ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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実は、三が日明けた四日も仕事です (白目)






番外編:鍛冶師と女神様の心配

 

 ところ変わって、地上のヘファイストスファミリア主神室。スィデロがリドたちと出会い、39階層の拠点へと戻ってきた頃のことだ。

 

 迷宮の深淵とは異なり、地上は平和そのものだった。冬の透き通った空から注ぐ柔らかな陽光が室内を照らし、書類仕事に励むヘファイストスの目の前では、ソファに深く腰掛けた椿が悠々とお茶を啜っている。

 

つい先ほど、簡単な商談を終えて一息ついたところだった。

 

「ふぅ……やはりデメテル・ファミリア産の茶葉は美味いな。そうは思わぬか、主神様よ」

 

 相手はややこしい取引先ではなく、馴染みのドワーフであるガレス・ランドロック。半分は雑談のような打ち合わせだったこともあり、椿の様子に気負いはない。

 

「あなたね、暇なら私の仕事を手伝おうとは思わないの?」

 

「はっはっは。妙なことを言うな主神様よ。手前がそのような器用な真似をできると思うか? 逆に仕事を増やすだけだろうよ」

 

「少しは誠意を見せなさいと言っているのよ。少なくとも、忙しい主神の目の前で優雅にお茶を飲むのはどうなのかしら?」

 

「しかし、スィデロの奴らは今頃どのあたりにおるだろうなぁ。そろそろ39階層に辿り着いた頃か」

 

「……無視したわね」

 

 ヘファイストスは椿のあからさまな話題逸らしに、呆れたように肩を落とした。

 

「それにしてもヘファイストスよ。流石にレベル1のあやつを深層遠征にやるのは、無茶が過ぎたのではないか? 最悪、死ぬぞ、あやつは」

 

 椿はカップを置き、ヘファイストスを少し睨んだ。深層は上級冒険者はおろか、第一級冒険者でさえ聞くだけで足がすくむ場所だ。椿自身、幾度となく足を運んではいるが、一人で行動しようなどとは到底思えない。ましてやレベル1の、それも本来は非戦闘員である鍛冶師にとっては、一秒たりとも居たくはない地獄のはずだ。

 

「あの子がここに来て、どれくらいになるのかしら」

 

「ん? 確か、鉱山夫に嫌気がさして逃げてきたと言っていたな……5年ほどか。まだまだ青二才よ」

 

「そうね。まだ5年と言うべきか、もう5年も経ったと言うべきなのかしら」

 

 椿は思い返す。彼女は、大柄なヒューマンの女性に見えるが、実際は半分ほどドワーフの血が混じっているため、初対面の際、彼に対して若干の親近感を覚えた記憶があった。

 

「なかなか鼻息の荒い者が来よったなと思ったものだよ。今は……まあ、随分と腰を落ち着けてしまっているようだが」

 

「そうなのよね。気概がね……感じられなくなったわ。入団したての頃は、私の武器を見ても笑い飛ばしていたのに」

 

 ヘファイストスファミリアの入団試験の一つとして、鍛冶師の卵たちは一振りの剣を見せられる。それは主神ヘファイストスが、膨大な時間をかけて積み重ねた修練の集大成。現在、下界の最高到達点と呼ばれる至高の剣だ。

 神の力を禁じられた下界において、それは間違いなく「人の手」のみで鍛え抜かれたもの。只人であっても、永劫に近い時間をかければ到達できるはずの、最高傑作。

 

 それを見て心を折られる者は数多い。それでも奮起し、必ずこの頂へ辿り着いてみせると豪語した者のみが、世界最高峰の鍛冶師集団(ヘファイストスファミリア)への入団を許される。スィデロもまた、その一人だった。

 

「あるいはただの世間知らずで、己が目指す頂がどれほど彼方であるかすら分からんかっただけかも知れぬがな。しかし、ヒヨッコにしてはなかなか悪くない腕なのだがなぁ」

 

「あと一歩なのよね。私の銘を刻むに値するところまで、あの子は来ている」

 

「そのあと一歩が、何とも遠いものよ」

 

「十里の道も九里をもって半ばとせよ、とはよく言ったものね」

 

 ヘファイストスもしばしペンを置き、虚空を見上げた。その瞳に浮かび上がるのは、いつだってあの得体の知れないピンク髪の幼女が持ち込んだ「巨剣」の姿だ。

 

「しかし、あやつの運は大したものだぞ。何せ最速記録の片割れ(ベターハーフ)と知り合い、あの理解も出来ぬ巨剣と巡り合わせたのだからな」

 

「ある意味では不幸と言えるかもしれないわよ。あんな、神の力でも使わない限り下界には存在し得ない代物、子供たちには目の毒だわ」

 

「主神様にとっては毒ではないと?」

 

「……あえて言えば、トラウマかしら。今でもあの剣の幻が見えるもの。あなただってそうでしょう?」

 

「違いないな。ここのところは夢にも出てくるぞ。手前が人生をかけた渾身の一振りを、あの巨剣があっけなく砕いてしまう。……あれには堪えたよ」

 

 ガハハと豪快に笑う椿だが、その表情に僅かな違和感があるのをヘファイストスは見逃さなかった。

 

「あら。あなたにも、そんなデリケートなところがあったのね」

 

「手前のことは良いだろう。……スィデロのことだ。ヘファイストスはあやつに試練を与えた、という認識でよいのか?」

 

「ええ、端的に言えばそういうことね」

 

「ずいぶんスパルタだな。それほど期待しているということか」

 

 神は乗り越えられる試練しか与えないと囁かれるが、同時に神とは只人には理解できぬほど気まぐれでもある。人類には想像も出来ないほどの遙か上方からその盤面をわずかに蹴りつけ、人々が慌てふためく様を見て楽しむのも神であれば、傍に寄り添い愛を語らうのも神の在り方だ。

 

「チャンスだと思ったのよ。あの子たちが一緒なら、きっと戻ってこられるだろうって。……浅はかだったかしら?」

 

「あの子たちとは、ワカヒルメ様のところの娘っ子どもか。私はよく知らぬが、それほどのものなのか?」

 

 確かにあの巨剣を易々と振り回す様は新人とは思えないが、と椿は思う。

 

「しかも片方は、まだ年端もいかぬ幼子(おさなご)ぞ?」

 

 椿にしては珍しく母性をくすぐられたあの幼女を思い出す。ともすれば、構い倒したくなるほどには、気をかけているところだった。

 

「あの子達は……ただの子供達じゃないわね。オラリオの歴史、私達の歴史を取り戻す。そんな予感がするのよ」

 

「手前にはよくわからんが、賭けるだけの根拠はあると言うことだな?」

 

「そうね」

 

 二人の間に沈黙が走る。椿には神意は分からぬ。それは人類の理念を越えた者であるから、理解することは不可能と割り切る。

 

「それにしてもヘファイストスよ。スィデロに足りぬのは技術だけではないであろうな。おそらくあやつに足りぬものは、踏み出す勇気であろうよ」

 

 椿は冷めかけた二杯目の茶を啜り、自身の胸元を軽く叩いた。

 

「なんだかんだ威勢の良いことを言ってはおるが、基本的にあやつは臆病だ。鉱山を逃げ出した時も、ここで腰を落ち着けてしまったのも、根底には常に失敗や死への恐怖があるのだろうさ」

 

「……ええ、わかっているわ」

 

 ヘファイストスは目の前に組んだ指の上に、懺悔をするように額を預けた。。

 

「今のあの子に必要なのは、――一欠片(ひとかけら)の勇気。たとえそれがどんな形であっても、示すことができれば、あの子の経験値(エクセリア)は一気に弾けるはずよ」

 

 神の目から見れば、スィデロの器は既に昇華を待つ位に至っている。しかし、最後の一押し――「ランクアップ」を成し遂げるための『偉業』のきっかけが、彼の日常には存在しなかった。例えば、己が命をかけてでも作り上げるべく、鎚を振るうほどの業に巡り会うことができれば、あるいはそれも可能だっただろうが、その機会もついぞ得ることができなかったのだ。

 

「たとえ戦う力がなくとも、地獄の如き深層で、己の誇りを繋ぎ止めるために立ち塞がることができたならあるいは……といったところか」

 

「そうね、そうなることを祈るばかりだわ」

 

「ま、案ずるより産むが易しだ。あるいはもう、すでにそれが成し遂げておるかもしれんぞ」

 

「あなたのその楽観を羨ましく思うわ、椿」

 

 ヘファイストスはそう言うと執務机を立ち上がり、椿のお茶に付き合うべくソファへ足を運んだ。

 

 

 

 

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