リッカは防衛術に長けたぬりかべの少女だ。慎ましい胸に壮大な野心と権力欲を秘めている。
堅牢な岩壁を創り出す彼女の能力は、この世界に於いては土属性魔法と錬成の複合能力として区分されるようだ。この二つの能力の違いを簡単に説明すると、前者が魔力から石の礫などの土石を生み出す魔法とすれば、後者は目の前にある鉱物を自在に加工する技能。
今回、拠点を作るために使用されたのは、後者の錬成に分類される障壁に干渉する能力だ。
この錬成とは、鍛冶職の十人に一人は有している天職『錬成師』に付属する技能であり、鉱物の形を変形・加工することで武具や道具を造り出す魔法である。
しかし、日景と共に多くの戦いを経験したリッカは、この能力を防壁の構築や地形の操作に運用するのを基本としている。無論、相応の霊力を消耗することにはなったが、迷宮の壁を構成する岩盤に干渉することで、自分たちが安心安全に休息を取るための拠点を造り上げた。
「日景さん……この鉱石は、出世街道一直線の大手柄ですよねぇ?」
拠点構築の過程で、迷宮の岩盤を奥深くまで掘り進めたリッカが発掘したのは、バスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石だった。
その鉱石は、周りの石壁と同化するように埋まっていた。アクアマリンの青をより深く濃くして発光させたような、そんな神秘的であり幻想的な美しさを持った鉱石である。リッカは、その鉱石を目を輝かせて見つめていた。
「出世街道一直線かどうかは、この鉱石の正体が分からないことには……」
「ふふふ……この世界に来て役に立つ技能を手に入れまして。その名も”鉱物系鑑定”というのですが……鉱石の正体から特性まで丸裸に出来るこの力、なかなか素晴らしいものです」
通常、鑑定系の魔法は攻撃系より多くの式を書き込まなければならず、必然、限られた施設で大きな魔法陣を敷いて行う必要のある魔法になっている。しかし、この技能を持つ者は、簡易の詠唱と魔法陣だけでその効果を発現することができる。潜在的資質ではなく長年錬成を使い続け、熟達した者のみが開眼する希少技能である。
百年以上の経験から、リッカは、召喚直後の初期状態から、この派生技能を開花させていた。
「さあ、この鉱石はいったいどんな能力を持っているのか! この天才リッカちゃんが、その正体を暴いて差し上げましょう!」
リッカは嬉々としてそう告げると、目の前の鉱石に意識を集中させる。すると、鑑定結果が日景に支給された灰白色のステータスプレートに表示された。
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神結晶
魔力の結晶。大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて結晶化したもの。
直径三十センチから四十センチほどの大きさをしており、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。この液体は神水と称される。
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神水
状態異常、怪我、魔力を回復する霊薬。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。
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「ふ、不死の霊薬……!?」
「こ、これは……! 一滴も無駄には出来ません!」
霊術を行使。即席で作り出した容器で、下方へ向けて滴り落ちる神水の雫を受け止める。
日景たちは知らないが、神結晶は歴史上でも最大級の秘宝であり、既に遺失物と認識されている伝説上の鉱石である。当然、神水も伝説の霊薬であり、神代の物語には、神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られているほどだ。
神水の入った容器を、まるで宝物のようにそっと保管すると、リッカは日景の方に顔を向けた。
「これは素晴らしい発見ですよ。神水は今後の調査に欠かせない回復薬になると思います」
「ああ、確かに。これがあるだけで自分たちの生存確率は大きく上がるはずだ」
「うん。私も治癒の術を使えるけど、やっぱり、怪我を治す方法は少しでも多いほうがいいよね」
リッカの言葉に、日景や那岐も同意するように頷いた。どの階層にいるのかは分からないが、迷宮の中であるのは間違いない以上、今後も魔物との戦いは避けられないだろう。その際に、神水は非常に有効な回復手段になるはずだ。これは、この迷宮の調査を行う上で大きな収穫だった。
「では量が溜まったら小分けにして、一人に一本が行き渡るようにしましょう」
「そうだな。残りは、いざという時に取っておくことにしようか」
「分かりました。では、持ち運び用の容器もこちらで作っておきますね」
「すまない。召喚したばかりなのに、幾つも仕事を頼んでしまって」
「気にしないでください。その分は然るべき待遇をいただければ問題ないので。具体的には最高幹部の地位とか」
「ははは……。相変わらずの向上心の高さだ」
日景は、リッカのブレない様子に苦笑いをしつつ、頼もしい仲間だと改めて思うのだった。
その後、日景たちはそれぞれの作業を進めることになった。リッカは、拠点作りの仕上げとして拠点周囲に岩壁を張り巡らせ、外に放置していた魔物たちの死骸をアスカが回収して、日景と那岐が解体作業を行い、魔石を取り除いた死骸をヒノエが焼却処分する。
そうして、十数分ほどで作業を終えた日景たちは、次の階層に続く道を探しに行動を開始した。
日景たちが拠点を作り、迷宮の探索を開始してから数日が経過したある日のこと。
「ヒノエ? そのウサギはどうしたんだ?」
拠点で休憩する日景と那岐の下に、ヒノエが見覚えのあるウサギを抱えて戻ってきた。
長いウサミミに赤黒い――否、紅色寄りの瞳。白い体毛に入った幾本もの紅色の筋。他の魔物のように脈打ちはせず、白に映える模様のようになっている。
そして、何より特徴的なのが、普通のウサギには有り得ないほど発達した後脚。
先日遭遇した個体とは多少の差異はあるものの、その姿は紛れもなく蹴りウサギのものだった。
「きゅ!」
「あのね、この子はね――」
ヒノエの説明によると、迷宮の中を一人で探索していたところ、後脚に怪我をしたこのウサギが目に入ったらしく、あまりに痛々しい姿に魔物だからと放っておけず神水を飲ませたそうだ。
『きゅきゅ!?』
『……あ。体が勝手に動いちゃった! わ~~! どうしよう!』
『きゅ! もきゅ! うきゅ~!』
『え? な、なに……?』
『きゅう!』
神水を飲んだウサギは、後脚の傷が癒えると同時に瞳の色と全身の筋が紅色に染まり、突然、がばちょとヒノエに飛びついてきた。そして、そのまま彼女への強烈な頬ずりを始めたらしい。
『きゅ、きゅ~、きゅう!』
『わ! わあ~~!?』
突然のことに驚きつつも、ヒノエはそのウサギを優しく抱きとめた。すると、ウサギはヒノエの腕の中で、まるで姉に甘えるようにすりすりと頬ずりを続けた。どうやら、ヒノエに救われたのを理解しているらしく、非常に懐かれてしまったようだ。
「そうか……ヒノエが、この子を……」
日景は、ヒノエの腕の中にいる紅色のウサギをしげしげと見つめる。他の誰か――それもヒト以外の存在を救おうとするなど、入寮当時のヒノエからは想像も付かない行動だろう。
マガツヒの王との戦いを経て、前世の日景はヒノエを陰陽寮の仲間として迎え入れた。元々、生命を脅かす存在だった彼女は子供特有の残酷さを有しており、常日頃から無邪気な殺意と破壊を振り撒こうとしていた。
『え? くんれんって戦えばいいの? わかった! 頑張って殺すね!』
『え!? 殺しちゃダメなの!? わかった! 半殺しにするね!』
『しりょーせーり? ここをきれいにすればいいの? わかった! 全部燃やすね!!』
『おつかい? わかった! 何をもらってくればいいの? 命?』
予測していたことだが、ヒノエ――朱雀の教育は、一筋縄では行かないものだった。
四六時中、ヒノエから目が離せない状況を解決するために、陰陽寮の技術者が開発したヒノエの思考を文章化する装置『ピヨリンガル』を導入したことで、多少は改善されたものの、それと同時に彼女の心の中で常に渦巻く破壊衝動の存在が判明した。
どうにかこれを解消しなければ、と考えた日景は、似た立場の二人に協力を求めたのだが……。
『……! 必殺技思いついた! びりびり・しゅーと!!』
『なんの~。氷で球を強くしちゃうよ~。ひえひえ・しゅ~と~!』
『あははは! ぜ~~んぶ燃やしちゃうんだから! めらめら・しゅ~と~~♪』
『こ、ここは地獄か……!? 蹴鞠を……蹴鞠をしてください!!』
結果は、雷鳴が轟き、極寒の後に炎熱が来るという蹴鞠地獄。強さも丁度釣り合う二人と遊ぶことで、衝動を発散するという目論見は無事?に達成された。
蹴鞠地獄の後、しばらくして……
『ふふ~■■~♪ はむはむ~♪』
ヒノエが膝の上で日景の指を甘噛みする。先程まで殺すだの何だの言っていたが、この自分に甘える無邪気な姿を見ると、本当に容姿相応の普通の女の子にしか見えない。日景は、そんなヒノエの様子に安堵しつつも、その小さな頭を撫でた。
『……? ■■……? どうしたの 嬉しそうな顔してるよ? なんかいいことあった?』
『なんでもない』
ヒノエが少々暴れたところで、ここは陰陽寮。彼女と実力が拮抗する者もいる。ここならば彼女が誰かを害する心配もない。……そう、当時の日景は楽観していた。
『あら~……一撃でマガツヒみーんな燃えちゃってますね~』
『うむ。素晴らしい威力だ。まったく、頼もしい限りだな――辺り一帯、焼け野原にしたことを差し引けばな!?』
『ん? 何か間違ったことした?』
『しとるわぁ!! どうするのだ!? 幸い無人の原野だが、ここまで延焼したら消化もできんではないか!』
『……あはっ。それ、なんか問題ある?』
アスカとイズナ、ヒノエの三人とマガツヒ討伐に来ていたところ、ヒノエは、その有り余る破壊衝動をマガツヒに向けた。その結果、見事に周囲一体が焦土と化したのだが……当の本人は、特に反省することもなく、むしろイズナがなぜ怒っているのか理解できないと首を傾げる始末だった。
『おぬし……?』
『どうして? 何が困るの? だって戦いが長引いたら、■■が怪我しちゃうかもしれないんだよ? だったら確実に殺せるように、み~んな一瞬で灰にすればいいに決まってるでしょ?』
『で、でも、そんな戦い方は……周りにだっていろんな生き物がいるかもしれないし……』
『ん~……それ、弱いのでしょ? しょーがないよ。弱いやつって、どうしたってすぐ死んじゃうから。あ、■■は別だよ!? ■■は私が~ぜったい守ってあげるから! うふふ!』
ヒノエはうっとりとした表情で、日景の頬を撫でる。
『私が、な~んでも殺してあげるからね?』
青い顔で自分たちを見つめるアスカとイズナに、日景は……返す言葉が見つからなかった。ヒノエを育てることを甘く考えていたつもりはない。ただ、想像していた以上にヒノエは無垢すぎた。
『彼女と戦ったことがある経験者として、忠告しておくよ』
廊下で葛の葉に声をかけられ、彼女の執務室に通された。要件は、案の定――
『君のどんな相手でも受け入れる姿勢は評価してる。でも……間違えちゃいけないよ? 信頼と過大評価は別物だ。もし、彼女という人物を見誤っていれば? 彼女の行動を律しきれなければ? その時は、人を守るという陰陽寮の責務とはまるで逆の結果を招くことになる。……わかるよね?』
『……そんなことは――……』
有り得ない、と即答することはできなかった。だが、日景は――
『それでも自分は――ヒノエのことを信じている。根拠のない信頼ではない。彼女はこんなにも、他者を思うことができる』
『■■だいすき』
『すてないで、いいこにするよ。だいすき』
『だいすき、だいすき、だいすき』
『だいすき』
『でも、これは君だけに向けたものだろう? 君以外になると……』
『人を愛することを知っている者は、他人に対して優しくなれる。彼女はただ、優しくする方法を知らないだけだ』
『……そっか』
陰陽寮で周囲に見守られつつ、ヒノエはゆっくりと優しい心を育んでいった。そして、
「ねぇねぇ、その子に名前は付けてあげたの?」
「うん! この子の名前は、イナバ!」
「きゅ~!」
ヒノエはウサギを抱き上げると、満面の笑みを見せる。
今やこんなにも優しくなれたのだと、日景は、彼女のそんな笑顔がとても誇らしかった。