ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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多分、今年最後の投稿になります。


ジオメトリックな迷宮

 

 前傾姿勢を深め、爆発的な踏み込みの予兆を孕むイバラブジン。奴が構える抜剣(カタナ)の刀身が、一瞬、鋭く、強く輝いた。

 

「――!!」

 

 その瞬間、私は反射的に呼気を止め、意識を研ぎ澄ませた。極限まで高まった集中力が脳を加速させ、まるで世界の時間が引き伸ばされたかのような、極限の感覚に支配される。

 

 ブジン系エネミーの最大の特徴、あるいは攻略の鍵。それは攻撃直前に放たれる、あの特有の「光」だ。私は、網膜に焼き付いたその光を合図に、いつでも最小の挙動でステップ回避へと転じられるよう、全身の筋肉を解き放つ。

 

 ドォッ、と空気が爆ぜた。音すらも置き去りにする異次元の加速。砲弾と化したイバラブジンの突撃が引き伸ばされた感覚の中でも圧倒的な速度で迫ってくるようだ。並の冒険者であれば、何が起きたかさえ理解できずに押しつぶされてしまっていただろう。けれど、あいにくと私はそんなに軽い女じゃないんだ。

 

 抜刀の軌跡が、不吉な黒い残光となって眼前に迫る。私はあえて距離を取ることをせず、むしろその死線へと吸い込まれるように前方へ踏み込んだ。刀身の軌跡をなぞるように滑り込み、そのまま攻撃をすり抜けて、背後へと回り込む。

 

 相手はリドさんのような生身の人間じゃない。手加減も、慈悲も、一切必要のない敵性存在(エネミー)だ。そう思えば、むしろ心は凪いでいた。

 

「ていっ!」

 

フォトンによって「攻撃が命中した」という確定事項を、「攻撃が回避された」という事象に上書きする。戦闘システムが歪めた事象の反作用として生じた莫大なエネルギーを、私は余すことなく掌中へかき集め、攻撃へと変換し武器に纏わせる。そこからさらに一歩踏み込み、逆袈裟の軌道で切り上げた。

 

ゲームの画面越しで、そしてこの世界に転生してから今日まで、アークスとしての任務で潜り抜けてきた数多の戦場で。幾千、幾万と繰り返し、魂にまで染みついたこの一連の機動は、もはや回避不能の「必中」と化していた。

 

「おっと?」

 

 思わず声が漏れた。私の放った渾身のカウンターは、イバラブジンが差し出した抜剣(カタナ)の鞘によって阻まれていた。威力が完全に相殺(キャンセル)される、嫌な手応え。茨が絡まり合って形成されたその鞘は、植物特有のしなやかさで衝撃を吸収しながらも、金属を上回る重厚な硬度で私の追撃を拒絶していた。

 

 イバラブジンは、無表情のまま――いや、そもそも顔など存在しないはずだが――、明確にこちらの反撃を読み、最適解で受け止めたってことだ。

 

 奴は熟練のブレイバーが如く、鞘に収められた抜剣(カタナ)を即座に引き抜き、鋭い横薙ぎを見舞う。同時に放たれたのは、真空を切り裂く「かまいたち」のごとき衝撃波だ。

 

「うっわ、再現度高いね。やるじゃん!」

 

 私はカウンター後のわずかな硬直を、即座にステップ回避でキャンセルしつつ、後方へと鋭く飛び退いて、迫りくる衝撃波のダメージを無効化した。ついでとばかりにラスタースキル:ステップスライドアドバンスを発動させ、発生したエネルギーを武器に纏わせることなく放出し、数発の追尾弾としてやつにけしかけてやった。

 

 流石のイバラブジンも、回避直後のこの死角からの連射までは受けきれなかったようだ。フォトンの弾丸が奴の全身に打ち込まれ、その衝撃で奴の身体が縫い付けられたようにその場に固まった。

 

『マスター、状況報告です。対象――イバラブジンの脅威度はXH(エクストラハード)級と判定されました』

 

 一瞬の空白を突いて、エルティナからの通信が脳内に響く。声に出す必要のないこの通信は、激しい戦闘の最中でも私の思考を妨げないから便利だね。

 

『XH級か……なるほどね』

 

 私はその場で軽くステップを踏み、体勢を整えつつイバラブジンの挙動を注視する。  スタンから復帰した奴は、動作確認でもするように数度抜剣(カタナ)を素振りすると、再び腰の鞘にそれを納め、あの抜刀の構えを構築した。

 

『はい。UH(ウルトラハード)級には至っておらず、超化や絶望(ギガンティクス)化も確認されておりません』

 

『……分かった。それだと少しは肩の力を抜いても大丈夫かな』

 

 端的に言えば、UH級は一発のミスが即死や瀕死に直結する地獄だ。ましてや、かすり傷ですら致命傷になりかねない超化や絶望(ギガンティクス)化状態ともなれば、常に針の穴を通すような極限の集中力を強いられる。それに比べれば、XH級は数発喰らってもまだ立て直せる余地がある難易度だ。

 

 つまり、何が言いたいかというと――鈍りきった対人戦闘の感覚を取り戻すには、これ以上ない「もってこい」の練習相手ってことだ。(脳筋)

 

『くれぐれも慎重に。XH級とはいえ、ボスクラスのエネミーです。致命傷を負う危険性は十分にあります』

 

『うん、分かってる。ありがとう、エルティナ』

 

 私の心配してくれるエルティナに短く返し、私は改めて目の前の強敵にピントを合わせた。

 

しかし、私が攻めの起点を探ろうとした、その刹那。  イバラブジンは抜刀の構えを解き、軽やかな跳躍で宙返りも交えつつ、大きく後ろへ飛び退いた。

 

 距離を取られる――そう直感した直後、奴の手から数発の影が放たれた。

 

「また、避けにくいものを――」

 

 飛来する影は手裏剣の形をしていた。絶妙にタイミングの合わせづらい速度と、蛇行するような軌道。私はステップでの完全回避を諦め、単純な跳躍によって空中に逃れることを選択する。

 

 扇状に放たれた手裏剣は、しかし、空中の私を無視するかのように、置き去りにしてきた地面へと深く突き刺さり、そして一瞬の明滅の後、猛烈な大爆発を引き起こした。

 

「あー……そういえばそうだった。忘れてた……」

 

 我ながら情けないことだが、ゲームでもこの時間差攻撃には何度も煮え湯を飲まされ、リトライを繰り返したものだ。昔を懐かしむ暇もなく、足元から登ってくる爆風に煽られ、私の体勢は空中で大きく崩されてしまった。

 

 床面に激突し、何度も転がりながら衝撃を逃がしつつも、私は素早く受け身をとることに成功した。

 なるほど、これは確かにXH級だ。一撃即死こそないものの、絡め手を駆使して確実にこちらの命を削りにくるその挙動は、寸分の油断も許されない相手であることを、痛みと共に突きつけてくれた。

 

「せりゃ!!」

 

 受け身から即座に脚を跳ね上げ、盛大にスカートの中を見せびらかしつつ(ちゃんとスパッツ穿いてます)、ハンドスプリングの要領で無理矢理立ち上がる。

 

 衝撃に耐え、武器を手放さなかった自分を密かに褒めつつ、すぐさまイバラブジンへ視線を戻す。だが、奴の抜剣(カタナ)を保持していない方の腕が、不自然なほど滑らかに伸長していた。

 

「えっ――」

 

気づいた時には、すべてが遅かった。茨の腕が蛇のごとき速さで私の身体に絡みつき、胸、腰、腕、そして脚を一瞬で縛り上げる。

 

「うわぁ……これは、やられた」

 

 身体が完全に固定され、指一本動かせない。

 これは多分あれだ、ゲームで何度も見た、拘束からつながる即死級の最大攻撃。これもなかなか避けられなくて苦労した覚えがある。何せ、こいつはこっちのガードをキャンセルして拘束してくるから、確実に左右に避ける必要があるといういやらしい特性があるのだ。

 

 イバラブジンの胸部が、禍々しい黒紫の光を放ちながら脈動を始める。空気が震え、肌が粟立つほどの濃密な殺気が溢れ出した

 

「これで二回目か、ごめん、エルティナ……」

 

 私は一応抜け出せないか確認するべく身体をよじってみるが、フォトンによる身体強化を最大にしても拘束はびくともしない。

 奴の剣が、爆発的な光を纏った次の瞬間、視界が白く弾け、全身を貫く痛みすら“感じる暇もなく”、私は一瞬で命を刈り取られた。

 

 世界が、音も色も失っていく。

 

 死の感覚を味わうのは、これが初めてではない。直近であれば一ヶ月ほど前、アストレア・ファミリアの仲間達と共に戦った時、あのジャガーノートと呼ばれた異常個体(イレギュラー)の一撃に沈んで以来か。あの時はクラススキルを有効化しておらず、エルティナがスケープドール(死者復活アイテム)を使用してくれるまで、私は半分死者の仲間入りをしていたわけだ。

 

【ラスターウィル発動】

 

 意識の淵で、システムウィンドウが表示された。

 

 今回は、あの時とは違う。クラス:ラスターが持つ、一度の死を確実に回避する不屈の機能。一回の戦闘につき一度だけ、無理やりに命を繋ぎ止めてくれる生命線とも言えるスキルだ。

 

「うぇぇ……気持ち悪い……」

 

 急速に再構成された心臓と諸器官が、暴力的なまでの速度で鼓動を再開した。その急激な生命活動の再燃に身体が拒絶反応を起こすが、それも数秒もすれば収まってくれた。

 

「ふぅ……ゴメンね、みっともないところを見せた」

 

 拘束を解き、再び立ち上がった私を、イバラブジンが凝視している。仕留めたはずの獲物がなおも動いていることに、戸惑っているように見えるが、まあ、気のせいだろう。

 

 まだ肉体と魂の噛み合わせがズレているような、ひどい船酔いに似た感覚があるが大した問題ではない。

 

「じゃあ、これで最後にしようか――」

 

 先ほどの大技は奴にとっての切り札だ。つまり、一度放てば再使用には時間がかかるってこと。

 言い換えれば、今は、この戦闘で最も安全な時間帯ともいえるわけだね。

 

 シャクティさんたちと別れてからかなりの時間が経過している。そろそろ彼女たちも心配している頃だろう。つまり、いよいよタイムアップが訪れたということ。

 

「――ラスタータイム、起動」

 

 私は、全てを決めるべくラスタースキル:ラスタータイムを発動させた。

 その瞬間、全身のフォトンが最大出力で励起し、全ステータスが爆発的に底上げされる感覚に包まれる。

 

 私は地面を蹴り、冒険者スキルの虚空跳躍(ネクストジャンプ)をも併用して、一瞬で音の壁を打ち砕いた。視界に入るすべての情報が止まって見えるほどの加速。もはやイバラブジンに反応する暇すら与えず、その懐へと最短距離で潜り込む。

 

「まずは、これ。邪魔な茨をどかさないとね」

 

 私は、その至近距離から「スタイルパージ」を敢行し、纏っていた武器の属性エネルギーを全開放して叩きつけてやった。その衝撃波が、奴の堅固な茨の肉体を内側から木っ端微塵に吹き飛ばしていく。

 

 大きく体勢を崩し、宙を舞うイバラブジン。だが、私は既に、最後の一撃の準備を終えていた。

 

「それじゃ、いつかまたどこかでね。バイバイ」

 

 「ラスタータイムフィニッシュ」――その機能が解放された次の瞬間、回避不能の絶対領域の中で、閃光のごとき無数の斬撃と刺突がイバラブジンの肉体を全方位から蹂躙した。防御の隙も、回避の暇も与えない、理不尽なまでの超高密度攻撃。

 

 空中でズタズタに引き裂かれ、かろうじて原型を留めているに過ぎない茨の武人を置き去りにして、私は大きく後方へと跳躍した。空中で、"R.I.P"――安らかに眠れと、心の中で十字を切り、武器の切っ先を"彼"へ向ける。

 

 膨大なフォトンが収束し、輝きが指数関数的に増大していく。一点に凝縮された、巨大で、眩いばかりの輝きは弾丸となって私のトリガーによって射出された。

 

 爆発的な光の奔流は、もはや逃れる術もなく佇むばかりの彼の心臓を貫き、そして、全てが終わった。

 

「ふぅ……流石に疲れた。お風呂入りたい……」

 

 四散したイバラブジンの肢体は、大地への到着を待つことなく灰になって消えた。

 

 

 

 








何とかブジンさんとの戦いを今年中に終わらせることができてほっと一息。
来年中にはこの章を終わらせたいなと思います。

皆様、良いお年を。

年越し蕎麦に除夜の鐘。

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