ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある   作:柳沢紀雪

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痕跡をたどれ

 

 19階層以降は、わずかに速度を落として捜索に充てることにした。

 今回のアリーゼさんたちの目的は、特定のクエスト消化ではなく、あくまでファミリア再建のための「慣らし運転」だ。だから、正規ルートを通って25階層の入り口まで到達したら、そのまま引き返してくるという、至ってシンプルな行程のはずだった。

 

 リオンさんも、会議で彼女たちがそう話していたのを聞いていたというから、間違いはないだろう。ライラさんからは「せめてディアンケヒト・ファミリアから依頼を受けよう」という提案もあったらしいが、結局は受けなかった可能性が高い。

 

 もしも、アミッドさんにも通信機を渡していたら、直接聞けたんだけどね。残念だ。

 

 そんな後悔を飲み込んだところで、通信機がノイズ混じりの声を拾った。

 

『リュー・リオンより各局。18階層での聞き込みを終了。アリーゼたちが19階層から戻ったという情報は得られませんでした。どうぞ』

 

『こちらエルティナ。了解、どうぞ』

 

『こちらベルディナ。了解。……やっぱり、何かあったのは確実そうですね。どうぞ』

 

『こちらリュー・リオン。そう考えるのが最も合理的です。ただいまより私も19階層へ突入します。合流しましょう。どうぞ』

 

『こちらベルディナ。了解。では、私は23階層と24階層の境界付近で待機します。どうぞ』

 

『こちらリュー・リオン。了解。以上』

 

 リオンさんも、だいぶ通信の作法に慣れてきたようだ。緊急時ならいざ知らず、平時こそ確実に情報をやり取りする癖をつけておくべきだ。

 

 さて、そろそろ約束の場所だ。周囲を警戒しながら待機に入る。

 ここまで、それらしき痕跡は全く確認できていない。もし24階層の出口まで行っても収穫がなければ、正規ルート外を綿密に辿るしかないだろう。そうなれば私とリオンさんだけでは手が足りない。エルティナにも降りてきてもらう必要がある。

 

 その際は、「アストレア・ファミリアが行方不明」という理由で、ギルドに正式な捜索依頼を出すことになるだろう。

 

『ワカヒルメ様、すみません。アリーゼさん達の行方不明が確定した場合、エルティナにも現場に来てもらいます。その時、ギルドへの捜索依頼の手続きをお願いできませんか?』

 

 地上で待機しているはずの主神へ、アークスの通信で問いかける。

 

『いいよ。アストレアと連名でいいかい?』

 

『それは、アストレア様と相談していただいて……』

 

『まあ、アストレアのことだ。むしろ自分から率先して依頼を出すだろうね。とにかく了解、地上は任せておくれ』

 

『恩に着ます、ワカヒルメ様』

 

『水くさいよ、ベルディナ。君は私の大切な子供じゃないか。アストレアのところの子たちのことも、私は大切に思っているよ』

 

『……ありがとうございます』

 

 私は、最高の主神を持った。これはもう、無事に帰ったら拠点に立派な神社を建てるしかないな!(リアル生田神社)。

 

『私も捜索に参加できるが、どうだ?』

 

 ワカヒルメ様との通信が一段落したところで、リザさんが会話に入ってきた。

 

『それはありがたいです。ただ、それは本当に最終手段にしたいですね。……ちなみに、今は何階層に?』

 

『27階層のアジトだ。時折、魚人(マーマン)どもの様子を見に来ている』

 

 三ヶ月前の遠征時、一時的に魚人闘技場(マーマンコロシアム)が形成されかけたという。今も定期的に監視を続けてくれているということか。

 

『なるほど。そうだったんですね。ちなみに周りはどうですか? 騒がしかったりします?』

 

 もしも、アリーゼさん達が何らかの理由で下層に降りなければならない状況だとしたら、それなりに影響があるかも知れない。

 

『ここはそれなりに奥まった場所なのでな。今のところ異変は感じん』

 

『分かりました。またお願いするかもしれません』

 

『承知した。しばらくここで待機していよう』

 

 リザさんたちが動いてくれるなら心強い。アストレア・ファミリアの面々なら、リザさんやリドさんのこともきっと受け入れてくれるはずだ。

 

「お待たせしました。状況はいかがですか?」

 

 そんなことをつらつらと考えていると、リオンさんが合流地点までやってきていた。さすが、速いね。

 

「特に変わりありません。すぐに行きましょう」

 

「承知しました」

 

 通信機へリオンさんと合流したこと、そして24階層へ進出することを報告し、私たちは出発した。

 

「何かあったとしたら、この階層でしょうね」

 

 根拠は勘に近いが、アリーゼさんたちほどの実力者が18階層まで撤退できない状況というのは、それ相応の「何か」が起きているはずだ。

 

「私もそう思います」

 

 その懸念はリオンさんも同じだった。

 

「一度、手分けして探索しますか?」

 

「……いえ、このまま25階層への入り口へ向かいましょう。もしアリーゼたちがメッセージを残しているとしたら、そこが最も可能性が高い」

 

「なるほど、さすがですね。それじゃ、急ぎましょう」

 

 鬱蒼とした森林地帯は、高速移動を著しく阻害してくる。木々の頭上を滑空すれば距離は稼げるが、それでは地上に残された異常を見落とす。もどかしいところだけど、今は、地面を行くしかないよね。

 

「……魔石の取り漏らしが多いですね」

 

 リオンさんの呟きに、私は意識を向けた。

 

「そういえば、そうですね。……拾っていきますか?」

 

「悩ましいところです……」

 

 魔石の回収は冒険者の義務だ。放置すればモンスターが捕食し、通常種とは比較にならない力を持つ『強化種』が生まれてしまう。中層に深層クラスの怪物が現れるような事態になれば、探索そのものが成り立たなくなる。

 

「アリーゼさんたちを足止めしている理由、魔石の散乱、そして強化種。なんだか繋がりそうですね」

 

無理やり繋げるとすれば、意図的な魔石の散乱で強化種が出現し、それに襲われて敗走した……というところか。

 

「急ぎましょう」

 

 私たちは再び木々の間をすり抜けるように移動し、緑の風景が線となって背後へ消えていく。25階層への最短ルート。流れる視界が徐々に広がり、ついには木々の柱が消失した。

 

「リオンさん。変です。走りやすすぎます」

 

「分かっています。これは、大規模なモンスターの移動があったとしか思えませんね」

 

「マンモスフールですかね?」

 

 言葉を投げ合いながらも進む。木々は巨大な波が押し寄せたかのように、なぎ倒され、踏みつけられ、まるでトンネルのように整地されている。地面は個別の足跡すら見えないほどに踏み固められ、オフロードバイクならアクセル全開で駆け抜けられるほどだ。

 

「ねえ、リオンさん。鹿っぽい足跡も混じってきましたよ」

 

 脇の茂みから、鹿を思わせる二本の蹄の跡が合流し始めた。何かに誘導されたような、あまりに効率の良い進軍。これは偶然か、それとも。

 

「……ベルディナさん、止まってください!」

 

 リオンさんの鋭い声。私はすぐさま虚空跳躍(ネクストジャンプ)を逆方向に展開し、加速ではなく減速に全力を傾けた。

 

「広場、ですね」

 

 うっそうとした森の中に「穴」が穿たれたような空間。見上げれば緑の天井すら開かれ、洞窟の灰色の天井が視界を覆っている。本来あるはずの巨木が根こそぎ消失し、不自然な広場ができあがっていた。

 

「アリーゼたちは、ここで迎え撃ったのでしょう。わずかですが、皆の魔力の残滓が感じられます」

 

 息をつくと同時に肺に取り込まれたのは、熱を帯びた焦げ臭い空気。魔力の感覚は私にはよく分からないが、少なくともないか大きな魔法が使われたのだろうという予感はある。

 

「しかも、魔石の回収もままならなかったということですよね?」

 

 周囲には、これまで以上に大量の魔石が放置されていた。小指の先ほどのものから、中層とは思えない巨大なものまで。それが「餌」として無造作に転がっている。

 

「これほどの魔石を、欠片すら拾わずに出発したというのですか……。あのライラが?」

 

 リオンさんの声が震えている。回収を担当していたはずのライラさんでさえ、撤収を優先せざるを得ない状況。

 

 だけど、何より異常なのは広場の中心だ。まるで空から巨大な隕石でも落ちてきたかのように、地表が無残に抉れ、巨大なクレーターが形成されている。

 

「これは、たぶん魔法の跡じゃないですね。馬鹿みたいな力で地面を殴りつけた――というよりは、上から?」

 

 クレーターの中心で頭上を見上げると、灰色の天井の一部が抉れている様子が目に入る。天井を足場に落下速度を稼ぎ、そのまま地面を殴りつけた。それほどの膂力を持つモンスターが24階層に存在するはずがない。

 

「まともに食らったら、タダでは済みませんね」

 

 周囲には《それらしい》痕跡はないので、回避には成功したのだろう。だけど、真正面から相対するには分が悪かったということか。

 

 不謹慎ではあるが、私の中のアークスが是非とも一対一でやり合ってみたいと思い始めている。

 

「……ええ。勝てるか否かは別として、態勢を立て直す必要があります。行きましょう。この先に、その『怪物』がいるはずだ」

 

 25階層への入り口は間なくだ。

 

「ライラ。あなたなら必ず私に何かを残してくれているはず。信じていますよ――」

 

 再び続く木々のトンネル。天井から来襲したと思われる強化種が、環境を破壊しながらアリーゼさんたちを追撃した跡。3メートル弱。ゴライアスやウダイオスのような巨体ではないが、放たれるパワーはデタラメだ。

 

「足跡は……猿に似てますね? シルバーバックみたいなやつですか?」

 

 しかし、周辺にわずかに残っているのは白い体毛ではなく黒い体毛だ。強化種になるにつれ、体色が変化したのか。それとも、シルバーバックの亜種のようなやつが24階層に潜んでいたのか。

 

「可能性はあります。……抜けます、準備を!」

 

「分かりました」

 

 リオンさんの声に私は短く答え、腰のマウント部に繋止していた巨剣を解き放つ。視界が開け、25階層への入り口が見えた。しかし、そこにあったのは様々な破壊痕と、それを後追いするように残された十数名分もの足跡だけだった。

 

「待ち伏せか? 意図的なパスパレードなのか?」

 

 膝を突きそうになるリオンさん。だが、彼女は奥歯を噛み締めて立ち上がった。

 

「間違いなく25階層に降りてますね。私たちも行きましょうか?」

 

「いえ、待ってください。これは――ライラのマーカーだ」

 

 リオンさんはそう言って、地面に落ちていた――ぱっと見は何の変哲もない木の実のような物体を指さした。私には判別できないが、あれはライラさんが固有に使っている何かのサインなのだろう。正直、私には他のものと見分けがつかないんだけどね。

 

 リオンさんは無言のままその跡を追い、そしてその先で見つけたのは、ちょうど物陰になっていて外からは見えない場所に“放置されていた”――いや、正確には頑丈な縄で固定されていた、壊れた通信機だった。

 

「メモがあります。『リオンへ。あたしらは25階層に行く。危険だ。来るな』……ライラ、何を考えているのですか」

 

 私の記憶では、30階層で起きたあの事件のとき、アリーゼさんたちはリオンさん一人だけでも生きて逃がそうとしていた。だからこそ、リオンさんには安全な場所にいてほしい――そう考えたのかもしれない。けれど……それはさすがに無理があるよね。ここまで来て引き返すなんて、できるわけがない。

 

 私だって、もう散々焦らされて、いい加減うんざりというか……欲求不満なんだ。

 

「まあ、当然行きますよね?」

 

「聞くまでもありません!」

 

 リオンさんはその手紙を強く握りしめ、壊れた通信機を回収すると、改めて25階層の入り口を鋭くにらみつけた。

 私は、そのかわりにエルティナから念のためといって持たされていた新型の携帯式の中継器の電源(魔源?)を入れて、その場に据え付けた。これで27階層ぐらいまでは問題なく通信が通るはずだ。

 

 アリーゼさんたちが長いあいだ通信できなかった理由は、単純に通信機が破損していたからだ。そして、その原因は――アリーゼさんたちでさえ対処に手こずるほどの厄介な何かが現れたから、ということでほぼ間違いない。

 戦闘の余波で通信機が壊れたのだろうし、さらに言えば、それが“意図されたもの”である可能性にも、リオンさんは気づいている。

 

 さあ――ここからが、本当の正念場だ。

 

 

 

 

 

 

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