ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
昨日はほどよい
少し早く目が覚めてしまったのでゆっくりエルティナに髪をすいてもらってからのツインテールもバッチリ決まり、調子に乗って朝ご飯の準備までしてしまった。
「やっぱり、朝はベーコンエッグだよね」
私は携帯コンロの火を付けてキャンプにはありがちの鉄のスキレットに熱を入れながらゆっくりと油を馴染ませ、スライスしたベーコンを乗せた。
「先日は米と塩鮭と言っておられました」
油がはねるいい音を聞きながら、焦げ付かないスキレットを振る。
「無い物ねだりをしても仕方ないよ」
前世の私としては当たり前の和食には憧れるけど、なかなか実現しないのが辛いところだ。
「エルティナの調子はどう?」
「コンディショングリーンです。通常戦闘にも支障ありません」
「そう、よかった。さすがに
私のHUDでエルティナの警告サインは消えているので問題ないことは知っているが、念のため聞いておいた。
「駆動系へのダメージがなかったことが不幸中の幸いと言えます」
軽い負傷ならレスタで回復できるだろうけど、過剰な損傷は船団でメンテが必要になるから要注意なのだ。エルティナに普段からまともに戦闘をして貰っていないのは、そういう事情があったりする。
「次はちゃんとチャージ時間を守るようにしよう。エルティナも、私から命令があってもちゃんと拒否してね」
私はその時の流れで無茶なことを言ってしまいがちだから、エルティナのところで止めてくれると助かるのだ。
「拒否設定に登録いたします――完了しました」
「ありがとう、エルティナ」
昨日は私がエルティナに敵を掃討するために
「うーん……なんか、忘れてる感じもするけど……」
昨日の戦闘を思い出すとちょっと記憶にモヤがかかるような気がする。疲れてるのかなぁ。
「お嬢様、スキレットから煙が上がっております」
「おっと、危ない」
私は一旦スキレットを火から遠ざけてヘラでひっくり返して様子を見る。焦げているというよりはいい感じのメイラード反応で美味しそうに仕上がっている。
「うん、バッチリ。それじゃ、卵を割り入れて――と、二つ入れたから、片方はエルティナが食べてね」
片手でスキレットを動かしながらもう片方の手で卵を二つ割り入れた。
「承知しました」
スキレットに仲良く並んだ卵を二つに分けて一つ一つをお皿に移して塩胡椒を振った。
「うん。美味しそう。いただきます」
最後に大きめにスライスしたバゲットに乗せて、皿代わりにしてむしゃむしゃと頬張った。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
私達の朝ご飯につられたのか、その後ガネーシャファミリアの人達もゾロゾロと起き出してきて、食後の歯磨きをしているところにアミッドさんも起きだしてきた。
「食事をされていたのですね」
「そうですよ。ベーコンエッグをパンにのっけたやつです」
「そうですか」
アミッドさんは無表情だが、なんとなく物欲しそうな眼差しにも思えた。次はアミッドさんも誘ってみようか。
「お嬢様。そろそろ出発のようです」
「うん。分かった、ありがとうエルティナ」
私はコップに残った水で最後のうがいをしてからタオルで軽く水分を拭って再度ポーチに入れるフリをしてアイテムパックに格納した。
ふと、鼻孔に爽やかな花の香りが漂ってきた。
「いい匂い――アミッドさん、香水してますか?」
「あ、はい……たしなむ程度ですが」
「うん、アミッドさんによく合う香りだと思いますよ」
あんまり鼻をクンクンするのも失礼なのでそれで話題は終わらせた。アミッドさんも年頃の女の子だから、やっぱり体臭は気になるよね。水浴びも毎日出来ないし、服を洗濯するのも難しいし。
私はアークスの生命維持装置によって最低限の清潔は保たれているので、気になる体臭もないから安心だ。もしもこれが他の女性陣にバレたら嫉妬の嵐で大変なことになるだろう。
ちなみに、生命維持装置は虫歯や歯周病の予防もしてくれるのでぶっちゃけ歯磨きをしなくてもいいのだが、やっぱりちゃんと磨いた方が気分がいいよね。
それからスィデロさんとも合流して一旦全体ミーティングを行って25階層へ出発となった。
「うーん。やっぱり、この滝はいつ見てもすごいなぁ。吸い込まれそう」
25階層に入って突然現れる階層を貫く大瀑布は圧巻だ。ここが地底ということを忘れてしまうほど雄大で、これほどの水が一体どこから流れてくるのかすらよく分からない。
さすがに地下水とか雨水だけじゃこれほどの量にはならないと思うし、流れ込んだ後の水は一体どこに行くのかも想像できない。
「危ないからこっちに来なさい。見ててヒヤヒヤするわ」
淵にしゃがんで下をのぞき込んでいるとパルヴァさんに手を引っ張られて壁側へ連れてこられた。まるで子供扱いだよ。
「心配しなくても大丈夫なんですけどね」
アークスなら高いところから落ちても無傷で終わるので、むしろ27階層までショートカット出来るから便利ぐらいにしか思わない。
以前、アリーゼさん達と一緒に来たときは魚群闘技場みたいなややこしいことが発生したが、今回はすんなりと通してほしいものだね。
「そういえば、このあたりで階層主が出るんでしたよね?」
通路の壁側を歩かされて決して滝の方に行かないようにされつつ私は隣を歩くアミッドさんを見上げた。
「アンフィス・バエナですね。すでにロキファミリアが討伐したと聞いていますが」
そうだった。そのための露払いをアストレアファミリアの人達と一緒にやったのだった。あの任務があまりにもあんまりな状況だったので、ちょっと頭から抜けていた。
それが巡り巡って私達の通行の安全につながっているのだから、情けは人のためならずってやつだ。
「うーん。私も参加したかったなぁ……」
とはいえ、そこはアークスのことだから強敵とはいつか
「ダンジョンに潜ってたらいつかぶつかる時が来るだろうさ」
スィデロさんもそういうので、将来の楽しみとして残しておこうか。
「その時は一緒に戦いましょうね」
「勘弁してくれ」
「うーん……、スィデロさんって意外と慎重派ですよね。冒険者ならもっと冒険すればいいのにって思うんですけど」
「それで命を落としてたら世話ないぜ」
「まあ、そうなんですけどね」
優秀なアークスは生き残ったアークスだというのは私もよく使う言葉だ。おそらく冒険者にもそういう考えはあるのだろうと思うし、それは正しいことだと思う。だけど、冒険者のシステムがそれを許していないのも確かなことだから、どれぐらい上手くリスクをとれるかって事なんだろうね。一番難しいやつだ。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
「ちょっと退屈だったね、エルティナ」
進軍は順調に進み、私達はすでに36階層の出口にまで到着していた。
私達は後方部隊なので、主たる戦闘や梅雨払いは先行部隊が殆ど終わらせてしまっていた。つまり、私達は完璧に掃除された道をお行儀良く歩いてきただけのことだとも言える。
「先行部隊の人は疲れないのかな? ここからが大変なんでしょ?」
「ここまでは
エルティナの答えにパルヴァさんは頷いて、
「レベル3までの子達にとっては重要な修練になるからね」
「パルヴァさんはいいんですか?」
聞くところによるとパルヴァさんもレベル3の冒険者なので、むしろ後方部隊にいると成長の機会を逃してしまうのではないかと思う。
「俺とパルヴァはこっちの護衛がメインだからな。ここからは前線復帰だ」
ハシャーナさんもそう言って武器の調子を確認したりしている。
「そういうことね」
「分かりました。それじゃ、ここからも一緒ってことですね」
私達も深層の入れば主力部隊に入って最前線で支援と回復を行う予定になっている。メインはエルティナで、私はエルティナに専属の護衛役が与えられている。
今後もお二人と前戦で一緒に戦えるのは光栄なことだ。
いろいろおしゃべりしながら私達は先発隊と合流を果たした。
ここは36階層の出口に当たるのだろう。少し広くなっているフロアの向こう側にちらっと見えるのは、おそらく37階層に向かうのであろう長く、深い階段があり、私達を飲み込む時を今か今かと待ち受けているように思えた。
「皆そろったな?」
その先頭に立つシャクティさんが声を張り上げる。
「これから深層の37階層に降りる。すでに何度も挑戦しているものもいるだろう。今回が初めてと言うものも多いと思う」
私は隣に立つアミッドさんを横目で見上げてみるが、アミッドさんは落ち着いているようだったが腰の前に組まれた両手はわずかに震えているように思えた。
「アミッドさん、大丈夫ですか?」
私は思わずその手をそっと握るが、アミッドさんは「はっ」と気がついたように私に視線を落とし。
「ええ。大丈夫です。ありがとうございます」
と口元に笑みを浮かべて見せてくれた。なんか、やせ我慢してるね。
「ここからは世界が変わる。恐れるなとは言わない。むしろ、その恐れは正しいことだ。しかし、飲み込まれるな。私達が一つとなれば越えられない試練などないと心に留めよ。仲間を信じろ、仲間を助けろ、仲間に助けられることを恥じるな。以上だ。出発する」
『やっぱり、シャクティさんはカッコイイね。私も凜々しい女になりたいものだ』
『マスターが今のマスターであることに問題はないと私は考えます』
まあ、私もそう思うけどね。だけど、憧れは持ってもいいじゃない。
「さてと、それじゃアミッドさん私達は前進部隊に合流しますからしばらくお別れです」
シャクティさんからは、私とエルティナは深層までは後方のサポート部隊に同行し、深層に入ったら前線で活動するように言われていたから、今がその時なのだろう。
「そうですか。無理をしませんように。負傷されましたら迷わず後方にお下がりください。私が必ず直します」
「心強いですね。だけど、できる限り頼らないように努めますよ」
私はそう下手くそなウィンクをしてエルティナと手を繋いでシャクティさんの元へと向かっていった。