「あー…かったりぃ……」
「やる気ないねぇ〜金ちゃん」
東京高専三年、秤金次は両手をポケットに突っ込んで大きく背を曲げて不愉快さを隠しもせずに森の中を歩く。
その秤の横を歩く同じく東京高専三年の星綺羅羅、メイクもバッチリ決まっており正に美少女……だが男だ。
「やる気なんざ出る訳ねぇだろ、呪霊祓いレースなんて直哉さんと甚爾さん居てどうやって負けんだよ」
そう、秤は端的に言うとがっかりしていた。東堂程ではないが秤とてかなり血の気が多く喧嘩っ早い方だと自覚している…喧嘩も勝負事も好き、ならば交流会など嫌う理由がない。
だというのに…コレだ。
禪院家現当主、禪院直哉と天与の暴君、伏黒甚爾
共に1級術師の中でも更に上澄み、限り無く特級に近い……否、特級の条件の一つとして【単独での国家転覆】という項目が無ければ今日にでも特級認定されても何らおかしくない実力者。
そんな二人が居て、どうやる気を出せるというのだろうか
「チッ…何が秤もきっと熱くなれるだ
五条先生のフカシだったな…こりゃ」
開始前の集まりであの二人とオマケのオッサンが参加すると聞いた時点で、本当は帰る気だった。
腹いせに近所のパチ屋にでも寄って、パーッと出して綺羅羅と旨いモンでも喰って…気晴らしに遠出でもしようかと考えていた。
そんな秤を、五条悟が止めたのだ。
必ず、自分に熱を感じさせる程の交流会になる…と言って。
「もしかしたらすごい呪霊が出るのかもよ?」
「だとしても2級ぐらいまでだろ、学生同士の戦いで
そして、2級呪霊などもし仮に接敵したとしても相手にならない。
秤とて1級術師、2級呪霊相手に熱くなるほど弱くはない。
「ったく、せめて早く終わって──」
ピン・ポン・パン・ポン、という軽快な音と共に、会場の森の一帯にその放送は響いた。
『テステ〜ス!緊急連絡、緊急連絡でーす!!
たった今より、一発逆転の大大大大どぅぁあい!!チャンス!
たった一体で1億ポイントの呪霊を放ちまーす!
皆!!頑張ってね〜』
秤は呆けた綺羅羅と顔を合わせて、考える。
「一匹で1億点って……ひと昔前のクイズ番組かよ
……こりゃマジに1級呪霊ぐらい用意して──」
そのセリフを秤が最後まで言い切る事はなかった。凄まじい速度でこちらに向かってくるとんでもない呪力の持ち主を見つけたから──
『ドスコイ!!』
パワのある掛け声と共に跳躍!木々を避けることもなく飛び上がるとひねりを加えてキリモミ回転をしながらドリルめいて落下!
周囲の木々が薙ぎ倒され、周囲一辺が開ける程の衝撃と共に降ってきたソレは…
『ドーモ、ハングリースレイヤーです』
全身を恐ろしい赤黒に染め上げた装束に身を包み、金属のメンポで口元を隠す。そのメンポには恐怖を煽る字体にて『飢』『殺』の二文字。
ハングリースレイヤーは両手を胸の前で合わせると、秤達へ頭を下げオジギする。
イクサに臨むジュジュツシにとって、アイサツは神聖不可侵の行為。古事記にもそう書かれている。
アイサツされれば返さねばならない…!!
「……………何やってんだ、夏油先生…」
しかし、秤はオジギもなくアイサツを返さない…スゴイ・シツレイである。
『なんの事かな…?私はハングリースレイヤーだよ』
「いや、前髪そのまんまだし…声もこもってっけど全然変わってねぇし…」
秤はガックリと肩を落としながら眼の前の相手を見る。
そう、曲がりなりにもしっかりと視認していたからこそ…秤はそのアンブッシュになんとか反応できた。
『イヤーッ!!』
「あっぶ!!?」
危ない、と言おうとしたが左頬が避けきれず手刀で抉り取られる。正直に言って、反応出来たのは奇跡に近いだろう…そう自分でも思う程に速く、鋭い手刀だった。
『そのゲトー?とやらは知らないけれど…
このまま抵抗しないなら…君、死ぬよ?』
「…………良いな」
熱を愛する秤だからこそ、その言葉が嘘ではないとすぐにわかった。本当にこのままならば相手は…夏油傑は此方を殺す気で来るんだろう。
「最強が、殺す気でやってくれるだぁ?」
秤の口角が釣り上がる。
現代最強と呼ばれる呪術師が、殺す気で…本気で相手をしてくれるのだ、それで熱くならない奴など───
「サイコーだ!」
男じゃねぇ!!
東京高専三年、秤金次。
特級術師、乙骨憂太がノッてる時は自身よりも強いと断言する男が今…現代呪術界の頂点へ挑む。
ズッ…と木の影から悍ましい呪力と共に人型の異形が現れる。
人間が森へ向ける畏怖から生まれた呪霊、花御は周囲の草花や木々に語り掛ける。
『ningennokodomowomimasendesitaka?』
独自の言語体系を獲得する程の知能、そして漏れ出る呪力から花御の強大さと異質さが否が応にも理解させられる。
花御は草木からの返答に耳を傾けながら周囲の呪力を探る。
ここでは、少しわかりにくいので花御の言葉を翻訳させていただく。
『人間の子供は知らないが、女装したオッサンなら見た?
……………どうやらお疲れのようですね、後で腐葉土や堆肥を持って来ましょう』
周囲の草木から次々に報告される、女装したオッサンの情報。
花御は思った、やはり時間はあまり残されていない…自然はもう限界なのだと。
「禪院、禪院真希です」
独自の言語体系を獲得する程の
女装したポニーテールのオッサンが訳のわからない事を言いながら腰の刀に手をかけている。
花御は眼の前の全てが白昼夢であって欲しいと強く願っている。
ここでは、少しわかりにくいので扇の言葉を翻訳させていただく。
「見た所、草や木の呪霊…と言ったところか?
呪力から断ずるに等級は低く見積もって尚特級だろう、が…己の不運を呪うがいい」
本来、花御の言葉は独自の言語体系により音としては認識出来ずとも意味はテレパシーのように脳内に流れる。
しかし、扇の言葉はシンプルに伝わらない。ただの禪院真希ですを繰り返す女装したオッサンである。
「
すなわち、こうなる。
刀を抜き放ちその刀身に業火を迸らせようと周囲にとっては禪院真希ですを繰り返すオッサンでしかない。
本人はややドヤ顔なところも含めて本当にどうしようもない。
(わからない、この術師の言葉の意味が…縛りか何かでしょうか?
炎の術式……地力の差があるとはいえ相性が悪い、騒ぎになれば五条悟や夏油傑も駆けつけてくる……
事が大きくなる前に速やかに仕留めるとしましょう)
花御は、今回の陽動作戦を自ら買って出ている。他の特級呪霊と比べても破格の耐久を誇り、更に森が広がるこの立地で生存に重きをおいた花御を易々と祓える存在などそうは居ない。
例え五条悟や夏油傑が来ようとも、生徒を盾にすれば逃げ切る事も可能…そう考えていた。
それは、決して間違いではない。むしろそれ以外に無いと言える程の最適解。
そんな花御に、誤算があったとすれば──
『さぁ、死して賢者となりなさい』
──その場に、三人目の規格外が居たことである。
(……?なぜ、私の身体が眼の前に…?)
突如、視界が動いたかと思えば、眼の前に自分の身体がある。
まるで俯瞰視点のように術師と自身を見下ろして──
(違う!まるでではなく…私の首が、飛んでいるのですか!?)
自身の身体…しかし、其処にあるべき頭部はなく。上から見下ろすこの視点。
花御は混乱の極致に陥れられるも、なんとか体制を立て直さんと頭部のみで術式を発動させ…
「直哉!」
「はいはーい!!」
その花御の頭部が、一人の男に捕まえられた。
投射呪法のペナルティ、頭のみで…尚且つ捕まった状況でどうして己の思うように動けようか。
花御は天与の暴君と御三家当主の手で、戦う前に詰まされたのであった。
甚爾は釈魂刀で肩を叩きながら眼の前の首だけとなった呪霊を見つめる。
「いやー…それにしてもホンマに来るとはなぁ
「気ぃ抜くなよ直哉、コイツ一匹だけとは限らねぇからな」
直哉は花御の頭を適当に振り回しながら投射呪法で縛り続ける。
天性のコマ打ちセンス、もしくは人間離れした身体能力でも無ければ対応出来ない投射呪法であるが…ここまで乱雑に振り回されてはそのどちらもを持っていたとしてもどうしようもないだろう。
「大丈夫やって!甚爾くんと僕、ついでに扇のオッサンまで居るんやから…特級でもなんでも掛かってこいってモンや」
「禪院真希です…」
「だと良いがな」
甚爾はバキバキと首を鳴らしながら五感をフルで働かせる。
(帳が降りてやがるな…だが、中の呪霊はコイツ一匹
外も騒がしいが、五条のアホがなんとかすんだろ)
帳内の広大な範囲を即座に索敵し終えると甚爾は大きく息を吐いて呪具を片付ける。
「直哉、帰んぞ」
「はいはーい!」
甚爾の言葉に直哉もまた緊張を解いて後ろにぴったりと付いて行く。
「アイツには、また借りができたな」
甚爾はそう独りごちる、その顔は…嬉しそうに笑っていた。
ピッチピチの女装をしたオッサン三人組という点を除けば少しエモかったかもしれない。
しかし、何故甚爾が花御の高専襲撃を予期できたのか…?
話は、数日前に遡る。
「高専が襲撃される〜〜!?」
痛々しい火傷の跡が目立つ金髪の美丈夫、禪院直哉はそんな馬鹿なと言わんばかりに驚く。
「いやいやいや、流石にあらへんて甚爾くん…高専襲撃やなんてどんなアホでも考えさえせんで?」
東京高専、直哉自身も所属する其処には特級術師である五条悟と夏油傑…更には乙骨憂太の三人が居る。当然ながら直哉や眼の前の甚爾も対人に限るならば特級術師とさえ見劣りしない実力者であるし、直哉の旧友である二人の1級術師や反転術式を唯一他者に施せる家入硝子の存在etc…
等々、東京高専には恐ろしい程の実力者達が居る上に天元による結界まであるのだ。
だからこそ、直哉の馬鹿でも考えつかねぇよそんなモンという評価は正しい。正しいが……
「アホで悪かったな……」
過去に高専を襲撃した誰かさんはこめかみに血管を浮かべながら直哉にアイアンクローをかました。
「ぐわああああ────ッ!!な、なんで甚爾くんが怒るん!?」
「ともかく、だ
俺が腐ってた時からの連れがそう連絡してきやがった…ムカつくが腕は確かだからな」
万力のようなアイアンクローから解放された直哉はぺたぺたと頭を触って頭蓋骨が変形していないか確認しながらコクコクと相槌を打つ。
「腐ってた時って…術師殺しやってた時やね?
そん時の知り合いって……あの刑事さん?」
「元な、今は情報屋兼斡旋業者ってトコか」
裏専門のな、と〆る甚爾。ちなみに直哉からすれば孔時雨は伏黒宅へ遊びに行けば五回に一回は居るオッサンという認識である。
「へ〜…でも、情報屋やからって
「あのなぁ……情報なんざ手間と時間と金さえ掛けりゃ誰だって掴めんだよ
だから、本当に腕の良い情報屋ってのはその掴んだ情報から何が起こるかを商品にする」
「……………??」
こてん、と可愛く小首をかしげる直哉。
なお、二十代後半の成人男性のソレは甚爾の舌打ちで返された。
「例えば、どっかが戦争しようとしてるとして…その国で急に武器の輸入が増えたっつー情報を掴んだら、お前はどう考える?」
「えーっと……そろそろ戦争が始まるんやなぁ…とか?」
「2点」
「ひっっっく!!?なんでなん!??」
「そんなもんガキでもわかんだよ
「はえ〜」
「そんな奴が、高専周りがきな臭えって連絡寄越してきやがった」
甚爾の顔がキュッと真面目モードへ変わる。
「高専相手にマジにやり合うなんて考える奴らだ、集められてるであろう呪詛師のリストも送らせたが…俺も知ってる奴らが何人か居やがった」
「甚爾くんが知ってるって…それは、術師殺しが仕留め損ねた相手ってこと……?」
ゴクリ、と直哉の喉が鳴る。もし、そんな相手だと言うなら…自身ですら勝てない可能性も──
「いや、仕留め損ねたっつーか……
依頼金の倍額で雇われ直してたっつーか……」
「えぇ………?」
甚爾の目が無茶苦茶泳いでいる。というか汗が凄い。
「いや……その……な?二億で雇い直すって言ってきたから……」
そう、かつて術師殺しは呪詛師達…オガミ婆や粟坂二良らと対峙し、ボコボコにした過去があった。
そもそもが呪詛師稼業…恨みを買う事がステータスになるような世界に生きるプロなのだから術師殺しに依頼が届くのも当然と言えよう。
この因果は、後にオガミ婆が【最も強い人間】を降霊させる際に迷わず甚爾を選ぶきっかけにもなっていたりする。
「まぁ、なんだ……ガキ共じゃ荷が重い相手なのは間違いねぇ
だから、交流会に俺らも参加する」
「…………まぁ、言うてる事はわかったけど」
「よし、じゃあお前…真希か真依から制服借りてこい」
「…………ハァ!??」
「はぁじゃねぇよ、今回の相手は態々交流会の日を狙ってきてやがる…内容も場所も機密の筈のな
だから、内通者を疑った方が話が早いんだよ」
「それと二人から制服借りるんがどう関係あるん!?」
「馬鹿正直に俺達が参加しちまえばその情報が漏れるかも知れねぇって事だ
俺達が参加するって知れれば向こうは違うタイミングでコトを起こす可能性がある…んで、それを今回みてぇに予期出来るかって言うとそうじゃねぇ
だから、俺は伏黒津美紀でお前は禪院真希か禪院真依として参加する」
「いや……わかるよ?言ってる事はわかるけども……!!」
「んだよ、ガキから制服借りるだけだろ?」
「あのなぁ!!僕は今なんや知らんけど滅茶苦茶真希ちゃんと気不味いんやで!!?術師なんぞなるなってあんだけ言うたのに勝手に高専入るし!!真依ちゃんも着いてってまうし!!!!
そんな二人から制服借りるって………無理やん!!
しかも万が一!万が一この情報がハズレやったら!??
そうなったら僕ら制服借りるだけ借りて特に何もないモンスターやで!??」
涙目になりながら叫ぶ直哉。残念ながら思春期である二人の家族の気持ちはまるで理解できていない。
「何も無かったらね…そりゃそん時が一番良いだろ
俺とお前が親馬鹿だって笑われるだけで済む」
叫ぶ直哉を肴に缶ビールを呷る甚爾。
その顔は、慈愛に満ちた…親の顔だった。
ハングリースレイヤー
推定特級呪霊…?
底無しの呪力と高い近接戦闘能力を持つ。
前髪を馬鹿にすると白いのと共に相手を捩じ切ろうとするぞ!!
花御
このあとスタッフが美味しくいただきました
伏黒津美紀
急に父親が制服を貸せと言ってきたので正座させてお説教をした。
でも、自分を心配しての事だとわかったので最終的には貸した。
禪院真希
貸せなんて言われてない
禪院真依
なんで言ってくれないの?
禪院扇
禪院真希です…
禪院直哉
賢いので呉服屋で制服を買った
羂索
キッショ…じゃあなんでピチピチなんだよ