ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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頼まれると嫌と言えないんだよねぇ

 

 

昨日はアストレア様とリューさんと一緒に夕食をいただき、ついでにリューさんと「お料理教室」をする約束までできて、大豊作の一日だった。

 

「マスター、昨日お話しがありましたキッチン用品を試作いたしました。確認をお願いします」

 

 朝起きて、パジャマのまま歯磨きをしているところにエルティナがやってきた。昨日相談していたキッチンタイマーと、簡易的な料理はかりを持ってきてくれたのだ。

 

「おー、早いね。もう作ってくれたんだ」

 

 私はそれを受け取り、リビングに戻って検証することにした。

 

「なるほど、キッチンタイマーは手回し式か。これなら電池もいらないし、どこでも使えそうだね」

 

 丸っこくてかわいいフレームの中心にある大きなノブを摘まんで回してみる。

 キリキリキリという音を立ててゼンマイがまかれ、手を離すと「チッチッチ……」という心地よい刻み音とともに、ノブがゆっくりと戻り始めた。

 

「うん、いいね。次は料理はかりか」

 

 これもよくある機械式のもので、メモリのついた小さな箱の上に広めの皿が乗っているタイプだ。

 

「これはもう調整は済んでるの?」

 

「料理に使う程度の誤差の範囲に収めてあります」

 

「そっか。ありがとう、エルティナ」

 

 料理で使う程度なら1グラム単位の精度が出ていれば十分だ。調剤とかになるとミリグラムの単位で精度が必要になるから、どうしても天秤と分銅を使うしかないんだけどね。

 だけど、これで、お料理教室を開く準備は整った。

 

「おはよう、二人とも。それはなんだい?」

 

「あ、ワカヒルメ様、おはようございます。これはですね――」

 

 私はワカヒルメ様に、これらの道具が何に使うものかを説明した。

 

「へぇ……これは便利そうだね。もしよかったら、私も使ってみてもいいかな?」

 

「いいですよ。毎日は使わないですからね」

 

 正直、自分の料理の時はシステムが自動的に計量して、HUDに重量や体積を記述してくれるから、私自身は必要ない。計量カップは既存のものを使えばいいし、何なら液体も重量で量ってしまった方がレシピに統一感が出ていいかもしれないな。

 

 そうして朝ご飯の準備を終え、タイマーとはかりの有効活用法などを話しながら朝ごはんをいただき、そろそろワカヒルメ様もバイトに出かける時間というところだった。

 

「来客のようです。私がお迎えします」

 

 拠点(そろそろ名前をつけないとな)の門にあるドアノッカーが叩かれる音が、遠くに響いた。

 

「手紙かな? いや、それならポストに投函するはずだし……いや、書留とかだったら……ってそんなのこっちにはないか」

 

 基本、届くのはギルドや他の派閥からの通知だ。買い物も自分で行くので、お届け物が来ることもまずない。

 

「私は遅刻するといけないから、勝手口から出るよ」

 

「分かりました。お気をつけて、ワカヒルメ様」

 

 ワカヒルメ様は手を振って、門とは反対側の勝手口から出ていった。

 

「さてと、今日は何をしようかな……。あ、そうだ。アリーゼさんたちが帰ってくるから、お出迎えの準備をしよう。昨日のビーフシチューが余っているはずだから、それに副菜を何品か作ってみようかな」

 

 私は腕を振り上げて背筋を伸ばし、その勢いで椅子から飛び降りようとした。

 

「お嬢様、リュー・リオン様がいらっしゃいました」

 

 エルティナの言葉と同時に、リビングの入り口に人影が現れる。

 

「すみません、ベルディナさん。……どうか、力を貸してほしい」

 

 そこに立っていたのは、目元に若干の隈をつくり、深刻な表情を浮かべたリューさんだった。

 

 

◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

 

 

ひとまず、リューさんには座ってお茶を飲んでもらい、落ち着いたところで話を聞くことになった。

 

「すみません、取り乱しました」

 

 少し濃いめにカフェインを入れてもらったおかげで、寝不足のリューさんもかなりしゃっきりとしたようだ。

 

「それで、何がありましたか?」

 

「実は、昨晩からアリーゼをずっと呼び出しているのですが、応答が全くないのです」

 

 そう言って、リューさんは肩にかけていた通信機を机の上に置き、深くため息をついた。

 

「まさか、一晩中呼び出していたんですか? 美容に良くないですよ」

 

「アストレア様にも協力いただいて、夜通し呼びかけてみましたが……ダメでした」

 

 この通信機はまだ試作段階だ。戦闘中に故障する可能性もあるし、何らかの理由で通信障害が発生する可能性もゼロではない。

 

「一応、今日戻ってくる予定ですから、少なくとも午後まで待ってもいいと思いますけど……」

 

 流石に夜遅くに戻ることはないだろうし、予定通りならそろそろ18階層を出発する頃だ。少なくとも夕方になるまでには地上に到着できるだろうと、私は当たりをつける。

 

「分かっています。しかし、なぜか嫌な予感が止まらないのです」

 

 30階層の事件があったのだから、彼女が心配性になるのは分かる。けれど、アリーゼさんたちがあらゆる困難を打ち勝ってきた凄腕の冒険者であることも確かだ。信頼して待つことも重要だが、万が一を考えるのも正しい。

 

「うーん。分かりました、私が様子を見に行きます」

 

 他派閥に救援を要請するには情報が少なすぎる。ならば、私が直接見に行くのが一番早い。私たちだって他派閥じゃないかって? それはそれ、これは話が別だ。

 

 三ヶ月前に始めて、隔週で開催していた『チャレンジ18』(一日で十八階層まで何往復できるかの挑戦企画)の記録を更新してあげよう。なんなら今日をもって、24階層までの『チャレンジ24』を新たに設定してもいい。

 

「お嬢様、私はどうしましょうか?」

 

 今まで側に控えて静かにしていたエルティナが、ここに来て口を開いた。

 

「そうだね。エルティナは連絡役として地上に残ってもらえないかな。本当に何かあって、絶対に救援が必要になったら連絡するから。その時はガネーシャ・ファミリアかギルドに走ってほしい」

 

「承知いたしました。早速準備をいたします」

 

 エルティナは自分用の通信機を肩にかけ、いつでも受信可能な状態にした。国語辞典程度のサイズまでは小型化できたけれど、やはり小人族(パルゥム)サイズのと比較すると、まだまだ大きく見える。

 

 私は念のために自分用の通信機の蓄魔筒(バッテリー)を交換し、さらに予備の一本をスカートのポケットに忍ばせた。あ、そうだ。これから激しく身体を動かすんだから、ダンジョン探索用の頑丈なショーツに履き替えておかないといけないな。

 

「ベルディナさん。お願いがあります……どうか私も連れて行ってほしい」

 

 履き替えるショーツのデザインをどれにしようかと考えながら自室に向かおうとしたところを、リューさんに呼び止められた。

 

「うーん。リューさんって、いまダンジョン探索禁止中ですよね? ヤバくないですか?」

 

 だからこそ今回は地上でお留守番だったはずだし、自分で行けないから私を頼ってきたのではないか。

 

「理解しています。しかし、それでもジッとしていられません。お願いです、どうか……この通りです」

 

 リューさんは、さらに深々と頭を下げた。

 

「うーん……私からは、やっぱり『ダメです』としか言えません。――が、勝手についてくる分には構いませんし、私にそれを止める義務もありませんからね」

 

 ダメと言った瞬間にリューさんが泣き出しそうな顔(誇大妄想)になったが、「勝手についてくるなら」と続けた途端、安心したようにホッとため息をついた。その様子が、なんだか少し可愛らしい。

 

「私は全力、最短距離で24階層まで向かいます。ついてこれなかったら置いていきますからね?」

 

「いいでしょう。私が【疾風】と呼ばれる理由をお見せします」

 

 私が挑発的に言うと、リューさんも少しいたずらっぽく笑って平たい胸を叩いた。

 ただ、その姿のまま行くのはまずいので、リューさんと一緒に私の部屋に入って簡単な変装をしてもらうことにした。口元を隠し、長い金髪はフードの中へ。

 さすがに私の服ではリューさんにはサイズが合わなすぎる。そこで、アクセサリーをいくつか選び、さらにワカヒルメ様のお許しをいただいて、秋の外出用の外套を羽織ってもらうことにした。シルエットを変えるだけでも、印象はかなり変わるだろう。

 

「どうですか? 動きにくくありませんか?」

 

「いえ、この程度ならなんとか」

 

「髪色も変えられるといいんですけど、時間がないですからね」

 

「そうですね。そればかりは……いっそのこと、短く切ってしまいましょうか?」

 

「ぜったいにだめです」

 

 リューさんが恐ろしいことを言い出したので、思わず"ひらがな"で即答してしまった。

 

 その間に私も探索用のショーツとブラに着替え、「似合いますか?」とリューさんに披露したら、「はしたない!」と即座に叱られてしまった。エルフってみんなこうなの?

 

「少なくともスカートの下にもう一枚、何か穿くべきです。あなたのスカートは短すぎる」

 

「そういうお説教は帰ってから聞きます。それじゃ、出発しますよ?」

 

「――しかたありませんね」

 

 不満げなリューさんを尻目に、私は巨剣を腰のマウント部へ繋止し、すべての準備を終えた。リューさんは最初からそのつもりだったのか、すでに双剣の木刀を腰に帯び、背中には『ホムラノベニレンゲ』も背負っている。

 

「やっぱり、近接職には通信機はかさばりますね」

 

 リューさんは通信機を腰の後ろ、ちょうどお尻の上あたりに身につけているようだ。移動には問題なさそうだが、激しい戦闘時には邪魔になりそうな予感がする。

 

「慣れるしかありませんね」

 

「小型化が急務だなぁ……」

 

「お嬢様、リュー様、準備はできましたか?」

 

 いつまで経っても出てこない私たちに痺れを切らしたのか、エルティナがドアをノックして声をかけてきた。

 

「うん、できたよ。行ってきます!」

 

 私たちは颯爽と拠点を飛び出し、街を駆け抜け、一直線にダンジョンへと向かった。

 

 

 

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