ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
猛吹雪が、世界を白一色に染め上げていた。視界は完全に封じられ、戦況は響き渡る轟音と、時折吹雪の向こうで閃く極光から推測するほかない。誰が、どのような死闘を繰り広げているのか。もはや「音」だけが戦いの継続を告げていた。
「状況はどうなってる! 誰が戦っているんだ!」
退路を確保すべく入り口の氷壁に挑む団員たちからも、焦燥の怒号が上がる。遅々として進まぬ作業、奪われる体温。極限の環境が、精鋭揃いのガネーシャ・ファミリアの心を削っていく。
アミッドは、マインドダウン寸前の朦朧とした意識で魔法を解除した。腰のポーチに手を伸ばすが、指先は感覚を失い、冷たく空いた空間に触れる。
「そんな……」
予備を含めたすべてのマインドポーションを、すでに使い切っていた。
「だれか、私にマインドポーションを……!」
周辺を見回すが、誰もが悲痛な面持ちで首を横に振るばかりだ。
「すみません、私のは、凍りついてしまいまして……」
エルフの魔導士が差し出したのは、内側から凍結して割れた瓶だった。サラマンダーウールすら防寒の役を果たさぬ酷寒。アミッドの治癒の光が途切れた瞬間、冒険者たちの末端が青白く変色し始める。
(このままでは、全滅する……)
アミッドの脳裏に、最悪の結末がよぎったその時。
「
吹雪を割って現れたエルティナが、迷いなくポーションを差し出した。
「あなたはよろしいのですか?
「私には不要です。それよりも早く服用を。すでに、凍り始めています」
促されるまま飲み干したのは、ミアハ・ファミリア特製のポーションか。柔らかく温かな奔流が喉を通り、枯渇した精神を強引に呼び戻していく。
「
続いて差し出されたのは、小脇に抱えられるほどの重厚な本。
「これは――
思わず受け取ってしまったそれは、資産として数えられるほどの至宝。それをダンジョンに持ち込んでいる理由が理解できず、アミッドは硬直した。
「我が方の団長からの伝言です。『テアサナーレ様であれば、この状況を打破できる魔法を発現させられる可能性がある』と。これは、ワカヒルメ・ファミリアの総意です。どうか、受け入れていただきたい」
冒険者には、誰しも決断の時が与えられる。それがいつ、どのような形で訪れるのかは、神ですら知る由もない。アミッドは瞑目し、思いを寄せる神の姿を思い浮べ、「……ミアハ様、私をお守りください」と神の名を口にした。
「読了まで、私を護っていただけますか?
「承知いたしました。この場は私にお任せください」
エルティナは
「――レスタ――アンティ――」
吹き荒れる雪を押し戻すように展開された、回復と解呪のフィールド。低下した活力と
「流石です。では、しばらく……」
「はい……。団長がご苦労をかけます、
エルティナの呟きには、主の無茶振りに対する呆れと、それを実現しうる「戦場の聖女」への信頼が混ざっていた。
アミッドは一瞬だけ躊躇し、そして――
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
深く、深く沈み込んでいるとアミッドは感じた。魔導書がもたらす情報の濁流。その底で、彼女は「なにか」の気配に触れる。
――まさか、あの子以外の人がここに来るとは思わなかったよ――
(誰……ですか?)
アミッドは言葉を紡ごうとするが、声が出ない。形ある自分が消失していることに気づく。
――ここは私の夢の中、魂の揺り籠。同時に、あなたたちがいる場所でもある――
(理解が……できません……)
――じゃあ、見せてあげる。泡沫の夢をね――
一握の光も存在しなかった闇に、一筋の輝きが浮かび上がった。それは扉を開くように拡大し、眩しさに目を細める暇もなく、アミッドの視界を塗りつぶす。
眼下に広がっていたのは、灰色の大地だった。
人も、動物も、川も草木もない。あるのはわずかな地衣類と、主のいなくなった大地を跋扈するモンスターの群れ。そして、その果てに横たわる、滅び去った巨大な街。
(あれは、まさか――)
――ここがどこなのかは、頭の良いあなたなら分かるよね――
内側から崩壊した巨大な市壁。太陽に背くように倒れ伏した、バベルの巨塔。天を突いていた威容は見る影もなく、地獄の蓋は開け放たれている。それが何を意味するのか、類推することは容易かった。
(滅びて……しまったのですか。私たちの、世界が……)
――そうだね。だけど、それは君が想像するよりも、ずっとひどいことが起こったんだ――
絶望が、冷たい泥のようにアミッドの心を侵食する。しかし、荒野に沈みゆく遺跡の中に、動くものがあった。
(あれは……人? まだ、人が残って――)
瓦礫を探索する、小さな背中。赤みのかかった濃い桃色のツインテール。その特徴的な後ろ姿を、アミッドは知っていた。
(
――あの子は希望。この星の、私たちに残された最後の希望――
(なぜ? なぜあの子が、あんな孤独な場所に……)
――あの子には、過酷な運命を背負わせてしまっている。だから、あなたも助けてあげてほしい――
――星の彼方から、ここに舞い降りてしまったあの子たちは、ただそれだけの理由で、私たちの夢を預けられてしまった――
――私たちはそうするしかなかった。何度も何度も繰り返し、そのたびに絶望は繰り返された――
声が震えている。それは、あまりにも長い時間を絶望の中で過ごしてきた者の悲哀。
アミッドの中で、激しい感情が沸き上がった。それは、この凄惨な未来への恐怖ではなく、孤独に戦い続ける少女への、止めることのできない情動。
(――言われるまでもありません。私は、全てを癒すと誓いました。それには、一つの例外もありません!)
いつの間にか、アミッドは大地に立っていた。灰色に汚れ、死に絶えた大地を踏みしめる足。胸の前に組まれた、温かな両の手。駆け抜けた一塵の風が、彼女の長い銀髪を優しくなでつける。
「だから――どうか、私に力を貸してください。癒しの力を、全てを守る魔法を。私は、もう、諦めたくありません!」
アミッドは叫んだ。姿なき意識へ、この世界を愛する全ての意志へ。力が欲しいと、かつてないほど高らかに、彼女は懇願した。
――ありがとう、聖女。忘れないで、私たちは、ずっとあなたを見守っている――
漆黒の雲の隙間から、淡い陽光が降り注いだ。それは天へと続く
アミッドは静かに目を閉じ、その場に膝をついて、天に祈りを捧げた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
猛吹雪の中で魔導書を手に硬直していたアミッドの身体が、突如として眩い輝きを放ち始める。
「……
アミッドを護衛していたエルティナが目を見開く。
魔導書《グリモア》が粒子となって砕け散り、その光がアミッドへと吸い込まれていく。
そして、アミッド・テアサナーレは、ゆっくりとその瞼を持ち上げた。その瞳には、すでに迷いも絶望もない。ただ、星々の願いをその身に宿した、真の「聖女」の輝きだけがあった。
精神世界で見た灰色の記憶は、すでに白昼夢のように去りつつある。しかし、全てを守るという誓いは、消えることなく魂に刻み込まれている。
【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに】
それは変わらぬ、彼女自身の
【三百と六十と五の調べ。癒しの暦(おと)は万物(なんじ)を救う。そして至れ、破邪となれ】
万物の癒やしと救いを誓う、
【傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想(かみ)の名をもって――私が癒す】
すべての癒やしを願う、在りし日の
【――そして、時は紡がれる――】
新たなる時が今、始まった。
【未踏の
新たなる誓いの言葉が世界を震わせた。
【遙かな星の輝き、静寂の星界、
アミッドの声が響いた瞬間、彼女を中心に巨大な光の円環が幾重にも重なり、49階層の空間そのものが震え始めた。アミッドの魔力が、白き輝きから海原のごとき、大空のごとき「蒼」に染まっていく。
【
灰色の大地、漆黒の空。その絶望の残照がアミッドの脳裏をよぎる。
【神託の船、輝ける聖櫃。神の御業ですら届き得ぬというのなら、自らこの身を差しだそう】
赤銅の雲を貫く一握の光。それは夜空を彩る星の降臨のように思われた。
【開け天への門。幾度も繰り返し、叶わぬ願いよ。生命の揺り籠にただ眠るのならば、私はここに目覚めの時を告げよう】
蒼き魔力が階層全てに広がり、なおも輝きを増していく。
【それが、たとえ滅びの運命に導くのであっても――私は、決して諦めない】
「これは……フォトンの輝きとでも言うのですか?」
エルティナの呟きが、光の奔流の中に消えた。そして、アミッドはまなこを開き、杖を天高く掲げ、最後の言葉を放った。
「――ベネディクティオ・ルミニス――」
蒼く輝く光が衝撃波のごとく広がり、洞窟のすべてに染み込み、岩肌自らが発光を開始する。
「世界が、輝いている――」
誰が発した言葉なのか。階層そのものが、深淵の底に現れた星空のごとき輝きの中にあった。
吹き荒れていた猛吹雪は一瞬で霧散し、絶対零度の冷気は春の陽だまりのような温かさへと上書きされた。
(実は、この章はこのシーンを書くためにあったといっても過言ではなかったりする)
ベルディナの今後の二つ名は?
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猛猫(キティホーク)
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九尾の猫(ナインライブズ)
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猛女(おうじょ)
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征女(アレクサンドラ
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雷霆(ハーキュリア)
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救世(セイヴィア)
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天姫命(アメノヒメノミコト)
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聖誕(キティラ)
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守護者(タロス)
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勝者(イルニナ)
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代行者(ディミオス)
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神越(ラグナロク)
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来生(タターガタ)
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黄金宮(ヴィンゴルヴ)
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戦乙女(ワルキューレ)
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おまかせ