「真希ちゃんは弱いんやから、僕の三歩後ろ歩いとき」
いつもそう言って、私の前を歩くその背中が嫌いだった。
私と真依は生まれた時から終わってた。
呪術師なんつークソの集まりの中でもとびきりのクソを集めて御三家っていう蓋をした中身。
禪院家に生まれた私達は、人間として扱われなかった。
呪力が無くて呪霊も見えねー私と、ハズレ扱いされる術式と中途半端な呪力の真依に術師に非ずんば人に非ずを地で行く禪院家での立ち位置なんてモンは無かった。
ガキの頃からイジメのオンパレード、無視や陰口なんてのはマシな方で私も真依も毎日新しい怪我や痣を増やしてた。
極めつけは、私達を生んだ親が一番私達を嫌ってた事だ。
私達の出来が悪いから自分が当主になれなかったと喚いては指導と
私達に生むんじゃ無かったと言い続けたクソ
私達はあの家で、空腹と痛みに耐えながら…寄り添い合って震えてた。
────あの日までは
「ふぅん…ま、どうせなら顔ぐらいマシなん選ばんとやる気出ぇへんしな
お前らでええわ……おい、お前ら──今日から、俺がお前ら二人を守ったる」
そいつの顔ぐらいは知ってた。
禪院家の当主、直毘人の息子…次期禪院家当主の最有力候補、禪院直哉。
クソ山の大将…私達とは無関係の筈の人間。
最近は東京の方へ行ってて家には居なかった筈だが、なんで居るんだコイツ…?
「はぁ……甚爾君ももうちょいマトモな事言うて欲しいわ
自分より大事なモンつくれやなんて…そんなトンチで強なれるんならとっくになっとるっちゅうねん」
悟君は悟君で太れとか意味わからん事言うし…とブツブツ言いながら直哉は私達の前にでかい風呂敷包みを放ってきた。
「そら、おどれらには一生縁ない
とりあえずそれ食うて、俺に一生懸命媚びとれや」
嫌な奴、それが私達から直哉への第一印象。
でも……その日は、生まれて初めてお腹いっぱいで眠れた。
「可愛い〜!全っ然禪院に似てないね!!」
「妹が居たんですね…一人っ子だと思ってましたけど」
それから、クソ親父と話をつけたらしい直哉に連れられて東京の高専に何度か行った。
「灰原…それどういう意味や
あと七海、お前もなんや言い方にトゲあんねんけど?」
ていうか従姉妹や、兄妹ちゃうと直哉は嫌そうに否定していた。
この頃になると、直哉についていくのに拒否感は無くなってた。
体裁を気にする直哉は私達に高い飯を食わせてくれたし、口は悪くとも家の連中みたいに暴力をふるってきたりもなかった。
「うんうん!僕も妹居るからわかるよ!!
やっぱこんぐらいが一番可愛いよね〜!!!」
「いえ、君の性格的に兄妹が居るタイプじゃないなと思っただけです」
「お前ら……やっぱ嫌いや」
なんとなく、
直哉は、高専ではずっと機嫌が良さそうで…よく笑ってたから。
「強く、ならなアカン……何がなんでも…ッ!」
ある日、直哉が大怪我して帰ってきた。
産土神信仰、土地神を祓う任務で一級呪霊とやり合ったらしい。
いつも話してた二人を庇ったせいで死にかけた、とその二人から聞いた。
二人は直哉を家まで運んでくると、すぐに治せる人を呼んでくるって出て行った。
「なんや……!見下ろすなや、クソガキ……!」
いつも偉そうで、厭味ったらしい直哉が血塗れでゼェゼェと変な息の仕方をしてた。
そんなのに詳しくない私でもわかった、コイツは今…死にそうなんだ。
そう思ったら、自然と真依と二人で血を拭ってた。
タオルを水に濡らして、傷が開かないようにゆっくりと。
「──ッ!触んなや!!どけ!俺に…近寄んな!」
ボロボロのくせに凄い力で暴れる直哉を二人で抑え込みながら折れてる足には氷を包んだタオルを当てて、血が止まらない腹の傷は二人でぐっと押さえて止血した。
暴れてた直哉はしばらくすると気絶してた。
私と真依は……泣きながら血を拭ってた。
多分、私達はもう戻れなくなってたんだと思う。
惨めでひもじいあの頃に。
だから……二人で泣きながら直哉を介抱した。
直哉は、あれから少しだけ変わった。
私達へのイヤミが減って…代わりに、いつもの食事が豪華になった。
何か欲しい物が無いか聞いてきたり、行きたい所が無いか聞いたりもしてきた。
はっきり言って気味が悪かったが、真依が喜んでたから…私も嬉しかった。
「………あんな家、俺が当主になったらぶっ壊したる
せやから………もうちょい待っとれ」
私達は、その言葉を支えに生きる事にした。
この頃には、家に帰らず…ずっと直哉と一緒に居た。
ある日、家から連絡が来て私達を一度家に帰すよう言われたらしい。
直哉は少し嫌そうにしながら私達に聞いてきた。
「帰りたかったら帰ったらええ……
帰りたないんなら、断っといたる」
私達は、迷いなく帰りたくないと言った。
「最近、形から入ろうと思っとってな
どうせ甚爾君に潰されかけた家や…俺に潰されても構へんやろ」
その日、直哉は出掛けてくるって言って…帰ってこなかった。
次の日に帰ってきた時は、またボロボロになってて…
直哉は、その日──禪院家の当主になった。
「ふん、あんな家…元からいつか潰したろ思てたんや
プライドだけ一丁前のザコしか居らん、あんなんと関わっとったらザコが
直哉はボロボロのまま、私達を抱き締めてきた。
血の匂いと、ごつごつした大きな手…不思議と嫌な気にはならなかった。
「安心せぇ、あんな家
「アカンな、もう全部アカン…術師向いてへんで」
小、中学には直哉が通わせてくれた。
何するにしても大学なんぞ出るに越した事ないねんから、と私達二人が大学卒業出来るだけの貯金をずっとしてたらしい。
「高校は…高専行く、私は呪術師になる」
だから…私はアイツの荷物になんてなりたくなかった。
強くなって、私は一人でも大丈夫だって言いたかった。
私は大丈夫だから………真依と、居てやってくれって。
その日、初めて──直哉に殴られた。
直哉が怒鳴ってるのなんて、久しぶりに見た。
直哉が怒ってるのなんて、久しぶりに見た。
直哉が泣くのなんて──初めて見た。
「何考えとんねん!お前が呪術師になんぞなる必要ないやろ!!」
………うるせぇ、あるんだよ。
じゃないと、お前はずっと…私を守るだろ
じゃあ───お前を、誰が守るんだよ
それからしばらくして、私は家を出て高専に入った。
真依はついてくるなって言ったのに、無理矢理ついてきた。
高専は…思った以上に居心地が良かった。
同年代はみんな、気のいい奴らだったし御三家だのに偏見も無かった。
私達が高専に入って3ヶ月が過ぎた頃、直哉が高専に教師として入ってきた。
私達が直哉との距離が掴めないまま、時間だけが過ぎた。
私と真依と直哉の玉虫色の関係が徹底的に変わったのは…憂太が入ってきて、少しした頃だった。
呪詛師羂索による、百鬼夜行
夏油先生と憂太に憑いてる里香を狙ったソレに、高専に逃げ込んでた私と真依は巻き込まれた。
未登録の、炎の特級呪霊
バカ目隠しも、夏油先生も、甚爾も、憂太も…誰も間に合わない。
みんな、他の場所で戦ってる。
私達はまた、寄り添い合って震えるしかなかった。
「だから言ったやろ…向いてへんって」
寸前まで迫ってきていた熱が、いつまで経ってもこない事に疑問を抱く前に直哉の声がした。
直哉は、私達の三歩前に立って──全身を灼かれていた。
「直哉……なんで……」
いつだったか、家入さんから聞いた事がある。
反転術式の治療でも、デカイ傷や火傷なんかは跡が残るって…
「なんで……笑ってんだよ……!」
全身から呪力を吹かして、すぐに火は払ったみたいだけど…全身火傷してんだろ…?
なのに、なんで………
「やっと……わかったわ
甚爾君も悟君も傑君も…みんな、こんな風にやっとったんか」
そら、強い筈や…直哉は笑いながら私達を抱き締めた。
「何度でも言うたる…僕が、守ったる
せやから、下がっとき」
違う…違うんだよ
直哉、私達は───私は
私は、お前の後ろで守られたいんじゃない
お前の──お前の横に立ちたいんだ
後ろに居たら、お前は私を見ないだろ
見ろよ…私を!
後編へ続きます
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人外魔境新宿決戦