ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
37階層でウダイオスが消えたことに、皆が狐につままれたような面持ちで38階層に降りることになった。
ウダイオスの跡地に開けられた巨大な縦坑は真っ暗で、底がまるで見えないにもかかわらず38階層の天井に何らかの穴が空けられている様子はなく、混乱しきるばかりだ。
「別の時空につながってるとかないよね? あれを落ちたら、元々私達がきた場所に帰れるとか?」
「試すにはリスクが大きすぎます」
「そうだよね。それに帰れるとしてもリザさんも一緒じゃないとだめか。ワカヒルメ様にも挨拶しないと」
38階層はそのまま通り抜け、私達は前戦ではなくアミッドさんと同じ支援部隊に下げられることになりちょっと困惑したものだ。
「お疲れ様でしたお二人とも。お怪我はありませんか?」
合流した先で早速アミッドさんに声をかけられ、負傷の心配をして貰った。真っ先にその言葉がでるとは、さすがお医者さんの鑑だね(偉そう)。
「私達は大丈夫ですよ。まともに戦闘はしてませんでしたから」
エルティナを守るのが仕事だったから、積極的に戦いはしなかったため、お肌はキレイなままだ。なんなら、このまま水着を着てもいいぐらい。
「そうですか。何よりです」
アミッドさんはほっとした様子で交代要員にも声をかけに行く。先ほどの戦闘に参加した人達の半分は支援部隊の護衛と交代することで、私と一緒に後方に下がってきている。エルティナによって細かい傷や、致命的な負傷の処置はすんでいるが、本格的な治療はアミッドさんに任せることになっている。
「本格的な治療は39階層で行います。もうしばらく我慢してください」
アミッドさんはとりあえず命の危険のある者はいないと判断して、一旦は治療活動を停止することにしたようだ。
「
エルティナはアミッドさんにそう声をかけ、アミッドさんは「そうですね。その時はよろしくお願いします」とだけ返していた。
ともかく38階層は特にドラマチックなことも起こらずに、割とあっさりと39階層に到着したのだった。
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39階層は深層最初の安全階層だったようで、到着した途端シャクティさんの声がけで簡易拠点が設定され、あっという間にテント群が形成されていった。
「すごい手際だね。日頃から訓練してないとこうはならだろうなぁ」
こういうところはアークスも見習わないといけないと思う。アミッドさんは早速自分のテントを仮設診療所として重症患者から順番に治療を施していった。エルティナも補助に回ろうとしたが、一人で十分だと言われたらしく、すぐに戻ってきてしまった。
「無理しないといいんだけどね」
「定期的に様子を見に行きます」
「うん、それがいいと思う」
ウダイオスを倒して一件落着とならないのが今回の遠征だ。ここで倒れてしまうと後に響いちゃうからね。
「お前達もしっかりと休むようにな」
テントの前に置いた折りたたみの椅子で話しをしていた私達にシャクティさんがやってきてそう話しかけてきた。
「あ、シャクティさん。お疲れ様です」
私は立ち上がってペコリと頭を下げる。シャクティさんもウダイオス戦ではずっと前戦で声を上げ続けていたのだから疲労はしっかりと蓄積しているだろう。むしろ彼女の方こそ休んでほしいぐらいだ。
「
エルティナもしっかりと腰を折ってお辞儀をし、調子を尋ねる。
「そこまで改まらなくていい。私は特に問題はない。お前達のおかげで殆ど負傷者を出さずにここまでこれた。正直お前達を甘く見ていた。すまなかったな」
「エルティナはすごいですからね」
エルティナが褒められると私まで嬉しくなってしまう。今回の私はエルティナの護衛しかしていないので全然活躍できていないけどね。
「ちなみに、最後に使っていた例の……結界のようなものはなんだったんだ? 想像以上に戦力が上がっていたように感じたが?」
そうか、あれを見せるのは初めてだったね。
「私から説明させていただきます」
エルティナは一歩進んでザンバースとメギバースの説明をし始めた。私と違って理路整然とした説明で大変分かりやすくて良かった。
「これで11か……」
説明を聞き終えたシャクティさんはそうつぶやくと少し
「11ってなんですか?」
「いや、気にしなくてもいい。この後は食事だが、二人はゆっくりと休むようにな」
「あ、それ、アミッドさんにも言ってあげてくださいね。アミッドさん、一人で全員分治療するみたいなことおっしゃっていたので」
「そうか。分かった。後で様子を見に行こう」
「お願いします」
シャクティさんとはそのまま分かれて、私達は子供用の小さなテントに引っ込んで夕食まで休むことにした。
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夕食後はかなりの眠気が襲ってきたので、早々にテントに引っ込んで横になっていたらいつの間にか眠ってしまい、気がつくと朝になっていた。
「これだけぐっすり眠ったのは久しぶりかも」
エルティナ曰く、昨晩はシャクティさん達幹部のミーティングが夜遅くまでやっていたらしく、今日は一日ここに滞在することになったようだ。
「ということは、また何か
「いえ。本日はそれもないようです」
「そっか。じゃあ、完璧フリーなんだね。何かする? 勝手に素材収集に行ったりしていいのかな?」
とりあえず早く起きたので朝ご飯でも作ろうかと思っていると、遠くの方でアミッドさんが水場で軽く顔を洗っている様子が見えた。服は着たままなので水浴びまではしていないようだったが、流石にそろそろ私も我慢できなくなってきている。
体臭の除去や最低限の清潔さは生命維持装置が何とかしてくれているが、それでも何日も身体を洗っていないのは精神的にクルものがある。流石に湯船につかりたいというわがままを言うつもりはないけど、せめて水浴びぐらいはねと思っている女性陣は少なくないはずだ。
「アミッドさん、おはようございます!」
私は食事用の水くみついでにアミッドさんに元気よく挨拶をした。アミッドさんはびっくりしたように肩をふるわせたが、振り向いた先にいたのが私であることを確認し、ホッとため息をついた。
「おはようございます、
「あー、ひょっとして、いびきとか聞こえましたか?」
自分のいびきは自分では気がつけないもので、周りも気を遣って話さないものだけど、ひょっとしてテントの外に聞こえていたのだろうか?
「あ、いえ、ずいぶん静かな様子でしたので」
「ああ、そういうことですか。自分でもびっくりするぐらいよく眠れましたよ」
私はあまり夢を見る方ではないが、昨晩は特別に眠りが深かった気がする。だれか魔法とか使ってないよね?
「あ、そうだ。これから朝ご飯を作るんですけど。アミッドさんも一緒にどうですか?」
「私ですか? いえ、私は……そうですね、よろしければご一緒させていただきます」
「と言っても簡単なものしか作れませんけどね。また後で私達のテントの前に来てください」
「分かりました」
そう言ってアミッドさんは自分のテントに引っ込んでいった。しばらくは身だしなみやら髪の手入れやら香水やらで時間がかかるだろう。その間に食事の準備を終わらせておくか。
私は水くみついでにお花も摘んでおいてからテントに戻り朝の食事の準備に取りかかった。
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前回はシンプルにベーコンエッグをパンにのせたやつで済ませたけど、せっかくアミッドさんも一緒なのでちょっとだけ手間をかけたいと思う。
「何がいいかなぁ」
「お嬢様、こちらが食材のリストです」
「うん、ありがとう、エルティナ」
と言っても、一汁一菜みたいなのは無理だ。お米がないからご飯が作れないし、お味噌もお醤油も豆腐もワカメもないからまともなお味噌汁も作れない。せめて魚ぐらい焼こうかな。
「うーん。白身魚があるから、ムニエルにでもしようかな。バターとレモンもあるよね?」
「十分残っています」
「じゃあ、それで。主食は、バゲットの切ったやつでいいか……」
やっぱりお米とお味噌汁は早急に作れるようにしないと精神が病みそうだ。
「それじゃ、すでに三枚に下ろした白身魚の切り身にちょっと強めに塩を振ってからざるに置いてしばらく寝かします。こうすることで切り身から臭みのある水分が抜けてフレッシュさが増すよ。その間にフライパンを用意してしっかりと熱を入れて、焦げ付かないように水分を飛ばしてから一旦油を敷いて少し冷まします。こうすることで油の被膜が出来て焦げ付きにくくなるよ。フライパンを冷ましている間に寝かした切り身の水分をよく拭き取って目の細かいホワイトペッパーを軽くまぶしておきます。寝かせるときに香草と一緒だと香りが移ってさらに良くなるよ。それから切り身の表面に薄力粉をまぶして、余分な粉はしっかりと落としておきます。表面をカリッとしたかったら強力粉を使ってもいいね。とにかく粉は薄めにするのがコツだね。分厚いとそれだけで食感が悪くなっちゃうから注意が必要だよ。それじゃあ、冷やしておいたフライパンをもう一度熱を入れてたっぷりのバターを溶かして、まずは皮目から焼いていこうか。皮目がパリッとしたら反対側も焼いて、最後に白ワインをちょっと入れて蓋をして軽く蒸し焼きにして中まで火を通します。最後に残ったバターにレモンの絞り汁を適量入れて、最後に塩胡椒で味を調えてムニエルにかけると……レモンバターソースのムニエルの完成です。うーん、美味しそう」
「良い香りですね」
「あ、アミッドさん。いまちょうど出来たところです。熱いうちに食べましょう。エルティナはパンを用意してくれる?」
「承知いたしました。お嬢様」
「私も手伝います」
「じゃあ、パンを置くお皿の用意をお願いしますね」
「分かりました」
エルティナはバゲットを薄くスライスして、それをアミッドさんがお皿に盛り付けてく。私は別のお皿にのせたムニエルにバターソースをかけていって三人に配った。
「付け合わせも何もないですが、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
エルティナは私がいつもやっているように手を合わせて食前の挨拶をする。
「今日の糧を与えていただき、神に感謝いたします」
アミッドさんはシスターさんみたいに胸の前で手を組んで目を閉じ、どこかの神様(多分ディアンケヒト様?)に祈りを捧げ仲良く食事に入った。
「うーん。流石に鮮度はかなり落ちてるね」
食材の良さを引き出す系統のシンプルな調理なので、素材の善し悪しが如実に出てしまっているのがちょっと失敗だったか。これならシンプルに煮るか、いっそのこと白身魚の天ぷらにでもしておけば良かったかもしれないけど、流石に朝っぱらから油物はきついかなぁ(中年腹)。
「ですが、あっさりしていて美味しいと思います」
アミッドさんのお世辞も耳に優しいね。次も頑張ろうと思えてしまう。
「ありがとうございます、アミッドさん。アミッドさんは普段はお料理とかされるんですか?」
「その……たしなむ程度には……」
「そうなんですね。機会があったら食べてみたいですね」
「約束は出来ませんが……」
最後にお皿に残ったソースもパンで拭うようにして奇麗に食べきり、食器も水場で洗ってから乾燥させ、楽しい朝の時間は終わりを迎えた。