聖園ミカと空崎ヒナが親友になるまでの軌跡   作:天宮雛葵

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ようこそ、連邦捜査部へ(3)

 かつて、同じ感情を同じ人に抱いた。そのときと何も変わらない優しさが、今のミカにとってはただただ痛かった。

 

「それが先生の仕事だからって、私から傷と罪を取り上げて、それを一緒に背負うようなことまでして……本当に救えないよ、先生。私みたいな生徒のために、こうやって時間を使って、神経を擦り減らすなんてさ」

 

 そこで言葉を切るミカ。先生に言いたいことはまだあったが、全てを伝えようとすると自らの感情を抑えられるような気がしなかった。ややあって、先生が代わりに口を開く。

 

「ミカ。確かに私は先生として、ミカが成長してくれることに期待してるよ。でもそれ以上に、ミカには未来の自分に夢を見てほしいんだ」

「……未来の自分?」

「そう、未来のミカ自身にね。それこそ、私がミカをシャーレに呼んだ一番の理由なんだよ」

 

 そう言いながら、先生はずいと身体を乗り出した。

 

「ミカがこれまでの行いを反省しているということを、私はよく知ってる。ナギサやセイアもそう信じていると思う。けれども……厳しいことを言ってしまうと、それ以外の子たちはミカが本当に反省して、ミカなりに頑張ってることを知らないし、知る必要すらないんだよ。これがどういう意味かはわかるよね?」

「……うん、わかるよ」

 

 ティーパーティーのホストを狙ったクーデターの主犯にして、アリウスという外患を引き入れた張本人……というのは確かに大問題ではあるが、キヴォトス全体を見回してみれば決して類を見ないというわけでもない。忘れてはならない常識として、この世界において暴力的手段は別段倫理に反する行為ではないのである。

 

 しかしその一方で、キヴォトスにあって殺人の罪はこれ以上ないほどに──統治組織たる生徒会の転覆や、外患誘致に値する武装勢力との内通を超えて──重い。実際に殺人罪が成立してしまった場合は議論の余地なく連邦矯正局送りとなることが殆どであるし、殺人未遂を始めとする殺人絡みの刑罰はどれも重罪扱いだ。

 

 そしてミカの場合、そもそもの目的が殺害や傷害ではなく拉致監禁であったこと、正犯ではないこと、被害者であるセイアが実際には外傷を負わせられたわけではないことなど、実情は殺人未遂や殺人教唆から程遠い。事実、トリニティの聴聞会があくまで『百合園セイアに危害を加えたこと』という曖昧な物言いをミカの罪状としていたことからもそれは明らかといえる。

 

 にもかかわらず、聖園ミカは人殺しとして糾弾された。そのような事実は存在しなかったと聴聞会が正しく認定するまで、彼女は好き勝手にそう罵られ続けた。ミカが自分自身に魔女のレッテルを張ってしまい、謂れ無き中傷に反論の声を挙げなかったことも追い風になっただろう。

 

 悪意はそのまま拡散し、根も葉もない真っ赤な嘘が真偽不明の噂として流布されていく。トリニティの一般生徒にとって、彼女はいくら攻撃したところで誰にも文句を言われず、そのうえ最も気軽に扱える不満の捌け口。彼女のことを詳しく知らず、トリニティで何が起きたかすらも不明瞭な外部の生徒にとって、彼女はちょっとしたゴシップのひとつ。

 

 そのどちらにせよ、ミカの罪をわざわざ正しく理解する理由も、彼女が更生しつつあるという事実をわざわざ認識する理由も皆無なのだ。

 

「聴聞会の処分内容に従ってトリニティで粛々と謹慎期間を過ごすことは、相当に長い目で見ればミカの印象をきっと良い方向に変えていく。少なくともミカが処分内容を破らない間は、中立的な派閥であれば好意的に見てくれるはずだからね」

「でも、それは私の印象をプラスにするものじゃない。マイナスに振り切れた印象を、長い時間を費やした上で辛うじてゼロに戻せるかどうか」

 

 まるで他人事のように述べるミカのことを、先生は止めようとしなかった。

 

「だからシャーレ部長という役割に私を据えて、簡単な仕事をやらせて箔を付ける。印象をゼロに戻すんじゃなくて、短い時間でプラスに持っていくために。ああ、クロノスに独占取材なんてちらつかせてもいいかもね? 先生と私が二人一緒にインタビューを受けるなんて言ったら、あのメディア屋は目を輝かせるに決まってるよ」

「……うん、やっぱりミカは頭がいいよ。クロノススクールを巻き込むかどうかはともかくとして、大筋としては間違ってるわけじゃない」

 

 でもね、と先生は続ける。

 

「私は簡単で楽な依頼だけをミカに振って、実績を誤魔化すようなことはしないよ。そもそも、ミカのこなす依頼の取捨選択それ自体を全てミカに任せるつもりでいるし、その内容に制限を設ける気もないんだ。ミカの正しい評価を広めること以外にも、大きな目的があるからね」

「……私が、未来の私に夢を見れるようにする。それが別の目的ってこと?」

「その通り」

 

 そう言いながら頷く先生だったが、ミカは今しがた自ら言い当てたその『目的』の意味を、未だに図りかねていた。

 

「少し回りくどい言い方だったかな。単刀直入に言うと、ミカの自己評価を少しでも高めたい。成功体験を積み重ねて、ミカに自信と自己肯定感を取り戻してほしいと言い換えてもいいね」

「……それ、私に言っちゃっていいの? 秘密にしておいた方が効果も高かったんじゃない?」

「隠し事はしない約束だからね。それにミカがこれから慣れない環境で頑張っていくにあたって、明確な目標を意識できるメリットは大きいと思う。……それにね、こうやってちゃんと言わないといけない理由がもうひとつあるんだ」

 

 そう語る先生は、どこか緊張した面持ちを浮かべていた。普段から浮かべている微笑みが消えたその表情に、複雑なきらめきが浮かぶ瞳に、ミカの視線が自然と吸い込まれていく。

 

「貴女には輝かしい未来があるんだと、そういう未来を夢見ることが貴女には許されているんだと、こうして伝えなければ……貴女はどこか遠い場所に行ってしまいそうで。私はそれを恐れていたんだ」

「…………そんな、ことは」

「ないって言い切れるなら、それで良いよ。私の勘違いだったってことだから。ないって言い切れないなら、それもまた良いこと。今この場所で、貴女に伝えることが叶ったから」

 

 優しい口調とは裏腹に、先生の言葉には計り知れないほどに重い感情が乗っているようだった。しかしミカがそれについて問おうか悩んでいる一瞬の間に、先生はその表情をいつも通りの微笑みに戻してしまっていた。

 

「とにかく、ミカには自分自身を赦せるような子になってほしい。自分の未来、自分の夢について明るい気持ちで悩めるような子になってほしいと私は考えてるんだ」

 

 先生のまなざしは、まっすぐにミカの瞳を見据えている。

 

「トリニティではそれができなかった、とは言わない。ミカはトリニティでも頑張っていけたと思うし、新しい友達だって絶対に見つけられたはずだから。けれども、ミカがこれ以上トリニティの閉じた環境で誹謗中傷に晒されながら学生生活を送ることに、私の方が我慢ならなかったんだ。結局のところこれは不必要な干渉でしかないし、シャーレの先生という職務の領分から外れた行動なのも事実。それでも私はミカに手を取ってほしいと……願ってる。うん、願ってるって言い方が一番正しいね」

 

 先生の言葉は、ミカにとって抗いようがないほどに眩しいものだった。そして同時に、抱えこんでいたままの疑問が大きく膨らんでいく。

 

「先生。さっき言いかけてやめたこと、やっぱり聞いてもいいかな」

「ミカがそれを望むなら」

 

 先生の返答を聞いたミカは、先程とは違い間髪入れずに口を開く。理性で踏みとどまれるような猶予を今の自分に与えてはならないのだと、ミカ自身が一番よく理解していた。

 

「先生って、聴聞会が終わってからは私絡みのことで深入りしないように気をつけてたよね? 先生と生徒の関係だからしょうがなく関わってる感じだったし、私が先生を寮に連れ込んだときだってそうだった。なのに、今はここまで私のことを考えてくれてる。ナギちゃんやセイアちゃんを巻き込んで、大人としてのスタンスまで曲げて、それを自分のわがままだって言ってる」

 

 ねえ、先生。そう呼びかけるミカの声は、どこか震えていた。

 

「先生は、私のことをどう思ってるのかな。先生の義務として、困ってる生徒を救いたいの? だから今だけはこんなに優しいの? それとも……」

 

 聖園ミカ(わたし)だから、こんなに優しくしてくれるの? 

 

 そう聞こうとして、どうしても言葉が出なかった。望まない答えが返ってくることを思うと、恐ろしくてたまらなかった。なけなしの勇気を振り絞って、やっと辿り着けた限界点がここだった。

 

「……隠し事はしないと言ったからには、答えないといけないね」

 

 ミカが質問を途切れさせたのを見て、先生は姿勢を正しながら告げる。

 

「私の中でも、答えが定まっているとは言えないけれど……それでもあえて言うなら、()()()()。そう答えるのがきっと一番正しいかな」

「っ、それって────」

「けれど、これ以上はまだ言えない。ミカは自分の夢を自分で選べるようにならないといけないから。私の言葉でミカの夢を歪めたくない」

 

 先生ははっきりとした声で続けた。

 

「だからミカがミカ自身のことをもう一度好きになれたとき、つまり自分の未来や夢について考えられるようになったとき、この言葉の続きをミカがまだ望むなら……もっとちゃんとした形で返事をしたい。どうかな、今はこれだけで勘弁してほしいのだけれど」

「……本当にずるいなぁ、先生。私が私を好きになれないなら、続きは一生言ってくれないってこと?」

「ミカだったら、そうはならないと信じてるよ」

 

 先生がその言葉を大真面目に、本気で言っていることはミカにもしっかりと伝わっていた。

 

 自分のことを好きになる。今のミカにとってこれ以上ないほどの試練だ。こんなにどうしようもなくて、醜くて、何も上手くできない自分。それを好きになれだなんて、どうすればいいのかすらもわからない。

 

 それでも、先生はできると信じてくれている。その期待に応えたい。

 

「うん、私の負け。先生の思惑に乗せられてあげる」

 

 ミカは腰かけていたベッドからさっと立ち上がって、先生との距離を詰める。

 

「シャーレの部長として、先生の期待なんて飛び越えちゃうくらいに……先生にその続きを言ってもらえるように、これから頑張るよ。だからどんなお仕事でも、これからは私に任せてね☆」

 

 軽いウインクと共にミカが浮かべた笑顔は、間違いなく本物のそれだった。

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