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第1章 第1幕
日景、那岐、アスカの三人はすっかり旅支度を終えて、王宮の直ぐ外にいた。王都の喧騒の中を歩く三人の少年少女に、通りすがった人々の誰もが視線を向ける。亜人が王都の往来を歩いているというのもあるが、その亜人を連れているのが噂に名高い勇者一行の一員だったからだ。
亜人族は被差別種族だ。そして、その差別的価値観の発信源は聖教教会である。亜人が王都にいるというのは、本来ならば有り得ないことだった。
周囲の視線が突き刺さる中、日景たちは王都の南門に向かう。そこから南西の方向に向かえばホルアドの町がある。高速馬車で丸一日かかることから、徒歩での移動だと三、四日程度の旅路となるだろう。
日景たちが南門に辿り着くと、門の傍には複数の人影が立っていた。表通りを南に進み、人波を掻き分け見えたのは……光輝とその幼馴染三人の姿だった。
「大体、予想はつくが……どうして、ここにいるのだろうか?」
日景の問いに、光輝は非難するような口調で答えた。
「俺たちも付いて行くぞ。日本と連絡が取れるのを黙っていた奴を信じられるものか。皆を日本に帰すためには転移魔法が必要なんだろ。オルクスでの探索は俺たちも参加する!」
「……やっぱり、か」
予想通りと言えば予想通りだ。故にこそ、日景は頭を抱えたい気分だった。
「ごめんなさいね。私たちは止めたのだけど、聞かなくて……」
雫が申し訳なさそうに頭を下げてくるが、日景は首を横に振って「気にしていない」と伝える。
「確認しておきたいのだが……メルド団長の許可は降りているのだろうか?」
「そ、それは……」
光輝は言葉を詰まらせる。やはり、無断でここに来たらしい。
「それなら、連れて行くわけにはいかない。他の三人はまだしも光輝だけは絶対に駄目だ」
「ど、どういう意味だ!?」
「周りの指示を聞かずに仲間を危険に晒すような人間を同行させるつもりはない」
光輝が反論しようと口を開くが、その前に第三者の声が聞こえてきた。
『もういい加減にして!』
「!?」
「え……?」
「この声って……」
「おい、まさか……」
聞き覚えのある声に光輝たちは愕然とする。何故なら、その声の主はこの世界には絶対に存在しないはずの人物だったからだ。彼等が自分を取り戻す前に声の主は言葉を続ける。
『少しは人の言うことを聞いてよ! お兄ちゃん!』
「美月!?」
声の主、その正体は光輝の妹である天之河美月だった。日本にいるはずの妹の声が聞こえるという異常事態に光輝は呆然としてしまう。親しい後輩の声に那岐も驚きながら疑問の声を上げる。
「美月ちゃん!? どうしてあなたが陰陽寮に……」
『マガツヒに襲われたところを、胡友お姉様に助けられて、そのまま保護されたんです』
「お姉様……? ううん、それよりも襲われたって……大丈夫なの?」
『はい! 那岐先輩、怪我一つありませんから安心してください。それより、お兄ちゃん!』
ギロリと姿のない妹が睨んでいる気配を察したのか、光輝がピクリと体を震わせる。
「み、美月……?」
『私、知ってるからね! お兄ちゃんの我が儘のせいで、雫お姉様が危険な目に遭ったこと!!』
陰陽寮は、日景と那岐との連絡がついた夜以降の出来事をアーカイブ上に保存している。その内容を閲覧した美月は、光輝が迷宮で暴走した結果、雫お姉様が危機に陥ったことを知っていた。
最初から偉い人の指示を聞いていれば、お姉様が余計な怪我をする必要はなかった。何事もなく撤退できたはずだったのに、偉い人の指示を無視した挙句、無用な戦闘を引き起こし、雫お姉様に迷惑をかけた。美月からすれば、光輝の行動は余りにも軽率で考えなしだった。
「アスカ、今の内に」
「はいっス! ご主人、それにナギちゃんもしっかり掴まっててほしいっス!」
アスカは、日景と那岐の二人を抱えあげると、全力で駆け出した。美月の言葉に気を取られていた光輝たちが反応するより早く、三人の姿は南門の外へと飛び出していた。
「あ、待て!」
「ヒノエ!!!」
光輝も慌てて追いかけようとするが、日景の声と共に炎の壁が噴き上がる。炎属性の最上級魔法にも匹敵する朱色の炎が、行く手を阻むように立ち塞がった。
「なっ…消えた!?」
その炎が消える頃には既に三人の姿はなく、焼け野原となった地面だけが残されていた。
巨大なドーム状の空間。そして、その空間の両端を繋ぐ石造りの橋。数日前、大介の愚行により飛ばされた迷宮の六十五階層、中央の虚空に穴が空いた。その穴の中から姿を見せたのは、直前まで王都にいたはずの日景たち三人ともう一人――
「ヒノエ、ありがとう。おかげであの厄介な状況を切り抜けることができた」
「えへへ、日景~♪」
日景が頭を撫でる少女の名前はヒノエ。四神の一柱・朱雀の権能をその身に宿す日景の式神だ。
朱雀を象徴するように、腕周りに鳥の翼のような形状をした布を纏っており、指先から鋭利な爪が伸びている。黒地に赤と黄の装飾が入った、どこか禍々しさを感じさせるドレスに身を包み、スカートの裾からは肉感のある褐色の肌が覗いている。
ここ数日の間に追加戦力として新たに召喚された彼女のステータスは以下の通りだ。
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ヒノエ 115歳 女 レベル:100
天職:朱雀
筋力:794 [+最大10003]
体力:140 [+最大2167]
耐性:480 [+最大6393]
敏捷:220 [+最大5600]
魔力:2500
魔耐:2500
技能:自己再生[+再生操作]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・限界突破[+戦鬼]・火属性適性[+魔力消費減少][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・高速魔力回復・式神契約・権能[+朱雀]・言語理解
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※自己再生 魔力を消費することで、自らの肉体を再生することができる。
最大値こそ及ばないものの、素の値に関してはアスカすらも上回るステータスだ。おまけに自力で限界突破を行使できることから、一対一の戦いであれば、その最大値すらも凌駕する力を発揮することができるだろう。
先程、王都の南門で生み出した朱炎の壁も、朱雀の具現たるヒノエの権能の一欠片である。
「むぅ~…ずるいです。ここまでの道を繋げたのはわたしなんですよ……?」
「あ、ああ……! もちろん、ウカノミタマにも感謝している!」
日景の影から姿を見せた五人目の人物、ウカノミタマが後頭部に柔らかいものを当ててくる。何度味わっても飽きない感触に、ついドギマギしてしまうが――
「グルァアアアアアアッ!!!」
ラブコメ空間を破壊するように怪物の咆哮が響き渡った。視線を向ければ、如何にも「ゴゴゴゴゴゴッ!」という音文字が似合いそうな見た目をした巨躯の怪物が迫ってきている。
更に、反対側では大量のトラウムソルジャーが、眼窩を赤黒い炎のような光で炯々と輝かせている。どうやら、転移罠を踏まずに直接ここに転移しても召喚陣は起動するようだ。日景との時間を邪魔されたウカノミタマが頬を膨らませる。
「むぅうぅぅ。せっかく、日景くんとイチャイチャラブラブしようと思っていたのに……」
「言いたいことは山ほどあるのだが……ウカノミタマ、今は自分の影の中で休んでいてほしい」
「あっ、それって日景くん、私と片時も離れたくないってことだったりします? えへへ。それならそうと『おお、愛しのウカノミタマ。君と離れ離れなんて考えられない。俺の傍にいてくれ。絶対に守ってやるから』と言ってくれればいいのに♪」
「そんな美男子にしか許されないセリフ、言えるはずがない……!! 自分は純粋に心配で――」
「ふふっ。まあ、安心してください。もし何かあれば私も力になりますから♪ では♪」
好き放題に空気を荒らしたウカノミタマが日景の影の中に沈んでいく。日本との繋がりを維持するのに権能の大半を割いている彼女は、それ以外の行動にあまり力を割くわけにはいかない。今回の転移も随分と無理をさせたので、あとで労おうと日景は心のメモ帳に書き留める。
「日景~♡ 私は何をするの? どうすればいいの?」
「ヒノエは骸骨の群れを倒してほしい。そして、アスカは前にも戦ったベヒモスの対処を頼む」
「うん、分かった! あのマガツヒ――じゃなくって! 魔物を倒せばいいんだよね?」
「了解っス!!」
元気よく返事をした二人がそれぞれの相手に向かって飛び込んでいった。
ヒノエの武器は、その身に宿した朱雀の権能だ。炎の翼を広げ、上から魔物の群れを睥睨する。
「あは♪ あははははは♪ 日景の邪魔する奴らは――」
紅玉の瞳を輝かせ、狂気の笑みを張り付けたまま、両手を前に突き出す。
「ぜぇ~~~んぶ――殺すねっ!!!」
百年以上前、前世の日景と契約を交わしたばかりのヒノエにとっては、子供が戯れで虫を殺すように、ほぼ全ての命が平等に『軽い』ものだった。百年の年月と、前世の日景との死別が命の価値を大きくしたものの、彼女の中で常に渦巻く破壊衝動が消えたわけではない。
戦いとなれば、無邪気な殺意と破壊を振りまこうとする。朱雀を象徴する朱炎が灼熱の嵐を吹き荒らし、召喚陣ごと骸骨の軍勢を塵に変える。
「相変わらずヒノエちゃんの火力はすごいなぁ……一撃でみーんな燃やしちゃった」
ヒノエの放った炎が消え去った後には、黒ずんだ床だけが残されていた。一方、ベヒモスの相手をすることになったアスカだが、此方の方も既に勝負がついているような状態だった。
「行くッスよぉー! とりゃあーーーーっ!」
彼方の世界の安倍晴明は後世に残る二つの術を開発した。一つは、神の技術である結界を人間にも扱えるようにした結界術。もう一つは、アヤカシとヒトの霊力を掛け合わせることで、より強大な霊力を生み出す陰陽術の基本形。
アヤカシは単体でもある程度は戦うことができるが、陰陽師から霊力を供給されることで戦闘能力を普段よりも大きく向上させることができる。
召喚当時、ヒト側の霊力が枯渇していたアスカはほぼ素の状態でベヒモスと対峙した。途中で那岐の支援があったとはいえ、その状態ですら互角の戦いを繰り広げたアスカが、万全の状態で挑んで負ける道理はない。
剣閃が迸る。霊力の炎を纏った一振りは頭部の兜を正面から斬り裂き、そのまま胴体へと吸い込まれていく。断末魔の声を上げながら、ベヒモスは倒れ伏した。
「ふぅ~……どんなもんっスかご主人!」
「ああ、お疲れ様だ、アスカ」
「ふふ~日景~♪ 私のことも褒めて褒めて~♪」
「よくやった……ヒノエは本当に偉いな」
「「えへへへへ~」」
日景に頭を撫でられご満悦の表情を浮かべるアスカとヒノエ。その表情は迷宮には似つかわしくない可愛らしいものだ。しかし、このまままったりとしているわけにはいかない。
「……さて、と。そろそろ、迷宮の下層に向かわなければ。ヒノエ、力を貸してほしい!」
「うん、分かった!」
日景の言葉にヒノエが力強く答える。
「朱雀具現 急々如律令!!」
大迷宮の創造者。その記録があるとすれば、可能性が最も高いのは大迷宮の最下層だろう。とは言え、全百階層からなると言われる迷宮をくまなく探索していては、いくら時間があっても足りない。そこで日景が目を付けたのは、先日の探索で飛ばされた六十五階層の奈落だった。
最下層に向かうのであれば、ここから下に降りるのが最短経路となるはずだ。少なくとも十階層以上は迷宮の階層を省略できるだろう。
日景の式神の中には、飛行能力を持った者もそれなりに存在している。しかし、複数の人間を一度に運ぶとなると、可能な者は数えるほどしかいない。そこで、白羽の矢が立ったのが、朱雀の化身たるヒノエだった。
土御門には一族の領域を守護する四柱の守護神獣『四神』が継承されている。その一柱、南の守護にして『火』を司る朱雀の力を借りるには、朱雀の権能を宿すヒノエの協力が必要不可欠だ。
本物の四神ではなく、土御門が創り上げた『式』であるが、その能力は破格と言っていい。土御門一族の土地、それも本家の敷地内という極めて限定された場所で、尚且つ土御門の当主でなければ使役できない正真正銘の最高戦力。
だが日景は、仲間の協力の下に多くの縛りを無視して使役する術を生み出した。本物の四神の権能を宿す式神を核に、外殻で覆うように土御門家の守護神獣を具現する霊術。その名も――
「”四神招来・朱雀転変”!!」
その直後、ヒノエの全身を覆うように朱色の光が生まれた。かと思えば、羽化をするように光の中から大きな翼が広がり、朱色の輪後光を背負う、燃え盛る鳥が甲高い鳴き声と共に現れた。
「ヒノエ、自分たちを奈落の底にまで運んでほしい!」
『は~い♪ 任せて、日景!』
日景たち三人は、朱雀の背に乗って迷宮の深層に進んでいく。その先に希望があると信じて。