ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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ランクアップ! やったね()

 

 ガネーシャ・ファミリアの偉業が全オラリオに行き渡ってから、一週間ほどが経過した。昨日まではギルドの待合室やカフェ、市場に至るまでその話題でもちきりだったが、今日になってようやく少し落ち着きを取り戻している。

 

 ガネーシャ・ファミリアは今、必死になって遠征の収支を計算している最中らしく、報酬の支払いはもう少し待ってほしいと告げられたばかりだ。人的被害が少ないとはいえ、物的被害は相当なものだっただろう。帳簿付けが大変な時期に年末の繁忙期が重なり、てんやわんやになっている様子が目に浮かぶ。事実、ギルドも少し殺気立っているというか、来年の予算がどうのと揉めている声が待合室まで漏れ聞こえてくるくらいだ。

 

 PCやオフィスソフト、ネットワークインフラが整っていた前世の地球ですら、予算や決算関係は重労働だった。ましてや基本が手書きのこちらでは、その苦労は想像の百倍は下らないだろうね。

 

 その点、ワカヒルメ・ファミリアは金庫の中身を確認するだけでいいから楽なものだ。一応、財産目録をギルドに提出する必要はあるけれど、主だった資産はアストレア様から譲り受けた不動産くらい。唯一、資産計上できそうだった魔導書(グリモア)は先の遠征で使ってしまったので、記帳の必要もない。

 

「機織り事業が始まったらどうしようかなぁ。会計の外注は高くつくし、結局、私がやるしかないのか……」

 

 袋とじの粗末な紙でできた帳簿を眺め、ワカヒルメ様は少し憂鬱そうにしている。来年からは本格的に起業しないとギルドに睨まれるらしいから、頑張っていただかなければ。

 

「帳簿付けなら、エルティナでもできると思いますよ?」

 

 私はエルティナに視線で「いける?」と確認しながら提案してみた。エルティナは前世のスパコンすら足元に及ばない高性能AIを積んでいるのだ。一組織の会計処理なんて、空いたリソースの片隅で事足りるだろう。

 

「指示をいただければ、問題なく承ります」

 

 エルティナも準備万端のようだ。

 

「そうかい? それじゃ、いずれ手伝ってもらおうかな」

 

 そう言ってワカヒルメ様は、パピルス紙に自署と最近新調したファミリアの紋章印を押し、封蝋を施して封をした。

 

「あ、もうできましたか?」

 

「そうだね。あとはギルドに届けるだけだ」

 

「それじゃ、私が届けてきますね。ついでにお知らせも見てきます」

 

「助かるよ。いつもの受付に提出すればいいからね」

 

「分かりました。晩ご飯の買い物もしてきます!」

 

「よろしくー」

 

 机に突っ伏したまま、ひらひらと手を振るワカヒルメ様に見送られ、私は借家を出た。エルティナは今日は一日大掃除をするというので、お留守番だ。

 

 市場には帰りに寄ることにして、まずは書類を届けてしまおう。失くしたら大変……と言いたいところだが、アイテムパックに格納している以上、紛失も盗難も物理的にあり得ないんだけどね。

 

 街中で虚空跳躍(ネクストジャンプ)を使ってかっ飛ぶわけにはいかないので、子供じみた短い足を一生懸命動かし、小走り気味にギルドへ向かう。待合室は、案の定ちょっとした人だかりができていた。

 

「うーん、すり抜けるしかないか……すみません、通りまーす」

 

 群衆に押し潰されそうになりながらも、なんとか受付にたどり着く。無事に書類を渡して、一件落着。

 

「ところで、この人だかりは何なんですか? お祭りでもあるんです?」

 

 雑談がてら聞いてみると、受付嬢が声を潜めて教えてくれた。

 

「似たようなものかしらね。ガネーシャ・ファミリアのヴァルマ氏と、ディアンケヒト・ファミリアのテアサナーレ氏がランクアップしたみたいなのよ」

 

 ヴァルマさん……ああ、シャクティさんのことね。それにアミッドさんも。ランクアップしたってすごいな、羨ましい。

 

「すごいですね。ということは、シャクティさんはレベル6に、アミッドさんはレベル3になるんですか?」

 

「そういうことね。そういえば、あなたも遠征に同行していたわね。ランクアップしたらちゃんと報告してね」

 

「残念ながら、私たちは現状維持ですよ」

 

 それどころか、想像以上に経験値が入っていなくてふて寝したくらいだ。差別ですよ、これは。

 

 もっとも、アムス・クヴァリスとの死闘が「偉業」と見なされたのか、レベル4を飛び越えてレベル5までの制限が解除されるという、わけの分からない事態になっている。つまり、今の私はレベル2でありながら、経験値さえ積めばいつでもレベル5になれてしまうというわけだ。

 

「経験値稼ぎって、なかなか難しいですよね……」

 

「それは冒険者のみんなが言っているわね」

 

 受付を次の方に明け渡し、ギルドを出ようとする。

 

「それにしてもアミッドさんがランクアップか。何かお祝いでも持って行こうかな」

 

 アイテムパックの目録をHUDに表示させつつ、こっそり虚空跳躍(ネクストジャンプ)を使い、群衆の頭上を一気に飛び越えて入り口へと着地した。幸い、見上げた人はいなかったので、私のスカートの中は見られなかったと思う。今日のパンツは、戦闘用ではない女児向けのモコモコ仕様だったから見られるとちょっと恥ずかしい。

 

「あっ!」

 

 入り口に降り立ったところで、驚いたような声が耳に届いた。

 

「あの……」

 

 そこに立っていたのは、金髪の思わず振り返ってしまうほどに美しい少女だった。

 

「えーっと、確か……アイズさん。ロキ・ファミリアの。お久しぶりですね」

 

 以前ティオナと一緒にいた、風の魔法を使う子だ。

 

「こんにちは。ダンジョンの帰りですか?」

 

「えっと……その……」

 

 アイスさんの格好こそダンジョンで見た軽装の鎧に細い剣を帯びてはいるが、汚れもなにもついていない綺麗なものだったので、おそらくはこれからダンジョンに向かうところだったのかもしれない。

 

「ひょっとして、人が多すぎてギルドに入れないとかですか?」

 

 アイズさんもまだ幼さが残るし、あの人混みは辛そうだ。

 

「わ、私は――」

 

「受付のところで良ければ、連れて行ってあげましょうか?」

 

 彼女を抱えて虚空跳躍(ネクストジャンプ)で飛んでいけば一瞬だ。

 

「そ、そうじゃなくて……」

 

「あ、違いましたか。それじゃ、私、これから用事があるので失礼しますね。ティオナとティオネさんによろしく言っておいてください」

 

「ま、待って……」

 

 少し意地悪だったかもしれないけれど、エルティナがいない場所であまり込み入った話はしたくない。アイズさんは口下手そうだし、きっと私の「秘密」について聞きたかったんだろうけど、今は勘弁してほしい。

 

「あ、そうだ」

 

「な、なに?」

 

 立ち去ろうとした私が急に振り返ると、アイズさんは面食らったように後ずさりした。この子、ちょっと口下手すぎないかな。お姉さんは心配ですよ(21歳児)。

 

「これ、よかったらどうぞ。みんなへのお土産にしてください」

 

 ポーチを探るフリをして、アイテムパックからクッキーの箱を取り出し、アイズさんに手渡した。意地悪になってしまったことのお詫びだ。

 

「あ、ありがとう……美味しそう……」

 

「美味しいですよ。特にチョコチップ入りがおすすめです。箱も綺麗だから、大切なものを入れておくといいかもです」

 

 この年頃なら、宝物を入れる箱の一つや二つ、欲しくなるものだろう。そろそろアクセサリとかお化粧とかに興味を持ち始める頃じゃないかな? アイズさんはどこのトリートメントを使ってるのか聞きたくなるほどの美髪だし、お肌なんてまるで絹のようにきめ細かい。ああ、若さって本当に特権だよね。三十路を前に維持するのがどれほど大変か……(元OL並感)。

 

「大切なもの?」

 

 アイズさんが首をかしげる。

 

「そう、大切なものです。家族の写真……じゃなくて肖像画とか、アクセサリーとか。綺麗な石やガラス玉でもいいと思います。自分が『なくしたくないなぁ』って思うものを入れておくんですよ」

 

 そういうものを時々取り出して眺めるだけで楽しかった時期が、私にもあった。――震災ですべてを失うまでは。

 

「……お母さん……」

 

 皆まで言うことはないよね。この世界では珍しいことではないのだろう。私も、その気持ちはよく分かる。私も、同じだからね。

 

「それじゃ、また。今度はどこか一緒に遊びに行きましょうね。好きなお店、連れて行ってください!」

 

「あ……えっと、うん。また……ね」

 

 私はちょっと大げさなぐらい手を振ってアイズさんに別れを告げた。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

 思わぬ交流を深めてしまい、少し先が楽しみになった。まるでお人形のような、あるいは人魚のごとく泡と消えてしまいそうな儚い彼女と、今後どのように交友を深めていけるのか。アイズさん自身、あまり他人と関わるのが得意そうではないから、前途多難かもしれないけれど。

 

 そういえば、なんとなくアイズさんはアミッドさんと雰囲気が似ている気がする。今度、二人を会わせてあげたら意外に意気投合するんじゃないかな?

 

 そんなことを思いながらぶらぶら歩いていると、いつの間にかディアンケヒト・ファミリアの店舗の前に来ていた。

 

「こんにちは、アミッドさんはいらっしゃいますか?」

 

 もう見知らぬ仲ではないので、元気よく店主(団長)の名前を呼んでみた。

 

「いらっしゃいませ、ベルディナさん。遠征ぶりですね」

 

 店番をしていたアミッドさんが、口元に柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 遠征からの帰還中、せっかくの縁なのでこれからは名前で呼んでほしいと頼んだところ、彼女は快く受け入れてくれたのだ。これで、名実ともに友達になれたのではないだろうか。

 

「えーっと、今日は特に入り用というわけじゃないんですけど。アミッドさんがランクアップされたと聞いたので、一言お祝いをと思いまして」

 

「そうですか。わざわざありがとうございます。お茶を用意しますので、そちらにお掛けください」

 

「あ、お構いなく――って、行っちゃった」

 

 長居するつもりはなかったけれど、せっかくお茶をいただけるのならご相伴に預かろう。私は接客用のソファによじ登り、ガラステーブルの前に腰を落ち着けた。店内に満ちる薬草の独特な香りが、心地よく鼻腔を駆け抜けていく。

 

「ふむ、お前が噂の最速記録の片割れ(ベターハーフ)か。零細のくせに貧乏そうには見えんな」

 

 野太い声が上から降ってきて見上げると、白髪に白髭、眉毛まで真っ白な、白いローブを纏ったお爺ちゃんが私を見下ろしていた。……なんだか偉そう。おそらく、この御方がディアンケヒトファミリアの主神様ということなのだろう。

 

 私は静かに席を立ち、軽くスカートの裾をつまんで膝を折るカーテシーの仕草で頭を垂れ、敬意を示した。

 

「お初にお目にかかります。わたくしはワカヒルメ・ファミリアの団長を務めておりますベルディナ――二つ名を猫又(ツインテールキャット)と申します。失礼ながら、ディアンケヒト・ファミリアの主神、ディアンケヒト様と拝察いたします」

 

 どうだ、私の完璧な淑女(幼女)仕草は。これなら流石に不遜な態度はとれないはず――勝ったな。

 

「ふん! 心にもないことばかり言おって。神に嘘は通じぬと知らぬわけではあるまい。アミッド、お茶はまだか!」

 

 あ、そういえばそうだった。私みたいな「なんちゃって淑女」なんて、神様の前では単なる道化か。私は観念して「てへぺろ」風に舌を出し、そのままソファに飛び乗った。

 

「いやぁ、すみませんでした、ディアンケヒト様。でも、精一杯の敬意を払おうとした努力だけは認めてくださいね」

 

「分かっておるわ。くだらん真似をせずともな」

 

「ディアンケヒト様、ベルディナさんをいじめるのは私が許しませんよ?」

 

 アミッドさんが三人分のお茶をトレイに乗せて運んできてくれた。離れていても良い香りが漂ってくる。これは、かなりの高級茶葉だと見た。嬉しいね。

 

「粗茶ですが」

 

「ありがとうございます。良い香りですね」

 

「最高級のものを持ってきおって、もったいないわ」

 

「では、ディアンケヒト様の分はお下げいたしますね」

 

「馬鹿者、そういうことではないわ!」

 

 うーん、いいコンビだ。夫婦漫才というか、阿吽の呼吸というか。深い信頼関係が透けて見える。

 

 三人で素晴らしいお茶をいただき、一服したところで、私から話題を切り出した。

 

「では、改めまして……アミッドさんにおかれましては、このたびのランクアップ大変おめでとうございました」

 

「……ありがとうございます。ですが、このランクアップはあなたのお力添えあってのものです。こちらからも、改めてお礼を……ありがとうございました」

 

 こちらが頭を下げたのに、アミッドさんまで深々と頭を下げてしまい、一瞬、静かな空間が広がった。

 

「ふむ……なんでも、お前たちはアミッドに貴重な魔導書(グリモア)を提供したそうだな? よくもまあ、貧乏人が思い切ったことをしたものよ」

 

「ディアンケヒト様、失礼です」

 

「えーっと。まあ、貴重なものではあったんですけど、私たちも扱いを決めかねていましたし。私やエルティナは新しい魔法が欲しいわけでもなく、ワカヒルメ様も『身の丈に合わないものを今使うつもりはない』と言っていましたから。最高のタイミングで最高の使い手に渡せたと思ってます。魔導書(グリモア)も、本懐を遂げられたと思います」

 

 貧乏人と言われるとカチンとくるが、事実なので受け入れよう。といっても、私たちはお金持ちになりたいわけじゃないんだけどさ。

 

「気に入らぬ。まるでワシらが施しを受けたようではないか。メンツに関わるぞ、アミッド。それにあの杖は何だ? 聞けば、トドメはお主が刺したようなものではないか。なぜアミッドがそれを使わねばならんのだ」

 

 ははーん。この神様の性格が分かってきたぞ。

 

「まあ、気にしないでください。魔導書(グリモア)も頂き物ですし、あの杖だって実質拾ったようなものじゃないですか。誰が使っても同じですよ」

 

 たぶん、究極の意地っ張りで、筋金入りのツンデレなのだ、この老神は。

 

「ですが、私たちとしても施しを受けっぱなしではファミリアの面目に関わるのです」

 

「そういうものなんですかねぇ」

 

 零細ファミリアには分からない、大手の苦労があるらしい。

 

「ですので、せめてものお礼として、『エリクサー』の一セットをワカヒルメ・ファミリアに提供させていただきます」

 

「おー、アミッドさんのエリクサーといえば最高級品じゃないですか。一セットって、何本くらいですか?」

 

「十本ですね」

 

「じゅう……それ、ちょっと多すぎませんか!?」

 

 たしか、アミッドさんのエリクサーって一本50万ヴァリスぐらいするから、それが10本で500万ヴァリス相当ってことだ。それだけで、下手したら一財産だぞ。

 

「馬鹿者! 貴様がよこした魔導書(グリモア)に比べれば、まだ塵にもなっておらんわ! 魔法を強制発現させるどころか、九魔姫(ナイン・ヘル)のごとく詠唱を連結させるようなものなど、聞いたことも見たこともない。どこで手に入れた!」

 

 ディアンケヒト様が身を乗り出して詰め寄ってくる。

 

「えーっと。それはちょっと言えないですね。いろいろ複雑な事情がありまして……はい……」

 

 私だって詳しい出所は知らないのだ。アストレア様から間接的にもらったものに、ずっとフォトンを晒していたせいで変質したのかもしれないし。

 詠唱を連結させるということは、端的に言えば魔法のスロットを消費せずに新たな魔法を習得するということだ。私にはピンとこないが、この世界においてはとんでもないことらしい。

 

「それと、あの杖――『ゼイネシスセプター』でしたか。それについてのお礼もしたいのですが、正直、あれがどれほどの価値を持つのかまだ計りかねています」

 

 アミッドさんは、カウンターの向こうに飾られた杖に目を向けた。聖なる大樹をモチーフにしたそれは、遠目にも神々しい。

 

「ですので、何かご要望があれば何でも仰ってください。――もちろん、法に触れない範囲で」

 

 そう言われても、今すぐ欲しいものなんて特にない。ヴァリスは……なんか生々しくて嫌だし。エリクサーはたっぷり貰っちゃったし。少し悩み、とりあえず保留にしてもらおうかと思ったところで、ふと思いついた。

 

「それじゃあ、アストレア・ファミリアの輝夜さんとアスタさんの義手についてなんですけど。よければ、優先的に作ってもらえませんか? 順番抜かしをするようで心苦しいのですが……あとは、ちょっとだけ割引してもらえたら嬉しいな、なんて」

 

「……そんなことで良いのですか? しかも、他のファミリアのことですよ」

 

「うーん。詳しくは言えませんけど、私の責任でもありますから」

 

「それに、あの杖はランクアップのお祝いってことで構いませんので。私たちでは有効活用できない宝の持ち腐れですし」

 

「いえ、さすがにそういうわけには……」

 

 私とアミッドさんがしばらく押し問答をしていると、ディアンケヒト様が「もうよい! 何か他にあったらいつでも言いに来い。これは神命だ、いいな!」と強引にまとめてくれた。

 

 まあ、そのうちちょっとした遠征に付き合ってもらうとか、頼ることにしようかな。アミッドさんがいたら、絶対に無事に帰ってこられるだろうしね。

 

 

 

 

 

 

ベルディナの今後の二つ名は?

  • 猛猫(キティホーク)
  • 九尾の猫(ナインライブズ)
  • 猛女(おうじょ)
  • 征女(アレクサンドラ
  • 雷霆(ハーキュリア)
  • 救世(セイヴィア)
  • 天姫命(アメノヒメノミコト)
  • 聖誕(キティラ)
  • 守護者(タロス)
  • 勝者(イルニナ)
  • 代行者(ディミオス)
  • 神越(ラグナロク)
  • 来生(タターガタ)
  • 黄金宮(ヴィンゴルヴ)
  • 戦乙女(ワルキューレ)
  • おまかせ
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