ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
朝早く、ダンジョンの入り口。私たちはアストレア・ファミリアの面々の出発に立ち会っていた。
今回、リューさんは一人でお留守番だ。本人はやはり不満げで、その表情を隠せていない。
「それじゃ、行ってくるわねリオン。寂しかったらいつでも声をかけていいのよ?」
団長のアリーゼさんが茶化すように言うと、リューさんはむすっとした顔で応じた。
「子供扱いはしないでください」
「そう言っている間は子供だ、若輩者。せいぜい、己のあり方を見つめ直すのだな」
輝夜さんはかなりキツイ言い方をしているが、リューさんは何も言い返せない。それが図星だからか、あるいは彼女なりの不器用な激励だと分かっているからだろうか。
「18階層で一泊するんですよね? 宿代とか、かなり吹っかけられるみたいですけど大丈夫ですか?」
「まあ、野宿だろうね。大丈夫、慣れてるから」
私が尋ねると、ドワーフのアスタさんは心強く自分の鎧を叩いて答えた。普段はほんわかとした感じの女性だが、フルアーマーにハルバードを背負う姿は大変凜々しい。
「なあベルディナ。あんた、ダンジョンでも結構美味いメシ作るんだろ? 今度レシピ教えてくれねぇか?」
ネーゼさんに尋ねられたが、私の料理は鮮度が落ちないアイテムパックありきのものだ。正直、あまり参考にはならないと思う。
「とにかく地上で仕込みをしておくことです。トマトソースを温めるだけでいい状態にしておく、とかですね」
「なるほどなぁ……」
ダンジョンと食事は切っても切れない関係だ。缶詰とかあるとかなり変わると思うけどね、こっちだと瓶詰めがせいぜいか。鯖缶、かに缶、ツナ缶。前世では大変にお世話になった戦友達だ。
「それじゃ、夕食前には絶対に通信するからね。ちゃんと受け取ってよ、リオン」
アリーゼさんが念を押すと、リューさんは居住まいを正した。
「分かっています。必ず」
「アストレア様をしっかりとお守りしろ、青二才。地上はお前しかいないのだからな、若輩者」
「言われなくても分かっている、輝夜」
「じゃ、行ってくるぜ、リオン。変な物食って腹を壊すなよ!」
「余計なお世話です、ネーゼ」
「行ってらっしゃーい!!」
私は元気いっぱいに手を振ってみんなを見送った。それにしても、リューさんは本当にみんなに愛されているね。
「ねえ、リューさん。私も皆さんみたいに『リオンさん』って呼んだ方がいいですか?」
もう少し彼女と親しくなりたいと思い、そう聞いてみた。リューさんは少しだけ視線を泳がせたあと、静かに私を見た。
「…………いえ、リューでいいですよ。ベルディナ」
「そうですか。分かりました、リューさん」
やっぱり、彼女たちが積み重ねてきた絆の中に、にわかでは踏み入れられない領域はあるよね。けれど、少しだけ距離が縮まった気がして、私は温かい気持ちで彼女たちの背中を見送っていた。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
というのが昨日の話で、今日は地上でゆっくりしようかと思っていた。リューさんはダンジョンに潜れない間、地上で何ができるかを探しているらしい。とりあえずアルバイトでも勧めてみようか。社会経験は潰しが効くしね。
エルティナはギルド提供の素材目録の確認で応接室に籠もっている。私がいても邪魔なだけなので、買い物をして帰ることにした。なんとなく、今ダンジョンに潜るとアストレアファミリアの人達に手を貸してしまいそうで良くないなと思ったからだ。
昨夜は、約束通り18階層に到着したという連絡がリューさんに入ったそうだ。連絡があるのと無いのでは、安心感が全然違う。
買い物を終えた私は、市場の屋台で簡単に昼食を済ませ、そのまま拠点へ戻った。ワカヒルメ様は今日はバイトで、店主から起業の相談を受ける予定らしい。帰りはかなり遅くなると聞いているので、夕食はおそらく一人で済ませることになりそうだ。
「うーん。せっかくだし、リューさんを誘ってどこか食べに行こうかな」
せっかく買った食材だが、アイテムパックに入れておけば鮮度は変化しないから特に問題ない。
私は通信機を取り出し、個別チャンネルをリューさんのID【003002】に合わせた。
「もしもし、リューさん聞こえますか? 聞こえたら個別チャンネルを【001001】に設定してください」
ちなみに【001001】とは私が持っている通信機のIDだね。
【作者補足】通信機の仕様
※仕組み自体はエルティナがたたき台を作って、それをガネーシャファミリアが詰めていった感じ。
〇チャンネルルール
・CH1:オープンチャンネル
→全ての通信機が受信可能なチャンネル。救援要請や緊急警報など。暗号化されていない平文で通信されるので注意。
・CH2:ファミリアチャンネル
→ファミリアに個別に発行されるチャンネルで、ファミリア間の通信しかできないチャンネル。番号はギルドが管理していて設定変更はギルドで行うことになっている。共通鍵暗号方式で、ギルドが通信機を貸与する際にファミリアごとに共通の暗号鍵を設定して引き渡す。一年に一回の変更を推奨されている。暗号鍵はブラックボックスになっていて、内部は複雑な配線で暗号鍵を表現し、一度閉じた後に開けるとバネで配線が外に飛び出てバラバラになる仕組み。
・CH3:個別チャンネル
→通信機一つ一つに個別のIDを設定し、お互いにその番号に合わせれば。1対1で通信できる。まずは相手の通信IDを設定し相手に自分の名前とIDを告げて設定してもらい、通話するという感じ。まだまだ発展途上の技術。いずれは、呼び出しボタンで相手を呼び出し、相手の通信機にその番号が表示されて応答するという、電話のような仕組みを導入できたらなぁと思っている。いずれは、個別IDを公開鍵、それぞれの端末に秘密鍵を設定し、共通鍵を公開鍵暗号方式でやりとりすることも視野に入れられている。
〇IDルール
最初の三桁(ファミリアコード)|次の三桁(個別ナンバー)
000 = ギルド | 000 = 使わない番号
001 = ワカヒルメ | 001 = 代表番号
002 = ガネーシャ | …
003 = アストレア | 999 = 使わない番号
・CH4:チームチャンネル
別の派閥の臨時のチームやパーティーを組んだ場合、それぞれの端末でCH4に設定し、メンバー内で決めた8桁の数字を共有して通話する方式。桁数を解析されたら傍受される可能性もあるため注意が必要。ただし、1億通りを総当たりするのは現実的ではないのでそこまで気にすることもない。
【作者補足 以上】
『……リューです。設定に戸惑いました。ベルディナさん、聞こえますか?』
しばらくして、少しぎこちない応答が返ってきた。
「はい、ばっちりです。大したことではないんですけど、今晩一緒に夕飯でもどうかなと思いまして」
なんか、こうやって通信機越しに話すのはちょっと新鮮な感じがするね。
『そうですか。こちらは特に予定もありませんので、問題ありません』
まだまだ通信機で会話するのになれていないのか、リューさんの口調はかなり硬い感じだ。まあ、そのうち慣れるでしょう。
「それじゃ、夕方になったらそちらにうかがいますね」
『分かりました。お待ちしております』
「はい、また後で~」
そうして私は通話を終了し、チャンネルをファミリアチャンネルに戻した。
ワカヒルメ様とエルティナとリザさんにはアークスの思念通信があるから、この通信機を使うことはほぼないけど、他のファミリアからの通信が入る事があるので一応常に身につけておこうと思っている。
そう考えるとやっぱり小型化は急務だね。こんな国語辞典ぐらいの大きさのものを持ち運ぶのは日常的には辛いだろう。
さて、アリーゼさん達は予定通りならそろそろ24階層に入るぐらいの頃だろう。今日も18階層で一晩過ごしてから明日地上に戻ってくる予定になっている。やろうと思ったら、アリーゼさんに通信することもできるけど、今は我慢しておこう。戦闘中だったら気まづいし。
といっても、夕方までは時間があるから、どのお店に行くかちょっと見に行こうかな。ガネーシャファミリアからの報酬から私にも月のおこづかいとは別に臨時ボーナスをもらったので、ちょっとぐらいは余裕があるのだ。
まあ、高いお店は無理だし、アストレアファミリアも再活動し始めて資金面では、下手したら借金背負ってるぐらいじゃないかなぁって思う。邪推だけどね。だから、リューさんにもあんまりお高い店は誘いにくいんだよね。
「うーん。この際、私が作っちゃおうかな。その方が面倒が少ないし――リューさんに相談だな」
通信機で相談してもいいけど、遠慮されそうだから直接食材担いで乗り込んで問答無用にしてやろう。
ということでいったん拠点に戻り、買い物用の紙袋に適当に食材を詰めて視界を覆わない程度に抱え込み、軽い足取りで星屑の庭へと向かった。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
「ということで、良さそうな店をよく知らないので、今晩は私がお料理をしようと思いますので、厨房貸してくださいね」
星屑の庭に到着して「何事ですか?」と困惑するリューさんに、ニコニコ顔で自分の意見を押し切った。
「実は食材が余っちゃって。よかったら協力してくれませんか?」
「そ、そうですか。分かりました……」
手伝いを買って出たリューさんに、ジャガイモとタマネギの皮むきをお願いする。今夜のメニューはビーフシチューだ。ストックしてあるブイヨンとトマトソースに赤ワインを注ぎ、ソースを整える。大きめに切った牛肉と野菜をしっかり炒めてから、じっくりと煮込み始めた。
「後は弱火で煮込むだけです。お疲れ様でした」
「よい香りですね。今から楽しみです」
少し休憩しつつ、時々鍋をかき回す。
「うん、かなり粘りが出てきて色も濃くなってきましたね。そろそろ、付け出しの準備もしましょうか」
付け出しと言っても、簡単なサラダと主食のパンだけどね。あるとないとではやっぱり彩りが違うから。ついでにチーズもつけよう、
「あの……時々で構いませんので、私にも料理を教えてくれませんか?」
「いいですよ。リューさんはどれくらい出来るんですか?」
「皮をむいて、包丁で切る程度なら……」
「なるほど。……基本からですね」
つまり、今日手伝ってもらったレベルだ。まあ、料理なんて結局レシピ通りに作る技術を習得するところからだから、まずは順番通り、時間通り分量通りに組み立てていく練習をしようか。
「分かりました、今度時間を空けます」
「できれば、アリーゼ達がダンジョンに潜っている間にお願いできませんか?」
「いいですよ。
そういえば、こっちには時間を計る道具ってなんかあったっけ? あんまりみんな時計を気にして生活している様子もないし、重さを量るのも殆ど天秤ばっかりでちょっと利便性は低いんだよね。
『ねえ、エルティナ。ちょっといい?』
『問題ありません』
『キッチンタイマーとか、キッチン用の簡易的な秤って作れる?』
『バネとゼンマイがあればそれほど難しくはありませんね』
『ありがと。今度、リューさんにお料理を教えることになったから、そういうのがあると便利かなぁって思ったんだ』
『承知いたしました。簡易的なもので良ければ作成しておきます』
『よろしくね!』
うん、砂時計よりも正確なタイマーがあった方が上達は早くなるし、調味料とか分量をしっかりと量れば基本的に味付けに失敗することはない。まずは何がいいかな? 地球ならカレーライスだけど、こっちだとカレールーがないからなぁ。
「アリーゼさん達の好物ってなにかありますか?」
「好物ですか……基本的にはなんでも食べますが。あえて言えば肉料理ですか?」
「なるほど、冒険者さんですもんね。参考にさせてもらいます」
「お願いします」
だったら、ハンバーグにしようかな。簡単ではないけど、できたときの達成感はそれなりにあると思う。なによりも美味しいしね。
「リューさんとお料理教室か。楽しみですね」
「お手柔らにお願いします」
いやいや、お料理教室でスパルタなんて無理でしょ。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
できあがったシチューを、執務中だったアストレア様も交えて三人で囲んだ。
アストレア様は終始ニコニコ顔で「美味しいわね」と言ってくれてとても嬉しかった。
「そろそろ、アリーゼたちから連絡が来る頃ですが……」
食後のお茶をいただき、そろそろおいとましようかなと思っていると、リューさんが部屋の隅のテーブルに置かれた通信機に目を向けた。
「そういえば、今夜は18階層で一泊する予定でしたよね。そろそろお夕飯のころですかね?」
「そのはずです」
「便利になったわね。これは本当にすごいものだわ」
アストレア様も感心したように通信機を見つめる。
「うーん。心配ならこちらから声をかけてみてはどうですか? 忘れてるだけかもしれませんし」
「そうですね。迷惑にならないのなら」
「きっと大丈夫よ。アリーゼ達は、いつでもリューの声を聞きたいはずよ」
そういえば、アストレア様だけはリューさんのことを、「リオン」と呼ばずに「リュー」って呼ぶんだね。今更だけど、なにか理由があるのかな?
「では、呼びかけてみます」
なんか、リューさんえらく緊張してるな。こんなの、ケータイで友達と話す程度の事なんだから、もっと気楽にしたらいいのに――っていう文化がこっちにはないのか。
「アリーゼ、聞こえますか。こちら、リューです。アストレア様も側にいます、応答をお願いします」
リューさんはスイッチを押してそう言うとスイッチから手を離してテーブルに置いた。
「――出ませんね?」
通信機から遠いのかな?
「私からも試してみますね。えーっと、アリーゼさんの個別番号は――」
と、私は自分の通信機を取り出して、個別チャンネルの番号を【003001】に合わして通話を開始する。
「もしもし? こちらワカヒルメファミリアのベルディナです。応答できましたら【001001】に連絡してください」
しんと静まり返る部屋に、通信機のわずかなノイズだけが響く。応答は、なかった。
「うーん、根気強く待つしかないですね。戦闘中かもしれませんし」
「そうね。……リュー、また後で私からも声をかけてみるわ」
「分かりました。しばらく待ちましょう」
「ですね。……あ、すみません。ワカヒルメ様が戻られる時間なので、私はこれで失礼します」
私はアストレア様にお暇を告げ、星屑の庭を後にした。
帰り道、夜の帳が下りるオラリオの街を歩きながら、私はふと、肩から提げた通信機に手を置いた。ただの忘れているだけならいい。アリーゼさんのことだから、「ごめんごめん」とあっけらかんと返事を返してくれる可能性だって大いにある。
しかし、胸の奥に残るざらりとした小さな不安がいつまでたっても消えてはくれなかった。