ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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閑話:遠い輝き

 

 あの二人はまるで、戦場にそびえる「小さな巨壁」のようだとアミッドには感じられた。

 

 ついに出現してしまったバロール。推定驚異度レベル7とも称される、現状のオラリオが直面し得る最強個体の一つが目の前に立ち塞がっている。

 本来ならば、その出現を待たずして踏破するのが深層遠征の常道だ。しかし、現れてしまったからには、これを殲滅せねば先に進むことはできない。

 

「魔眼が来るぞ! 全員散開しろ、絶対に奴の視界に入るな!」

 

 シャクティの鋭い指示が飛ぶ。バロールの魔眼の先には「死」が待っている。その絶望的な破壊力を前に、アミッドは犠牲者を一人でも減らすことこそが己の使命だと、細い背筋を正した。

 

「おい! 何やってんだお前ら!! 命令が聞こえなかったか!」

 

 突然響いた怒鳴り声に、アミッドは目を向けた。そこには、巨剣を正眼に構えてバロールを見据えるベルディナと、その背後に影のように寄り添うエルティナの姿があった。

 

「に、逃げてください……っ!」

 

 普段は冷静沈着なアミッドも、その無謀な行動には声を張り上げざるを得なかった。バロールを前にしては、流石のベルディナ(快活幼女)であっても、恐怖で足がすくんでしまったのかとアミッドは案じた。

 

 盾を持った大男がカバーに走ろうとするが、バロールの眼前に出るという根源的な恐怖が足をもつれさせ、加えて装備の重さに阻まれ一歩も前進できない。

 

 刹那、バロールの魔眼が放たれた。圧倒的な衝撃が階層全土を揺らし、アミッドは思わず目を背ける。だが、その轟音は悲鳴には変わらなかった。ベルディナが衝撃波の軌跡に合わせるように振るった巨剣が、紅蓮の光を真っ向から受け止めていたのだ。

 

「なんだ、あの剣は……」

 

 誰かが呆然と呟く。バロールの魔眼は、どのような盾であっても防ぐことは敵わず、第一級冒険者であっても容易に吹き飛ばされる。そんな常識を嘲笑うかのような光景がそこにあった。

 ただ大きく頑丈なだけの武器だと思っていたそれは、魔眼の直撃を受けてもなお、見た目には殆ど損傷した形跡さえない。脳が理解を拒むほどの衝撃だった。

 

「ふぅ……結構危なかったね。体中が痛いよ――」

 

 彼女の瞳には、恐怖などカケラも浮かんでいなかった。そこにあるのは、当然の仕事をやり遂げたという安堵感と言うべきか――

 

「――レスタ――」

 

 ベルディナの背後でエルティナが短く唱える。一瞬で展開された光がベルディナを包み、その負傷を瞬時に消し去った。

 

「――、――!!!」

 

 絶死の一撃を無効化された怒りが、バロールの口から咆哮となって奏でられ、呆気に取られていた面々の意識を現実に引き戻す。

 

「二人を守れ!」

 

 誰の叫びだったか。その声に呼応するように、バロールが再び魔眼を光らせた。

 

「やっば――間に合えーーー!!」

 

 ベルディナは焦ったように虚空跳躍(ネクストジャンプ)を多重展開し、隼のごとき速度で視線の先へと急行する。再び放たれた魔眼の波動を、彼女は巨剣の一閃によって打ち消してみせた。

 

猫又(ツインテールキャット)!! 無茶をするな、馬鹿者!! 一度後方へ下がれ、戦場の聖女(デア・セイント)の治療を受けるんだ!」

 

 シャクティが怒声を飛ばすが、ベルディナは「だったら早く体勢を立て直してください! さすがに何発もは無理ですよ!」と怒鳴り返した。

 

「……そんなの、一発受けるのだって無理です……」

 

 アミッドは思わず呟いた。あまりに常軌を逸した状況に、現実感が喪失していく。

 

「おらぁ!! こっち向けや、デカブツ!!」

 

 前線で大剣を振るうハシャーナが叫び、注意を引くべく足元を切り裂くが、その刃はわずかな傷をつけるに留まる。

 

「うぉっ!!」

 

 鬱陶しげにバロールが足を振り回すと、ハシャーナは横腹を打たれて吹き飛び、意識を失いかけた。

 

「こっちよ!」

 

 追撃を加えようとするバロールに、間一髪、パルヴァが斬り込み注意を引くことに成功する。だが、魔眼の単眼が彼女の命を刈り取ろうと輝きを増した。

 

「危ないですって!」

 

 目前に迫った死の運命。しかし、かろうじて割り込みに成功したベルディナが、パルヴァの脇腹にドロップキックをかまし、ハシャーナを介抱していたエルティナの方へと彼女を吹き飛ばすことでこれを回避させた。

 目標を見失ったバロールは魔眼の輝きを一旦収め、「またお前が邪魔をするのか」と言わんばかりに、ベルディナへ言葉にならない怒声を浴びせかける。

 

「浮気はダメだよ。あなたの相手は、私――でしょ?」

 

 悪女のような挑発も、小さい身体で言われれば迫力はない。だが、その背中は誰よりも頼もしかった。

 味方の攻撃で負傷したパルヴァだったが、ハシャーナを回復させていたエルティナの光に巻き込まれ、すぐさま戦線へ復帰した。

 

「無茶苦茶だわ、あの子……」

 

 もはや誰も、何が起きているのか分からなかった。49階層は犠牲を払わずに通過できるほど甘い場所ではない。ガネーシャファミリアは皆、それでもなお仲間のため、オラリオのためという思想を胸に打ち込んでここに挑んでいる。

 

 だが、現実は目の前では一人の子供の蛮勇によって、本来失われるはずだった命が繋ぎ止められている状況だ。

 

「おい、あいつを止めろ! 民衆の主たるガネーシャ・ファミリアの誇りを見せろ!」

 

 ハシャーナが裂帛の気勢を上げ、手落とした大剣をしっかりと拾い上げて構え、再びバロールへと肉薄した。

 

 魔眼が輝くたびにベルディナが介在し、それを防ぎ切る。本来なら守るべき子供に、「民衆の主」たる自分たちが守られていることに憤りを感じずにはいられないが、それでも彼らは仲間の命が救われている事実に、感謝を込めて武器を振るった。

 

 その影で、バロールの足元を縦横無尽に駆け巡るエルティナには、恐怖という概念が欠落しているかのようだった。ベルディナ(主人)と言葉を交わすこともなく、クナイに似た武器を投じ、それを基点に最高効率の支援を行い続ける。

 

小人族の聖女(リトル・セイント)……あなたは、一体……」

 

 前線に随伴する治療師(ヒーラー)という概念すら理解不能だが、それ以上に彼女の魔法は異常だった。

 彼女が使用する魔法の殆ど、あるいは全てが超短文詠唱、あるいは速効魔法かと思われるほどに高速展開され、無限の精神力(マインド)を持っているとしか思えない連続発動が白日の下にさらされている。

 

 思えば、彼女がマインドポーションを口にする姿を一度も見ていないことにアミッドは今になって気がついた。

 

「すげぇな、俺たち……やれるかもしれねぇぞ」

 

 誰かの呟きが、全軍の意志を代弁していた。バロールが出現した時点で継戦か撤退かを選択する必要があった。最高の状態で継戦可能であったとしても、少なくとも戦力の1割程度の犠牲は覚悟する必要もあった。

 

――アリーゼの言葉は正しかった――

 

 シャクティとアミッドの口から、同時に同じ言葉が漏れた。

 

 ワカヒルメ・ファミリアがいなければ全滅していたかもしれない。エルティナの存在が未知の領域へ導く鍵となる。その重い確信が、二人の肩にのしかかる。

 

「――!!!」

 

 再び階層に響き渡った、耳を覆いたくなるほどのおぞましい叫びには、初めて苦悶の色が混じっている。

 

「魔眼が、潰れた――」

 

 ベルディナに阻まれ続けた魔眼を強引に連射しすぎた反動か、あるいは連撃の成果か。バロールが魔眼を閉じ、一瞬その動きを止めた。

 

「総攻撃だ! このチャンスを逃すな!!」

 

「うおおおーーーーー!!」

 

 勝鬨が上がり、後衛以外の全戦力がなだれ込む。無意識の連携が波状攻撃となってバロールに打ち込まれていく。

 

「きゃあ!!」

 

 しかし、バロールも無抵抗ではない。開かぬ目をそのままに手足を振り回し、吹き飛ばされた女性冒険者へとエルティナが急行しようとした、その時。

 

小人族の聖女(リトル・セイント)! あなたは支援を優先してください。回復は、私に任せて」

 

 思わずアミッドは声を張り上げてエルティナの行動を制し、自分も一歩前に歩み出した。

 

「感謝します、戦場の聖女(デア・セイント)様」

 

 エルティナは短く答え、攻撃と防御の支援維持に専念する。

 

 ザンバース(全ての武器の魔剣化)と呼ばれる術式は効果時間が極めて短い。その分、強力な支援力を発揮するため、攻撃フェイズである今はできる限りそれを維持してほしいというシャクティの意思にも沿う判断だったと言える。

 

【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに】

 

 まるで、女神の唄のごとき詠唱がアミッドの口から紡ぎ出される。

 

【三百と六十と五の調べ。癒しの暦(おと)は万物(なんじ)を救う。そして至れ、破邪となれ】

 

 治療師(ヒーラー)でありながら足下には輝く魔法陣が展開され、光の粒子が雪のように降り注ぐ。

 

【傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想(かみ)の名をもって――私が癒す】

 

 至高の治癒魔法が、戦場を白く塗りつぶした。

 

「ディア・フラーテル」

 

 大地を包む輝きは、光に照らされた者すべての傷を癒やしていく。

 

「ありがと、戦場の聖女(デア・セイント)!」

 

 離脱していた女性冒険者はすぐさま調子を取り戻し、サポート部隊から投げ込まれた新たな武器と魔剣を手に再び地獄へと舞い戻っていく。

 

「負傷者は無理をせず、私の元へ。私が……すべてを癒やします!」

 

 その佇まいはまさに希望の象徴。戦場に二人の聖女が並び立った瞬間、勝利の天秤は、決定的に冒険者たちの方へと傾いた。

 

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