲正イチカ。アリウス自治区でツルギを伴い、自分と先生のいた場所まで一番最初に到着した正義実現委員だ。その後になって下江コハルが保管していたアクセサリーを手渡してくれたことも含めて、ミカもその名前を忘れるはずはなかった。

 

「えっと……イチカちゃん? どうしてここに……それに、その服も」

「あ、覚えててくださったんすね。今日は正義実現委員としてではなく、ナギサ様の要請を受けたひとりのトリニティ生として、ミカ様をシャーレまでお送りするために来たっすよ」

 

 イチカの言葉通り、彼女の着ている制服は正義実現委員会専用の黒と赤のセーラー服ではなく、一般のトリニティ生と変わらない白と青のセーラー服だった。未だに当惑するミカに向かって、隣に立つナギサが語りかける。

 

「委員長と副委員長の頭を越えて正義実現委員会を動かす、というのは少々角が立ちます。とはいえ、一般のトリニティ生で自治区外の自動車運転に支障がなく、かつ私とミカさんの双方が信頼でき、深夜に待機できる人員となるとそう簡単に見つかるものではありません。ですので、回りくどくはありますがこのような形でイチカさんにお頼みすることとなりました」

「ティーパーティーの専用送迎車を運転する日が来るなんて、夢にも思わなかったっすよ。それもまさか、ティーパーティーとしてのミカ様を乗せる最後の運転手に抜擢されるだなんて……」

「……そっか、そうだよね。最後に私を送ってくれるのがイチカちゃんなのは……うん、ちょっと嬉しいな」

「め、面と向かってそう言われると結構照れるっすね」

 

 顔も名前も覚える価値のないような、ティーパーティーの行政官連中や庶務要員に運転を任せるよりもずっといい。そもそもティーパーティーには野心を秘める者やミカへの恨みを持つ者も少なくないので、信頼に値するか否かという面でナギサが全て切ったのだろう。

 

「書類上、ミカさんのトリニティ在籍は本日までになっています。つまり、日付が変わるまでは『ティーパーティーの聖園ミカ』としての貴女を見送ることができるということです」

 

 現在時刻は23時45分。日付が変わるまでたったの15分しかない。セイアが妙に時間を気にしていたのはそういうことだったのか、とミカは一人で納得していた。

 

「つまり、これがふたつめの理由というわけだ。パテル分派が新たな首長を選出する前に君を送り出すことができれば、トリニティにおける君の最終経歴はあくまで名誉あるティーパーティーであり、パテル分派の選出した聖座たる首長だ。聴聞会で処分を受けている身だとしてもその事実は変わらない。学内外を問わず、肩書の些細な違いが役に立つこともあるはずだろう。私とナギサのささやかな手向けさ」

「……ごめんなさい、ミカさん。私たちに今できる最大限はたったのこれだけです。こうして貴女を直接見送ることでしか、自らの誠意を示すこともできません。ティーパーティーのホストを代行する身でありながら、情けない限りです」

 

 言葉と共にナギサは目を伏せる。しかしミカからしてみれば、ナギサの言う『たったのこれだけ』なるものは、降って湧いたような幸運に続く、予想だにしない好待遇と配慮の塊に他ならなかった。

 

「ううん、ありがとう。むしろこんなに優しくしてもらえるなんて全然思ってなかったよ。……ねえ、ナギちゃん。それにセイアちゃんも。どうして、私のためにここまでしてくれるの?」

 

 囁くようなミカの質問に二人は顔を見合わせた。ややあって、どちらともなく静かに笑いあう。

 

「それは愚問ですよ、ミカさん。……私にとって、貴女は大切な幼馴染であり、親友なのです。親友を救うために自分ができることをしたい、と考えるのは何も不思議なことではないでしょう?」

「君はいつだって無鉄砲で、それでいて無邪気な少女だ。そんな君が行く未来がどのようなものか、今の私にそれを視ることは能わない。それでも今動くことこそが、愛すべき友人を助けることに繋がると確信した。ならば、それ以上の理由を必要とはしないさ」

「……なんだか、最近は涙もろくなっちゃったな。しかもナギちゃんとセイアちゃんに泣かされるなんて、ちょっと前まで考えたこともなかったよ」

 

 目尻を軽く拭いながら、ミカは苦笑いで言った。

 

「ねえ、二人とも。約束してほしいことがあるの。さっきセイアちゃんには言いかけたんだけど、ナギちゃんにも直接伝えたかったし。いいかな?」

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