ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
拠点の扉を蹴り開けるように飛び出すと、まだ朝の喧騒が残る街が目に飛び込んできた。 視界の端では、エルティナが私たちを見送って静かに扉を閉めるのが見えた。
ダンジョンへ続く道は、冒険者のみならず一般の人々でも賑わっている。昼食の準備を考え始める時間帯ということもあり、通りには雑踏が形成されつつあった。ここを正面から突っ切るのは危険だ。私は即座に
着地の際、勢い余って派手にスカートが翻ったせいか、背後を走るリオンさんの視線が、一気に険しくなったのを感じるけど、今は気にしない。
「リューさん、ちゃんとついてこれてますか?」
「甘く見ないでください。この程度、まだ駆け足ですよ」
今日のリューさんはなかなか威勢がいい。面白い。
「それじゃ、私も全力で行きます!」
「承知!」
私が口元だけで笑いかけると、彼女はフードの奥で小さく頷いた。その瞳に、迷いなど微塵も感じられない。
目前に迫るバベルの塔がぐんぐんと巨大化し、ダンジョンの入り口が視界を占拠する。早朝のラッシュは過ぎ、冒険者の数はまばらだ。
「いったん入り口に降りて、そのまま頭上を抜けます!」
「はい!」
着地点を調整するため、わずかに減速しながら下降に入る。リューさんの目が怖いので、今度はしっかりとスカートの裾を押さえながら着地。そのままの勢いで再度跳躍し、だらだらと歩く冒険者たちの頭上を越え、巨大な螺旋階段へと突入した。一人なら中央の吹き抜けを一気にショートカットしてもいいんだけど、リオンさんが無事に着地できる確証が持てないため、ここは素直に階段を駆け下りる。
「危ねぇな!」
屈強な男性冒険者に怒鳴られる。
「ちょっと、いきなり横を抜けないでよ!」
少し頬を赤らめた女性冒険者から悲鳴混じりのクレームが飛ぶ。だが、私たちは振り返ることなく、地下深くへと加速し続けた。
どうやら直線距離の最高速は私に分があるようだが、急な曲がり道は彼女の方が一枚上手のようだ。
「後でギルドに絞られそうですね」
「それは……仕方がありません」
「リューさんは『仕方ない』では済まないでしょうけどね!」
長い螺旋階段の終わりが見え始めてきた。1階層から12階層までの正規ルートはお互い頭に入っているが、私がやっているのはRTAだ。あえて順路を無視することだってある。
「リューさん。できれば私の真後ろについてきてください。いろいろと”通常じゃない”場所も通りますから」
「お手柔らかにお願いしますよ、ベルディナさん」
「……もう、『さん』付けもしなくていいですよ。その方が呼びやすいでしょ?」
「そうですか。では、遠慮なく……よろしくお願いします、ベルディナ」
「ええ。よろしくお願いします――”リオン”さん」
私はあえてリューさんを苗字の方で呼んでみた。一般的には他人行儀な呼び方だが、アリーゼさんたちは彼女をそう呼んでいる。なら、そっちの方がより深い親密さの証なんじゃないかと思ったのだ。
「……ダメでしたか?」
ひょっとしたら、まだそこまで踏み込んではいけなかっただろうか。念のため聞き返すと、彼女は少しだけ表情を和らげた。
「……いいえ。そうですね、その方がしっくりきます」
よかった。これで私も、少しはリオンさんに近づけたようだ。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
18階層へと続く階段を駆け抜けた頃には、お昼時を回っていた。
「新記録達成ですよ、リオンさん。ひょっとして、一緒に走ってくれる人がいた方が記録って伸びやすいのかもしれませんね」
私が弾んだ声で告げると、隣を走る彼女は呆れたように視線を向けた。
「……あなたは、一体何の記録を取っているのですか」
「『チャレンジ18』って知りませんか?」
「聞いたこともありません」
「でしょうね。今、私が勝手に作りました」
私は足を止めることなく、地上からここまでの「タイムアタック」について手短に説明する。
「なるほど。動機はともかく、訓練としては理にかなっているように思えます」
「ゲーム感覚で結構楽しいんですけどね。リオンさんもどうです?」
私が誘うと、リオンさんは並走しながらふと疑問を口にした。
「ですが……時間はどうやって計るのですか? 砂時計を持ち運ぶにしても、これだけ激しく動き回っていては砂が正確には落ちないでしょう」
「あー、そこからか……これは、時計が必要だなぁ……」
思わず独り言が漏れた。そういえば、この街には時計がなかった。大体の人は日の出と日の入りと正午を告げる鐘で時間を把握しているので、RTAに必要な『何時間何分何秒』みたいな正確な時間の刻みを計る概念が少し薄いように思える。
口で『一秒、二秒』と数えることはあっても、そこに世界共通の正確な尺度があるわけじゃない。それにエルティナから聞いた話では、この世界はまだ日時計が主流だという。驚いたことに、夏と冬とで『一時間』の長さが変わるなんていう、現代人の感覚からすれば理解不能なルールが当たり前になっているらしい。
しかも、ダンジョンの中には太陽がない。ここでは時間の経過なんて、それこそ各々の主観や感覚頼りになってしまうわけだ。
これでは『何時何分に出発しよう』とか、『一時間後に別階層で合流しよう』なんていう、作戦の根幹に関わる基本的な情報共有すら、酷くあやふやなものになってしまうんじゃないか。みんな、どうやってるんだろうね?
「ともかく、今はアリーゼ達のことに集中しましょう。後のことは帰ってからでお願いします」
「もちろんです!」
諸々の問題は今は後回しにしよう。ともかく、アリーゼさん達の無事を確認するのが一番大事だ。
「どうしますか? このまま19階層へ向かいますか? それとも、一度この階層を探索しますか? 予定ではここでキャンプを張るはずでしたよね」
18階層の広大な森を前に、私は足を止めてリオンさんに尋ねた。
「そうですね……24階層までも、先ほどのような特殊なショートカット・ルートを活用されますか?」
「いえ、開拓できているのはここまでです」
「分かりました。では、私はここで心当たりのある場所を集中的に探します。あなたは先に行ってください。後ほど追いかけます」
「分かりました。では、何かあったら必ず連絡してください。そのための通信機ですからね」
アリーゼさんたちが24階層にいる保証もないから、ここからは各階層ごとにしっかり探すべきか。それとも、いったん最速で24階層まで降りてしまうべきか悩みどころだ。
「あ、そうだ。今のうちに私たちだけでチームチャンネルを作っておきましょう。こちらベルデイナからエルティナへ。応答願います・どうぞ」
私は通信機を手に取り、ファミリア・チャンネルで地上にいる彼女を呼び出した。
『こちらエルティナ。メリット5・感度良好。何かございましたか? どうぞ』
エルティナの冷静な声が返る。しっかりと待機してくれているようだ。
「こちらベルディナ。メリット5・感度良好。リオンさんを加えたチームチャンネルを作りたい。番号は『1141-9451』で設定願う。どうぞ」
『こちらエルティナ、了解。ただちに設定いたします。以上』
私は通信機のチャンネルを『4』に合わせ、エルティナに伝えた暗証番号を設定した。
「リオンさんも設定してもらえますか?」
「分かりました……ええと、ここを操作すれば?」
「そうです。それで、この番号をこうして――これで繋がるはずです」
『こちらエルティナ。001-002。設定完了いたしました。各局・応答願います・どうぞ』
「こちらベルディナ。001-001・メリット5・感度良好・どうぞ」
「こちら……リューです。感度良好……と言えばよろしいのですか?」
慣れない用語を口にするリオンさんの声が、スピーカー越しに耳元で響く。同じ番号に設定した端末同士で音声を共有する、これがチームチャンネルだ。こういう臨時で他派閥とチームを組む。あるいは、同じファミリアでも現場だけで行動する際にうまく活用できるといいね。
『ねえ、エルティナ。音声で情報共有はできたけど、時間も共有できないと片手落ちだと思わない?』
通信チェックを終え、リオンさんに無線の基礎用語を教えている合間を縫って、アークスの通信でエルティナに話しかけた。
『全面的に同意します』
『よかった。それじゃあ、機械式の簡単なやつでいいから作って貰える?』
『承知いたしました。……ですが、日時計に合わせるとなれば、かなりの難易度になりますが。よろしいのですか?』
季節によって一時間の長さが伸び縮みするってやつか。確かに、そんなのを作ってたら歯車がいくら合っても足りないだろうね。
『あー、あれだよね。もう、そんなの無視でいいよ。普通のでいい。短針が二周したら一日が経つやつでお願い』
『承知いたしました。お戻りの際にサンプルをお渡しできるよう努めます』
『暇なときでいいからね!』
私は勤勉なエルティナに釘を刺すように通信を閉じた。
「ベルディナから各局。当方はこれから24階層に向けて降下を開始する。どうぞ」
「こちらリュー。了解。こちらは18階層を探索し、終了し次第ベルディナを追う。どうぞ」
『こちらエルティナ、了解。こちらは地上待機します。以上』
これで、三人でこれからの行動を共有し終わった。私とリューさんはお互いに無言で頷き合ってそれぞれの行動を開始した。
もしも24階層でアリーゼさん達に何かあったとすれば、まもなく24時間が過ぎようとしているということだ。最終的にはリオンさんの取り越し苦労で笑えればそれでいいんだけどね。