同日、六人の女子生徒が王宮の一室にて顔を突き合わせていた。彼女たちが囲う机の上には、何冊もの本が並べられている。その内容は、どれも魔法の図解や、魔法に関する研究論文が纏められた学術書の類ばかりだ。
彼女たちはみな、勇者たる光輝と共に戦う道を選ばず、この世界を生き抜くために独自の方法で己を磨く道を選んだ者たちである。
現在、光輝たち勇者一行はオルクス大迷宮で実戦訓練の真っ最中だ。但し、訓練に参加しているのは光輝一行と、檜山大介の率いる四人組、横山加奈と藤本芽依の属する六人組、そして、永山重吾という大柄の柔道部の男子生徒が率いる五人組の計二十一名。
残り十名の生徒は、王宮で、或いは各々の方法で自分の力を高めている。その中で、彼女たちは魔法の探求に力を注いでいるグループだった。
「ふぅ……一先ず、こんなところかしら」
一通りの作業を終えたらしい淡い栗毛の少女――園部優花が本を閉じながら吐息を溢す。それに続いて、同じ机を囲む五人の女子生徒が本から視線を上げた。
「お疲れ様、優花。これで基本六属性の魔法陣については粗方調べられたかな」
赤みを帯びた茶髪をツインテールに纏めた優花の親友、菅原妙子の言葉に、もう一人の友人である宮崎奈々も疲れたように息を吐く。こちらは、明るい茶髪をサイドテールに纏めた女の子だ。
「……マジで疲れた。栞っちと琴音っちはよくこんなんずっとやってたよね」
「日景くんと仲良くなりたいって下心があったからね」
「下心って……まぁ、否定はしないけど。ここで好感度を稼げば……ワンチャン、あるかもだし」
「ワンチャンって……」
優花は琴音の言葉に呆れた眼差しを向ける。日景と那岐、二人の交流を見て、あわよくばを夢想するというのは、流石に夢を見すぎではないだろうか。優花がそんなことを考えていると、黒い長髪をシュシュで纏めている少女、
「まぁでも、確かに、日景さんならワンチャンあるかもしれませんね」
「え……?」
「ああ見えて、日景さんは結構……いえ、かなりの女好きです。現代のカサノヴァとか、そんな通り名が付くくらいには。まぁ、当の本人にはそういう意識はないみたいですけどね」
その言葉に、他の五人が顔を見合わせる。確かに、日景の容姿は整っている部類だ。その上、性格もいい。これでモテないわけがないとは優花も思うが……女好きという評価には今一つピンと来ない。というのも、日景は彼女たちに下心を持って接したことがないからだ。複数の女子生徒と親しい関係にあるのは事実だが……それを加味しても、些か疑問が残る評価である。
だがしかし、そんな優花たちの疑問など露知らずといった様子で、さくらは言葉を続ける。
「以前、藤原財閥主催の立食パーティーに出席したことがあるんですけど……日景さん、その時に複数人の女の子を侍らせていたんですよ」
「藤原財閥……? え? 藤原くんって……あの全国チェーンの? え?」
「その藤原財閥の総帥、藤原
「……うそぉ……」
優花が驚愕の声を漏らした。藤原財閥と言えば、日本でも有数の特大企業グループだ。日本国内に存在する企業の中でも五指に入るほどの規模を誇っている。全国展開している超有名百貨店、観光事業、貿易関係、その他多くの事業を抱えており、日本経済に大きな影響力を有している。
藤原財閥の足元にも及ばないものの、それなりに大きな企業を経営している相沢家の娘として、さくらは日景の素性をある程度は知っていた。
「……マジ?」
「ええ、大マジですよ」
「……じゃあ……日景っちって、超お金持ちってこと……?」
「そうですね。少なくとも、私が知る限りでは、彼は日本有数の資産家のご子息だと思われます」
優花たちは一斉に目を見開いた。そして、自分たちが日景に抱いていたイメージとの乖離に愕然とする。普段の日景は、どちらかというと庶民的なイメージがある。言動もそう突飛なものではないし、これと言って目立つような行動もしない。そんな彼が、実は超が幾つも付くほどの大金持ちだったという事実に、彼女たちは完全に動揺していた。
「流石に、陰陽師というのは知りませんでしたけど……」
「日本有数の大企業の御曹司で、あの安倍晴明の血を引く陰陽師……え? なに? 日景っちってラノベの主人公?」
「属性盛りすぎだよね……」
友人たちが様々な反応を見せる中、優花が静かに口を開く。
「……本当に、創作物の主人公みたいよね。あの時、彼がいなくちゃ、私たちは……」
あの時とは、オルクス大迷宮でベヒモスと対峙した時のことだ。あの時、彼がいなければ、生徒たちは全滅していたことだろう。こうして生きていられるのは、日景と那岐、そして日景の召喚したアスカという亜人族の女の子のおかげだ。
何とも言えない複雑な、本当に様々な感情を綯い交ぜにしたような表情をした優花に、奈々と妙子が顔を見合わせる。それから、妙子が怖ず怖ずとした様子で尋ねた。
「優花……あの、もしかして、日景くんのこと……」
「なに言ってるのよ。私、そこまで単純な性格じゃないから」
「そうなの?」
「当たり前でしょ。大体、命を救われたからって、好きになるなんて単純すぎない? そりゃ、藤原くんには感謝してるけど……でも、別にそういうんじゃないわ」
園部優花――彼女は、オルクス大迷宮の一件で直接日景に命を救われている。故に、邪推した妙子だったが、優花の回答と表情を見れば、日景に対し恋慕の感情とまでは言えずとも、何とも複雑な想いを抱いているのは明白だった。
そんな長年の友人の反応を見て、好奇心旺盛な奈々はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「それじゃあさ? 日景っちのことはどう思ってるの?」
「まあ……別に嫌いってわけじゃないけど……」
「……もしかして、優花っちって意外とツンデレ……」
「違うわ!」
奈々の追及に、優花は顔を真っ赤にして声を荒げた。そして、優花は話題を無理矢理変えることにした。実際のところ、日景に対してどう思っているかについては、彼女自身もまだ整理しきれていない部分がある。それに、今はそれよりもやることがある。
優花はごほんと咳払いをすると、生温かい目を自分に向ける友人たちに問いを投げかけた。
「そ、それより、これが終わったら、次は何をするつもり?」
「え? あー……どうしよっか?」
「わたしたちが鍛えたところで、日景くんの役には立たない気がするけど……」
「それはそうですけど……何もしないのは流石に……」
栞の言葉にさくらは同意する。確かに、自分たちの力を鍛えたところで、日景の助けになれるとは思えない。だがそれが、何もしない理由にはならないはずだ。
何せ日景は、自分たちが元の世界に帰るために他の誰よりも力を尽くしている。自分たちにできることなど些細なものだろうが、それでも、何もしないでいるのはあまりに心苦しい。
そんな友人五人の心情を察した優花は、苦笑いしながら悩める友人たちに一つの提案をする。
「なら、皆……愛ちゃんの遠征に付いて行かない?」
「愛ちゃん先生に?」
「藤原くんたちに付いて行く力なんてないけど、愛ちゃんの護衛くらいならいけるでしょ?」
「あ、確かにそれなら……」
優花の提案に妙子が納得したように頷いた。続いて残りの四人も遠征に付いて行くと賛同する。
「……うん、悪くないかも」
「そうですね。愛ちゃん先生のお手伝いなら」
「愛ちゃん先生、頑張ってるもんね……」
「日景くんたちも心配だけど……でも、何かしたいもんね」
「決まりね。ふふっ、それじゃ、早速だけど、愛ちゃんのところに行きましょ? 魔物と教会から派遣されたイケメン護衛騎士から、愛ちゃんを守るのよ!」
「「「「「おー!」」」」」
期待していなかったわけではないが、やはり友人たちが一緒に来てくれるというのは嬉しいもので、優花は頬を綻ばせながら茶目っ気たっぷりに号令をかけた。友人たちは、決意に満ちた表情で拳を掲げると、威勢のいい返事でそれに応えるのだった。
その頃、優花たちの教師である畑山愛子は目を尖らせ、怒りに体を震わせていた。彼女が睨みつける先には、ハイリヒ王国国王、エリヒド・S・B・ハイリヒの姿がある。
「これは……これはどういうことですか!?」
憤りと不信感を含んだ怒声が謁見の間に響き渡る。普段、生徒たちに向けるものとは百八十度異なる怒気に満ちた声に、護衛の騎士が僅かに身動ぎした。
愛子が怒りを露わにしている理由――それは、彼女が持つ数枚の文書が原因だ。そこには、彼女の生徒に対する容認し難い処遇が書き記されていた。その処遇とは、
「藤原君を異端者認定!? 何故、こんなことを……!?」
異端者認定とは、聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定をされるということは何時でも誰にでも日景の討伐が法の下に許されるということ。状況によっては、神殿騎士や王国軍が動くことさえある。
書面には、王国の貴族からの連盟での署名が記されており、その内容は、神聖なる王国に薄汚い亜人族を連れ込んだ不届き者を異端者として認定するように請願するものだった。
「このまま、正式に異端者認定をするつもりならば……こちらにも、考えがあります!」
「何を為されるおつもりですかな、愛子殿?」
「認定を撤回するまで……私は仕事をしません。農地開拓をストライキします」
エリヒド王がむぅっと唸り声を漏らす。仕事を放棄する。ただそれだけのことが、交渉材料として十分以上に機能するのには、愛子の天職と技能が大いに関係していた。
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畑山愛子 25歳 女 レベル:28
天職:作農師
筋力:15
体力:30
耐性:30
敏捷:15
魔力:500
魔耐:30
技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解
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天職『作農師』――農業に関する技能や魔法に絶大な適正を持ち、土壌の問題・改善点を見抜く天性の感覚と、その改善の実行力を併せ持つ超稀少天職。一見すると地味な天職だが、その稀少性は光輝の『勇者』に次ぐものだ。
謂わば、農業系天職に於ける最上位クラス。下位互換の天職を有する人材はそこそこいるが、この最上位天職を持つ者は歴史上でも数えるほどしか存在しない。
作農師は、この世界の食糧関係を一変させる可能性すら秘めた天職であり、技能の扱いに慣熟していない現在ですら食糧供給を倍加させるほどの能力を有している。技能を自在に操れるようになれば、その恩恵は計り知れないものとなるだろう。
戦時中、大した消費もなく食糧供給を数倍にできる人材の価値がどれほどのものか。食糧面に関して全く問題にしない軍隊など、敵対者からすれば悪夢以外の何物でもあるまい。
戦争とは、おおよそ全ての面で国力を食い潰す大食らいの化け物のようなものだ。というのに、彼女一人がいれば、食糧問題に関しては解決してしまう可能性が非常に高い。その価値は、ただ戦闘能力に優れているだけの勇者よりもよほど高いものだ。
その愛子が、不退転の覚悟で日景に対する異端者認定を棄却するように猛然と抗議している。関係の悪化を避けたい王国側からすれば、彼女の要求を安易に拒否することもできない。
そもそも、聖教教会のお膝元であるハイリヒ王国では滅多に見ることはないが、人間族の生存圏では亜人族自体はそれほど珍しいものではない。個人の感情を根拠に異端者認定を求める一部の貴族と、戦略的価値のある個人の信用……どちらの方が国家の益になるかは一目瞭然である。
「……うむ、承った。藤原殿の異端者認定は棄却しておこう」
「……! ありがとうございます! エリヒド陛下!」
感謝の言葉と共に頭を下げる。国王の英断に、愛子は心からの安堵を覚えた。
この数日後、今回の件を切欠に悪印象を持たれるわけにはいかないと王国側も判断したのか、例の文書に名前の記されていた貴族には相応の処分が下されたのだが……エリヒド王は、今回の件に関して拭いきれない違和感を覚えていた。
異端者認定に関する請願書。署名した貴族たちは十分に取り扱いには注意していたはずだ。
(愛子殿は、一体何処からあの文書を……。これは……少し、調べる必要があるかもしれぬな)
主人公評価
園部優花 :女心は複雑
菅原妙子 :命の恩人
宮崎奈々 :命の恩人
相沢さくら:藤原財閥と縁を結ぶ機会ですね
水島栞 :ワンチャン!
星野琴音 :ワンチャン!
畑山愛子 :大切な生徒です!!
細々と今回の修正を入れてから次回の執筆に入ります。