ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
結局、ベルディナ達がキャンプに戻ったのは夕食の準備が始まる頃になった。
帰還の道中は特に何のことはなく、多少のモンスターの群れと遭遇しつつもエルティナのサポートの必要もない程度で収まっていた。
ベルディナは戻った途端夕食の準備に加わろうとしたがハシャーナによって止められ、今夜は何もせずにゆっくりと休めと言われて、残念そうに引き下がった。
「彼女は料理が好きなようです」
アミッドは一応ベルディナについて説明しておいた。その言葉の裏には、料理が好きなようだから気晴らしとして準備に参加させてあげてもいいのではないかというニュアンスを込めていたが、ハシャーナはそれを察することは出来なかったようだ。
ハシャーナはすでに団長のシャクティへ「
「
「
「分かった、あんたもしっかりと休めよ
「ありがとうございます。また後ほど」
去って行くハシャーナの背にアミッドは軽く会釈をして自身も一旦テントに戻って身体を拭こうときびすを返した。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
その後、徐々に夕食の香りが森に漂い始めたところで、匂いにつられたのかテントからのそのそと這い出てきたベルディナとそれに付き従うエルティナが、最後にカトラリーの配膳を手伝って全体の夕食が始まった。
食前の挨拶がてら、昼間に行われていた各種クエストの簡単な報告がされて、その最後に
「みんな、あんまり残念がってなかったね」
「そのようです」
ガネーシャファミリアの食事担当が丹精込めて作ったドラムスティックのスパイシーグリルにかぶりつき「おいしー」と満足げに声を上げた。
「お嬢様。野菜もどうぞ」
「ん、ありがとエルティナ。こっちも美味しいね」
緑黄色野菜がふんだんに使われているスパイシー炒めは疲れた身体に活力を与えてくれるようだ。
「スパイスの使い方がすごいね。私じゃこんなに上手く使えないな」
ベルディナの得意料理はイタリアンと中華なので、どこかインドを思わせるスパイスたっぷり料理はなかなか自分で作れないものだ。
「うーん。ファミリア間のグルメ交流とかいいと思わない? エルティナ」
「良いと思います」
わいわいと二人でしゃべりながらどんどん料理を食べる様子を、周りは暖かい目で見守っている。
「ねえ、
そういって隣に座っていたパルヴァが、豚のスライス肉を焼いたものを差し出した。
「いただきます」
見た目は生姜焼きのように思えたが、これもやはりスパイスたっぷりで臭みが全くなくて食欲が倍増しそうだった。
「しっかりと食べているか?」
ベルディナは頭上から降ってきた声にもぐもぐと口を動かしながら顔を上げた。
「お疲れ様です、
エルティナは立ち上がって軽く会釈を仕様とするが、シャクティはそれを手で制した。
「もぐもぐ……ゴックン……。お疲れ様です、シャクティさん。お料理、すごく美味しいです」
「なによりだ」
そう言ってシャクティは二人の側に腰掛けてトレイに乗せていた飲み物を二人に手渡した。
「少し珍しい果物の絞り汁だ」
「なんだかミルクみたいですね。すごく甘い香りがします。牛乳とか混ぜてるんですか?」
どろりとはしていないが、若干粘度があるようだ。色は白濁としていて見た目は牛乳そのものに見える。
「いや、そのまますりおろしたものを濾過したと聞いた。砂糖が入っているから、かなり甘いと思うぞ」
ベルディナはそれを聞きながらカップに口を付けてそのままごくごくとのどごしを楽しんだ。
「うーん。甘い……幸せ」
疲れた脳に幸せ物質がドーピングされるような酩酊感にしばしの間身を委ねながら、ベルディナはゆっくりと身体を左右に揺らした。
オラリオでは甘味はそれほど珍しいものではないが、頻繁に口に出来るほど安いものではない。ワカヒルメファミリアは零細の貧乏ファミリアなので頂き物以外は、せいぜい臨時収入があったときぐらいにしか楽しめないのだ。
「
ベルディナがフワフワし始めたのでシャクティはエルティナに話を振った。
「明朝には通常状態に戻ると予想されます」
シャクティはハシャーナからエルティナがかなり無理をしたという事だけは聞いていたので念のため確認したのだった。
「そうか。今晩は十分に休んでくれ」
「ありがとうございます」
「では、また明日からもよろしく頼むぞ二人とも」
「はい、よろしくお願いしますね」
ようやく糖分による酩酊感から復活したベルディナはニコニコとシャクティを見送った。
その後、つつがなく夕食も終わり、ベルディナは食器類の片付けを手伝おうとするが、それも止められて、やることもなくなってしまったのでテントに戻ることにした。
「水浴びぐらいしたいけどね」
いろいろ空振りに終わってしまったが、それでもかなり身体を動かしたのでぬれタオルで身体を拭いた程度ではまだ皮膚がべたついているように思えた。
「水源まではずいぶん距離があります」
ベルディナでは手の届かない背中を代わりに拭きながらエルティナは答える。
「こっそり行っちゃう?」
「自重するべきかと」
自分の主がオラクル船団でも有名なほどの風呂好きであることは重々承知だが、ここはダンジョンだということを忘れてもらっては困る。
「分かってるけどね。まあ、いいや。ありがとう、エルティナ。もういいよ。このまま寝ちゃおうか」
エルティナに丁寧に拭いてもらった背中はとてもスッキリしている。
ベルディナはそのまま就寝用のインナーを身につけ、房の形が崩れないようにしっかりと前を整えて肌着を羽織り、寝間着代わりにしている黒のワンピースに袖を通した。
「髪をまとめます」
「うん、いつもありがとうエルティナ」
ベルディナの長い髪は寝るときにはいろいろ広がったり絡まったりするので、いつもエルティナにまとめてもらっているのだ。
その後は支給されたタオルケットを被って荷物を枕代わりにして目を閉じた。
「お休みエルティナ」
「お休みなさいませマスター」
波乱の幕開けはもうすぐそこまで迫っている。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
ベルディナがテントで就寝準備をしている間に、ガネーシャファミリアの幹部達は一番大きなテントに集まって会合を開いていた。
議題は今日の個別クエストを担当した各チームからの詳細の報告と明日以降、下層や深層に立ち入る際の行動の打ち合わせが主となる。
「では、報告を始めてくれ」
議長を務める団長のシャクティが副団長のイルタに目配せをして議事の進行を促した。
「じゃあ、最初は……」
と、イルタはそれに応じて幹部とは別に集めた各チームの代表者に発言を促していく。
「なるほど、素材の収集については概ね問題なしということだな」
「みたいね……それじゃあ、最後にハシャーナのチームお願い」
シャクティはうなずき、イルタはハシャーナに
「おう。結果的には
そう言ってハシャーナは少し居住まいを正して夕食の際には報告しなかった詳細について報告を始める。
「モンスターの捜索自体は、
エルティナが攻撃と防御のアビリティを向上される魔法を使えると言うことはオラリオでは徐々に有名になりつつあり、今回の遠征にワカヒルメファミリアの同行を願ったのも主にはそれが目的だと言える。
「あの子がいなかったらタダではすまなかったわね」
ハシャーナと一緒に会合に呼ばれたパルヴァもそうつぶやく。
「だが、問題はその後だ。最後のチャンスだったんだが、
「見たことがない? ここは中層だぞ? どんなやつが出たんだ?」
未踏領域も数多くあるが、この周辺は殆ど踏破された場所ばかりのはずで、ベテランのハシャーナであれば飽きるほど滞在したこともあるような階層だ。当然、最も遭遇しにくいとされる
「木の根っこやら枝やらに四方八方から襲われた。最初は地中に潜んでたやつだったが、そのうち頭上からも襲ってきやがった」
「切ったそばから新しいのが来て、きりがなかったわ。まるで、森そのものが巨大なモンスターに思えたわよ」
パルヴァはそれを思い出して少し身震いした。頭上の攻撃をさばくためにベルディナが飛び出したが蔓に絡め取られて自由を奪われ、あと少し助けるのが遅かったらそのまま心臓を貫かれていたところだ。
もしも二人がいなかったら――おそらく遭遇はしなかっただろうが――あそこで命を落としていたのは自分だったかもしれないまで思う。
「で? 最後はどうしたんだ?」
「
「おいおい、
「そうね……私が見たところだと、攻撃と防御の支援魔法に回復魔法、索敵魔法、氷の魔法に炎の魔法の6種類ね」
その返答に場がざわついた。無理もない。一般的な魔法使いならどれほど多くとも三種類の魔法しか使えないのが常識だ。中には9種類もの魔法を扱い、
「私は
シャクティが追加の情報を出し場は混乱し始めた。
「じゃあ、8つね。あと一つで二人目の
「いや、
「――――」(絶句)
おい、
「ともかく、50階層を目指す私達にとっては心強い仲間ということには違いない。あまり周りで騒がないよう心がけろ……他に報告はあるか?」
にわかにざわついた場をシャクティが制して、一度ぐるりと皆を見回してからイルタに目を向けた。
「ないみたいね。それじゃ、明日から下層に入るわけだけど、斥候からの報告だと
先ほどロキファミリアが中堅どころの眷属を鍛えるために討伐してからそれほど時間もたっていないことから、次産時期はまだ先だろうと考えられる。
「帰りに鉢合わせなんて勘弁してほしいぜ」
肩をすくめるメンバーに「悪い冗談だ」とシャクティは返した。
といっても、ガネーシャファミリアの全戦力がそろっているのだからアンフィス・バエナであれば特に問題もなく討伐できるだろうと全員が自負しているところだ。
「深層までは最短経路で進行する。36階層の出口で一旦集合し体勢を整え37階層へ侵入する予定だ。各員準備は怠らぬように……以上、解散――ハシャーナだけは残ってほしい」
「了解」
最後にシャクティがそういって会合は終了となった。
ようやく終わったと背筋を伸ばしつつ、集まったメンバーはシャクティとハシャーナ以外はバラバラとテントから立ち去っていく。
寝る前に一杯やろうかという言葉を見送りながらシャクティとハシャーナはあたりが静かになるまで待つ。
「
シャクティは少し声を潜めてハシャーナに訪ねる。
「いや、まだ理解できる範囲に収まってた。確かにレベル2にしてはたいしたもんだと言えるぐらいだな」
あれほど巨大な剣を振り回して、スキルの効果なのかあるいは魔法でも使っているのか、空中をピョンピョン跳び回っては上空から襲いかかるモンスターをたたき落としているのを見ると爽快なほどだ。
「恐ろしいと思えるほどのことはなかったな。むしろ、
実は、ハシャーナはリザの討伐の際にガネーシャファミリアの助っ人側の一員としてそこにいたのだ。
出現したという話しだけ聞いている
それを演じていたのが、自分の年齢の半分にも満たないような
「分かった。今日はゆっくり休め。歩哨のシフトからは外すようにする」
「ありがてぇ」
それで短い会話は終わり、ハシャーナは立ち上がりさっさとテントを後にした。
「さてと……パルヴァのやつでも誘って飲むか――」
と、首を揺らしながら全身の緊張を説きつつ利き腕の肩を回していると、一番中心の安全なところに立てられたベルディナとエルティナのテントがチラリと見えた。
幼女と
そして、その側の倒木にアミッドが一人で座り、洞窟の天井をどこか物憂げなまなこで見上げていたのだった。
「眠れねぇのか?
殆ど反射的にハシャーナはアミッドに話しかけた。
「あっ……ハシャーナさん。お疲れ様です」
「いや、そのままでいい」
思わず立ち上がりそうになったアミッドをハシャーナは手で制した。
「アイテムの整理をしていたせいか、少し目がさえてしまったようです」
「なるほどな。明日は一気に深層まで降りる。眠れねぇにしても横になっといた方がいい」
「ありがとうございます」
アミッドが今回はあまり活躍できなかったことに気落ちしていることはハシャーナもなんとなく気がついているが、長く冒険者をやっているといちいちそういうことを気にするのも時間の無駄だと思うようになる。
今回はたまたま状況が悪かったこともあるが、そのなかで特に負傷することなく戻ってこれたのだから
(年を取ったつもりはねぇんだがな)
ハシャーナは自分の思考に肩を落としながら、ふとベルディナ達が眠るテントの前に堂々と鎮座する巨剣に目をやった。
「あんなチビがこんなでっけぇ剣を振り回すなんてよくわからん世の中になったもんだな」
なぜ、ベルディナが身の丈の倍はあるほどの巨大な剣を扱わなければならないのか、その理由をハシャーナは知らない。
「見た目よりは軽いと言っていましたが……」
アミッドはそうつぶやいた。アミッドも同じような疑問を持って以前ベルディナに聞いたことがあったが、彼女からはそのような答えしか返ってこなかったことを覚えている。
「そうとは思えないんだけどな――よっと――」
漏れ聞いたところでは
単純な好奇心からハシャーナは巨剣の柄を握りおもむろに引き抜こうとしたが、それは巨木の根のように地面に張り付いてびくともしない。
「マジかよ……本気でやってみるか」
ハシャーナはそう言って愛用のグローブを付けて、ボディビルダーのように全身の筋肉に力を入れて隆起させ、腰を落とし伝説の剣を引き抜く気持ちで巨剣を引っこ抜こうとした。
「ぬぅ……こいつはたいしたもんだ……」
ハシャーナの筋肉が振るえる度に刀身を露わにしていく巨剣が、「おらぁ!」という裂帛の気迫を最後に一気に切っ先まで大地を離れ、その勢いにハシャーナは少しタタラを踏んだ。
「さすがオリハルコンってことか、膝が震えやがるぜ」
逆手で引き抜いた巨剣を正眼に構え直すべく下半身に精一杯力を込めて何とか持ち直すが、まともに構え続けることが出来ず、そのまま大きな音を立てて取り落としてしまった。
「マジかよ、あのチビ。こんなのを振り回してやがったのか」
勝手に引き抜いてしまったのだから、本来なら元のように地面に突き立てておくべきだろうが震え始めた腕を見ればそれも無理そうに思えた。
「あの~、人の武器で遊ぶのはあんまり褒められたことじゃないと思うんですけどね」
突然下から届けられた声にハシャーナはそちらに目を向けると、ちょっとジト目で彼を見上げるベルディナの姿があった。すでに就寝の準備をしていたのか、特徴的なピンク髪の巨大なツインテールは頭頂部の少し後ろ側に一つにまとめられていて、寝間着代わりなのか黒いノースリーブのロングワンピースを着用していた。
「おお、すまねぇな。どうもこれぐらいの業物になると放っておけねぇっていうかな」
ハシャーナは照れ隠しに後頭部をかきながら巨剣に手を伸ばそうとするが、「大丈夫ですよ」というベルディナに制されて一旦手を引いた。
「次は先に声をかけてくださいね……よいしょっ」
ベルディナは左手の平をハシャーナに向けながら右手で横たわった巨剣を握り、そのまま力を込めるそぶりも見せずにひょいっと持ち上げるとそのまま頭上でぐるぐる回す勢いで地面に突き刺した。
「それじゃ、おやすみなさい。アミッドさんも」
ベルディナは、心なしか先ほどよりも深く突き刺された巨剣からハシャーナとアミッドへと視線を向けてペコリと頭を下げてテントへと引っ込んでいった。
「はい、お休みなさいませ」
アミッドも軽く会釈をして自分もテントへと戻っていく。
「なんだってんだ?」
残されたハシャーナは、再び地面に鎮座した巨剣を眺めて狐につままれたかのようにたたずむばかりだった。