ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

125 / 185
閑話:星の夢のカケラ

 

猛吹雪が、世界を白一色に染め上げていた。視界は完全に封じられ、戦況は響き渡る轟音と、時折吹雪の向こうで閃く極光から推測するほかない。誰が、どのような死闘を繰り広げているのか。もはや「音」だけが戦いの継続を告げていた。

 

「状況はどうなってる! 誰が戦っているんだ!」

 

 退路を確保すべく入り口の氷壁に挑む団員たちからも、焦燥の怒号が上がる。遅々として進まぬ作業、奪われる体温。極限の環境が、精鋭揃いのガネーシャ・ファミリアの心を削っていく。

 

 アミッドは、マインドダウン寸前の朦朧とした意識で魔法を解除した。腰のポーチに手を伸ばすが、指先は感覚を失い、冷たく空いた空間に触れる。

 

「そんな……」

 

 予備を含めたすべてのマインドポーションを、すでに使い切っていた。

 

「だれか、私にマインドポーションを……!」

 

 周辺を見回すが、誰もが悲痛な面持ちで首を横に振るばかりだ。

 

「すみません、私のは、凍りついてしまいまして……」

 

 エルフの魔導士が差し出したのは、内側から凍結して割れた瓶だった。サラマンダーウールすら防寒の役を果たさぬ酷寒。アミッドの治癒の光が途切れた瞬間、冒険者たちの末端が青白く変色し始める。

 

(このままでは、全滅する……)

 

 アミッドの脳裏に、最悪の結末がよぎったその時。

 

戦場の聖女(デア・セイント)様。こちらをどうぞ」

 

 吹雪を割って現れたエルティナが、迷いなくポーションを差し出した。

 

「あなたはよろしいのですか? 小人族の聖女(リトル・セイント)

 

「私には不要です。それよりも早く服用を。すでに、凍り始めています」

 

 促されるまま飲み干したのは、ミアハ・ファミリア特製のポーションか。柔らかく温かな奔流が喉を通り、枯渇した精神を強引に呼び戻していく。

 

戦場の聖女(デア・セイント)様。どうか、こちらもお受け取りください」

 

 続いて差し出されたのは、小脇に抱えられるほどの重厚な本。

 

「これは――魔導書(グリモア)? なぜ、こんなところに」

 

 思わず受け取ってしまったそれは、資産として数えられるほどの至宝。それをダンジョンに持ち込んでいる理由が理解できず、アミッドは硬直した。

 

「我が方の団長からの伝言です。『テアサナーレ様であれば、この状況を打破できる魔法を発現させられる可能性がある』と。これは、ワカヒルメ・ファミリアの総意です。どうか、受け入れていただきたい」

 

 冒険者には、誰しも決断の時が与えられる。それがいつ、どのような形で訪れるのかは、神ですら知る由もない。アミッドは瞑目し、思いを寄せる神の姿を思い浮べ、「……ミアハ様、私をお守りください」と神の名を口にした。

 

「読了まで、私を護っていただけますか? 小人族の聖女(リトル・セイント)

 

「承知いたしました。この場は私にお任せください」

 

 エルティナはサミットムーン(リバレイトウォンド)を掲げ、フォトンのチャージを開始する。

 

「――レスタ――アンティ――」

 

 吹き荒れる雪を押し戻すように展開された、回復と解呪のフィールド。低下した活力と凍結(フリーズ)が一気に解除され、アミッドの周囲だけが静寂に包まれた。

 

「流石です。では、しばらく……」

 

「はい……。団長がご苦労をかけます、戦場の聖女(デア・セイント)様」

 

 エルティナの呟きには、主の無茶振りに対する呆れと、それを実現しうる「戦場の聖女」への信頼が混ざっていた。

 

 アミッドは一瞬だけ躊躇し、そして――魔導書(グリモア)の表紙をめくった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

深く、深く沈み込んでいるとアミッドは感じた。魔導書がもたらす情報の濁流。その底で、彼女は「なにか」の気配に触れる。

 

――まさか、あの子以外の人がここに来るとは思わなかったよ――

 

(誰……ですか?)

 

 アミッドは言葉を紡ごうとするが、声が出ない。形ある自分が消失していることに気づく。

 

――ここは私の夢の中、魂の揺り籠。同時に、あなたたちがいる場所でもある――

 

(理解が……できません……)

 

――じゃあ、見せてあげる。泡沫の夢をね――

 

 一握の光も存在しなかった闇に、一筋の輝きが浮かび上がった。それは扉を開くように拡大し、眩しさに目を細める暇もなく、アミッドの視界を塗りつぶす。

 

 眼下に広がっていたのは、灰色の大地だった。

 

 人も、動物も、川も草木もない。あるのはわずかな地衣類と、主のいなくなった大地を跋扈するモンスターの群れ。そして、その果てに横たわる、滅び去った巨大な街。

 

(あれは、まさか――)

 

――ここがどこなのかは、頭の良いあなたなら分かるよね――

 

 内側から崩壊した巨大な市壁。太陽に背くように倒れ伏した、バベルの巨塔。天を突いていた威容は見る影もなく、地獄の蓋は開け放たれている。それが何を意味するのか、類推することは容易かった。

 

(滅びて……しまったのですか。私たちの、世界が……)

 

――そうだね。だけど、それは君が想像するよりも、ずっとひどいことが起こったんだ――

 

 絶望が、冷たい泥のようにアミッドの心を侵食する。しかし、荒野に沈みゆく遺跡の中に、動くものがあった。

 

(あれは……人? まだ、人が残って――)

 

 瓦礫を探索する、小さな背中。赤みのかかった濃い桃色のツインテール。その特徴的な後ろ姿を、アミッドは知っていた。

 

猫又(ツインテールキャット)……なぜ、あの子がここに?)

 

――あの子は希望。この星の、私たちに残された最後の希望――

 

(なぜ? なぜあの子が、あんな孤独な場所に……)

 

――あの子には、過酷な運命を背負わせてしまっている。だから、あなたも助けてあげてほしい――

 

――星の彼方から、ここに舞い降りてしまったあの子たちは、ただそれだけの理由で、私たちの夢を預けられてしまった――

 

――私たちはそうするしかなかった。何度も何度も繰り返し、そのたびに絶望は繰り返された――

 

 声が震えている。それは、あまりにも長い時間を絶望の中で過ごしてきた者の悲哀。

 アミッドの中で、激しい感情が沸き上がった。それは、この凄惨な未来への恐怖ではなく、孤独に戦い続ける少女への、止めることのできない情動。

 

(――言われるまでもありません。私は、全てを癒すと誓いました。それには、一つの例外もありません!)

 

 いつの間にか、アミッドは大地に立っていた。灰色に汚れ、死に絶えた大地を踏みしめる足。胸の前に組まれた、温かな両の手。駆け抜けた一塵の風が、彼女の長い銀髪を優しくなでつける。

 

「だから――どうか、私に力を貸してください。癒しの力を、全てを守る魔法を。私は、もう、諦めたくありません!」

 

 アミッドは叫んだ。姿なき意識へ、この世界を愛する全ての意志へ。力が欲しいと、かつてないほど高らかに、彼女は懇願した。

 

――ありがとう、聖女。忘れないで、私たちは、ずっとあなたを見守っている――

 

 漆黒の雲の隙間から、淡い陽光が降り注いだ。それは天へと続く(きざはし)のように。彼女を正しき道へと導く、光の道標のように。

 

 アミッドは静かに目を閉じ、その場に膝をついて、天に祈りを捧げた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 猛吹雪の中で魔導書を手に硬直していたアミッドの身体が、突如として眩い輝きを放ち始める。

 

「……戦場の聖女(デア・セイント)様?」

 

 アミッドを護衛していたエルティナが目を見開く。

 魔導書《グリモア》が粒子となって砕け散り、その光がアミッドへと吸い込まれていく。

 そして、アミッド・テアサナーレは、ゆっくりとその瞼を持ち上げた。その瞳には、すでに迷いも絶望もない。ただ、星々の願いをその身に宿した、真の「聖女」の輝きだけがあった。

 

 精神世界で見た灰色の記憶は、すでに白昼夢のように去りつつある。しかし、全てを守るという誓いは、消えることなく魂に刻み込まれている。

 

【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏をここに】

 

 それは変わらぬ、彼女自身の詠唱(誓い)

 

【三百と六十と五の調べ。癒しの暦(おと)は万物(なんじ)を救う。そして至れ、破邪となれ】

 

 万物の癒やしと救いを誓う、詠唱(願い)の言葉。

 

【傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想(かみ)の名をもって――私が癒す】

 

 すべての癒やしを願う、在りし日の記憶(詠唱)

 

【――そして、時は紡がれる――】

 

 新たなる時が今、始まった。

 

【未踏の海源(かいげん)よ、禁忌の虚空(そら)よ、今日この日、我が身は天の法典に背く】

 

 新たなる誓いの言葉が世界を震わせた。

 

【遙かな星の輝き、静寂の星界、(ことわり)の外よりもたらされし、星命(ほし)の願いをここに束ねん】

 

 アミッドの声が響いた瞬間、彼女を中心に巨大な光の円環が幾重にも重なり、49階層の空間そのものが震え始めた。アミッドの魔力が、白き輝きから海原のごとき、大空のごとき「蒼」に染まっていく。

 

生命(いのち)の鼓動、止まることなき連環。絶望の雪原をゆくものよ。どうか、私の声を聞いてほしい】

 

 灰色の大地、漆黒の空。その絶望の残照がアミッドの脳裏をよぎる。

 

【神託の船、輝ける聖櫃。神の御業ですら届き得ぬというのなら、自らこの身を差しだそう】

 

 赤銅の雲を貫く一握の光。それは夜空を彩る星の降臨のように思われた。

 

【開け天への門。幾度も繰り返し、叶わぬ願いよ。生命の揺り籠にただ眠るのならば、私はここに目覚めの時を告げよう】

 

 蒼き魔力が階層全てに広がり、なおも輝きを増していく。

 

【それが、たとえ滅びの運命に導くのであっても――私は、決して諦めない】

 

「これは……フォトンの輝きとでも言うのですか?」

 

 エルティナの呟きが、光の奔流の中に消えた。そして、アミッドはまなこを開き、杖を天高く掲げ、最後の言葉を放った。

 

「――ベネディクティオ・ルミニス――」

 

 蒼く輝く光が衝撃波のごとく広がり、洞窟のすべてに染み込み、岩肌自らが発光を開始する。

 

「世界が、輝いている――」

 

 誰が発した言葉なのか。階層そのものが、深淵の底に現れた星空のごとき輝きの中にあった。

 

 吹き荒れていた猛吹雪は一瞬で霧散し、絶対零度の冷気は春の陽だまりのような温かさへと上書きされた。

 

 

 

 

 










(実は、この章はこのシーンを書くためにあったといっても過言ではなかったりする)







ベルディナの今後の二つ名は?

  • 猛猫(キティホーク)
  • 九尾の猫(ナインライブズ)
  • 猛女(おうじょ)
  • 征女(アレクサンドラ
  • 雷霆(ハーキュリア)
  • 救世(セイヴィア)
  • 天姫命(アメノヒメノミコト)
  • 聖誕(キティラ)
  • 守護者(タロス)
  • 勝者(イルニナ)
  • 代行者(ディミオス)
  • 神越(ラグナロク)
  • 来生(タターガタ)
  • 黄金宮(ヴィンゴルヴ)
  • 戦乙女(ワルキューレ)
  • おまかせ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。