逢魔時――夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。外の自販機まで飲み物を買いに出ていた一人の少女は、『怪物』としか言い様がないナニカに追いかけられていた。
「はぁはぁ……だ、誰か……」
その見た目からするに年齢は中学生くらいだろうか。外国人の血が流れているのか、ただでさえ白い肌を一層真っ青にして、奇麗なアーモンド型の目には混乱と恐怖から涙を流している。
色白の肌と対照的な烏の濡羽色の髪をポニーテールに纏めている彼女の名前は
下は小学生から上は中年男まで月に十数回単位で告白を受け、町を歩けばアイドルにスカウトされる美月の美貌も、しかし、人間を獲物としか見ていない人ならざる者にまでは通じない。
ソウルシスターズ――八重樫雫を崇拝する秘密結社の創始者である美月は、憧れの「お姉様」に少しでも追いつくために日々鍛錬に励んでいる。そのため、凡百の人間より高い身体能力を有しており、未だ怪物に捕まっていないのはその賜物だった。
「あうっ」
だがそれもいつまでも続かない。角を曲がると同時に足がもつれて転倒してしまう美月。
すぐに起き上がろうとするものの、既に手遅れであった。何時の間にか背後に迫っていた怪物が美月の首を掴む。そのまま地面に抑えつけると、異形の存在はその牙を剥き――
「アォン!」
犬の遠吠え。そして、突然現れた白い影が美月を抑えつけていた化け物を蹴り飛ばす。
「え…………?」
美月を助けたのは頭の上に犬耳を生やした白い短髪の少女だった。上半身は肩・脇の露出した白色の明るい服装、下半身は裾に赤白の飾りの付いた黒い袴。打刀と犬の肉球が描かれた盾を両手に持ち、目の前の化け物を睨みつけている。
「大丈夫?」
もう一人、今度は高校生くらいの女の子が現れる。こちらはセーラー服にも似た黒い衣装を身に纏い、茶色のミディアムヘアには大きな赤リボンを付けている。腰にはウサギのポシェットを下げており、左手の指の間には御札らしき紙切れを挟んでいた。
「あ……あの……」
美月は状況についていけず戸惑うばかりだ。そんな彼女に対して、女子高生は優しく微笑む。
「怖かったよね? もう安心していいよ。あのマガツヒはわたしたちが片付けるから」
「マガツヒ?」
「うん。だからキミはわたしの後ろに隠れていて」
そう言って、女子高生は自分の後ろに隠れるように促す。美月は言われるまま彼女の背後に回り込んだ。すると彼女は満足気に笑って、再び正面の怪物を見据えた。
一方、蹴られたことで怒り心頭の怪物こと『マガツヒ』は再び立ち上がると唸り声を上げる。
「―――――――――――――――!!!!!」
「……喧しいですね。近所迷惑という言葉を知らないのですか?」
犬耳少女は静かに呟くと、ゆっくりと刀を構える。次の瞬間、目で追えないほどの速度で距離を詰めると一閃。刃の軌跡が光の線となって残るほどの速度で振るわれた斬撃が、マガツヒの胴を斬り裂いた。
「――――――――――」
胴体を両断された衝撃によって、上半身だけが宙に舞い上がる。地面に落ちたそれはビクンッと痙攣した後、闇に溶けるように消えていった。
「……終わったの?」
美月が恐る恐る尋ねる。しかし、返ってきた答えは非情なもの。
「いいえ、まだです。胡友様、お気を付けください」
「わかってる。……ポロ、来るよ!」
二人が同時に身構える。直後、電信柱などの影から小型のマガツヒが続々と姿を現した。
犬耳少女の言う通り、まだまだ敵は残っているようだ。ざっと見たところ、三十体以上はいるだろう。どこにこれほどの数が潜んでいたのだろうか。
女子高生は符に霊力を込めると、美月と自分を守るように半球状の結界を作り出す。
「……予想以上だね。まさか、こんなにマガツヒがいるなんて……」
「はい。個々の能力が弱いとは言え、これだけの数となると厄介です。それに、この辺りは住宅街なのであまり派手な技を使うわけにもいきませんし」
「そうだね。でもやるしかない! 行くよ、ポロ!」
「承知しました」
マガツヒ――それは、人間の負の感情から生まれる異形の怪物。自然に発生するもの以外に、これに侵食されることでマガツヒになってしまうこともある。様々な見た目をしており、人間の背丈よりも小さい小型のものから数メートルの大きさのものまでが存在する。
通常の武器による物理攻撃では殆どダメージを受けないため、対抗するには陰陽師と契約した式神などが霊力を用いた攻撃を行う必要がある。
今現在、この町には多くの負の感情が満ちている。件の集団失踪により消えた生徒の家族たちの不安は当然として、自分の家族も消えてしまうのではないかという住民の恐怖。好奇心という名の日本中――否、世界中の大衆の悪意。
この町は悪意の坩堝だ。日本中で最も悪意が集まっている町と言っても過言ではない。その全てが、マガツヒを生み出すエネルギーとなる。
「さぁ来なさい、マガツヒども。私たちが相手ですよ!」
犬耳の少女が声を上げる。それを合図にして、小型マガツヒたちは一斉に飛びかかってきた。
「――”風纏”」
犬耳少女が口の中で小さく詠唱すると、彼女の周囲に突風が巻き起こった。
「ふっ!」
風の勢いに乗って高速移動した少女が一体のマガツヒを斬り裂く。そのまま二回、三回と刀を振るうと、マガツヒの身体は霧となって消滅した。
「やあああ!!!」
続いて敵陣の中央に飛び込むと回転斬りを放つ。それはまさに極小の竜巻だ。荒れ狂う疾風の刃が触れたものを無差別に切り刻んでいく。
「凄い……」
美月が思わず感嘆の声を漏らす。
「当然だよ。だって、わたしの相棒なんだから」
マガツヒは、ただの一体すら逃げることも叶わずに、まるでそうあることが当然の如く風の刃に切り刻まれていく。風が吹き荒ぶ音が聞こえる度に、比例してマガツヒの数が減少していく。三人を取り囲むマガツヒが全滅するまでに五分もかからなかった。
「胡友様、終わりました」
「うん、ご苦労さま。それじゃあ、あとは陰陽寮に……」
「あ、あの……」
美月がおずおずと声を上げる。
「ん? どうしたの? ……って、そう言えば、キミの名前を聞いてなかったね」
「え、名前ですか?」
「うん。なんて名前なの? 何処に住んでいるの?」
女子高生が矢継早に質問する。美月は少しだけ戸惑ったが、すぐに答えた。
「えっと、私の名前は天之河美月と言います」
「天之河……?」
「は、はい」
「……そっか。わかった。ありがとう」
女子高生は一瞬何かを考え込んだ様子だったが、やがて納得したように礼を言う。
「それで、あの……あなたたちの名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
美月が名前を尋ねると、女子高生は快く答えてくれた。
「わたしは
「よろしくお願いします、美月さん。以後、お見知りおきを」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。……胡友お姉様、ポロお姉様」
こうして、天之河美月は第二第三のお姉様と出会い、裏の世界に足を踏み入れることになる。そして、彼女たちの出会いが、二つの世界を繋ぐ物語にどのような影響をもたらすのか。
それは、まだ誰も知らない――
【序章 終幕】
真名 :保上胡友 《ホガミ・コトモ》
職業 :陰陽師
性別 :女性
出典 :夜廻
容姿 :『夜廻』原作の少女が正当に成長した女子高生
服装は、『あやかしランブル!』のチハヤと同じ服装をしている
真名 :ポロ
種族 :犬神
性別 :女性
出典 :夜廻、東方風神録
容姿 :帽子のない『東方風神録』の犬走椛
服装から紅葉要素が抜けており、その代わりに肉球要素が入っている