降下中の崖の壁には穴が空いており、そこから鉄砲水の如く水が噴出している。そのような滝が無数にあり、天然のウォータースライダーのような状態になっていた。その水流を避けるように朱雀は闇の中を降りていき、遂に奈落の底に到達する。
朱雀の背から降りた日景は、地面に足を着けると辺りを見回した。周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。すぐそこには幅五メートルほどの川が流れている。
『疲れたぁ~~~~っ!!』
直後、朱雀は朱色の霊力で全身を繭のように包み込むと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、人が一人入れるほどのサイズになると、その中からヒノエが姿を現した。
「お疲れ様だ、ヒノエ」
「ありがとっ! 日景!!」
日景が労りの言葉をかければ、ヒノエが嬉しそうに飛びついてくる。そんな二人の様子を眺めながら、アスカも口を開く。
「ご主人、これからどうするんスか?」
「そうだな……」
ヒノエの頭を優しく撫でつつ、日景は迷宮の奥へと続く巨大な通路に視線を向けた。
「まずは、この奥に進むしかないだろう」
「うん、そうだね。他に道はないみたいだし……」
「じゃあ、行くっスね!」
「ああ、行こう」
そうして、四人が歩みを進めた通路は正しく自然の洞窟といった様相だった。上層の四角い通路とは打って変わって岩や壁が至るところから迫り出し、通路自体も複雑に捻れている。二十階層の最後の部屋のような構造だ。尤も、大きさは比較にならない。障害物だらけでも通路の縦横の幅は優に二十メートルを超えており、狭いところでも十メートルはあるほどだ。
魔物の奇襲に注意しながら進んでいくと、やがて日景たちは初めての分かれ道に辿り着いた。
「ん~……どっちに行くっスか?」
巨大な四辻。どの方向にも道標になりそうなものは見当たらない。どちらに進むべきか、と日景が考え込んでいると、視界の隅で何かが動いたような気がした。
反射的に、岩陰に身を潜めた四人がこっそりと覗き込む。すると、日景たちのいる通路から直進方向の道に白い毛玉が跳ねているのが見えた。
「あ、ウサギっスね!」
「ウサギ……で、いいのかな?」
白いモフモフとした毛に覆われた、真ん丸な瞳とピンっと伸びた長い耳を持つ生き物、アスカの言う通り、確かにウサギに見えなくもない。但し、大きさが中型犬くらいあり、後ろ脚がやたらと大きく発達している。そして何より、赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打つという、非情に不気味な見た目をしていたが。
「燃やしちゃう?」
「いや…少し、様子を見よう」
物騒極まりないヒノエの発言に、日景は首を横に振る。見るからに凶悪な風貌をしたウサギに強い警戒心を抱くが、今のところ此方に気付いている様子はない。しばし様子を窺うことにした。
地面に鼻を付けてフンフンと匂いを嗅ぐウサギは、突如、ピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなく四方八方に向けられる。
見つかったか? と表情を強張らせる日景だったが、ウサギが警戒したのは別の理由だった。
「グルゥア!!」
獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物が岩陰から飛び出してきた。その狼は大型犬くらいの大きさがあり、尻尾は二本、ウサギと同じように赤黒い線が全身に走っている。
最初の狼が飛びかかると同時に、別の岩陰から更に二体の二尾狼が躍り出る。計三体の狼が、ウサギを取り囲んでいく。誰がどう見ても、狼の群れがウサギを捕食する弱肉強食の光景だ。
「グルゥアアア!!」
「ガァアウウウウッ!」
咆哮を上げながら三体の狼が一斉に飛びかかる。
「キュウ!」
対するウサギは、可愛らしい鳴き声を一つ上げると、その場で飛び上がり、空中でクルリと一回転した。その勢いのまま太く長い脚をしならせ、一体目の二尾狼に回し蹴りを叩き込む。
ドパンッ! という、およそ蹴りが出せるとは思えない音がしたかと思うと、ゴギャ! と鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がり、そのまま後方の岩壁に叩きつけられた。
ウサギの攻撃はそれで終わらず、回し蹴りの勢いを利用して更にクルリと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏み締め、隕石の如く地上へと落下した。着地寸前で縦に回転し、落下地点にいた二尾狼に見事な踵落としを炸裂させる。
ベギャ! と生々しい音を立てて、二体目の頭部がトマトを潰したような有り様になった。地に降り立ったウサギは、そのまま流れるように残りの一体に狙いを定める。
その刹那、死角から飛び出した追加の二体が、音もなくウサギの左右より飛びかかった。
今度こそウサギに逃げ道はなく、命を失うことになる――かと思われたが、まるで背中に目があるかの如く、ウサギはウサミミで逆立ちをすると、ブレイクダンスを踊るように高速で回転した。
竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされた二尾狼二体は、その体を壁に激突させた。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。
「グルル……!」
最後の一体が激昂したように尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら固有魔法を使用したらしい二尾狼は、大きく息を吸い込むと咆哮と共に電撃を放った。
「グルァアアア!!」
左右より挟撃する電撃が迫る。しかし、高速で迫る電撃をウサギは華麗なステップで右に左にと躱していく。そして、電撃が途切れた一瞬の隙を突き、二尾狼に急迫すると、その顎に向けて渾身のサマーソルトキックを炸裂させた。
仰け反りながら、後ろ向きに宙を舞う二尾狼。そこへ、ダメ押しとばかりに空中で逆さになったウサギが両の後脚で頭を挟むと、勢いよく振り抜き、その頭部を地面に叩きつけた。
「キュ!」
と、勝利の雄叫び? を上げ、耳を前脚で払うウサギさん。その力は、とても可愛らしい見た目に相反して凶悪無比だった。生徒たちが散々苦労したトラウムソルジャーなど比較にならない。下手をしなくとも、突進以外に大した攻撃方法のないベヒモスよりも強いだろう。
余りにも一方的な展開に、日景たちは唖然としていた。しかし、ヒノエだけは目を輝かせ、ウサギさん――改め蹴りウサギに熱い視線を向けていた。
「うわぁ……えげつないっスね……」
「すっごーい! ウサギさん、すっごく強いんだね~♪」
「あ、ああ……そうだな。少なくとも、自分と那岐が二人がかりで倒せる魔物ではないだろう」
「そうだね…。私もアスカちゃんみたいに、ズバッ!シャキーン!って戦えたらなあ…」
などと会話しているというのに、目と鼻の先にいる蹴りウサギが四人に気付く気配はない。その秘密は、日景たちの足元に張り付けられた一枚の符にあった。
――結界術
日景の周りには古代の霊術たる『鬼道』を扱える術師が複数存在しており、その内の一人、ヒナモリという少女は姿隠しの術を会得していた。この術を有用と考えた陰陽寮の陰陽師は、識者の叡智を結集してこの結界術を創り上げた。
霊符の周囲に展開した領域の内側にいる者を認識出来なくする結界。つまり、日景たちに蹴りウサギが気付いていないのは、この結界により認識を阻害されているからだ。
「さてと、この階層の魔物の戦闘力も確認できたところで、そろそろ先に進むとしよう」
「!? 待ってほしいっス! この臭い、まだ何かいるっスよ!」
そう言って、アスカが通路の奥へと鋭い視線を向ける。そんな彼女の言葉に反応するように、右の通路から新たな魔物が現れた。
その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯を覆う白い毛皮には、例に漏れず赤黒い線が幾本も走っている。その姿を一言で言い表すなら、筋骨隆々の二足歩行の巨大熊だ。但し、足元まで伸びた太く長い腕に、一尺ほどはありそうな鋭い爪が三本ずつ生えていたが。
「―――――――――――――――」
そして、血のように赤いその瞳が捉えているのは蹴りウサギだった。辺りを静寂が包む。蹴りウサギは硬直したまま動かない――否、動けない。まるで、蛇に睨まれた蛙のように、巨大熊を凝視したまま凍りついている。
「……グルルル」
やがて、この状況に飽きたとでも言うように、突然、巨大熊が低く唸りだした。
「ッ!?」
蹴りウサギは夢から覚めたようにビクッと体を震わせると、踵を返し脱兎の如く逃げ出した。今まで敵を殲滅するために使用していた踏み込みを逃走のために全力使用する……が、その試みが実ることはなかった。
巨大熊が、その巨体に見合わぬ素早さで蹴りウサギに迫り、凶悪な爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さで体を捻り、その豪風を伴う強烈な一撃を躱した――はずだった。
「――――――――――」
着地した蹴りウサギの体はズルリと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。そして、蹴りウサギが息絶えたことを告げるかのように、血溜まりから波紋が広がるように血が通路に広がっていった。
巨大熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その血に濡れた爪を死骸に突きたてバリボリと貪りだした。
「アスカ」
「了解っス!」
百年以上の付き合いにあるアスカにはそれだけで十分だった。日景の意図を正確に汲み取ったアスカは、食事中の巨大熊の死角から一気に駆け寄ると、その勢いで巨大熊の首筋に霊力を纏わせた刀を一閃させた。硬い毛皮を易々と斬り裂き、アスカの刀は巨大熊の首を見事に両断した。
巨体がぐらりと傾き、ズズンッと音を立てて地面に倒れ伏した。アスカは、巨大熊が起き上がる気配がないことを確認すると、日景たちがいる岩陰まですぐ戻ってきた。
「ご主人、終わったっスよ」
「ああ、ご苦労さま」
「アスカは頑張ったから、いいこいいこしてあげるね」
「べ、別にいいっスよ~~!」
「あ~~! 逃げるな~! 転がしちゃうよ!」
「何するつもりっスか~!?」
逃げ回るアスカを、ヒノエが戯れるように追い回す。そんな光景を眺めつつ、日景は巨大熊の死骸に目を向けた。首を切断したため、溢れ出た大量の血が地面を真っ赤に染め上げている。
マガツヒの体は、倒されたり本体から切り離されたりすると、霧となって消えるという性質を有している。こうして死骸が残るというのは、あまり経験のない状況だった。とは言え、この死骸を放置するというのも有り得ない。
「魔石の回収をしたいところだが……流石に、通路の中心で解体するのは危険だろう。どうしたものか……」
「うーん……どこかに安全な拠点でもあればいいのにね。ゲームのセーブポイントみたいな」
「安全な場所、か……」
那岐の言葉に、日景は腕を組み、考え込むように眉間に皺を寄せる。
『……ふむ、迷宮の壁の中はどうだ?』
「イズナちゃん?」
その時、陰陽寮との通信回線から少女の声が聞こえてきた。那岐は、その少女の名前を驚いたように呟いた。彼女の名前はイズナ。日景の補佐役であり、今は日本側の問題解決に務めている。
豊富な知識で日景を助けてきた彼女は、今回もまた、日景たちの力となるべく助言を口にした。
『迷宮の壁は堅牢だ。ならば、そこに拠点を作ってしまえばいい』
「なるほど……その発想はなかった。流石はイズナだ」
『うむ! 日景よ、おぬしの式神にはぬりかべがおるだろう? あやつの力を借りるがよい』
イズナの意見に頷きを返すと、日景は早速、新たな式神を喚び出すことにした。
召喚の符に霊力を込め、五芒星の陣を展開する。すると、陣の中心に光の粒子が集い、カッと眩い光を放った。
その光の内から姿を見せたのは、全体的に平面的な白い衣装に身を包む灰髪の少女だった。
「ふふふん、わたしの出番ですね、日景さん? リッカちゃん、ここに推参です!」
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リッカ 135歳 女 レベル:100
天職:錬成師
筋力:641 [+最大9002]
体力:133 [+最大5010]
耐性:549 [+最大10568]
敏捷:110 [+最大1700]
魔力:2500
魔耐:2500
技能:魔力操作[+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少]・土属性適性[+魔力消費減少][+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+付加発動]・式神契約・言語理解
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