ありふれランブル!   作:ゲーマーN

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序章 第5幕

 その世界に於ける陰陽寮は歴史の裏で国を支えてきた超国家機関だ。大政奉還後、当時の政府により陰陽寮の廃止が告げられるまでは、その身命を賭して魑魅魍魎の類から国を守ってきた。

 文明開化、西洋の文化を取り入れることで革新を進めていた当時において、オカルト的な要素は邪魔でしかなく、民間信仰すら許されない状況だった。それは陰陽師も例外ではなく、魔女狩りにも似た弾圧運動により、政府の中枢から一方的に廃されることになった。

 

 しかし、陰陽師が実在するということはその敵もまた実在するということにほかならない。全国各地にある化性を封じた伝承の中には本物も存在している。妖怪の伝承は真実であり、今も尚、闇の中から無辜の民を狙っている。

 その事実を日景が知ったのは小学生の頃だ。後に『禍津之山神』と命名される邪神を死闘の末に打ち倒した彼は、日常の裏に潜む魔性の類(マガツヒ)から人々を守る組織がないことに危機感を覚えた。

 

「そして、その状況を打破するために創設されたのが今の陰陽寮というわけだね」

 

 そう語るのは、腰の辺りから五本の尻尾を生やした白い長髪の女性。

 彼女の名前は葛の葉。宇迦之御魂神の第一の神使。彼方の世界では陰陽寮顧問を務めており、この世界に於いては相談役の地位に就いている。本来ならば、彼女が表舞台に上がることは滅多にないのだが、今回の異常事態には日本の神々も動いている。

 その筆頭こそ宇迦之御魂神であり、彼の女神の命により葛の葉は事件解決に全霊を注いでいる。

 

「……あの。本当に那岐を見つけられるんですか?」

 

 長身痩躯、跳ねた短髪の四十代半ばの男が不安そうな表情で葛の葉に尋ねる。

 那岐の名を口にした彼の名前は南雲愁(ナグモ・シュウ)。言わずもがな、那岐の父親だ。行方不明となった那岐を探すために行動していた彼の前に、ある日突然、姿を見せたのが陰陽寮を名乗る集団だった。

 

 ――集団神隠し。

 

 約二週間前、教室にいたはずの生徒三十三名と教師一名が消息を絶った失踪事件。

 それは、あまりにも不可解な事件だった。集団誘拐は有り得ない。昼休憩の時間である。生徒も教師も出歩く時間帯なのに、そんな人数を目立たず連れ出すことなど不可能だ。

 実際、そんな光景は誰も目撃していない。さりとて、自主的な集団失踪と言うには今回の失踪事件には不自然な点が多すぎた。

 

 例えば、教室の中には昼食が食べかけの状態で放置されていた。消している途中の黒板、はたまた友人と昼食を取るためだろう。椅子や机を移動させる途中といった様子も散見されたという。

 そう、そこにあったのは日常の一幕だった。計画的な失踪の痕跡などではなく、何時も通りの昼休憩を過ごそうとして生徒たちの姿だけが消えた。そうとしか見えない状況だったのだ。

 その事実は、隣のクラスや、たまたま教室前の廊下を通っていた生徒たちが証言している。

 

 加えて、彼・彼女等が口々に、教室から溢れ出る強烈な閃光を見た、消えた生徒たちの悲鳴や教師の「皆! 教室から出て!」という切羽詰まった声を聞いたと証言したことも相まって、捜査機関は完全にお手上げ状態。

 まさに、現代に起きたメアリー・セレスト号事件。白昼の高校を襲った『集団神隠し』という名の都市伝説(オカルト)だった。

 

 当然、世間は一気に騒然となった。

 

 メディアは過剰なほどに加熱し、日本に止まらず海外でも報道されるほど。

 世界中から報道陣やオカルト系の研究者が集まり、それどころか怪しげな宗教団体やら集団までもが押し寄せる始末だ。学校は生徒たちの安全を考慮して休校となり、消えた生徒たちの家族は世間の好奇の目にも晒されることになった。

 その最中に現れたのが彼女だった。人ならざる者の特徴を全身に備えた本物の人外である。

 

「もちろん。そのために君たちをここに連れてきたのだからね」

 

 愁とその横を歩くセミロングの黒髪の女――南雲菫(ナグモ・スミレ)を安心させるように葛の葉は語りかける。

 彼女等陰陽寮の力は本物だった。配慮を知らぬ報道関係者や、犯罪者予備軍のような集団に属する連中、或いは下劣な好奇心を満たそうとする野次馬の類とは訳が違う。身内の者にも被害が出ていることもあり、陰陽寮は本気で生徒たちを取り戻そうとしていた。

 

 愁と菫が案内されたのは、その陰陽寮の最奥部に位置する儀式場と思しき空間だった。床全体を覆うように五芒星の陣が刻まれており、星型の各頂点には五つの元素の紋様が描かれている。

 そして、その五芒星の中央に彼女は立っていた。身長は百三十センチほど。齢にして十には満たないだろう彼女は、薄桃色の着物に身を包み、濡羽色の髪を腰まで下ろしている。前髪は眉の上辺りで切り揃えられており、幼いながらも「美しい」と表現すべき容貌がよく見えた。

 

「葛の葉様?」

 

 小鳥の囀りのような可愛らしい声が部屋の中に響き渡る。

 

「陽晴、那岐の家族を連れてきたよ」

 

「……陽晴? ということは、あの娘が……」

 

「君たちもよく知る藤原日景の実の妹。安倍晴明の再来。現代最強の陰陽師である藤原陽晴(フジワラ・ヒナタ)だ」

 

「それは身に余る評価です。お兄様の方が陰陽師として優れていると思います」

 

 年齢に似合わないしっかりとした言葉遣いだった。所作にも品があり、なおさら美しいという印象を抱かせる。形の良い眉を困ったように八の字にした陽晴は、愁と菫の方へ視線を向けると、その頭を深々と下げた。

 

「はじめまして、南雲愁様、南雲菫様。本日はご足労いただきありがとうございます」

 

「え、は、はい。いえ、これはご丁寧に。こちらこそ宜しくお願いしますです?」

 

「よ、宜しくお願いします、ですわ?」

 

 絵物語から飛び出してきたようなお姫様の言葉に二人の語尾が実に怪しくなる。しどろもどろの状態でペコペコと頭を下げる南雲夫妻の姿に、ふふっと笑みを零した陽晴は、しかし、次の瞬間には真剣な表情となっていた。

 

「早々のことで申し訳ありませんが、お兄様と連絡を取るためにお二人の力をお貸しください」

 

「力を貸す、と言っても……」

 

「何をすれば……」

 

 夫妻は、普通の人間だ。陽晴のように摩訶不思議な力を持っているわけではない。

 警察の知らせを待つだけではなく、早々に『家族会』という独自に子供たちを捜索するコミュニティを立ち上げるほどの行動力の塊だが、その能力自体は常人の域を出ない。

 真実、超常の力を扱う陰陽師の力になるほどの何かが自分たちにあるとは思えないのだが……。

 

「五芒星の中に。血の(よすが)を頼りに、お兄様と那岐姉様の下へと直接声を届けます」

 

 促されるままに五芒星の中央に足を踏み入れると、陽晴は一度、パン! と柏手を打った。

 

「え……?」

 

 陽晴を中心に白い光が迸る。一拍、ただそれだけで陽晴は周囲の空間を己の領域に染め上げた。

 

「謹んで請い願う。掛けまくも畏き宇迦之御魂神に恐み恐み申す」

 

 恐ろしいほどに清く澄んだ空気が満ち満ちていく。

 

「神縁招来を願わくば、黄昏の黒狐、我が兄の伴侶を遣わし給え」

 

 輝きを纏い、一心不乱に尊き存在へ願う姿は、陰陽師と言うより神聖なる巫女と言うべきか。

 

「我が身を捧げ、異なる世界、境界をば繋ぎ止めん!」

 

 陽晴の影が歪む。それと同時に、日景と陽晴、二人にだけ許された秘術が完成する。

 

「天降り招来し給え。我が守護、いと尊き黒の慈神、その名――ウカノミタマ!!」

 

 

 

 水符と雷符、日景と那岐がここ二週間の研究の成果を初披露した日の訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、その日は騎士団から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒たちに、メルドは野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く! 必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都郊外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 翌日の夕方。日景たちは、メルド率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者たちのための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直属の宿屋があり、訓練中はそこに宿泊することになる。

 生徒全員が二人部屋以上で過ごすことになり、日景は那岐と同じ部屋で過ごすことになった。久しぶりの普通の部屋に安心した那岐は、ぽふんっとベッドの上にダイブする。

 

「ねえねえ。オルクス大迷宮ってどういうところなの?」

 

「この本によれば、ハイリヒ王国が建国される以前より存在している大迷宮のようだ」

 

 オルクス大迷宮。それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。

 この世界に於ける有数の危険地帯である七大迷宮の一つであり、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。

 その理由は、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物とは比較にならないほど良質の魔石を備えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核を言う。力の強い魔物ほど品質が良く大きな魔石を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも機能を発揮するが、粉末状した魔石を刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減衰する。要するに、魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。

 

 また、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使用する。固有魔法とは、魔力があっても魔法陣を使えないが故に多彩な魔法を扱えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに魔法陣等の事前準備なしに行使することができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 尤も、今回は進んだとしても二十階層までらしく、その程度ならば、何が起きたとしても十分にカバーできるとメルドから伝えられている。

 

「七大迷宮……ということは、他にも六つの大迷宮があるの?」

 

「正確な所在が判明しているのは三つ。残りの迷宮は、未だに存在が確認されていないらしい」

 

「そうなんだ。じゃあ、なんで七大迷宮なの?」

 

「確かに詳しい場所は不明だが、古い文献を探ると必ずその名前が出てくるそうだ」

 

「へぇ……。それは興味深いですね」

 

 突然、二人の会話に第三者の声が混ざる。振り向くと、そこには黒狐の女が立っていた。

 

「ウカノミタマ……!?」

 

「はぁい♪ あなたのお嫁さんのミタマちゃんです♡」

 

 喪服を想起させる漆黒の衣装に身を包む彼女の名前はウカノミタマ。前世の日景、その死後の魂を追いかけた末に世界の壁を越えた正真正銘の神であり、現在は、別の世界の自分自身である宇迦之御魂神の神使をしている思慮深く素敵な神様だ。

 日景と那岐、この二人は前世の記憶と人格を維持している。本来、人は生まれ変わる際に生前の記憶を失うことになる。その理を非に曲げたのはウカノミタマがその身に宿す権能の数々だ。

 

「なぜここに……」

 

「決まってるでしょ? あなたたちを日本に帰すために――と言えたら良かったんですけど……私の力では細い道を維持するのが精一杯みたいです」

 

「細い道……?」

 

「はい♪ そろそろ、向こう側にいる私が道を繋いでくれるはずですよ」

 

「それはどういう――」

 

『……様、これで……はず……』

 

「ん……? 何? 今、声が聞こえたような……」

 

『『那岐っ!!』』

 

 突如、虚空から三人以外の声が聞こえてきた。

 声の主の姿は見えない。それでも、那岐にはすぐにその正体が分かった。

 

『那岐っ、お前、この馬鹿娘! 今まで何処にいたっ』

 

『ああっ、良かった……良かったっ。どんだけ心配したと思ってっ』

 

 南雲愁と南雲菫、今も遠く離れた元の世界にいるはずの那岐の両親の声だった。

 何故、という疑問を押し流すように、那岐の胸には抑えきれない感情が押し寄せてきた。

 歓喜、安堵、困惑……その複雑な感情は言葉では表現できない。

 

「お父さん、お母さん……」

 

 震える声で、小さく。涙に瞳を濡らしながら、那岐はぽつりと言った。

 

『お兄様、わたくしの声が聞こえますか?』

 

 幼さの宿る女の子の声。目に入れても痛くないほど可愛らしい妹の声に日景も反応を示す。

 

「陽晴……? そうか、陽晴が動いてくれたのか……」

 

『はい。ウカノミタマ様の力をお借りして、お兄様の下へと道を繋げました』

 

「……日本に帰ることができるのか?」

 

『申し訳ありません。人が通れるほどの道は作れませんでした』

 

「そうか……」

 

 ウカノミタマの言葉から何となく予想はしていたが、まだ日本には帰れないという事実に日景は肩を落とす。

 

『……那岐、お前はどこにいるんだ?』

 

『二週間前のあの日、あなたたちに、一体何があったの?』

 

「……そうだね。まずは、それを説明しないと」

 

 両親の問いに、那岐は集団失踪の真実を語り出した。

 人間族と魔人族の戦争、滅亡の危機を迎えた人間族を救うために自分たちが召喚されたこと。

 自分たちは戦争に参加することになり、戦いの術を身に付けるため訓練をしていること。

 そして、実戦訓練の一環としてオルクス大迷宮へ遠征に来ていること。

 一通りの事情を聞かされた南雲夫妻は、険しい声音で各々の意見を口にした。

 

『父さんも母さんも、職業柄、そういうものに対する知識は豊富だが……』

 

『実際に、となると……ここまで理不尽に感じるものなのね』

 

 愁はゲーム会社を経営しており、菫も人気少女漫画家だ。サブカルチャーに触れる機会の多い二人は異世界召喚モノの創作物にも造詣が深く、子供たちの置かれた状況を即座に把握できた。

 

『戦争……でしたら、こちらから戦力を送り込む必要がありそうですね』

 

「そんなことができるのか?」

 

『人間は無理ですが、召喚の術をお使いくだされば……』

 

 召喚の術。陰陽師が契約関係にある式神を召喚する術のことだ。今回、ウカノミタマの力で開通したルートは人間を通すことは出来ないが、術を通すくらいの余地は十分に存在している。

 ――とはいえ、だ。何も問題がないという訳ではない。日景と契約関係にある式神の多くがトータスで言う亜人族と似た姿をしている。この亜人族は差別の対象となっており、基本的には大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツィナ樹海】の深部に引き籠っている。

 

 神代の頃、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。

 そして、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものだと認識されている。それ故に、魔法は神からのギフトであるという価値観が人間族の中には根付いている。

 そのような事情から魔力を一切持たず魔法を使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族であると考えられている。

 

 その亜人族と似た特徴を持つ式神を召喚すれば、どうなるか……少なくとも、前向きな反応は得られないだろう。事と次第によっては、王国や教会と敵対関係になる可能性も存在している。

 可能な限りは式神を召喚するのは控えたいところだが、この状況ではそれも難しいだろうということは日景も承知していた。

 

「それなら、準備だけはしておいてほしい。必要な時に召喚の符を用いて式神を召喚する」

 

『承知いたしました。どなたにお声掛けをすればよろしいでしょうか?』

 

「―――に、声を掛けてほしい」

 

 それからしばらく情報交換をした後、日景と那岐は明日に備え体を休めることにした。

 日景はベッドに横になりながら、思いを馳せる。希望は見えてきた。何としても生徒たちを守り抜き、家族の下へ帰さなければならない。日景は決意を新たにして眠りについた。

 それと時を同じくして、藤原陽晴もまた心に固く誓いを立てた。必ず兄を取り戻す、と。二人の願いの先に何が待ち受けるのか、それを知る者は誰もいない。

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