ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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大荒野へ

 

 とても今更だけれど、リドさんが私のことを「ちびっ子」と呼んでいたのは、ひょっとして名前を伝え忘れていたからかもしれない。そんなことに気がついたのは、45階層の火山地帯に差し掛かった頃だった。眼前に広がる光景に、かつて惑星アムドゥスキアの火山洞窟を駆け抜けた日々を思い出して、独り懐かしんでいた時のことだ。

 

 まあ、この外見だから「ちっちゃい」のは否定できないけれど、せめて「お嬢さん」くらいで止めておいてほしかったな。

 

 さて、39階層の安全地帯(セーフティポイント)を抜けて40階層を駆け抜け、私たちはついに45階層までやってきた。行軍は極めて順調だ。

 

 精鋭部隊を温存しつつ、侵攻部隊を3チームに分けてたローテーションが組まれている。負担を分散して安定した進軍を維持しつつ、レベル3以下の冒険者の育成(レベリング)も兼ねるという、二重三重の作戦が実行されていた。

 

 さすがはオラリオ屈指の物量を誇るガネーシャ・ファミリア。中堅以下のファミリアでは到底不可能な方法だろう。逆に言えば、深層はこれほどの備えがなければ安全を確保できないということ。その様相は、衛兵部隊というよりは完璧に訓練された軍事組織といっても過言ではない。

 

『なんか、ちょっと暇だね。この先、49階層までは階層主もいないんでしょう?』

 

『攻撃系の支援が禁止されておりますので、その分、回復と補助に専念できます』

 

 現在、私とエルティナは侵攻部隊と後続部隊の中間に位置取っている。前線から下がってきた負傷者の治療と、定期的な防御支援(デバンド)をかけるのが私たちの仕事だ。  私は一応エルティナの護衛だが、戦線が恐ろしいほど安定しているため、モンスターが漏れてくることは滅多にない。たまに突発的に横から出現しても、ハシャーナさんとパルヴァさんによって瞬時に殲滅されてしまう。

 

 つまり、私の出番は、今のところ皆無に等しいわけだ。

 

『ねえ、エルティナ。やっぱりハシャーナさんとパルヴァさんって付き合ってるのかな? あの連携の良さは、やっぱり「そういうこと」だよね?』

 

『私から申し上げることはございません』

 

 エルティナはこういう話題には全く乗ってくれない。寂しい。

 最後の希望であるアミッドさんは後方部隊の中枢に控えているため、隣にはいない。アミッドさんとも恋バナは――というか、まともな雑談すらできていないのだ。彼女は休憩時間もずっとお医者さんのように働いているから、邪魔をするのも悪いしね。

 

 ちなみにスィデロさんはさらに後方にいて、基本的に戦闘には参加しない。話し相手としてこちらに来てくれないかな、とも思うけれど……まあ、無理だろう。

 

「第2部隊、後退しろ。第3部隊、前進!」

 

 私と後衛部隊の間に控えていた第3部隊が、連絡係である小人族(パルゥム)の男性の声に応じて足並みを整え、前線へと向かう。

 

「――デバンド――」

 

 すれ違いざま、エルティナが防御向上のテクニックを発動する。第3部隊の面々は「ありがとよ!」と鼓舞されたように力強く進んでいった。

 

「通信機、有効活用してくれてるみたいだね」

 

 先ほど指示を仲介していた連絡係が背負っているのは、私たちがシャクティさんに貸し出した例の試作通信機だ。

 

 前線部隊でも、対になる送受信機を同じ役割の小人族(パルゥム)の女性(双子のお姉さんらしい)が背負っている。この通信の有効距離を拡張するための中継器は、前線指揮のシャクティさん、後方指揮のイルタさん、そして中間にいるエルティナの3人がそれぞれ携行し、部隊の移動に合わせて通話の橋渡しを担っていた。

 

 もちろん状況に応じて設置して使うこともあるが、絶え間なく移動を続ける進軍中の今は、常に持ち歩いて運用するのが最適だろう。中継器自体に通話機能はなく、あくまで「通信」を中継するだけの機械。だからこそ、実際に声を拾い、指示を飛ばす通信係の姉弟の責任は重大だ。

 

『ねえ、エルティナ。せっかくだし、中継器でも音だけは拾えるようにってならない?』

 

 中継器は今のところ通信の中継をするだけだが、通話機能はなくても通話内容だけは聞こえるようにしたらより便利に情報共有ができるのではないかと思った。

 

『検討いたします』

 

 エルティナからも特に反対意見がなかったので、最適な物を作って貰えるだろう。それが有効かどうかは試験運用を繰り返せばいいわけだ。

 

『お願いね』

 

 なお、双子の小人族(パルゥム)がエルティナから通信機運用のレクチャーを受けていた際、鼻の下を伸ばしていた弟さんのお尻をお姉さんが思い切りつねっていたのが印象的だった。もしかしてブラコンなのかな?

 

「――レスタ。アンティ」

 

 少し邪推にふけっていると、エルティナの声が響いて私は居住まいを正した。前線から第2部隊が、周囲を警戒しつつも戦闘態勢を解いて下がってくる。エルティナのテクニックで軽微な負傷や状態異常は瞬時に癒える。さらに重症者がいればアミッドさんの元へ運ばれる手はずだが、今のところはその必要もなさそうだ。

 

「お疲れ様です。お飲み物をどうぞ!」

 

 ついでなので、私は運動部のマネージャーの真似ごとを始めてみた。昨晩、エルティナに緊急で作ってもらった使い捨てのコップに、腰の水筒からレモン水を注いで手渡していく。こうして愛想を振りまくことで、私も人気者になってやるのだ(暗黒微笑)。

 

 そんな私の野望はさておき。行軍はルーチンワークのように順調に進み、45階層以降も無事に踏破が完了し、ついに私たちは、49階層の目前へと差し掛かったのだった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 長いような、短いような。途中でいくつかのイレギュラーはあったけれど、大きな損害を出さずにここまで来られたのは感慨深い。特に、リザさんのお仲間であるリドさんたちに出会えたことは、今回の遠征における最大の収穫と言っていいだろう。

 

『リザさん、こちらは、いよいよクライマックスに入りそうです。そちらはどうですか?』

 

『うむ。同胞の気配はするのだがな、まだ姿は見えぬ。その代わりに魚人(マーマン)どもの数が増えてきたようだ』

 

『また、闘技場(コロシアム)ができちゃっていますかねぇ……』

 

『どちらにせよ殲滅あるのみだ。これより戦闘に入る』

 

『分かりました。ご安全に!』

 

『無事にお仲間と会えるよう祈っているよ、リザ』

 

『感謝いたします、ワカヒルメ様』

 

 ワカヒルメ様の激励を受け、リザさんは一旦通信を終了させた。

 

 けれど、こうなるとリザさんに27階層にいてもらうのも難しくなる。そのたびにマーマンが大挙して押し寄せたら、ギルドから討伐任務が発令されてしまいそうだ。冒険者と出会わないためには深層にいてもらうしかないけれど、それでは彼の安全を保証できない。まさにジレンマだ。

 

『マスター。今は、目の前の状況に集中しましょう。リザ様についてはまだ余裕がありますし、リド様たちと合流できれば懸念の多くは解消されます』

 

『……ん、分かった。切り替える』

 

 私は一度だけ目を閉じ、体内にあるフォトンをゆっくりと身体の中心深くへ集め――一気に解放した。

 

『何が起こるか分からないから、戦闘システムは常時警戒態勢で。待機よろしくね』

 

【警戒モードへ移行。フォトン出力60パーセントを保持】

 

 システムのログがHUDに表示され、準備完了。

 

 49階層についてシャクティさんから聞いた話では、そこにはだだっ広い荒野が広がっていて、星の数ほどの獣蛮族(フォモール)が一斉に襲いかかってくるらしい。つまり、純粋な「対軍戦闘」が求められるわけだ。この時点で、実力不足のファミリアを足切りにする「ダンジョンならではの優しさ」が見えてくる。

 

 37階層のウダイオスといい、49階層の獣蛮族(フォモール)軍団といい、このダンジョンはやはり誰かによって設計された「施設」である可能性が高まってきたね。フォトナーの仕業かどうかは分からん。

 

 さらにこの階層には、獣蛮族(フォモール)だけでなく、バロールという階層主までいるらしい。運が悪ければ軍団と同時に相手をしなければならないという厄介な相手で、目からビームを出すイカした奴(イカれた野郎)でもあるらしい。

 

「個人的には、そのバロールってのもやり合ってみたいけどね」

 

 未知の強敵というのは、恐ろしくもあり、同時に心が躍る。シャクティさんはできれば避けて通りたいと言っていたけれど、この流れだときっと無理じゃないかな。

 

「――では、侵入と同時に戦闘開始だ! 隊列を乱すな! 防衛隊は獣蛮族(フォモール)を一体たりともサポート部隊に近づけるな! 我々の完璧な統制を見せつけろ!」

 

 全部隊を鼓舞するシャクティさんの峻烈な声。それは通信係が背負う装置へ直接届けられ、通信機を通じて後方部隊の全員へと同時にもたらされた。

 

 かつての地球では、ラジオが政治的プロパガンダに利用された時代もあった。けれど、こうして離れた場所にいる人々に勇気を与えるのも、通信機が持つ大切な役割の一つだ。

 

 距離を超えて、人と人とが想いを通じ合わせる。これこそが本当にあるべき姿だと、私は思う。

 

「それじゃ、エルティナの制限は全部解除、でいいよね?」

 

「そのように承っております」

 

「よし、頑張ろうか。エルティナは私が絶対に守るから、安心していいよ」

 

「……ご無理をなさらずに」

 

 無理はしないよ。多少の無茶はするだろうけどね。

 

 階層を抜けた先に広がる大荒野。そこを埋め尽くす人型の獣の群れ。蛮族集団――まさにそう呼ぶに相応しい奴らが、一斉にこちらを向き、敵意の牙を剥き出しにする。

 戦略も戦術もなく、ただ本能のままに突撃してくるそれが、真っ黒な地上の津波となって私達に襲いかかるのだ。

 

 地獄と呼ぶべき光景が今、現実のものとなった。

 

 

 

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