「もしもし、ナギサか?次期ティーパーティーが決まったぞ」
「とうとう…そう、ですか…分かりました。では、その方といつものテラスへお願いします。それからミカさんも、伝えたいことがありますから」
「ああ、分かった。今から向かうよ」
重要事項だけを簡潔に伝えて電話を切る。通話越しのナギサの声は、少し落ち込んでいるように聞こえた。
大方予想通りの反応ではあるが、それ故説明が面倒なことになりそうだ。先程までいた講堂の前の廊下で、この後に待ち受ける難題について頭を抱えていると、ミカが横から顔を覗かせてきた。
「せーんせっ!ナギちゃん、なんて言ってた?」
「新しいティーパーティー様にお目にかかりたいから今から来いって。それから、ミカにも言いたいことがあるとさ」
「ふーん、そっか。それじゃ行こっか!」
手招きして走っていくミカを追いかけながら、俺たちはティーパーティーの集うテラスへと向かった。
呼び出されたテラスに足を運ぶと、ナギサとセイアが紅茶片手に痺れを切らしたように待っていた。こちらに気付いたナギサが立ち上がって椅子を指し示す。
「先生、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ…お一人ですか?」
「あぁ、まだ少し準備があるから先に行っててくれってさ」
「そうですか…では、二人を待つ間に紅茶でもいかがでしょうか?」
「じゃあいただこうかな。丁度喉が乾いててな。向こうの紅茶、あんまり美味しくなくてさ」
空いていた席に腰掛けると、目の前のカップにナギサが紅茶を注いでくれた。持ち上げると、爽やかな香りが鼻をくすぐる。
「ところでだ、先生。結局新たなティーパーティーというのは、一体誰なんだい?」
「まあそれは…あれだ。俺が今ここで語るより実際に見た方が早いし、ここはひとつお楽しみってことで…」
「成程…先生、私にあまり隠し事は出来ないと思った方がいい。今ので大体理解したさ。色々と面倒なことになったようだね」
「あー、セイアは分かったか…まぁ、そういうことだな…」
勝手に互いを理解し合っている俺とセイアに、ナギサは怪訝な表情になった。完全に蚊帳の外というのは納得がいかないらしい。拗ねるナギサを二人で宥めていると、扉の向こうからノックが鳴った。
「ナギサ様、セイア様。新しいティーパーティーの方が到着されました。どうされますか?」
「そうですか…分かりました。通してください。ふぅ…迎え入れましょう、たとえどんな方だったとしても…」
ナギサの表情に緊張が走る。その場全員の注目が集まって、荘厳な雰囲気を作り出していた。息が詰まるほどような静寂が辺りを包み込み、それをぶち破るように扉がバタンと轟音を立てて開け放たれた。
「聖園ミカ、とうじょ〜う!ナギちゃん、セイアちゃん、びっくりしたでしょ!」
横目で二人の方を見ると、ナギサは完全にフリーズし、セイアは苦笑いしながら呆れたように頭を抱えていた。
「あれ…ナギちゃん?おーい!聞こえてるー?ナギちゃーん?」
「はぁ…結果を頭で理解していても、素直に受け入れるというのは難儀なものだね。まさか本当に、ミカが戻ってくることになるとは…」
「なーにセイアちゃん、また厄介事が増えたみたいな顔して」
「おや、君にしては珍しく自らの立場をよく理解しているようじゃないか。何かよくない物でも食べたのかい?」
「セイアちゃんそういうことばっかり言ってるから友達増えないんだよ?分かってる?」
「お二人とも…今はそんなことを言っている場合では…」
今にも衝突しそうな二人の間に、慌てた様子のナギサが割って入った。ミカとセイアは引き下がってそれぞれの席に戻る。ミカはブツブツと文句を言ってはいるが、どこか嬉しそうな表情だ。
「そうだ、ミカ。君がティーパーティーとは一体どういう風の吹き回しだい?どんな紆余曲折があったのか、興味がある」
「私もセイアさんと同意見ですね。何かまたよくないことに巻き込まれていないのか、心配ですから…」
「えっ?!私そんな信用ない…?その…うーん、どう説明すればいいんだろうなぁ…」
ミカが隣で頭を抱え、相応しい言葉を選んでいる。が、すぐに諦めたようでこちらに目線を送りながら、でろーんとテーブルに突っ伏した。最高にかわいいな…と思う邪な心と闘いながら、俺は口を開いた。
「はぁ…分かった。ミカの代わりに俺が説明するよ」
カップに残った紅茶を飲み干して一息ついてから、俺はあの意味不明な会議へと意識を巡らせた──────
扉を開くと、そこはある意味戦場と形容するに相応しい場所だった。眼前の光景、その右側と左側に、生徒たちがずらりと並び、テーブル越しにいかにも険悪な雰囲気を湛えて対面している。陰湿な皮肉を溢れさせて互いを貶め合う姿は、とてもじゃないが生徒を見ているとは思えなかった。
目の前の光景が、信じられない。上っ面の断片的な情報だけでトリニティの素性を理解したつもりでいた自分を、思い切り張り倒したくなるような衝動に駆られた。
「あはは…だからあまり見せたくなかったんだよね…こんなの見たら先生、きっとすごく落ち込むかなって…」
「いや、大丈夫だミカ…」
そう宣ったが、それ以上の言葉は絞り出せなかった。誰も気づいていないのか、こちらのことなど全く意に介さないように、喧騒はさらなるヒートアップを見せ、もはやある種の恐怖すら感じるほどだ。
「あっ!ミカ様と…先生?」
誰かがよく通る声で叫んだ。騒がしかった広間は瞬く間に静まり返り、文字通り全員の視線が俺とミカに向けられた。と思えば、左右両サイドで生徒たちが集まり、呆然と立ち尽くす俺たちをよそに何やらヒソヒソと話し始めた。
「「ミカ様を再びティーパーティーに!」」
どこからか二人の生徒が放った突拍子もない言葉に、懐疑の目がに向けられる。それでも、彼女達は自らの主張をやめないらしい。それに呼応するかのように、広間全体にどよめきが広がっていく。
「なあミカ、あれって…」
「うん…たまにいるんだよね、ああいう子。私のファン?って感じなのかな…?ふざけてるだけかもしれないけど…もう私なんかが戻れるわけ、ないのにね…」
声高に叫んでいる少女達を見て、苦笑いしながらミカは言う。かける言葉が見つからなかった。どう転んでも、彼女を傷つけることにしかならないのは目に見えていた。
「ミカ!ミカ!ミカ!」
ミカの気持ちなどつゆ知らず、生徒たちがミカコールを始める。苦笑いは苦悶に満ちた表情に変わり、肩は少し震えている。
「「ミカ!ミカ!ミカ!」」
コールがだんだんと大きくなっていく。ふにゃりとへたり込みそうになったミカを慌てて支えた。なんとか落ち着かせようと背中をさする。
「「「ミカ!ミカ!ミカ!」」」
いつの間にかコールは会場全体を包み込んでいる。どこからともなく手拍子も巻き起こり、先程までの対立はどこかへ消えて、妙な一体感すら形成されていた。
「先生、これってどういう…」
すっかり弱腰になったミカがヘロヘロになりながら聞いてくるが、俺自身も全く状況が掴めずにいた。全てにおいて突拍子がなく、意味がわからない。
「いや、分からない…単なる嫌がらせにしては大掛かりすぎるが…」
「静粛に!」
途方に暮れていたその時、ちょうど俺たちの対面に座っていた議長らしき生徒がガベルを振り下ろした。軽快な音が響き、場は一瞬で収まる。
「採決を行います。新ティーパーティーに、聖園ミカが相応しいと思う者は挙手を」
議長の一声でわらわらと手が上がった。目算で全体の75%くらいだろうか。さっきまでミカのミの字も無かったのに急にこんなことになって、ただただ混乱するしかない。まるで夢でも見ているかのように、事態が急転しすぎている。
「数えるまでもありませんね。では、パテル派閥の新ティーパーティーは、聖園ミカでよろしいですね?」
トントン拍子であっという間に事が進み唖然としている俺たちを、大きな拍手が包み込んだ。俺たちは訳も分からぬまま、その言葉を受け入れるしか無かった──────
「って感じで、まあ半ばなし崩し的にミカがティーパーティーになった訳だが…」
「そんなことがあったのですね…事情は概ね理解しましたが…」
「急に気でも狂ったかのようにミカを推し始めたことの理由が分からないんだよな…」
「あぁ、それについてだが…私は、ミカと先生が彼女らに利用されているんじゃないかと考えているよ」
セイアが立ち上がりながら放った言葉に、ミカがぴくりと反応した。彼女は探偵のような仕草で歩みながら話を続ける。
「今後の派閥の方針に関わるといえ、どこまで進もうとお互い平行線で幾度も繰り返される無為な会議で、皆疲弊していたはずさ」
「そんな中、多忙と名高いあの先生がこんな朝からミカと二人で現れたんだ。二人が何かしら深い関係だと邪推する者がいた所で、全く不自然な話ではないはずだよ」
「ここでティーパーティーの責務をミカに押し付ける事ができれば、今後の権力争いに向けての余力を温存できる上に、ミカや先生に恩を売れる。ミカを推薦したという事実があれば、心象的に有利に働くと考えたのだろう。正に一石二鳥、というわけさ。まあ、あくまで二人の供述から読み取れた状況証拠からなる、私の身勝手な推理に過ぎないがね」
セイアはテーブルの周りをちょうど一周してから、話を締め括って席に戻った。ナギサは概ね理解したようだが、ミカはよく分からなかったらしく目を回している。
「何事もなく予定通りに進めば、ミカさんの次の代のパテルからのティーパーティーはホストになる筈です。ミカさんに恩を売るという点ではあながち間違っていない気がしますね…」
「まあ、そこまで考慮するとセイアの仮説も信憑性を増す気がするな…」
「それに、ミカをパテルの首領に据えることで、今まで派閥自体に行われていた攻撃も『パテル派閥の』ミカに擦りつける事ができる。有り体に言えばスケープゴート、というわけさ。そうなってしまえば、後は裏で気が済むまで次期に向けての勢力争いをするだけだろうからね」
「なるほど…嫌な話だが、その方がミカ以外のパテル派閥にとっては都合がいいというのは事実だろうな…」
ナギサとセイアが苦い顔をしながら頷いた。重い空気が辺りに立ち込めてまるでお通夜のようだ。普段はあんなに美味しい紅茶でさえ、渋すぎて飲めないほどだと錯覚する。
「ミカさんの安全のことも考えると、ホストの権限でティーパーティー入りを拒否することもできますが…」
「あくまでミカはパテルのリーダーとして来ているんだ。権力を濫用して他の派閥の内情にまで口を出すというのは、あまり褒められた行いではないからね」
「寧ろ正式にティーパーティーになってここでお忍び生活という方がセキュリティ的には安全という説も…いや、分からないな…」
「3人とも待って!私の話も聞いて!」
ミカが机を叩いて静止してきた。急な音に驚いたのか、ナギサは顔面蒼白になっている。
「ミカ…何か気に障ることでもあったかい?」
「うーん、違うんだけどね…私は政治とか難しいことはよく分からないけど…でも、ティーパーティーになりたいって思ったの」
ミカが顔を上げる。その瞳に見えたのは覚悟だった。誰に何を言われようと折れないという気迫が宿っているように感じて、思わず鳥肌が立ってしまう。
「ミカ…私たちの議論を聞いていたのかい?君は利用されているんだ。ふとした拍子に捨てられたって不思議じゃない。そんな危険な賭けに乗るべきではないよ」
「それは分かってる…けどね、セイアちゃん。もう二度とここには戻れないって思ってた私が、例えあの子たちの意のままの操り人形だとしても、せっかく貰えた挽回のチャンスだし…またティーパーティーとして、大好きな二人と一番近くで一緒にいられるなら、それより嬉しいことはないから!」
「ミカさん…あなたという人は…」
「ミカ、君は本当に…いや、これ以上は野暮かな…」
「それに、今は先生だってついてくれるから…ちゃんと守ってくれるよね、せんせいっ」
ミカにしっとりとした声音で言われ、思わずドキッとしてしまう。ナギサとセイアはもうミカの説得に落とされたようで、やれやれといったように空を仰いでいた。残るは俺だけらしい。
正直な所、不安を拭い切れたとは言い難い。けれど、ミカがそれだけ信頼してくれるというならそれに応えたかった。
「…分かった。ミカがそれを望むなら、俺は最善を尽くすだけだ。地獄の果てでもついていってやるよ」
「先生…!ありがとう!私も精一杯、頑張るね!」
ミカの顔に満点の笑顔が咲き誇った。それを見て実感する。俺が見たかったのはこれだったんだ、と。
「まあ、一抹の不安は残るが…何もミカがここにいることは悪いことばかりではない、だろう?ナギサ」
「そうですね、セイアさん。ティーパーティーでも丁度、有事に対応する際に正義実現委員会に頼らないで済むような、独自戦力を確保しようという話になっていましたから…トリニティでも一二を争うほどの単体戦力の加入と考えれば、これ以上ない素晴らしいことですから」
「えっ!?私、ただの戦力扱い?!二人とも酷いよ〜!」
半べそをかきながら二人に突っかかるミカを、わざとらしく笑うナギサとセイア。ここに至るまで色々なことがあったが、今は仲睦まじい3人の少女として、どこまでも平和な笑い声が騒がしく響く。それを見て、俺も再び決意を固めた。何としてでも、3人が笑って過ごせる時間を守るために。